どうぶつのつぶや記

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政治家失格

「議員報酬の削減」という議会自らの提案が否決されたそうです。
この事態に、それぞれのブログで意見が述べられています。

私は、これまでも市長の報酬カットや職員の給与カットがなされた際に、これらの取組は「改革」とは言わないと繰り返し述べてきました。
最後まで手をつけてはいけないはずの部分でありながら、このようなところに真っ先に手をつけることは誰にでもできることであって、最低で最悪の経営でしかないと批判し続けてきました。
三木市が常に模範としている小野市の市長は
「いくら苦しくても労働の対価としての報酬には最後まで手をつけない、あらゆる手段を尽くして経営の健全化をめざすことが本当の経営者のあるべき姿である」
というようなことを某全国区のビジネス雑誌で語っておられたと記憶しています。
別に小野市長が特別な存在なのではなく、このような考え方を持っておられる経営者、実際に苦しい状況の中でも実践しているトップの方は官民問わずたくさんいらっしゃいます。

しかしながら、三木市においては、市長の報酬カットのパフォーマンスを皮切りに、職員の給与カット、さらには議員の報酬カットがなされてきたわけです。
そこに至った経緯は、私たち市民にはわかりません。
その取組自体が良いのか悪いのかは別として、少なくとも大義名分としては『市民サービスを低下させない』ための苦肉の策であったと考えたいのです。
そのような取組であったとするならば、いかなる理由があるにせよ、市民をも巻き込んだ三木市全体で特別な取組をしている真っ只中に、議員だけが報酬カットを免れることはあってはならないと思うのです。

すなわちカットを取りやめた時点で、この取組の大義名分はなくなり、単なる弱いものいじめ(手っ取り早くカットできる者からカットするという意味)の取組に成り下がってしまいます。
今回の議員報酬カットの取りやめは、そのような邪まな考え方を結果的に露呈したことになると考えます。

また、泉議員がご自身のブログで述べておられたカットに反対する理由の一つに「報酬カットが本当の議会改革ではなく、議員自らが政策を立案する集団に変革していくことが本当の改革である」というようなことを挙げておられますが、では、市長や職員はカットしたままでいいということでしょうか?

私たち市民は、議員だけでなく、市長にも職員にももっともっと良い働きをしてもらいたいと願っているのです。
特に、市長には、報酬カットというくだらないパフォーマンスは一刻も早くやめていただき、まともな市政運営をすることに力を注いでもらいたいと思っているほどです。 カットしているからこれほどまでにくだらない施策しか考えられない、また、まっとうな施策を考える必要はないと開き直っているのではないかとも思えてしまうほどですから。

いずれにしても、カットに反対した議員の方たちに言いたいのは、自分たちの都合のいいように市民の声を解釈されては困るということです。
そして何より政治の大義名分を忘れてしまっては「政治家失格」だということです。
どのような経緯があったにせよ、また、いろいろとそれらしい理屈を並べてみたところで、過去にみんなで報酬や給与をカットして市の健全財政に寄与しようと一旦は議会でも承認をして取り組んできたことなのですから、カットを戻したいのであれば、先ずは、これまで市民から批判され続けてきた議員の働きを改め、実際に目に見える形で表現し、それを市民に評価してもらってからカットを取りやめるのが世間一般の常識、筋ではないかと思うのです。
今はまだ、残念ですが、とても報酬に見合う仕事をされていると評価できるレベルではありません。
それに、お金が伴わなくてもできることはたくさんあるはずです。

「政治家失格」という烙印を押される前に、自分たちの主張を正当化するだけではなく、市民の目線にたった議論から始めるべきでしょう。
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by kkamoike | 2011-06-29 21:16 | 三木市政 | Comments(9)