どうぶつのつぶや記

<   2010年 02月 ( 2 )   > この月の画像一覧

「お互いに学びあい、成長していく」ということ

やまかずさんの「教育論」とてもよかったです。
ますますファンになりました。
私も今回のオリンピックでの代表選手たちの活躍、その一方で偏った報道の仕方などを目にする中で感じたこと少しだけ、自分の考えを整理する意味も込めて書いてみたいと思います。


今の世の中、大人も子どもも、社会のシステム、マスコミの対応に至るまで、ゆったりとした気持ちで相手と接するといいますか、広い心で包み込むおおらかさといいますか、もっと身近な言葉で言うなら「見守る」という心のゆとりが非常に欠けてきているんじゃないかと感じます。
「見守る」とは、単にその人の行動をじっと見ているだけではなく、ある時は励ましたり、ある時は誤った方向に行ってしまいそうなった時に、自分が経験してきたこと、学んできたことなどを踏まえて的確なアドバイスや助言をして軌道修正してあげることなんだと思っています。
間違った道だと知ってて、その間違った道をあえて進む場合もあれば、間違っていることを知らずに進んでしまう場合もあります。
それは大人でも子どもでも同じことで、人間、誰だってそういうことはあるわけです。
そう考えると、人間というのは何歳になっても未完成であるし、学ぶ機会の連続なんですよね。


「学ぶ」というのは、教職の資格を持っている人や年齢が上の人から教えてもらうことばかりじゃありません。
親は子育てをする中で、子どもから教えられる事があるでしょうし、先生も生徒と向き合う中で、生徒から学ぶことはいくらだってあるはず。
スポーツの世界も、まさに今、オリンピックたけなわですが、世界を相手に戦っている人たちの中には若い人たちも多いわけですが、もちろん彼らと彼らを支える指導者などの人たちとの間にも教え、教えられの関係が幾度となく繰り返されているはずです。
そして、私たちもまた、彼らのひたむきな姿勢や挑戦に大きな感動を覚え、いろいろなことを学ばせてもらうわけです。


さらに、「学ぶ」ことは、人と人とのかかわりの中から生まれてくるもので、いうなればそこに社会とつながっているという自覚を持てる場面であると同時に、社会に貢献している(貢献していこう)という意識が芽生えてくる場面でもあるのだと思います。
世の中には、ある程度器用に立ち回れる人もいますが、不器用な人もいっぱいいます。
不器用だからといって「あいつには何をさせてもダメだ」とか、「おまえはいつも何をしているんだ」とか、「情けないやつだ」と頭ごなしに言ったりする前に、相手に今何が足りないのか、それを克服するにはどういう手助けをすればいいかを真剣に考えたことがあるのかと問うてみたいです。
優しい言葉や相手の機嫌を損なわない言葉ばかりをかけてあげることがいいとは思っていません。
あえて冷たく突き放すことが必要な時もあっていいと思います。
しかし、少なくとも、どんな教え方やアドバイスをしてあげるにしても、その底辺に相手を思いやる気持ちがないと、「教育」は成り立たないのだと思います。


人間、誰でも未完成なところもいっぱいありますが、そういうところに少しずつでも自分で気付いたり、人から気付かせてもらったりすることはお互いにとっての学びにもなっているはずです。
そして、失敗したり、上手くいかなかったりすることもまた、成長する上での糧へとつながっているはずです。
お互いに学びあいながら、成長する。
そうしながら今をともに生きているんだ(ちょっと大袈裟かな?)という想いや喜びが共有できる社会になればいいなと思っています。
[PR]
by kkamoike | 2010-02-20 17:54 | みっきぃふるさとふれあい公園

「自分の心をコントロールする」ということ

長い間、書けずにいます。
書かないのではなく、書けないのです。
なぜだか、突如、書けなくなってしまいました。
もしかして、プチ「燃え尽き症候群」???
別に自分のことでもないのに笑っちゃいますよね。
それとも単なる「怠け心」か???


それにしても、日々、多くの方が訪問してくださっています。
そして、さりげなく応援してくださる方たちにも心から感謝しているのですが、しかしその反面、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
今回、あらためて感じたことは、日々さまざまな関心をお持ちになり、いろんな側面から記事が書き続けられる人たちって、本当に凄いなということです。
それにしても、自分ではどうしようもない心の動き、心をコントロールできない自分に対するもどかしさを感じる時って、こんなものなのでしょうか。


そんな中、最近、心が良い方向に動いたことがありました。
それは、先日のぼっけもん修さんが書かれた上村愛子さんの記事を読んでジーンと来たことです。
ぼっけもん修さんの文章にはいつも感動させられるのですが、私自身も今回のモーグル決勝をテレビで見ていて、オリンピックというその瞬間のために4年間、全ての力を注ぐ選手たちの心の強さとひたむきさになんともいえぬ大きな感動を覚えました。
一方で、どんな状況にも負けない「強さ」を持つにこしたことはありませんが、例えば、
「上手くいかなくても当たり前」
「自分の思うようにできなくても当たり前」
なんだと思える心を持てるようになることも、ストレスマネジメントを高める上でも、また、自分自身の心をコントロールする上で非常に大事なことなんだなとあらためて気付かされました。
この「当たり前」という言葉、以前にある人から、「できなくて当然」と考えるのではなく、「成功する(当たる)前」の過程だと考えればいいんだよと教えてもらったことがあります。
そして、生きていく上では、自らを追い込むほど頑張って生きていかなければならないこともあるけれども、その過程で心の葛藤や逃げたいという心が芽生えたとしてもそれを「打ち消したり」、「自分を責めたりする」ことをしないことも大事なんだと···。
そのような失敗や上手くいかないことがあるから「成功」がある。
たとえ「成功」という目に見える形のものを手に入れることができなくても、最終的には自分自身が納得できる結果がもたらされるはずだと···


ふと、そんな言葉が頭をよぎり、自然と肩の力が抜けたような気がしました。
「自分の心をコントロールする」ということは、自分の心を楽にさせることができる発想を持てることでもあるんでしょうね。
[PR]
by kkamoiKe | 2010-02-17 21:38 | マネジメント