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どうぶつのつぶや記

ブログの面白さ

インターネット、ブログの可能性や面白さをうまく表現している本と出会った。

ブログをはじめてから、書店に足を運ぶたびにブログに関して書かれてある本を注意深く探していたのだが、なかなか出会うことがなかった。

フューチャリスト宣言」という題名の本は、インターネットの権威である梅田望夫氏と脳科学の先進的な専門家である茂木健一郎氏の対談形式でインターネットの影の部分を認めつつも、未来に広がる無限の可能性をこれでもかこれでもかというぐらい拾い上げている。
正直、ブログを始めてなければ、この手のジャンルの本と出合うことはまずなかったと思う。


ブログは自分で編集できる、著者と編集者を兼ねられること。
媒体を自分で持てる快感があること。
肩書きはいらない、ブログが名刺がわりになること。
そして、ブログをやりだしてメールよりコメントやトラックバックが気になること。
その結果、予期しないコメントなどがもたらす偶有性がたまらなく面白いこと。

···などなど、共感させられる言葉が随所に出てくるため読んでいて久しぶりに夢中になった。

その中で2人のやり取りで特に納得させられる部分があったので本文から紹介したいと思う。

本文P90より

茂木
ブログには、厄介なコメントやメールもたくさん来ます。それを良しとして引き受けるべきという考えが、僕の中では倫理観としてある。少なくとも、文化活動をしようという人には、不特定多数の「声」にさらされるという荒々しい体験が、ネット時代の通過儀礼だと思うんですよ。

梅田
僕も同感です。文化活動しようと思ったらそうですね。みんな強くなっていかないとダメですね。きっと。

茂木
僕はそう思って実行しているけど、実際のところはいろいろつらいところもある(笑)。

梅田
ネット時代のリテラシーというのは感情の技術ですよね。

茂木
オープンになるということはいいものと同時にイヤなものも運んでくる。ときどき無菌状態にしたい衝動に駆られるんです。たとえば、ブログのコメント欄やトラックバックは最初から受け付けないようにしようとか、掲示板は閉じちゃおうかとか。でもねそのたびに「待てよ。ネットというのはオープンだからこそ価値がある。踏みとどまらないとしょうがない」と踏みとどまる。一方でときにすごくいい出会いがあるもので救われる。

梅田
いい出会いのほうが圧倒的に多いんだけど、一個のイヤなことが吹き飛ばすようなときがあるんですよね。

(略)

茂木
自分の感情をどうコントロールするかということ。先ほど述べたように、ネット上では、自分に向けられたプラスとマイナスの声のパターンが自分のキャラクターを織り成すという認識は、僕にとって一つの大きな発見であり、救いだったんですよ。そう思うと気が楽だなあと。僕をサポートしてくれる人もいるし酷評する人もいるけれども、そのパターンによって、ある像が結び始める。あっ、こういうグループの人たちは俺の言ったことに反発することが多いなぁ、とか。

梅田
村上春樹が同じようなことを言っていて、「一つひとつの意見がもし見当違いなもので、僕が反論したくなるようなものだったとしても、それはしょうがないんですよね。僕は正しい理解というのは誤解の総体だと思っています。誤解がたくさん集まれば、本当に正しい理解がそこに立ち上がるんですよ」(柴田元幸著『翻訳教室』新書館)。つまり読者の感想の、誤解も含めた総体が、評価であり理解なんだということを言っています。彼もずいぶんインターネットで読者とのやり取りをやってきた人だから。

茂木
いろんな目に遭っているのでしょうね。その言葉は信用できるな。····



特に村上春樹氏の言葉は、ブログに限らず、日常生活のいろんな場面でも活用できる思考術だと思った。

それ以外に・・・
紹介した以外の部分だったが、
ネットとの付き合い方がその人の個性であること。
SNS的なものが快適な人や、ブログを匿名で書く人、実名で書く人、コメントを返す人、返さない人、ビジネスに結びつける人、プレゼンスが全然ないのがいい人とか、それらはみんなその人の個性なんですよという梅田氏の言葉にはかなり救われた気分になった。
by kkamoike | 2007-11-09 23:46 | 心に留めておきたい言葉

R175が見て、聞いて、読んで感じたことを書き綴ります。

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