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どうぶつのつぶや記

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三木市職員、これからの三木 雑感

「10年間自分で考えたらだめな組織だったので、職員が育っていません。」
これは、あるフェイスブックで、三木市政を取り上げた記事に対するコメントです

仮に、三木市が、そのような組織であったなら、志を高く持ち、公務員の仕事に懸命に取り組んでこられた方たちにとっては、さぞかし、やりきれない、そして苦しい10年間だったのではないでしょうか?

一方で、「いつか夜は明ける」と信じ、腐らずに、その瞬間を夢見て、懸命に耐え、目の前の仕事と真剣に向き合ってきた方たちもいるはずです
今の三木市にもそんな方たちが必ずいると信じています


子どもの教育を語る時などに、よく言われる、「自由」と「規律」

「規律」は、好き勝手なことができず、窮屈という印象がありますが、一方で、自分で考えなくても、上からの命令どおりに従っていれば、責任はとらなくてもいい場合があることを考えれば、ある意味、楽です

しかしながら、「自由」は、一見、楽に見えるけれども、自分で責任を持って考え、行動することが求められるので、厳しく、しんどい面があります

職員の方たちにとっては、これから、今まで以上にやり甲斐を持って仕事に取り組めるという反面、今まで経験したことのない、
もしかしたら、全国のどの自治体職員も経験したことのないような大きな壁、これまでの困難とは全く次元の違う困難にぶち当たることになるかもしれません

そんな時は、ぜひ、仲田市長とともに、その困難な状況から「自分たちの手で、この組織を蘇らせるんだ」という気概を持って、頑張っていただきたいです
そして、冒頭のようなコメントの予想を裏切るような活躍を期待しています

私たち三木市民も、頑張る職員の方たちを温かい目で見守り、応援し、市と協力しながら、この三木を今まで以上に魅力あるまちにしていけたらいいなと思っています

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by kkamoike | 2017-07-14 21:39 | 三木市政 | Comments(0)

物言わぬ政治家、物言わぬ組織からの脱却こそが「地域主権」への第一歩

三木市は本当にこれからどうなっていくのか、冷静な判断ができる指導者がいない中で、市政はますます混迷を極めるのではないか、今回の「子育て応援特別手当」の市単独の支給決定に至った市の判断を見るにつけ、ますますその思いが強くなりました。
ふるさと日記さんは、今回の件において議会からの発信が何もされないということに疑問を投げかけておられます。
また雑感日記さんは、今回の政策が組織内でどのように決められたのか、その経緯がわからないと感じておられるようです。
私もお二人のご意見に全く同感です。
三木市政が開かれた市政運営になっていない、極めて閉鎖的な状況の中で意思決定がなされているのではないかという疑念を市民に抱かせてしまっているのは非常に残念なことであり、これから「地域主権」の実現を目指していくうえで、見過ごすことのできない深刻な問題だと思います。


このような深刻な問題を克服する手立ては、やはり、市政に携わる人たちから地道に情報発信を続けていくしか方法はないのではないかと思っています。
しかしながら現状は、市からの情報発信自体、ピントがずれている内容が多かったり、市長や議員など、一政治家としての発信もほとんどされておらず、肝心なことに関しては緘口令がひかれているかのごとく一切の情報発信がされませんから、私たちも今の三木市政がどの方向に進んでいるのか、どういう目的で政策決定がされたのかさっぱりわからないのです。
市長のやることに何でも賛成なのか、自分の意見を持っていないだけなのか、持っているけれども公にする自信がないのか・・・
いずれにしても、黙っていては話にならない(仕事にならない)のです。
物言わぬ政治家はもう時代遅れです。
政権交代によって、国政の世界では、いろんな意味で政治家の意識、行動が変りつつあります。
そして、国民の政治家を見る目も徐々に養われてきているのです。


市民に市政を身近に感じてもらうことが、これからの地域に根ざした市政を展開していく上で必要な要件だということは、誰もが認めることだと思います。
そのためにも、市民にわかりやすく市の動きを伝えていく、そのような最低限の情報発信を、組織として、政治家個人として日常的に行っていくのが基本ではないのでしょうか。
決して、難しいこと、高度なことを求めているわけではありません。
情報発信の方法が、ブログやホームページでなければならないとも言っていません。
どんな形でもいいので、自分の出来る方法で、市民に語りかけ、いろいろな場面で意見を交わす、そして、市民に見える形で報告するという基本姿勢を、まずは愚直に守り、実行していただきたいのです。


もう一点、組織の内部でも、どれだけ市長に意見を言えるキーマンをつくるかということも忘れてはなりません。
以前からもこのブログで再三、指摘してきたことですが、やはり一般の職員がおかしいと思っても、市長に直接物申すことはなかなかできないでしょう。
だからこそ、副市長という存在、市長の右腕となり、場合によっては、市長の暴走、誤った方向に進みそうなときに冷静にその動きを制御し、コントロールできる人の存在というものが、やはり必要になってくるのではないかと、今回の件であらためて強く感じました。
副市長という存在を「削減対象経費」にしか見られないのは、裏を返せば、人の可能性、使い方を知らないからだと思います。
ぜひ次の市長には、副市長の存在意義がわかる人で、上手に使いこなせる人であってもらいたいですし、同時に、議会や職員を敵に回すのではなく、ともに三木市発展のために持てる力を存分に発揮してもらえる関係づくりが築ける人であってもらいたいと思います。
また、その期待に応えうる議員、職員であってもらいたいと思います。
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by kkamoike | 2009-10-19 20:24 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(5)

ブログのチカラ

前回の記事では、「説明責任」について触れました。
自分の住むまちの良さをPRする上でも、行政の仕事を市民に正しく理解してもらう上でも、自治体職員にはあらゆる場面での対人能力、とりわけ「説明責任能力」が問われてくることになります。
市民にも、市民以外の方にも、自分たちがすすめるまちづくりにいかに関心をもってもらうか、いわゆるサポーターをどれだけ多く取り込めるか、それを実現していくには、職員がどのような能力を身につければよいか、それぞれの自治体は真剣に考えていく必要があるのではないかと思います。


ところで、皆さんは、「武雄職員物語」というブログをご存知でしょうか?
このブログは、既に、武雄市民物語さん雑感日記さんでも取り上げられていますが、武雄市の新任職員の方たちの手で綴られています。
このような形式のブログは、役職の違いこそありますが、三木市の近隣の姫路市でも発信されています。
こちらは、幹部職員の方たちによる持ち回りです。
部外者の私が言うのも大変失礼な話ですが、最初はやらされ感といいますか、なんとなく不慣れなこともあってかぎこちなく感じたりもしたのですが、最近は、取り上げられている視点も切り口も、幹部職員ならではの味のある内容になってきたように感じます。
これは、市長自身も率先してブログを発信し続けておられるということもあるでしょうが、自ら担当する事業を自らの言葉で、市民にわかりやすく説明し、同時に、自分たちの住むまちの魅力を自分たちの言葉で表現、発信することの重要性、意義というものを少しずつお感じになってこられたからではないかと感じています。(偉そうなことを言ってスミマセン)
雑感日記のrfuruyaさんが常々おっしゃっておられることですが、特に幹部職員ともなると、日々の業務が忙しく、なかなかブログを仕事として認知できないのが一般的といえば一般的なのかもしれませんが、ここにきてようやく定着しつつあるのは、仕事としての認知が幹部職員の間で共有されてきたからかもしれませんね。
私たちの住む三木市でも、以前、市長を筆頭に各部長によるブログがスタートしましたが、残念ながら、ほとんどのブログが機能していない状況となってしまいました。
そんな中、このブログだけは、まさに優等生といいますか、三木市民が全国に自慢できるレベルにまでになってきているなといつも感心して見ています。


いろいろと書きましたが、私自身は、これからの公務員に必要な能力がどんなことで、どんな意識で仕事をすることが肝心で・・・云々という机上の勉強はもちろん大事だとは思いますが、例えば、ブログというツールを用いることで得られるもの、何らかの気付きや発見、知らず知らずのうちに能力開発などが図られていくような環境を意図的に与えていくことも大事なことではないかと感じます。
自分の仕事やまちのこと、あるいは自分が普段感じていることなどをどうすればわかりやすく端的に表現できるか。そのためには、当然、伝えたいことについて深く理解しておくことも必要でしょうし、普段からいろんなことに目を配っていなければ記事として取り上げることも難しいのではないかと思います。
仮に記事の継続を一時的に断念せざるを得なくなった時でも、「自分には向いていないから無理だ」とか「自分の能力の限界だからもうやめ」と短絡的に考えるのではなく、自分に何が足りないのかといったところを目の当たりにできたり、これからの努力目標を自分で認識できれば、等身大の自分と真正面から向き合うことができるのではないかと思います。
人材育成の観点からのブログを活用することについては、この方のブログのほうが、簡潔明瞭にまとめてありますのでご覧ください。
ブログくらいは毎日書こうよ
新しい時代にマッチしたシステムを創りだす


いずれにしても、武雄市民物語さんもおっしゃるように、これからどのように、武雄市の「金の卵」さんたちが成長していくのか楽しみですね。
大げさかもしれませんが、ブログは、まさに自分自身の成長記でもあり、自らの実力を試す勉強(実践)の場でもあるのではないかと思います。
そういう意識でブログと向き合うことができれば、違った観点で取り組むことができたり、新たな発想が湧いてくるかもしれませんね。
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by kkamoike | 2009-10-15 22:05 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(4)

「意識改革」、「意識改革」というけれど

部下のモチベーションを上げる要素の一つに「フィードバック効果」というものがあります。
この効果をもたらすためには、取り組みや結果に対して評価される機会が与えられる必要があります。
上司の重要な役割の一つとして、客観的な評価を知る機会を創り出す、つまり、部下の仕事に対するフィードバックを行うことが求められます。

部下は、常に「計画的にやっているつもり」「頑張っているつもり」「わかりやすく説明しているつもり」であるはずですが、実際には「つもり」になっているだけのことも多く、必ずしも周囲の評価と一致するとは限りません。
この「ズレ」を上司が部下に対して客観的に伝えるためには、部下の仕事を正確に把握していなければなりませんし、上司自身が尊敬される仕事の進め方をしていなければ、部下に不満や不信感をもたらすだけの結果となってしまいます。

そのためには、まずは上司自身が「部下を把握しているつもり」になっていないかを、自らチェックする必要があります。

また、部下本人に改善を促すためのフィードバックをする際には、必ず、その原因や対策なども同時に伝えることが重要です。
ただ単に「悪い」と指摘するだけでは、部下のモチベーションを低下させてしまうことにもなりかねません。
「次に何をすべきか」という成功や改善への道筋を示すのと同時に、部下の現状を正確に映し出してあげることが、達成に向けたモチベーションを生み出すポイントとなります。

「意識改革」も同じです。
「意識改革が必要」と、ただただ念仏のように繰り返すだけでは何の効果も期待できません。
そういうことを軽々しく口にする上司のほうこそ、本当の意味での「意識改革」が必要といえます。
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by kkamoike | 2008-10-31 21:59 | マネジメント | Comments(0)

「精神論」とマネジメント

三木市の「財政危機宣言」、一時期に比べると、しらけムードからなのか、期待感が持てない表れなのかはわかりませんが、あまり話題に上ることはなくなりましたが、依然、私の周りの評判はよくありません。
果たして、このような「ショック療法?」ともいうべきやり方で、まちは本当に元気になり、再生していくのでしょうか。
今後の展開を注意深く見守っていきたいと思います。

さて、トイレ掃除のときにも感じたことですが、「みんなで力や知恵を絞ればなんとかなる。」とか、「行政はもちろん住民側にも意識改革が必要」などといったいわゆる「精神論」を振りかざすことによって、この危機的状況を克服できるといった錯覚がマネジメントの根底にあるように感じてなりません。

しかし、みんなが知恵を出し合い、協力し合うという、前向きな気持ち、雰囲気を生み出すためには、実はこんなときだからこそ、逆転の発想で、底抜けに明るく、みんなが元気になる方法や仕組みを組織の内外で作り出し共有していくことが大事なのではないかと思います。
例えば、市が畑を耕し、種をまいたことで、こんな芽が市民レベルでも出て来るような流れを至るところで作り出すイメージです。

また、人の性格に置き直して考えた場合、自分ではコンプレックスの部分や人から欠点だと見られている部分であっても、ちょっと視点や発想を切り替えるだけで、セールスポイントになったり、長所としてとらえられるようになったりするように、まちづくりにおいても、そのまちにしかない魅力、まだ掘り出されていない隠れた魅力を探し出し、それを最大限に活かしていこうという意識から新しい発想や展開が生まれてくるのだと思うのです。

そのような試みに何度も挑戦し、いくつもの可能性を探っていくことでみんなの意識が変化し、自分たちの自信へとつながり、新たなパワーが生み出されてくるのではないかと思います。
そして、そのようなチャレンジを部下や市民にばかり求めるのではなく、トップ自らも実践し、市民の心に響く行動をとることが大事なのではないかと感じます。
そのような意識や行動もない中で、ただ職員や市民にアイデアの提示や意識改革を求めたところで、期待する成果が出てくる可能性は低いといえるでしょう。

今回の記事、特に、「精神論」に頼ったマネジメントがもたらすものについては、自分の力ではうまく表現しきれませんでした。
「マネージメントが精神論だけを語りだしたら…」というブログ記事にわかりやすく解説されていますので、ぜひそちらをご覧ください。
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by kkamoike | 2008-10-29 20:20 | マネジメント | Comments(8)

お客様満足と自己実現

rfuruyaさんが
『止めることの奨め』という記事の中でこんなことを書かれていました。

基本はあくまでも、
『消費者の満足』=Consumer Satisfactionであって
『顧客得意先の満足』=Customer Satisfactionであってはならぬと思うのだが、
日本の場合のCSは後者の場合が圧倒的に多いように思うのである。
英語の訳語も堂々とCustomerと無意識のうちにそう使っているところが殆どである。



この話とは少し視点が異なりますが、実は、会社(組織)だけでなく、社員(個人)レベルでも、仕事をする上で、目を向けなければならない対象を取り違えてしまうことがしばしばあります。

ある雑誌の中で、仕事上の悩みに答える特集がありました。
「仕事を通じて自分の個性を発揮し、自己実現したいが、今の職場では、個性を発揮できそうにない···。」といった相談に対する答えはこんな内容でした。

「仕事は、自己表現や自己実現の手段ではなく、他人の需要に応えるものであり、いくら、これが私の自己表現ですと主張したところで、人がそれにお金を払ってくれなければ飯は食えない。だから仕事として成立させようとするのなら、自己表現をすることよりも、他人の需要に応えることが重要となる。他人の期待や要望に応えようとすることが結果的に、自分を輝かせることにつながる。」



ここでいう「他人の需要」とは、基本的に「お客様の気持ち」と置き換えてほぼ間違いないでしょう。
全ての企業の目的のベースに、「お客様(消費者)満足」があるはずです。しかし、その目的を見失ったとき、企業は必ず衰退に向かいます。
そのためにも企業(組織)は、会社の目的をはっきりさせるべきですし、そのことを社員に対して明言しなければなりません。
売上げがどうとか、利益がどうかといった話も大事かもしれませんが、あまりそのことばかりを強調していても、社員の心には響かないでしょう。
会社の目的を明言したうえで、「安心して、全力で仕事にあたりなさい。」
実は、それだけでもいいのではないかと思います。



経営者の姿勢や心がけが、普段の社員にかける言葉として表現され、その言葉で、社員の気持ちや行動は如何様にも変わります。
そして最終的には、会社の風土へとつながっていくのだと思います。
良い職場環境かどうか、良い企業であるかどうかの一つの目安は、全ての社員が会社の目的を理解し、安心して仕事ができる環境が社員に提供できているかどうかだと思います。
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by kkamoike | 2008-10-23 21:30 | マネジメント | Comments(3)

R175が見て、聞いて、読んで感じたことを書き綴ります。
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