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どうぶつのつぶや記

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税金を大事にしてくれる市政を望みます

広報みき11月号の統合病院への直行バスの特集記事に疑問を感じた方もいらっしゃったのではないでしょうか。
特集記事①
特集記事②
記事を読む限り、統合病院がスタートすれば、市からの補助が今よりも少なくてすむから、その分、バスの運行に回すお金に糸目はつけないと言わんばかりの書き振りのようにも感じました。
そして、バス運行に要する経費の見込みはおよそ一億円だとか···
運行の案を示すのは別に悪いことではないのでしょうけど、一体どれだけの市民が直行バスを利用したいと考えているのかといった事前のリサーチもないまま、このような時期に、このような十分な議論がされたかどうかもわからない内容を、わざわざ広報紙の紙面を割いてまで取り上げる意味があるのか疑問です。


このような記事を見るたびに私たちの税金は軽く見られたり、扱われたりしているのではないだうかと心配になります。
20億円ものお金を毎年病院に支援していたんだから、バスに1億円ぐらい費やしても全然大丈夫というような雰囲気です。
こういうのを「麻痺している」というのかもしれませんね。
走らせてみて利用者が少なくても毎年続けていくという確証があればそれでもいいのかもしれませんが、恐らくほとんど利用者がいない状況なら「勿体ない」という意見は必ず市民の間から出て来ると思います。
そうなればまた意見を聞き直したり、新しい手段を考え直したりと、また余計な作業や時間、人を費やす羽目になると思います。
また、公民館と病院だけの直行は便利なようで実際の生活スタイルからかけ離れているようにも感じます。公民館と病院だけを行き来するだけでは、(利用者の立場で考えたとき)用事を済ませるという意味からも逆に時間のロスに繋がってしまったり、生活導線の観点からも効率が悪い、すなわち、普通は病院に行ったついでに買い物や病院以外の用事も済ませられるほうがより便利だと思うのですが···。
さらに急いで作った案だからかもしれませんが、現行のコミュニティバスとの連携についてきっちりと検討された形跡や市民にわかりやすい説明がなされていないというのもどうなのでしょうか。


本当に市民は、病院への直行バス、今回提案のあったような地域ふれあいバスの実現を前提とした、公民館と病院を行き来する形のバス運行を望んでいるのでしょうか。
また、実際に運行した時に利用するのでしょうか。
こういう事業を考える場合、事前のリサーチ結果が提示されない提案ほどずさんなものはないと思うのですが···。


私には、今回の特集記事が、小野市の建設予定地周辺には何もなく、電車の駅からも遠く離れ、ほとんどの市民が現行の病院よりも距離が遠くなり時間がかかるようになることに対する批判をかわすためのもので、費用対効果などはそっちのけの経営を語るにはほど遠い内容にしか感じられませんでした。
まぁ、選挙が目前に迫ってきたことでの付け焼き刃的な意味合いがあるのかもしれませんが、せめて今の時期、広報は大事な税金で作られているこということぐらいは、市のトップとしてしっかりと認識していただきたいものですね。
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by kkamoike | 2009-11-10 19:13 | 三木市政 | Comments(0)

わからないことだらけの病院問題

広報みき11月号に掲載された病院関係の記事(交通手段
·改革プラン)と協議会だよりは、市民にとって非常にわかりにくい内容のものでした。
このことについては、早速、他の方のブログでも取り上げておられます。
ふるさと日記さんは、新しい病院経営においても責任の所在があいまいなままであること。
雑感日記さんは、病院問題の本質である『経営の健全性』に焦点があたっていないことと、「償却前利益」の件を取り上げておられます。
お二人が指摘されていることはごもっともだと思います。


このブログでも以前から病院問題を取り上げてきましたが、未だによく分からないのは、医師の確保についてです。
それを裏付ける内容として、現在の病院の改革プランが計画どおりに進んでいないことへの対応策はこんなことが書かれてあります。
「医師の招へいについては、大学からの派遣だけに頼るのではなく、病院独自の求人活動を強化し医師の増員を図ります」と···
現在、神戸大学からの医師の派遣がままならない状況の中で、新しい統合病院になればこの問題が一気に解消されるとはとても思えないのですが···。
また、協議会だよりには、
「健全経営を維持する前提条件として、神戸大学との連携により、医師が確保できること、また、地域の医療機関と連携を深めることでありこれが課題となります。」
と書いてあります。
まさに、現在の市民病院が直面している課題が、統合病院がスタートした後にも一番の課題として立ちはだかることが書かれてあるわけです。


ん?なんかおかしくありませんか?
医師の確保は間違いなく安泰ではなかったのでしょうか?
今頃になって予防線を張るかのような書きっぷりにも見えるわけですが、これまで一貫して、神戸大学が提唱してきた話だから大丈夫だとか、まるで他人事のような感じで病院経営を語っておられた三木·小野両市長だったようにも思うのですが、ここにきて弱気な表現に変ってきているようにも受け取れるのですが···。
今の病院経営の改善にきっちりとした対策が打てないのに、病院の建物だけを新しくすれば、全てがうまくいくとでも思っていらっしゃるのでしょうか?
また、今よりも医療体制が充実し(診療科目が増え)、高度な医療が受けられるようになるのは結構なことですが、そういうサービス面での向上は、一方で今以上の経費、場合によっては桁違いの経費がかかってくることになることも忘れてはなりません。
さらに病床数についても先日開院した加古川医療センターがベッド数353床なのに対し、三木小野の統合病院はフルオープンして450床···本当にそれだけの稼働率を上げることができるのか疑問です。
ていうか、それだけの規模が本当に必要なのかどうかもよく分かりません。
いずれにしても、建設費用の負担割合だけでなく、スタートした後の費用負担のあり方についても、本来は早期の段階で両市の間で話をつけておくべき内容だと思うのですが。
それともそれを今、決定してしまえば市民の反発が予想されるからあえて伏せている、建ててから考えるという算用なのでしょうか?
大事な問題だと思うんですけど。


今まさに自らの手で解決しなければならない問題と真正面から向き合うことなく、統合病院建設だけを前面に押し出すことで問題は全て解決できたかのように取り繕う、今、それらの問題と真正面から向き合わなければ、新しい病院が出来たところで同じ問題に突き当たることになるのが分かっていながらその問題に取り組もうとしない、目を向けようとしない。
具体的な手立ては相も変わらず人員削減だけです。
問題の本質に目を向けようとしないということは、すなわち、市民と真摯な姿勢で向きあっていないことの表れなのだと私は思っています。
「満足よりも納得させてくれ」
これは樋渡市長がご自身のブログで紹介された言葉ですが、
一方通行の情報発信、市政運営では市民を「納得」させることは到底できません。
どうも三木市は双方向の情報発信をする上での前提となる信頼関係を市長自身持つ気がない、持とうとしないところに市政運営の停滞につながる根本的な原因があるのではないかと思います。
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by kkamoike | 2009-11-02 20:20 | 三木市政 | Comments(3)

病院問題を見つめ直す(その3 ~統合病院という選択~)

病院問題を見つめ直す
最後は、三木市が選んだ「統合病院」という選択肢について考えてみたいと思います。

1回目で取り上げた「医師不足の問題」、2回目に取り上げた「財源問題」、この2つの超難問を同時に解決する道は、「統合病院」しかない!
そう断言されたかどうかはわかりませんが、これまでの経緯の中で市民や市議会を巻き込んだ議論が全くといっていいほどなかったところを見ると、ほとんど、市長の独断で決まったといっても過言ではないでしょう。
政治家の仕事は決断することですから、それはそれでいいのかもしれませんが、十分な下地が整っていなかったり、しかるべきタイミングでなかったり、根本的な問題を先送りにしたままの状態での決断は、「無謀」としかいいようがありません。


以前より、「雑感日記」のrfuruyaさんが取り上げてこられたとおり
医師不足の問題、赤字の問題は、三木市に限ったことではなく、日本全体の構造問題であるはずなのですが、統合病院ができれば、全てバラ色に解決されると考えているところに大きな誤解があるのだと思います。
さらに、看過できないのは、先日の記事に対するコメントでピーマンさんが指摘されたとおり、『市長の政治生命にかけても···』という説明だけで事業に邁進したということ、さらには、現病院の赤字経営に至った原因などの検証や、構造的部分の改革に着手せぬまま、統合病院にシフトさえすればすべての問題は必然的に解決できるというような印象を市民に与え、十分な説明がほとんどされてこなかったという点です。


そこには、市民とともに今ある問題を共有し、良いことも悪いことも、便利になることも、我慢してもらわなければならないことも、みんなひっくるめて市民にぶつける中で、市民と一緒に三木市に真に必要な地域医療の体制、あり方とはどのようなものなのかをともに考える覚悟というものが見られない、それどころか、市民が抱える可能性のあるリスクには一切触れることなく、耳障りの良いことしか発信しない姿勢は、1年後に迫った市長選挙に照準を絞った下心があったと思われても仕方がありません。
本当に、「統合病院」という選択肢しかなかったのか···




①「医師の偏在が問題だといいますが、専門医は偏在させなければ力を発揮できません。専門医は都市の大病院に"偏在"させ、広範な症状を基本的に診ることができる総合医をあまねく地域に行き渡らせるべきです。それには、住民も専門医信仰、総合病院信仰を棄てなければなりません」
(兼古稔 北海道上富良野町立病院副院長のコメント)

②医師不足が現に生じていて、できる範囲の医療、「あれもこれも」ではなく「あれかこれか」に絞っていかなければ立ち行かないのに、国民全体がそのことを理解していません。その地域でどんな医療機関が求められているかを絞り込んでいかなければならないと思います。医療が進化していく中で、地域に合った、そして医療機関に合った医療提供の在り方というのがあると考えます。(伊関氏のコメント)




「統合病院しか選択の余地はない」という前に、もっと考えなければならなかったことがあったのではないか···。
伊関先生のコメントからそんなことを強く感じました。
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by kkamoike | 2009-08-17 22:28 | 三木市政 | Comments(8)

病院問題を見つめ直す(その2 ~自治体の財源問題~)

病院問題を見つめ直す 2回目は、『自治体の財源問題』を取り上げます。


当たり前のことですが、三木市民病院は三木市あっての病院なわけです。
市民病院を維持する前提には、三木市の健全財政の実現が必要不可欠です。
市の財政力と公立病院の診療レベルは間違いなく比例するものだからです。
診療レベルが高い病院があるにこしたことはないわけですが、逆に、市の財政力に見合った医療体制というものをきっちりと考えておかないと、たちまち市も病院も立ち行かなくなってしまうのだと思います。


ところで、三木市の「財政危機宣言」は、そもそも現在の市民病院の経営を維持することを目的に発せられたものだったわけですが、現在の悪化した経営に対するしっかりとした検証や具体的な構造改革に着手することもないまま、向こう5年間、真に必要な市民サービスを削ってまで、現状の病院体制を維持しようとするとんでもない宣言なのです。


これまで何度も言っていることですが、立派な病院があるにこしたことはありません。 しかし、行政の仕事は、病院オンリーではないのです。 また、財源(税金)をいくら注いでもいいというわけではないのです。
今、市が負担している状況を当たり前の水準だと思っているのではないですか?
はっきり言って、今の状況は、向こう5年間、今の病院経営を維持するためだけに、現行の市民サービスを提供するために必要なお金だけでなく、将来の子どもや孫たちのために残しておかなければならないお金までも食い尽くしていることと同じなのです。


どうも、市長も議員も、そのあたりの感覚が麻痺しているのではないでしょうか?
所詮、自分たちのお金ではないから、いくらでも際限なく、そして、医療という聖域をダシにして、市民に我慢を強いることで何とか経営がやりくりさえできれば、結果オーライぐらいの考えしか持っていないのではないかと感じずにはいられません。


前回の記事で、市民2さまからこんなコメントをいただきました。
私も全く同感です。
統合病院という簡単な答えを出す前に、今の経営状況の悪化を分析し、その上で、市の財政力、さらには地域の実情にあった医療体制の確立を目指す発想、その可能性について議論する機会がどうして持たれなかったのか、まったくもって、自分たちの責任を放棄しているとしか思えません。
私たち三木市民は、統合病院になっても赤字で多額の税金が必要となり、他の必要なサービスがどんどんどんどん削られることになるのではないかということを心配しているのです。




最後に、伊関氏のコメントから病院経営、自治体財政に関連したものをご紹介します。
① (病院経営には、自治体の)一般会計からの繰入金がありますが、自治体本体の財政も厳しく、支出には限界があります。資金の余裕はどんどんなくなっており、余裕がないことで、医療の質の維持のための再投資ができなくなる。再投資ができないから、競争に負ける。さらには現金を使い果たして一時借入金で借金生活。一度借金生活に入ると、どんどん借金が積み上がっていくことになります。北海道の夕張市総合病院では39億円の借り入れを抱えていました。借り入れも、企業債は地方交付税の裏付けもあるし、毎年の返済額が明確ですから、住宅ローンのようなものです。ところが、一時借入金は金融機関からいつ「一括で返せ」と言われてもおかしくない、ある意味消費者金融に近い性格です。ジリ貧になっていると返す余裕はなく、積み上がった一時借入金が、突然の病院の「死」を招くことになるのです。
⇒参考 2007年度の地方公営企業法の一時借入金ランキング (ちなみに三木市は全国で65番目)

② (2009年5月25日付の琉球新報の県立病院のあり方についての特集への寄稿より)沖縄県立6病院の財務状況は全国的に見ても最悪のレベルにある。2008年度の80億円の一時借入金については、総務省の病院特例債30億円(今後5年で返済することが予定されている「借金」である)と09年度から3年間一般会計からの繰入金を08年度の70億円から15億円上乗せした85億円とすることで解消される見込みであるという。
しかし、病院会計に現金がなく、借金の返済に追われている状況には変りはない。
高度·専門化した医療に対応するには、最新の医療機器や多くの医療スタッフなど投資を必要とする。
借金の返済を迫られているということは、新たな医療への投資の余力がないことを意味する。
必要な投資が行われないまま時間が経ち、病院の魅力が劣化することで優秀なスタッフや患者が離れ、経営が破綻した自治体病院は少なくない。
「本気」の県立病院の経営再建を進め、医療への安定した投資が行える体制を確立することが必要である。

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by kkamoike | 2009-08-15 18:24 | 三木市政 | Comments(12)

病院問題を見つめ直す(その1 ~医師不足の問題~)

元埼玉県庁職員で、自治体病院に勤務した経験を持つ伊関友伸さんは、自治体病院の経営問題に関して積極的な発言を続けてらっしゃいます。
「夕張問題」では市総合病院の病院経営アドバイザーなども務められていました。
あらゆる機会を通して感情論ではなく、熱い情熱と冷静な目で原因を掘り下げ、解決策を示しておられます。
そんな伊関氏が対談の席で発言されたコメントを参考にさせていただきながら、自治体病院を取り巻く問題点とこれからの地域医療のあり方を3回に分けて考えてみたいと思います。
1回目は、『医療制度改革に伴う医師不足を初めとした問題』を取り上げます。



まず、伊関氏のコメントをご覧ください。
①医療崩壊を起こさない、地域医療を守るという観点でみれば、総務省の公立病院改革ガイドラインは財政面に偏りすぎだ。3年をめどに収支を改善しろというのは、「もっと稼げ」、医師不足が深刻でも「入院ベッドを埋めろ」などということになり、医師のやる気をそいで退職させてしまう結果にもなりかねない。まず優先するべきは、地域医療を守ること。そのためには、医師不足の現状で医師が働きやすい環境をどうつくるのか。その議論を飛ばして、財政的な理由だけから病院を譲渡·廃止することになれば、混乱するだけだ。

②地域住民や議員にも、医師不足の原因の一端はあると考えています。公の病院ということで、好き勝手に振る舞う。軽症でも休日·夜間に受診するコンビニ救急がとても多いし、タクシー代わりに救急車を使う人もいます。飲酒して受診し、現場でトラブルになる事例も少なくないようです。こうした状況に対し、事なかれの行政は何も言えません。議員は、住民の代表として、住民に節度ある受診を訴えるべき立場にありますが、逆に特別扱いを要求したり、よく勉強をせず思い込みで「病院たたき」をする例も少なくありません。その結果、志のある医師ほど心が折れ、病院から立ち去ってしまう。そうした結果が、「医療崩壊」なんです。

③近年は首長選挙でも病院が争点になることが増えてきた。悪いことではないが、感情ではなく、きちんと議論がされるべきだ。政争の具にして首長や議員が口を出せば出すほど、医師がいなくなり地域医療は崩壊していく。

④すべての公立病院が厳しいわけではなく、医師が集まる病院と集まらない病院に二極化している。集まらない病院では残った人の負担が重くなってさらに辞めていくという悪循環になる。医師の待遇を改善し、やりがいのある態勢をいかにつくれるか。そこに地域がどう知恵を絞るかだ。




やはり、自治体病院が抱える問題の根底には、医療制度改革による影響、とりわけ「医師不足」の問題が大きく横たわっていることがよく見てとれます。
また、医師不足は単に、医師の数だけに起因するものではなく、医師を取り巻く全ての状況や環境とがセットになって、医師の疲弊を招いているのだとあらためて感じました。
したがって、医師不足の問題を改善していくには、ある病院単独の問題だけと捉えるのではなく、地域住民の理解や、他の医療機関との連携体制の構築など、ソフト面も含めたとろこをしっかりと議論していかないと、根本的な医師不足の問題解決にはならないのだと感じました。
私たち三木市民は、これらの問題をうやむやにしたまま(医療体制の見直しや再構築の確立をまたぬまま)で、新しい病院建設に着手したところで、また、病院から医師がいなくなるような事態にならないのかを心配しているのです。


最後に、ある番組で、伊関氏と対談された平井愛山 千葉県立東金病院院長のコメントを参考までに。
「もはや大学に頼ってみても地域の医療の再生はありません。地域に必要な医師を地域で育て上げることが必要です。それには、住民はもちろん、開業医や地域の薬剤師の協力が欠かせません。自(みずか)ら医師を育てる地域のみが医療を確保できる…これが医療再生のキーワードです」
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by kkamoike | 2009-08-14 21:19 | 三木市政 | Comments(2)

市の経営者としての責任を放棄した市長と受け狙いの判断しかできない議員たち

6月市議会、職員給与の削減条例が共産党を除く賛成多数で可決されたそうです。
市長は、市民病院の長期貸付を行わなかった理由として、職員の給与費削減の目途が立たなかったためと恥ずかしげもなくおっしゃっていますが、本当に病院を何とか立て直したいしたいと思うのなら、削減案が継続審議になったからといって、すぐに経営改善への取組を自ら投げ出すようなことをするのではなく、削減が実現するまで何が何でもしのぐべきだったと思います。
さらに、削減がいつまでも実現しないのでは話になりませんので、経営者として、きちんと労使交渉の席で話を付ける努力が必要だったわけです。
しかし、残念ながら、今の市長には、危機的状況の中で本気で自分が管理する組織や人たちと真正面から向き合う気概も覚悟もなかったということです。


市長が市長なら議員も議員です。
給与費削減については、前回、労使間の合意がなされていないからという理由で継続審議に至ったと記憶しています。
今回、共産党の大眉議員さんのブログで紹介されている反対討論の全文によると、依然、合意がなされていないため共産党は反対という立場を取っておられます。
一方、前回の3月議会で継続審議にしておきながら、今回、賛成に回った議員の方たちからは、最終日に賛成討論すらなされなかったようです。
前回同様、労使間での合意がなされていないにもかかわらず、なぜ今回は賛成したのか、その説明責任がまったく果たせていません。
私からすれば、
「職員からの受けも大事だから一回ぐらい反対しとこか」、
「今回は、いつまでも反対していたら市民の受けが悪くなりそうだからそろそろ賛成しとこか」
というぐらいの判断だったとしか受け取れません。
これなら、最初から賛成している、「市長派議員」と揶揄されている方たちのほうが、判断の中身はともかく、まだ一貫性があるだけマシです。
なんだかんだ言って、皆さん、本当は「市長派」なんじゃないんですか?
ちょっと反対するポーズを見せているだけなんじゃないですか?
まさか独裁政治に陥りやすいオール与党体制なんてことないですよね?···


「前回反対して、なぜ今回賛成したのか」という一番大事な部分について、しっかりとした賛成討論もしないまま簡単に賛成に回るぐらいなら、最初から反対などせずに賛成しときなさいよと言いたいです。
それこそ、まさに時間とお金の無駄遣いのなにものでもありません。
そして、それが原因で、わずか数年後に統合に伴い廃止されることが決まっている現在の市民病院のために、本来、その必要のなかった外部監査費用まで支払わなければならなくなってしまい、自ら廃止、縮小などの決断すらできない市長の策略に、これいいことにまんまと乗せられてしまう始末です。


三木市が全国初の『財政危機宣言』が発せられたのもわかるような気がします。
市長さんも議員さんも一体何がしたいんですか?
三木の政治家さん、もっと市民のことを第一に考え、行動してくださいよ。
そしてお願いですから市民の税金を無駄にしないでください。
本当に危機意識持っておられますか?
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by kkamoike | 2009-06-27 00:01 | 三木市政 | Comments(5)

「市民が望んでいることだから」、「市民のためだと判断したから」・・・。 だから?

今回の6月議会の一般質問の内容は、FMで放送されていたものを家族に録音してもらい、気になる議員の質問のみ選んで聞きました。
三木市も、開かれた議会を目指すのであれば、
武雄市に倣い、議会のやり取りをYou Tube で流す試みでもされたらどうでしょうか?
そうすれば、昼間働いている私たちのような世代はもちろん、子どもからお年寄りまで、職業などを問わず、好きな時間に、聞きたい政治家の発言をチョイスして聞くこともできると思います。ぜひご検討をお願いします。


今回の議会もそうでしたが、本来、議論されなければならない内容がきちんと議論されない背景には、ある意味、議会の様子がオープンにされていない状況に、政治家、特に市長自身が胡坐をかいてしまっているからではないかとあらためて感じました。
私が胡坐をかいていると感じた部分を何点かピックアップしますと、
聞かれていることに対して、誠意を持って応えようとする気がない。
相手の言い分に耳を傾け、質問している相手を説得させる気がない。
自分の主張、言い分だけを繰り返し、述べるだけ。
自分に都合の悪い質問にはまともに答えない。
挙句の果てに、相手を馬鹿にしたことを平気で言う。などなど
そのような意味から、正直、中身のない一般質問であったと評価しています。


ところで、今回の議会で、繰り返し、市長が述べた「市民主権」という言葉に則った、
「市民が望んでいることだから」、「市民のためだと判断したから」・・・
という類の発言の数々、黒嶋さんのブログに掲載されている病院統合に関する市長の答弁にも随所に出てきますが、実は、これほど他人任せで無責任な発言はありません。
これらの言葉には、仮に事業が失敗した場合、「市民の皆さんが望んだことですからしょうがないですよ。」という言葉で片付けられてしまう、まさに裏返しの意味が含まれていることがおわかりにならないのでしょうか?
そこには、選挙で選ばれた市長という重責を担う覚悟や責任感といったものは全く見られません。
市長は「政治生命に賭けて」というような発言もされたようですが、一体、市長の考える「政治生命を賭ける」とは、何をどうすることなのか、機会があれば一度議員さんから尋ねられてはどうでしょうか。


また、仮に、為政者の中に、市民の希望に応えようとする気持ちがあったとしても、「市民が望んでいること」と「市民のためになること」は必ずしも一致するとは限りません。
市民の望み通りの政治が行われたからと言って、それで市民が幸せになるとは限らないのです。
小泉改革が良い例です。(刷り込まれたものであるにしても)それは間違いなく、国民の望みでしたが、今もなお、国民の生活は悪化を続けており、その負の遺産は小泉の後継者さえ苦しめる有様です。小泉内閣による医療制度改革などは、その最たるものといえるでしょう。
もっと身近なわかりやすい例でいえば、図書館などもそうです。
流行りの本をタダで手元に置きたい、そんな市民の望みに答える一方で、市民の需要に乏しい専門書を廃棄する傾向にある公立図書館が出てきているといいます。
そのような姿勢に何の疑いも抱かないとしたら、あまりにもバランスを欠いた政策判断ではないかと私などは考えるわけですが、それでもなお、目先の歓心を買うことを選び、流行りの本をタダで手元に置き続けることこそが「市民の目線に立った」運営だと居直ることも同じようなことだと思います。


政治家が政策を判断する際に「市民が望んでいるかのどうか」という客観的な判断はもちろん必要です。
しかし、単にそれだけをもって最終的な意思決定の要素にしてしまうこと、さらには、決断の理由を聞く相手に対して、そのようなことしか理由として述べない姿勢、述べられないのは、あまりにも無責任な態度であり、政治家としての責任を果たしていないばかりか、最終的に失敗したときの責任を免れるための逃げ道をあらかじめ作っているようなものなのです。
「市民が・・・」という理由では、説明責任を果たしているとは言えないということです。
肝心なのは、自分がどう判断して、決断したかということです。
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by kkamoike | 2009-06-12 19:23 | 三木市政 | Comments(2)

政策の判断はドライでシンプルに、市民への説明はウエットできめ細かく

市民を路頭に迷わさないように、市民にとって最も安全な策を選択し、その実現に向けて関係者に理解を求める努力を怠らないことこそが為政者としての役割だと思います。
今、全国の自治体病院を揺るがしている経営危機問題ですが、これは何も三木市に限ったことではありません。
市民病院の経営が行き詰まり、身動きが取れなくなってしまう前に、何らかの手を打たなければならないという決断や選択を迫られるリーダーは全国各地に存在していると思われます。
しかし、その問題解決に向けた視点、アプローチの方法などは、リーダーによって大きく異なるようです。


あるリーダーは、
『病院だけでなく、市そのものが崩壊の危機に直面している。
だから、市全体の歳出を見直し、削減を図ることが必要である。
人件費カットができなければ、①市民病院が今年度から経営健全化病院に転落、②市民の皆様への負担がさらに拡大、③市が5年先に財政再生団体に転落、④他市との統合病院の実現が困難』といいます。

また、あるリーダーは
『市民病院自体が巨額な財政赤字を抱え、数年後には破産する可能性が極めて大きかった。市民病院の破綻が引き金となり、市全体の財政が回らなくなることから、しっかりした病院にお任せすることが、地域医療の維持向上につながると判断した。」といいます。


両者の言葉は、一見同じスタンスに基づいた主張のように見えるかもしれませんが、実は改革の方向性は180度異なります。


前者は、三木市長の改革についての考え方です。
何としてでも現状の病院の体制を維持しようとする意図が伺えます。
市全体で改革を実行しなければ、病院を守り続けるどころか市自体が破綻してしまうという論法です。そこには、たとえ病院経営において赤字が増え続けようとも、市が最後まで面倒を見つづける、病院の経営と市の経営は一心同体であることを前提としているようにも思えます。
しかし、この考え方は、問題の元凶となることに真正面から向き合い、自らメスを入れて根本的な解決を図ろうとするものではないと思います。
その一方で、職員の方たちの給与カットについては、並々ならぬ意欲を示されているようですが、私から言わせれば、単に手をつけやすいところから手をつけただけで、根本的な解決には結びつかない、何の努力も伴わない改革(改革といえるのかどうか大きな疑問がありますが、とりあえず「改革」と表現しておきましょう。)に終始しているだけだと言わざるを得ません。
三木市長の考え方は、見方を変えれば、市民病院も市全体も同じ重要度があるという認識の表れなのかもしれませんが、それは、言葉を換えれば、問題を解決する上での優先順位が決められない優柔不断なリーダーの典型であり、本当の危機に直面した際にはまず通用しない対応であると思います。


一方、後者は武雄市長の改革についての考え方です。
問題の本質に真正面から向き合い、その原因となっているものを根本から見直していこうとする姿勢が伺えます。
そこには、問題解決に向けた改革に着手する優先順位をはっきりとつけることはもとより、改革の対象をごっちゃにしない、極めてドライでシンプルな考え方に基づいた手法が示されています。
その上で、市長の考えを市民にも共有してもらうべく、市民へのウェットできめ細かな説明責任を果たそうとする市長の熱い想いが伝わってきます。


リーダーの考え方、決断、改革に向けた取り組みによっては、市民の将来の生活も180度変わる可能性もあり得るということです。
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by kkamoike | 2009-06-10 22:27 | リーダーの条件 | Comments(0)

50億円が意味するもの

昨日紹介した資料によると、平成20年度の三木市民病院では単年度収支で毎年20億円程度の赤字が発生しており、市からの支援額は、10億円にも上ると書かれてありました。


まずこの数字がどれぐらいのものなのかを考えなければなりません。
我々市民からすれば、この20億円近くの赤字を埋めるため、これから毎年、10億円ものお金を市の会計から支援をしていくというのは、一体どれぐらいの水準なのでしょうか。
他の公立病院と比べて多いのか少ないのかといった判断基準を持ち合わせていないので、今ひとつピンときませんが、同じく、昨日紹介した質疑応答の資料によると、(県内の神戸市を除く公立病院への支援の平均に置き直した場合)三木市では6.5億円程度になるとか···。
三木市民病院が市から受け取っている支援の額は、他の公立病院に比べて1.5倍近い額になります。
これとは別に、現在の病院を維持するために向こう5年間でさらに50億円の歳出カットを実施しようとしています。
つまり、この50億円規模の歳出削減は、現在の市民病院を維持するために行われるものですから、見方によっては病院に対する間接的な支援とも受け取れるわけです。
この考え方からすれば、これから向こう5年間、病院に支援する額は、なんと毎年10億+10億=20億円もの金額になります。


5年間で延べ(20億円×5年)100億円···。
この100億円という数字も、我々市民にはピンと来ない数字ですが、三木市の1年間の税収が大体、110億円ということですから、その規模の大きさがお分かりいただけるかと思います。
繰り返しになりますが、他の公立病院と同じ割合に置き直した場合の支援額が三木市の場合6.5億円となるということですので、6.5億円×5年=32.5億円が5年間に必要だと仮定しましょう。
その額を、三木市が今後5年間に充てることになる100億円から差し引いても、なお、67.5億円ものお金が他の公立病院よりも余計に充てられる計算になります。
これって、どうなんでしょうか?

ちなみに、人口8万人とした場合の1人当たりの支援額は、5年間で、4万円(32.5億円/8万人)) ⇒ 12.5万円(100億円/8万人)となり、
5年間の市民1人当たりの税負担に占める病院支援の割合は、6%  ⇒ 18%にも上ります。
実に、私たちが納める税金の5分の1程度が病院の支援に充てられる計算になります。
さらに、1日あたりの支援額は、178万円(6.5億円/365日)  ⇒ 548万円(20億円/365日)となります。(およそ3倍)

こんな考え方はおかしいとおっしゃる方は、ご指摘をお願いします。話がややこしすぎて考えれば考えるほど頭がこんがらがってきています。イマイチ自信が持てませんので···。(笑)


それはともかく、病院を今すぐ廃止しろとまでは言いませんが、せめて、他の公立病院と同じぐらいの水準の支援で経営が維持できるよう、身の丈にあった状況に抑えるには、一刻も早い、抜本的な規模の縮小、見直しを図る必要があると考えるのですが、そのような動きはほとんど見えてきません。
rfuruya2さんもおっしゃっておられましたが、これでは行政の「怠慢」のなにものでもありません。


ただし、この「50億円」の根拠ですが、『財政危機宣言』を発した当時の市からの支援見込額は15億円であり、上記の6.5億円を差し引いた残りのおよそ10億円が基礎となっていると思われます。
しかし、最終的には平成20年度の支援は、最新の資料によると10億円だったようですので、この額から6.5億円を差し引くと3.5億円、多く見積もっても4億円に減るわけで、5年で20億円の歳出カットで賄えるという計算になるはずなのですが···
私には、この「50億円」という数字がどうも独り歩きしてしまっているような気がしてならなりません。
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by kkamoike | 2009-06-09 23:27 | 三木市政 | Comments(2)

飾れば飾るほど自分(真実)を見失う

「今、立ち向かう三木のまちづくり」と題した資料が三木市のホームページに出ています。



その資料の冒頭には、「なぜ、財政危機なのか」という項目があり、小さな字で「病院経営の悪化」と書かれてあります。
「財政危機宣言」を出した背景については、宣言を発した当時の質疑応答の文書にも詳しく書かれてありますが、そもそも病院経営の悪化に端を発した財政危機であったはずなのに、いつの間にやら、財源を捻出するための一手段として掲げていた職員の方たちの給与カットが、訳のわからない民間企業との比較資料によって浮き彫りにされた揚げ句、公務員の厚遇の適正化こそが、三木市の財政を建て直す上での改革の本丸かの如く取り上げられ、問題の本質が巧にすり替えています。
素直に、「病院を建て直すために、職員の給与をカットすることで、病院の赤字分を補填したいのです。必要額は、概算で給与費全体の7%になります。」とだけ言えばわかりやすいものを、何の根拠かもわからない資料を持ち出し、色んなことをあれこれ詮索し、余計なことまで持ち出そうとするもんだから、私のような素人にまで突っ込まれてしまう、つじつまの合わない説明になるのです。


オンブズマン三木さんが取り上げておられる「1、2行議員」の発端となった会見のコメントも同じです。
議員の方たちが本当に1、2行のことしか発言していないのであれば、「アンケートで書いた内容しか発言しておられません。」とだけ言えばすむことを、回りくどい言い方をするから、後あと言い訳がますます苦しくなるのです。
言ってることにつじつまがあわないのは、真実を隠そうとする意図があるからです。


『飾れば飾るほど自分(真実)を見失う』という言葉があるそうです。
飾りすぎて「まちづくり」における真実や改革の方向性だけは見失わないようにお願いしたいものです。



それにしても冒頭で紹介した「今、立ち向かう三木のまちづくり」、次期選挙用マニフェストのようにも見えるのは私だけでしょうか。
「三木」ではなく「私」の間違いなのでは?とも感じてしまいました。


追伸
今回の記事、「雑感日記」さんが別の角度からの分析の中で早速取り上げてくださいました。
冷静な判断に基づくご意見だと思います。
ぜひご覧ください。
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by kkamoike | 2009-06-08 21:59 | 三木市政 | Comments(0)

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