どうぶつのつぶや記

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政治家は語れてなんぼ

選挙の余韻もようやく収まってきたようです。
一時的にブログのアクセス数も多くなっていましたが、最近は、平常どおりのアクセス数に落ち着いてきました。

今回も前回に引き続き、議会のネタです。
今回の市長選挙でも、常々市民が不信感を持っている市会議員の資質が随所に露呈されたのではないかと私自身は感じています。
どういう点でそのように感じたのかいくつかの事例で紹介したいと思います。


投票日前、ある場所に某市会議員の方が新人候補を引き連れてお見えになったのですが、ただ「よろしく頼みます」という内容の言葉ぐらいしか発せられず、そのまま新人候補を紹介されました。
もちろん主役は市長選挙の候補者なのですが、私としてはせめて、この市会議員が「候補者の訴えるこの施策を一緒に進めていきたいと思っている」であるとか、「この候補者がめざしているこういうまちづくりの方向性に共感したから私は彼を応援しています」など、自分の描くまちづくりの姿と重ね合わせながら推薦理由をしっかりと語ってもらいたかったと強く感じました。

相手がどうだこうだというような比較論だけを用いるのではなく···


また、現職候補がマニフェストに掲げておられた「議員定数削減」に関する見解も、残念ながら市会議員の方の口からは一切触れられませんでしたが、一有権者の気持ちとしては、議員自らの言葉で、「この問題は、現職候補に言われなくとも必ずや自分たちの手で定数削減も含めた議会の改革を断行していくので期待して見守ってほしい」という意気込みぐらいは語ってもらいたかったと感じました。


やはりこのような短い時間しか与えられていない場面でも、自分の考え、まちづくりについてのビジョンがしっかりと語れない、あるいは効果的なメッセージを発せられない政治家では、有権者の市会議員を見る目が厳しくなるのも頷ける気がします。
もう「顔パス」だけで有権者がついてきてくれる時代ではないのですから。
「政治家は語れてなんぼ」の時代なのだと思います。
有権者はそんなちょっとしたところをしっかり見ているものなんだと思います。
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by kkamoiKe | 2010-01-25 17:57 | リーダーの条件

議員定数削減問題と三木のまちづくり

議員定数の削減について反対しているわけではないのですが、この議論の切り口の一つとして、今の議員の存在、活動が見えないから、「定数を減らしてもよい」という発想はおかしいような気がします。
例えば、全ての議員が有能な人であり、市民のために一生懸命活動できる人たちばかりであったなら、私は定数「20」でも多いとは思いませんし、支払う報酬についても決して高いと思わないでしょう。
議員の能力や活動が不十分だということと、定数が多いから少なくするということは分けて考えるべき問題だと思っています。


そして、若い有能な人たちが議員という政治家を志し、議員という職業で生活が成り立っていくような環境を長期的な展望にたって整備するにはどうすればよいか···
本来、定数適正化を含めた議会改革の議論は、そんな観点からも行われるべきだと思っています。
「削減」ありきの改革、「削減」しか能のない改革は、もう時代遅れなのだと思っています。
若い世代に魅力あるまちづくりを真剣に考えるのであれば、若い有能な政治家をたくさん輩出できる環境づくりをまずは真剣に考えることが必要ではないでしょうか。
高齢者の割合が多い、将来に明るい展望を見い出しにくい三木市の厳しい現状があるからこそ、単に定数削減に賛成、反対という単純な議論だけに終始するのでなく、斬新な発想にもとづく冷静な議論が、今こそ望まれているのだと思います。
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by kkamoike | 2010-01-20 21:14 | 三木市政

声を上げることの大切さ 

2010.1 三木市長選開票結果
投票率60.61% (前回54.5%)
薮本 吉秀 23727 (前回23752)
稲田 三郎 16658



ブログのカテゴリーの中に「2010.1三木市長選挙」を設けてきた以上、選挙結果をふまえた私なりの総括をしないままやり過ごすわけにはいきませんので、少しだけ感想を述べさせていただきたいと思います。
私としては薮本さんのこの4年間のやり方、手法がとにかく気に入らなかったこと、また実績などのトータル的な自分なりの評価から、できることなら新しい人が市長に選ばれ、双方向の対話のできる、風通しのよい三木市政を実現してほしかったのですが、とても残念な結果となってしまいました。
今回の選挙で分かったこと、勉強になったことはたくさんありました。
特に勉強になったことといえば、
選挙では、正論ばかりを主張しても勝てない場合があるということ。
また、多くの人が正しいと感じることであっても、全ての人が同じように思っているとは限らないということです。
このことは、社会を生き抜くための術としても、心しておかなければならないことだと私自身強く感じた次第です。


さて、今回、稲田さんがわずか2か月という非常に短い期間の選挙活動の中で獲得した「16658」という得票数をどう捉えるか?
(ちなみに、前回5期20年をめざした現職候補の加古さんが獲得した票数は12954)
自称「市民派」、「無党派」の薮本さんには、今回の選挙の結果を受け、結果的に少数派となった「16658」にものぼる市民の声にも真摯に耳を傾けていただき、改めるべきところは改めていくという、まさに市民派の名に恥じぬ歩み寄り、対話、説得、説明責任を果たしていただきたいと思います。
私は、このことこそが真の改革を実現するための第一歩になると確信しています。
有権者に受けのよいスローガンや、美辞麗句ばかりの公約を並べるだけではダメで、これまで何度も言ってきましたが改革のためのしっかりとした土台は、何をおいてもお互いの「信頼関係」を抜きにして語ることはできません。
もちろん、選挙期間中、現職候補が新人候補の姿勢を執拗に攻め続けた「なかよし政治」でも真の信頼関係は築けないと私自身も感じています。
しかし、自分勝手なやり方でもダメなのです。
適度な緊張感を持って、お互いの意見を堂々と、きちんとした議論のできる場で主張しあえる、本当の意味で切磋琢磨できる関係から生まれてくる「信頼関係」を何としてでもこの4年間で築き上げ、次のリーダーにバトンタッチしてしていただきたいと切に願っています。
それは今後の市長の力量が最も試される部分でもあると思います。
一方で、我々市民もこれまで以上に厳しく市政をチェックし、おかしいことはおかしいと声を上げ、これまでのような「民意」を盾にルールを無視した横暴政治を引き続き起こさせないようにしっかり監視していくことが大事だと思っています。


今回の選挙で、場合によっては体を張ってでも声を上げることの大切さを教えてくださった稲田さんの気持ちに、今度は、私たち市民がそれぞれの立場でこたえる番なのだと思います。
今回、新しく選ばれた市長を支持した人も支持しなかった人も、お互い、おかしいことにはおかしいと口に出せる勇気、逆によい取組に対しては素直に評価ができる勇気を持ちたいものだと強く感じました。


何はともあれ、両陣営の関係者の皆さんお疲れ様でした。
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by kkamoike | 2010-01-18 20:48

「品格」のはじまりは「たのもしさ」を持つことから

前回、「リーダーの真の品格」に関して記事を書いたところ、武雄市長物語さんに取り上げていただきました。
おかげさまで昨日の訪問者数はとんでもない数字に跳ね上がりました。
そして、さらに今日は、雑感日記さんにも取り上げていただきました。
ありがとうございました。


今回は、前回の記事でも使った、普段私たちの生活の中でもよく耳にする「品格」という言葉についてあらためて考えてみたいと思います。
いつものようにネタ探しをしていると、こんなブログの記事に出会いました。
抽象的なことしか書かれていない辞書などの解説より、より具体的に突っ込んだ内容になっている点で大変わかりやすく、胸の中にストンと落ちるような「説得力」を感じました。
もしよろしければご一読ください。
特に、「お葬式で亡くなられた人を携帯で撮る行為は許されるか?」というテレビ番組内での議論からの理論展開はかなり興味深かったです。
突き詰めて考えれば、この記事の後段に書いてあるとおり、相手に対する「おもいやり」、「いたわり」の心を持つこと、自分の主観で判断するのではなく、相手がどう思うか、どう感じるかという心遣いをもつことが「品格」のはじまりなんだという筆者の意見に思わず納得してしまいました。


さらに、この記事の中でも紹介されている司馬遼太郎さんの「21世紀に生きる君たちへ」を別のところで全文を読みましたが、すごく鳥肌が立ちました。
以下、特に感動した部分を抜粋したいと思います。
鎌倉時代の武士たちは、「たのもしさ」ということを、たいせつにしてきた。
人間は、いつの時代でもたのもしい人格を持たねばならない。
人間というのは、男女とも、たのもしくない人格にみりょくを感じないのである。
もう一度くり返そう。
さきに私は自己を確立せよ、と言った。
自分に厳しく、相手にはやさしく、とも言った。
いたわりという言葉も使った。
それらを訓練せよ、とも言った。
それらを訓練することで、自己が確立されていくのである。
そして、“たのもしい君たち”になっていくのである。



21世紀の今を生きる私たち一人ひとりがどれほど司馬遼太郎さんのこの言葉を実践し、その意味を子どもたちに教え伝えることができるか。
その大事な役割・使命が大人である私たち一人ひとりの肩にかかっているということをあらためて感じました。
このような心構えを持って行動していくことが品格ある人を育て、品格ある組織、社会、国をつくっていくのでしょうね。
「教育」って本当に大切なんだということがよくわかります。
そして、どんな時も、子どもたちの模範となるような行動、恥ずかしくない行動を大人の責務としてきっちり果たしていかなければならないこともあらためて感じました。
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by kkamoike | 2010-01-14 20:23 | みっきぃふるさとふれあい公園

非常時にこそ、リーダーの真の品格が顔をのぞかせる

『前へ、もっと前進』
この言葉は、皆さんご承知のとおり、樋渡市長がこの度の武雄市長選挙に向けて市民に対し発しておられるメッセージです。
物事をポジティブに捉えるか、ネガティブに捉らえるによって、大袈裟かも知れませんが、その人の生き方そのものが見てとれるような気がします。


樋渡市長のメッセージには他の候補者がいかなる人物であろうと、いかなる主張や政策を掲げようとも自分は自分の信じた道を突き進むのみという意思表示ともとれます。
相手よりも常に前を行くことで、武雄市を他のどの自治体のまちづくりよりも一歩も二歩も前に進めていくことができる。
そのことが必ずや市民の幸せにつながるという確信とそれをやり遂げる上での自信に溢れているようにも感じます。


私は、物事を常にポジティブに考えられる人は、周りを明るく、幸せにできる人であり、自分の生き方に確固たる信念を持っている人だと常々思っています。
樋渡市長は『他の候補を揶揄することなく』とおっしゃっておられますが、もちろん人と比べて自分を優位な位置に立たせようということなど最初から頭にはない方なのでしょうが、私は、むしろ、これまでのまちづくりや政策に「自信」があるからこそ、「揶揄」とまではいかないまでも変な小細工などを仕掛ける必要は一切ないと感じておられるのだろうと受け止めています。
そしてその「自信」を裏付けるものこそが、樋渡市長が4年間、市民の方とともに進めてこられたまちづくり、市民とのパートナーシップ、そして、揺るぎない信頼関係だと感じています。
信頼関係さえあれば、何も恐れることはないということなのでしょうね。


何事にも、どっしりと構えて事にあたることのできるスケール(器)の大きな人間を目指していきたいものです。
そういえば、以前読んだ本にこんなことが書いてありました。
『非常時にこそ、リーダーの真の品格が顔をのぞかせる』と。
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by kkamoike | 2010-01-12 20:45 | リーダーの条件

ブログの目的

前々回の記事おいしいもの見つけ隊隊長さんの記事を紹介させていただきましたが、隊長さん直々にお礼のコメントをいただきました。
ネット上ではありますがいろいろな方と情報交換ができたり、新しい出会いのきっかけが生まれるのもブログの大きな魅力ですね。
また、いろんな方のブログを拝見していると『なるほど!』、『本当にそうだよな』という気持ちになったり、
『いい話(言葉)だよな~』というしみじみとした感動が生まれたり、
ほのぼのとする気持ちやあったか~い気持ちにさせてくれたりすること、本当にたくさんありますよね。


最近のブログの中で、あらためて気づかされた記事、言葉がこれです。
不況だから。。。なーんて、自分が変えられないことを嘆いても
現状は変わらない。
それよりも!!
自分に変えられることに目を向ける。
今、自分だったら何ができる??
そう考え、行動できること。最後まであきらめないこと!!
が、楽しめるポイントじゃないかなぁ


次に、いい言葉だな~と感じた記事と言葉がこれです。
目標は、前向きに、分かりやすく!!!そして、それに向かって、ひたむきに

最後は、ほのぼとしたあったか~い気持ちになった記事と言葉です。
僕の夢は、みんなが笑顔になること。
いつしか三木市が笑顔いっぱいのまちになればいいな~と思います。
smile city 三木
これが、僕が見続けていたい夢です。



そういえば、先日の朝日新聞の天声人語には、鳩山総理がブログとツイッターを始めたことに対する手厳しい意見が書いてありました。
もちろん、単なる日記や公務とつながりにくい感想や本音からかけ離れた話ばかりを綴るだけなら公務の時間を割いてまでやる必要はないと言われても仕方ないことなのかもしれませんが、これらのツールを単なる発信だけのものとして活用するだけではなく、人とのつながりを生むきっかけをつくったり、様々な情報が交換できるツールとしても使いこなすことができれば公務の幅も大きく広がるでしょうし、新しい時代にふさわしい政治を実現していく上で欠かせぬツールになるのではないかとも思います。
マスコミも自民党の加藤さんももう少しこの辺の視点を踏まえながら、今後の推移を見守ってあげてもいいのではないかとも感じました。
どのようなツールもその機能を最大限に活用していけるのかどうかは、その人次第なのですから。
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by kkamoike | 2010-01-08 21:44

「人脈」をまちづくりのために最大限生かせる政治家であれ 

人とのつながりを「しがらみ」と見るか、「人脈」と見るかは人それぞれでしょうが、私はポジティブな意味で「人脈」を生かす方向に考えたいと思います。
教えて!gooのベストアンサーによると
元々、しがらみは漢字で「柵」と書くように、川などの流れをせき止めるために、杭などをうちこんでそこに竹などを渡し、堰を造ったものを指す言葉でした。
そこから転じて、ものごとの流れをせきとめ、まとわりついてくるもの。
人間関係などにおいても、何かに不随して、流れを止めるようなもろもろの余分なことなども指すようになったと思われます。

とあります。


一人よりも二人、二人よりも三人、三人よりも···
この人となら一緒にやっていける、この人とならいろんな情報を共有できる、この人と同じ夢を追いかけ実現していきたい···
そんな共通の目的を持って一緒にがんばっていこうという人たちと連携できればきっと素晴らしいまちづくりが実現できるはずです。
一人では何も出来ませんが、情報提供してくれる人や、協力してくれる人が一人でも多くいるということがまちづくりの力強い推進力となるはずだからです。
そういう意味で「人脈」と「しがらみ」は根本的に違うものだと思っています。


まちはいろんな人、家族、地域、職業、業界、団体、サークル、趣味などの「和」で構成されています。
まちづくりとは、いわばそのようないろいろな人たちとのつながりによって成り立っているものだとも言えます。
その人たちの生活を豊かに、向上させるためには、出来るだけその人たちからの本音を引き出す必要があるわけですが、その人たちとのつながり、お互いの間に信頼関係がなければ、本音を聞き出すことはできないでしょう。


原口総務相が新年にあたり松下政経塾で学んだ5つの誓いを書いておられます。
その中の一つにこんな誓いがありましたのでご紹介します。
「感謝協力の事」
いかなる人材が集うとも、和がなければ成果は得られない。常に感謝の心を抱いて互いに協力しあってこそ、信頼が培われ、真の発展も生まれてくる。



どれだけの人に心を込めて、自分のことのように力を入れて応援、協力してもらえるか···
そして、その期待にどれだけ応えられるか···
これも政治家の実力、市長にふさわしい器(人柄や力量)があるかどうかを判断する上で重要な要素の一つになると私自身は受け止めています。
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by kkamoike | 2010-01-06 19:26 | リーダーの条件

「脱・グレシャムの法則」

『おいしいもの見つけ隊 隊長日記』は、いつも家族全員で、おいしい食べ物やおもしろいお店のネタがアップされるのを楽しみにしているブログの一つです。
そんなとっつきやすい記事の中にも、しっかりとしたマーケティングのエッセンスが盛り込まれているところにも魅力を感じています。
もちろん、ビジネス、マネジメントに絞った記事もアップされています。
そんな『おいしいもの見つけ隊 隊長日記』から、最近、特に「ふんふん」と思わず頷き、納得させられた記事がありましたのでご紹介します。
『目先の利益、とらわれるな』です。ご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、まだ読んでいないという方はぜひご一読ください。
今回、私がアップした記事のタイトルにも使っている「グレシャムの法則」という言葉、恥ずかしい話ですが、この隊長日記さんの記事で初めて知りました。
最初はなんのことか(勉強不足で)全く分かりませんでしたが、記事を読んでいくうちに、マネジメントにおいて陥ってはならない法則であるということがよく分かりました。


そして、この「グレシャムの法則」について、ホームページで検索をしているとこんなページにも辿り着きました
『がんばれ社長!今日のポイント』 
ここでは、「脱·グレシャムの法則」というテーマで、詳しく説明がなされていますので、要点だけを抜粋してご紹介します。
「脱·グレシャムの法則」
●イギリスのトマス·グレシャムが1560年にエリザベス女王に対して進言した“Bad money drives out good.”(悪貨は良貨を駆逐する)という法則がある。グレシャムの法則とよばれるこの法則は、通貨の問題だけでなく、あらゆることに応用がききそうだ。
 ◇優先順位の低い仕事は、高い仕事を駆逐する
 ◇日常業務は、改善業務を駆逐する
 ◇既存事業が新規事業を駆逐する
 ◇既存客まわりが新規客開拓を駆逐する
 ◇耳ざわりの良い話が耳の痛い話を駆逐する
 ◇成績の悪い部門(人)に割く時間が、良い部門(人)に割く時間を駆逐する
 ···etc
●今やっている仕事を定期的に点検し、目標を達成するために個人や組織を軌道修正する機会が必要だ。経営方針の発表も役員会議も営業会議も部署内ミーティングもそのために存在する。しかし、そうした本来の主旨から離れた会議に出くわすことが多いのはなぜか?諸連絡や先月の成果と反省、今月の見通し発表などで終始し、グレシャムの法則に陥っていないかを点検する機能が備わっていない会議が多い。
(略)
●年に一回、半年に一回、四半期に一回、毎月一回、毎週一回、毎日、それぞれの頻度でチェックすべき事柄がある。問題が発生したから議題にのぼるのではなく、問題があろうがなかろうが定期的に議論すべきテーマがあるのだ。たとえば、次のようなテーマは是非とも社内で定期的に話し合ってほしい。
 ◇我社のビジネスモデルは変える必要がないか
 ◇ライバル他社は最近どのような動きをして、どんな結果を出しているか
 ◇顧客や市場を開拓するための活動は今のままでよいか
 ◇顧客満足度は半年前にくらべてどのように変わっているか
 ◇社員は活き活きと働き、存分に能力を発揮できる環境にあるか
 ◇社員の能力開発のためにすべきことはないか
 ◇我社の収益、生産性、財務体質は計画にくらべてどのように推移しているか
 ◇我社の事業目的や経営理念に近づくために、何をすべきか、何をやめるべきか
 ◇同業種·異業種の成功企業から学ぶことはないか
 ◇いまから新規に事業を始めるとしたら、今の事業をするか



三木市でもこれまで庁内会議なるものが定期的に開催され、ホームページなどで会議の内容がオープンにされてきましたが、残念ながら、最近は開催回数もめっきり少なくなり、会議の内容ももう一つ論点が定まっていないというか、中身に乏しい感が否めません。
「改革」に終わりなどない、日々「改革」であるはずなのですが···。
しかし、こういう一見派手ではないけれども、日常における地道な一つ一つの点検や話し合いの積み重ねこそが本当の改革実現に向けた土台になっていくのではないでしょうか。
以前にも「改革」の定義を引用しましたが、「改革」とは、上から押し付けるものでも、スローガンや聞こえの良い言葉だけで表現できるものでもなく、実は内から湧き上がってくるものであったり、日々地道に根気強く取り組んでいかなればならない一つ一つの積み重ねという部分が「改革」の成否を大きく左右する要素になるのではないかと感じたりもします。


政治家や候補者が「改革」を口にする際、我々が最も注意しなければならない点は、「改革」だと唱える一つ一つの項目、派手に目を引くアドバルーンのようなスローガンだけではなく、改革を行っていくためのポイントをどこに置いているのか(置こうとしているのか)という点についてもよく観察し、スローガンの裏に隠された本当の意図を理解する必要があるのではないかと感じます。
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by kkamoike | 2010-01-04 20:04 | マネジメント

『テキトー』、『いい加減』という言葉が持つ力

前回の記事で『信頼関係』について書いたところ、雑感日記さんに新年早々取り上げていただきました。
いつもありがとうございます。
その中で、「『生真面目で、固い人』よりも『テキトーでいい加減な人』のほうが信頼関係が生まれやすい」という意見を述べておられます。
私もまったく同感です。


『テキトー』、『いい加減』いい言葉ですよね。
これらの言葉はいろいろな場面で使われることがありますが、私はどちらかというと、自分に対しても、他人に対しても、「適度な具合で事に当たればいいんだ」とか、「良い加減に調整すればいいよ」というような使い方をできるだけしていきたいと思っています。
要は相手を思いやる気持ちを表現したいときや、自分に言い聞かせたいときにこの言葉をできるだけ、さりげなく使っていきたいと思います。


そんな言葉を頑張っている人(自分)、がんばろうとしている人(自分)、あるいは考えに行き詰まってしまった人(自分)、自信を持てなくなった人(自分)に掛けてあげることができれば、スッと肩の力が抜け、普段通りの気持ちで物事に向き合えるようになることで、自分本来の力、あるいはそれ以上の力が発揮できたりすることがあるかもしれませんよね。
そんな言葉をさりげなく掛けられる人は間違いなく、自分に余裕のある人でしょうし、自分に余裕がなければ他人や自分を思いやる言葉や勇気づける言葉は掛けられない、そんな気がします。


何事に対しても心に余裕を持つことがお互いの『信頼関係』をより強固なものにしていくんだと思います。
先ずは身近にいる人たちに一声かけることから始めてみませんか。
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by kkamoike | 2010-01-02 15:45 | みっきぃふるさとふれあい公園

信頼しあえるまちづくり

信頼関係は自分自身の心の反映だ。
たとえ、自分が損をしたとしても、人を信じていく。
その中でしか、信頼関係は生まれない。
信頼とは、外に求めるのではなく、自ら心の内に求めるべきものなのだ。

稲盛和夫氏の言葉より


それぞれの間に信頼関係が生まれることで三木市がどれだけの変革を遂げることができるのか。
三木が変革できるかどうかの最大のキーは、お互いの信頼関係にあるのではないでしょうか。
信じるということはお互いを尊重し合い、支え合うことでもあります。


新しいリーダーが生まれる今年、誰が選ばれようとも、選ばれた人も、我々市民一人一人も冒頭の言葉を胸に刻みながら、ともにまちづくりを進めていく。
そんなみんなが主役の市政が実現すればいいですね。


突き詰めていけば、お互いの信頼関係がないところに、市民が主役のまちづくりの実現はないということなのでしょうね。

三木市にとって、そしてみなさんにとって素晴らしい一年となりますように···。
本年もよろしくお願いします。
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by kkamoike | 2010-01-01 12:32 | 心に留めておきたい言葉