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どうぶつのつぶや記

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市民の意見が反映される仕組みづくりに着手してほしい

新人候補の稲田陣営からもチラシが出ました。
現職が先に口火を切る形でチラシを撒いたということで、その内容に対抗する中身とも受け取れるわけですが、2点ほど私なりに感じたことをピックアップしたいと思います。


1点目は、「事業仕分け」です。
以前に当ブログでもこの「事業仕分け」について取り上げました。
地方自治体でもすでに取り組んでいるところがあることからすれば、特に目新しいことではありませんが、今の三木市の現状を考えれば画期的な取組になるのではないでしょうか。
なぜ今、三木市でこの「事業仕分け」が必要なのか?
私は、今三木市が発している「財政危機宣言」の一番の原因は、もちろん病院問題の先送りだと思っていますが、それと同じくらい見逃せないのが、厳しい限られた予算にも関わらず、あれもこれもといったいわば選挙対策とも取られかねない事業の実施が次から次へと市長の独断で展開されてきたことが財政圧迫の大きな要因だと感じています。
市長がやると決めたものは、たとえ議会が正しい見識のもとに難色を示したとしても、強引に事業が進められてしまうという現実に大きな問題があると感じています。
したがって、このような独裁政治ともとれるやり方を、真に市民の手に取り戻すためにも事業の決定のプロセスを公正かつ明快にしていく必要があると感じています。
今後、この仕組みをどのような形で進めていくのかといった具体的な青写真についてはできるだけ丁寧に、かつわかりやすく有権者に示していただくことを期待します。


2点目は、病院問題です。
こちらも当ブログでこれまでいろいろと書いてきました。
しかし、残念ながらそのほとんどが批判に終わってしまった内容だったり、自分ならどうするのか?という代替案が示せないまま今日に至っています。
今回、稲田氏はこの病院の経営赤字問題をグラフなどを用いて指摘しておられるにもかかわらず、論点が定まらないといいますか、少しぼやけてしまっていることにやや不満を感じます。
チラシの内容を見ても、現在の病院経営について問題提起しておられるのか、あるいは、統合病院のあり方、進め方に異議を唱えておられるのか、はたまたその両方を批判しておられるのかイマイチはっきりしないのです。
また、現在の病院経営が悪化していることに対する対応策としては、(一つの取組事例だとは思いますが)「周産期医療の充実」を上げておられますが、それだけで現在の経営状況が改善されるとは到底思えません。
こちらも、もっと具体的な青写真、現在の市民病院の経営をどうしていくのかという部分を有権者にわかりやすく示してもらわなければ、私のブログと同じように単なる批判だけに終わってしまうことになりかねませんね。
ただ、これまで病院の中の台所事情がわからない立場であるのは事実なわけですから、具体的な方針を今の時点で示すのも酷な話、ある意味無責任な話かもしれません。
だったら、市民の立場に立った考え方のもとに、専門家を交えた協議を再開していく中で、現在の病院経営のスリム化も含めた見直し、統合病院のあり方の見直しなどをもう一度市民の目線から検討し直すといった主張でも、決して逃げなどではなくて、アリな話だと思うのですが···。


私がこのように思う理由としては、現市長の元では、現在の病院経営の改善に何一つ効果的な手立てが打ち出せなかったこと。
また、統合病院に関して言えば、市民不在のまま重要事項が決定されてきたことが一番の問題ではなかったかと感じているからです。
チラシの中の川柳にあった「市民病院が遠くなる」ことだけでも市民にとっては切実な問題であるはずなのに、また、跡地についても今後協議していくということですが、市民の生活に密着する公共施設、いわば市役所よりも身近な施設である市民病院を、いとも簡単に市外に移すことについて、市民との合意はもちろん、議会の中でもほとんど議論されてこなかったことは、この際、きっちりと真正面から有権者にぶつけていくべきではないかと感じています。
たとえ、今のまま統合病院の計画が進むことになったとしても、そのことについてもう一度、有権者が納得する形で考える機会を持つことは大事なことではないかと思っています。


市民病院の移転問題などは、時の為政者が一人で決めるようなことではないと思っています。
あくまで市民のための病院、市民の身近な問題であるわけですから、住民投票で決めてもいいぐらいの大問題であったと感じています。
この問題は、単に病院経営のことだけに留まらず、短期的には、市内から市民病院がなくなることに伴う地域経済へのダメージ、長期的に見ても将来の市の合併問題が浮上したときのシビックゾーン形成の際の主導権争い、まちづくりの中長期的な方針に沿った都市計画のあり方などの問題にも大きく影響する問題だと思います。
そう考えると、この問題は、単に病院のことだけで片をつけられるほど、実は単純なものではないのだという認識を今の段階から市民にもよく理解しておいてもらうことも大事なことだと思いますし、将来、後になって「あの時もっとよく考えていればよかった」と、三木鉄道廃止の問題のように後悔することのないよう、やはり、一度立ち止まって見つめ直す、考え直す機会を持つだけでも、それは大変意義のあることではないかと感じています。


ここまで関係者との間で話が進んでいるものを、批判するということは、現職が進める統合病院に反対しているのか?と解釈されたり、「統合病院推進か白紙撤回か」という短絡的な議論を用いた政争の具にされてしまう可能性も否定できません。
そういう意味で、新人がこの問題に触れることは、ある意味、自ら不利になる状況を作り出してしまう危険性もはらんでいるといえるのかもしれませんが、私は、この問題を少しでも有権者に見つめ直してもらう意味で、このことを今この段階で問題提起を候補者がされたのであるなら、その想いと勇気に対し拍手を送りたいと思います。
これらの問題は、一回きりの、単発の情報発信では、発信者の意図が伝わらなかったり、間違った方向に解釈される恐れがあると思いますので、ぜひ、今後も引き続き、きめ細かな発信をしていただくことで、市民の理解を深め、関心を高めていただけることを一人の市民として期待しています。
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by kkamoike | 2009-11-30 19:24 | Comments(0)

まちの未来の姿を語り有権者と心を一つにすることこそが「マニフェスト選挙」の醍醐味


前回前々回と「ガンバレやぶさんの瓦版」(やぶもと吉秀後援会事務所発行)について書いてきました。
記事を書いての今の心境は、正直、「虚しい」の一言です。


どういう点でそう感じたのかといいますと、確かに個々のデータの状況や推移を見る中で、三木市が今どういう状況なのかということを客観的に見ることについてはある程度、意味のあることなのかもしれませんが、例えば、瓦版のグラフに出ていたような「育児·教育相談件数」が増えたとか、「不登校児童·生徒数」が減ったからといって、相対的な評価がもらえる「子育て環境」の整備ができているのかというとそうではないと思います。
特に後者の「不登校」のデータなどは全体的な児童·生徒数が年々減ってきている中で、それに対応する施策の有効性が表れてきた結果なのかという評価は一概に言い切るのは難しいのでは?と思ったりします。
まぁそのような細かい指摘は兎も角、要は、これらのデータや統計は、確かに一つの側面を表してはいるけれども、それをもって「子育て支援」の充実が図られたとはいえないのではないかと思います。
市民一人ひとり、個人や家族の生活様式によっても、それぞれの方が望む子育て支援のあり方、想いというのは違うわけですから。


また、まちのにぎわいにしても、「図書館の貸し出し冊数」、「みっきぃバスの乗客数」「観光客数」といった統計グラフが用いられていますが、確かにこれらの数値が増えていくに越したことはないでしょう。
しかし、これらの数値が増えたからといってどうなの?ということです。
これらの項目の数値が増えたとしても、肝心のそこに住む人たちがまちに賑わいを感じていなければまちづくりという観点からすれば、評価はされないのだと思います。
特に、今回の市長選挙では、現職のこれまでのまちづくりに対して「まちに閉塞感が漂っている」と、いわば「NO」を突きつけられているわけですから、それに対抗していく根拠資料としてはあまりにも説得力がなさすぎるといいますか、お粗末過ぎる気がします。
ある政策だけでまちのにぎわいを取り戻せるほど、まちづくりは簡単ではないはずです。


政治家が行うマニフェスト選挙···
有権者の気を引くために目先の都合の良いことばかりを並べ立てた、細かい政策レベルのマニフェストや、個々の数字を分析していくことも結構ですが、そんなマニフェストは、極端な話、政治家でなくても官僚(公務員)、もっと厳しい言い方をすれば、単に作るというだけなら、そこそこの行政知識を持っている素人にでも簡単に作れるのだと思います。
それ以前に、まちづくりをどのように導いていこうとしているのかといったもっとグローバルな部分について自分の言葉で語りかける、政治家として未来に向けた夢や大きなビジョンを語ることこそがマニフェストには、第一に必要になってくることではないかと感じています。
不器用な言葉でもいい、自分の言葉で発信し、民衆の心を捉え、心を動かしていく指針をつくりあげ、みんなでその目標に向かって心を一つにしていくプロセスこそが、マニフェスト選挙の醍醐味だといえるのではないでしょうか。
そんな醍醐味を選挙を通じて有権者と共有できた政治家こそが、最終的に「市長になってほしい人」として認められることになるのだと思います。
うまく言えませんが、昨日今日の雑感日記さんの記事を読んで、そんなふうに感じています。


薮本さん、今振り返ってみて、4年前に目標としたまちづくりの姿にどれほど近づいた(近づいている)とお考えですか?
そして、今後4年間、さらなる改革を進めて、三木市をどのようなまちにしていきたいとお考えなのですか?
どこの自治体でも使われているような「安全安心」や「産業の振興」などといった美辞麗句なスローガンばかりを並び立てるのではなくて、薮本さんにしかできない、薮本さんの個性が表れたスローガン、まちづくりの未来像を示して、みんなを引っ張って行ってくださいよ。
有権者はそこのところを一番知りたがっているのだと思いますよ。
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by kkamoike | 2009-11-27 18:33 | Comments(2)

瓦版のミカタ その2

前回のつづきです。
ニュース的には少々、旬を過ぎた感もありますが、瓦版の統計グラフでは取り上げられていない部分もクローズアップしておくことも大事ではないかと思い、いくつかの私なりの視点とあわせて、決算カードに出ている数字をベースに統計(グラフ)をまとめてみました。
あくまで客観的な情報として、「へぇ~、こんなミカタもあるんだ~」と受け取っていただくなど、お一人お一人、三木市の現状について考えていただく参考にしていただければと思います。


①-1
職員の人件費や人数は、前回にも触れましたが、非常勤職員数とその人たちに支払われた賃金の推移も注視していくべきではないかというのが私の視点です。
これまで広報みきなどでは正規職員の処遇に関する情報しか取り上げられていなかったように思いますが、私は、その正規職員削減の裏返しとして、非常勤職員の採用は年々増えてきているのではないかと睨んでいます。そのあたりのこともぜひ明らかにしてほしいものですね。
①-2
正規職員の中でも心身の不調で長期休暇を取っておられる方がたくさんいるとの噂を聞いたことがありますし、以前くろしま議員のブログにもそのようなことが確か書かれてあったように記憶しています。
健康上の理由で仕事に就けない職員数は一体どれぐらいおられるのでしょうか?
この4年間でどれくらい増えてきているのか非常に気になるところです。
この割合が多ければ多いほど、効率が悪いと言えるわけで、今いる職員がいわばフル活用できていない現状が見えてくるのかもしれませんね。
①-3
瓦版には、「7パーセントの給与カットをしている」と書いてありますが、4年前に健全財政を第一目標に掲げて就任したにもかかわらず、4年を経過した今もなお、7パーセントもの給与カットを継続していかなければ立ち行かないという現状は、4年間で財政再建を果たすことができなかったことを市長自らが認めていることと同じことだといえそうです。


②-1
みっきぃバス乗客数は55パーセント増というグラフが出ていましたが、先日の神戸新聞では、三木鉄道の代替バスの赤字が増え続けているという記事が掲載されていました。
おそらく、みっきぃバス路線も同じではないでしょうか。
4年前と比べて、路線の見直しや充実が図られてきたのに伴い乗客が増えてきている反面、赤字も増え続けてきているのではないでしょうか。
公共交通ですから、赤字であっても簡単に廃止はできないスタンスなのでしょうが、乗客数をクローズアップするのであれば、バス路線の赤字の状況もあわせて明らかにしておくべきだと思います。
それに、そもそも路線ごとの乗客数の推移を見ていかないと、全路線ドンブリの乗客数の推移だけを見ても正しい分析などできない、意味がないと思うのですが···。
②-2 
三木鉄道を廃止したことを受けての4年間の効果額と跡地利用に必要となる事業費の比較も必要ではないかと思います。
噂では、跡地に10数億円の整備費が必要になるという新聞記事も過去に出ていましたね。
記事が見当たらなかったので、雑感日記さんから引用させていただきました。



借金が109億円減少したとのグラフが出ていましたが、基金(貯金)の推移はどうなっているのでしょうか?
ここからは、決算カードで平成17年~20年の4年間の数字を抜き出し、グラフにまとめてみました。
平成21年度の見込みがわからないのですが、少なくとも、子育て応援特別手当財源7千万円を基金から支払うというニュースも出ていましたし、ハコモノ建設にも積極的に着手してきていますから、平成21年度も目減りすることは確実だと思われます。
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ハコモノにかかる決算額にも注目しておきたいところです。
決算カードでいう「普通建設事業費」はハコモノ決算が含まれる項目のようです。
この4年間、減少しているどころか、平成19年、20年はかなりのお金を費やしていることが良く分かりますね。
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⑤最後は、病院会計の収支額と、普通会計からの繰入額の推移です。
一目瞭然、4年前とは桁違いの額となっているのが良く分かりますね。
今回の選挙ではあまりクローズアップされてはいませんが、この状況を放置したまま、統合病院建設までただひたすら増え続けるのを耐えていくということでしょうか?どこまで増え続けるのかと不安になりますね···
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by kkamoike | 2009-11-26 21:53 | Comments(0)

「瓦版」のミカタ

「ガンバレやぶさんの瓦版」(やぶもと吉秀後援会事務所発行)が朝刊に入っていました。
このことについては、既にやまかずさんが記事としてアップしておられますが、基本的に異議ありません。
こちらのブログでは、私なりに感じた点をいくつかのポイントに絞って、「瓦版」のミカタと題してご紹介したいと思います。


まず、タイトルに「前進か、後退か?」とあります。
本来、二者択一を迫るのは、「官か民か」あるいは、「民営化に是か非か」というようにどちらかの立場に自らの身を完全に置いた上で、有権者に選択を迫る手法であると思うのです。
私は、この「二者択一」という極端な選択を迫る手法を評価しているわけではありませんが、「前進か後退か」という選択は、この「二者択一」にはなじまないものだと感じています。
なぜなら、確かに、この4年間で前進したこともあるかもしれませんが、同じようにこの4年間で後退したこともあるからです。
それをあたかも自分が舵取りをした4年間には「後退」したものは一つもなく、ただひたすら「前進」だけをさせてきたというような、市民に誤解を与えるような表現、誇大広告につながるような表現はいただけません。



マニフェストについては、次の4年もいろいろな新規事業、ハコモノ事業がてんこ盛りのようです。
この4年間に三木市が抱えることとなった深刻な課題と対策には一切触れないまま、特に「財政危機宣言」の見通しには一切触れずに、放ったらかしにしたままの大盤振る舞い、市民受けのする内容ばかりを並び立てるのもいただけません。



裏面にはいろいろなデータのグラフが紹介されています。
これが市長が「前進」したと感じる項目なのでしょうか?
まぁその辺は人それぞれ受け取り方があるので、それが「前進」したことだと言われるのであれば、特に言うことはありません。
ただ、市長もこの瓦版の作成に関わっているというのであれば、都合の良いデータだけを、見るものにインパクトを与えるような大げさなグラフ表現の手法を駆使して、市民に見せつける姿勢には、意図的な「悪意」が隠されているように感じて印象がよくありません。
例えば、人件費や職員数の減少した統計なども、確かに正規職員数や人件費は減ってはいるのでしょうが、アルバイトなどの非常勤職員の数、その方たちに支払ったお金の推移も並列して上げていただかないと市民としては全体的な経営の観点からも正しい判断、分析、評価はできません。



もう一つグラフの関係でいいますと、不思議なのは、発行元の後援会事務所がどうやってこれらのデータを入手されたのかという点です。
普通はこのようなチラシなどにデータや写真などを掲載する場合は、引用元や出典元を備考欄にでも掲載しなければならないはずですが、それらの表記がどこを探しても見つかりません。
これって広報みきの号外ではないですよね?
仮に市から個人の後援会にこのようなデータが流されているとすればこれはもっと重大な問題です。
グラフには今年度の見込み数値まで表記されていますが、誰がどのような根拠ではじき出した数字なのでしょうか?
後援会の方たちが勝手に見込まれたのでしょうか?
そのような権限が後援会にあるのでしょうか?
もしそうだとしたら、その数字の信憑性に対し、誰がどのように責任を取るのでしょうか?
もちろん、このような見込みの数字も含めて、ここで用いられたグラフの統計が既に広報みきなどで市民にあらかじめ公表されていたのであれば問題はないのですが···。
少なくとも私は、ここに上がっているほとんどのグラフやデータを、これまでの広報やホームページで見た記憶はありません。


「瓦版のミカタ その2」 に続く
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by kkamoike | 2009-11-23 10:01 | Comments(5)

「日本一美しいまち三木」をめざすんじゃなかったんですね

「日本一美しいまち」をめざそう
このスローガンは、今の市長が自ら掲げたものです。
当時、安倍内閣が打ち出した「美しい国」の二番煎じだとさめた目で見る方も一部ではあったようですが、昔も今も三木市で様々な心のこもった活動や、まちを綺麗にする活動が活発に行われている背景には、元来、三木という地にボランティアの裾野が広がっていたという特性に加え、このスローガンの発表を契機にさらに美しい活動の輪が広がっていったという評価ができるのかもしれません。


まちには、三木を元気にしよう、まちを美しくしようという様々なボランティア活動に熱心に取り組まれている方たちがたくさんいらっしゃいます。
清掃や観光をはじめとした様々な分野のボランティアの方たちが、手に手を取りながら三木のまちを支えてくださっているのです。
みんな三木のまちを盛り上げるために一生懸命に頑張っておられます。


そんな中、選挙を間近に控えた今の時期に、このような市民の真剣な取組、想いに水を差すのでは?と首を傾げたくなる残念な光景を目の当たりにしました。
それは、三木を代表する湯の山街道の一部分(私が見たのは、芝町の太鼓蔵あたりから戎神社のある通り付近)の至る所に現職市長と浜村淳さんの顔が並んだポスターが貼ってあるという光景です。距離の割合にして半端な数ではなく、一枚や二枚どころの数ではありませんでした。
確か四年前にも何とかシンポジウムという団体から出されていたのと同じレイアウトのポスターが今度は違う団体の名前で作られていました。
その光景は思わず目を疑ってしまうほど異様なものでした。
さぞかし、三木市の歴史情緒漂う観光スポットを楽しみにこられた方たちは、その余韻に浸るどころか、興ざめしてしまうような品のなさを三木の街並みの中に感じられたのではないでしょうか。


やはり、ここでも言っておられることと、実際の行動とが違うようですね。
以前どなたかが、「選挙のやり方がその後の政治を表す」とおっしゃっておられましたが、その通りかもしれません。
どんな時でも、どんな場面でも、相手に対する「おもてなしの心」を持ち続け、態度や行動に表していくことは、美しいまちのめざす理念にも通じるものであるはずなのですが···。
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by kkamoike | 2009-11-22 07:07 | Comments(2)

現職と新人に期待すること

前回の記事に対してminminさんからコメントをいただきました。
ありがとうございます。
今回はそのいただいたコメントに対する返事とあわせて記事を書きたいと思います。


現職市長の「つじ立ち」については、私は交差点で頭を下げたり、手を振ったりしている場面だけしか目撃していなんのですが、マイクを持ってしゃべっている内容を聞いた方によると、自分は四年間、副市長を置かずに一人で切り盛りしてきたというようなことをおっしゃっておられたとか。
う~ん、だから三木市はこんな状況になっちゃったんじゃないんですか?と思わずその話を聞いて突っ込みを入れたくなりましたが、同時に感じたことは、もし「危機感」というものを持たれているとすれば、それは言葉を換えれば、自分がこれまでの四年間に取り組んできたことに自信が持てていないということではないのかと思ったりします。
でも、それが事実とするなら、これほど市民として悲しい現実はありません。


危機感を感じているなら、その危機感に通じるもの、原因となるものが、言わば次の四年に向けた課題にもなるわけですから、「つじ立ち」なんかで不安を紛らわそうとすのではなく、その辺りの課題と対策を我々市民に対してわかりやすく明示することが現職として第一に取り組むべき活動なのではないでしょうか。
そういうことからすれば、現職としてのこれまでの四年の総括を抜きにして、選挙を戦うということは、ある意味、今、市が抱えている課題から市民の目を反らせることでもあり、市民に対する説明責任を果たしているとはいえない状況なのだと思います。
私は、この調子でこれからの四年間も市政を任せるのは御免です。
これまでの四年間の総括は有権者としても聞き逃す訳にはいかないと思っています。


そして新人候補にも注文をつけるとするなら、マニフェストの公募も結構ですが、やはりできるだけ早い時期に、二段階ロケット方式でもいいので、先ずはご自分が考えるマニフェスト、描くまちづくりの概略だけでも私たちに示していただかないと時期が遅れれば遅れるほど有権者の心は本当にこの人に任せて大丈夫なのか、本当に市長をやる気があるのかと感じさせてしまう要素をみすみす与えてしまうことになるのだと思います。


それぞれの立場で一刻も早く、市民にわかりやすい形の情報発信を期待しています。
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by kkamoike | 2009-11-20 20:08 | Comments(0)

「つじ立ち」に見る、現職と新人の戦い方

選挙へのスタンス、戦い方は、人それぞれ違っていいと思います。
無理に相手に合わせる必要も、他人の意見に合わせる必要もないと思います。
自分のやりたいようにやっていいのだと思います。
ただ、現職と新人の戦い方、選挙の進め方というもはおのずと違ってくるものだと思いますし、立場をわきまえた戦い方はどんな場合でも必要なのかなと感じています。


現職は、ボクシングなどのスポーツで言う「ディフェンディングチャンピオン」みたいなものですから、あまり奇抜なことは仕掛けられない面はあるでしょうが、その分、これまで4年間の日々の業務がそのまま選挙活動でもあると言えるわけですから、あえて、今、この時期に特別な選挙活動をしなくとも、4年間築いてきた実績や人脈があれば、放っておいても市民の支援や評価は得られるはずです。
市議会や、商工会議所、医師会などの三木市をリードする団体からも4年間の取組が評価されれば、信頼が寄せられ、表立っての支援が得られるかどうかは別にして、それなりに支えてもらえるものだと思います。
このことは、私が言うまでもなく、すでにやまかずさんがご自身のブログで「選挙活動」と題した記事を書いておられます。
私もやまかずさんの意見に全く同感です。


また先日、ふるさと日記さんのブログでは、金物まつりでの新人候補の活動の仕方が少々行き過ぎているのではないかとご指摘をされていましたが、ふるさと日記さんが気づいておられなかっただけで、現職の市長さんの後援会の方たちも派手な色のジャンパーを着て薮本さんの応援だと一目で分かる活動を立派に行っておられました。
応援者の数も宣伝の仕方も稲田さんのほうが勝っていただけのことで、候補者を売り込もうとするスタンスや考えていることは現職も新人も同じだったということです。
私は、お互い選挙が近いわけですから、現職も新人の陣営も区別なく、それぞれが思うように宣伝されたらいいのだと思っていますし、PRすること自体、全然問題ないと考えています。
むしろそのような市民がたくさん集まるイベントで市長選挙が行われるということを知ってもらえる、関心を持ってもらう良い機会になったのだと思っています。


そのようないろいろな考え方、動きがある中で、最近、特に気になる活動があります。
それは、現職市長の「つじ立ち」です。
早朝、お昼、夕方など、交差点やスーパーの前など、いろいろなところで幟とマイクを持って一生懸命PRしておられるようです。
この前、地域の集まりがあった時も、「今の市長さん、○○でマイク持って立っとったったけど、休み時間にしとったったら問題ないのんか?」とか、「市長はそんなに暇な仕事なんやろか?」と不思議そうに言う人がいました。
またある人は「極端な話、市長は24時間、市民のために仕事するのが当たり前とちゃうのんか」と手厳しいことを言う方もいました。
市民感情とはそういうものではないでしょうか。
現職は、これまで市民のためにがんばってこられたわけですし、これからも市民とふれあえる機会がいくらでもあるわけですから、これまでどおり、ドンと構えておけばいいのにと思っている人は結構多いと思います。
新人と違ってこの4年間、良いことも悪いことも含め実績を残してこられたわけですから、もっと現職らしい選挙の戦い方をしてほしいというのが私の率直な感想です。


新人であれば、顔も一から覚えてもらわなければならないですし、何を考えているのかを知ってもらわなければなりません。したがって、人が集まったり通ったりするいろいろなところに顔を出して、名前と顔を覚えてもらったり、いろいろな媒体を通して自分の考えていることを聞いてもらったり、アピールし続けなければ勝ち目はないのだと思います。
しかし、少なくとも現職はそういう次元ではないはずです。
現職がまずやるべきことは与えられた任期を全うすることであり、その上でこの4年間を振り返っての自己評価を市民にきっちりと伝え、それらの良い評価や悪い評価をこれからの4年にどう活かしていくのかということを明らかにしていくことだと思います。
「つじ立ち」をすることで、どこの組織や団体からも支援をもらっていないという立場を見てもらいたい、そのこと自体をPRしたいという思惑があるのかもしれませんが、そんな暇があるのでしたら、今の仕事に全力で取り組む姿勢を見てもらうことでいくらでもPRできるわけですから、もっと現職らしく正々堂々と選挙と向き合ってもらいたいと思います。


まぁ、これが自分のやり方だと言われてしまえばそれまでですが、少なくとも一人の市民として感じることは、大事な税金で給料を貰っておられるご身分なのですから、いかなる理由があろうとも、市民から後ろ指を指されることだけはないように、残りの任期の職責を全力で果たしていただきたいということだけです。
そういう考えの市民は意外に多いような気もするのですが、それを市民の声ととらえるのか、単なる「文句言い」の声とらえるのかはその人次第、感性によるのでしょう。
現職の市長がそういう姿勢でも問題はないと思う市民が多ければ支持は広がっていくでしょうし、その姿勢が市政運営にも通じるものがある、影響があるのではないかと疑問を感じる人が多ければ逆効果になるだけのことです。
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by kkamoike | 2009-11-19 18:44 | Comments(3)

今あるものを上手く活用しながら人を育てる、人との交流を促進させるまちづくり

前回はまちの魅力を引き出す体制づくりをどのように進めていくのかという観点から、組織に対する考え方を取り上げましたが、その記事に対してminminさんからまちの資源や特性をいかにして引き出していくのかという具体的な意見をいただきました。
同じものに同じ額の投資をしたり、同じ建物を建てたとしても、使いようによってはその効果は何倍にも広がっていきます。ちょっとだけ視点を変えたり、工夫をしたりするだけでも、全く違ったパフォーマンスや機能を発揮したりする事だってあるということですね。


三木市ほど立派な公共施設をはじめ、官民問わずゴルフ場をはじめとしたスポーツ施設や余暇を楽しむ施設などがこれほど充実しているところはないのではないでしょうか。
直接の生活支援や医療関係の給付などといった子育て支援ももちろん大切ですが、これらの施設をうまく活用した三木市独自の子育て支援というものがあっても良いのではないかと思ったりします。
もちろん、「子育てに役立ててもらう」以外にも「家族の絆」や「地域の絆」を深めるツールとしても、市内にある様々な施設を活用していくことで、市内に住む人たちに何らかの形で還元していく、さらに、三木市を繰り返し訪れてくれる人たちにも相応の還元をしていく、そういう官民問わない目に見える形の、利用する人たちが恩恵を実感できるような三木市全体のトータル支援システムを創り上げることができれば面白いまちづくりができるのではないかと感じました。


今ある三木の資源を、例えば「市民への還元」や、「人を呼び込む」という2つのテーマに絞ってネットワークを繋げ、一つの方向に引っ張っていくための指針を示すだけでも、三木の持つ資源の価値は今以上に高まり、三木市のイメージ向上にも繋がっていくのではないでしょうか。
そういう点からも、ゴルフ場などの施設を図書館のような発想で市民が気軽に活用したりできないかというminminさんのお話は非常に面白い視点で捉えられており、目からうろこが落ちる話のように感じました。
三木で生活したら、交通はちょっと不便だけど、緑は多いし、子供たちが自由に学べ伸び伸びと遊べる環境があって、いろんなイベントや利用の優遇制度もある。そんな環境で育った子供たちが、いつの日かいろんな場で活躍してくれるようになれば、さらに三木市には子供たちの豊かな創造性を育む環境が整っているという沖縄にも負けないくらいの評価がもらえるかもしれません。


財政的な指標の動向に一喜一憂するのも結構ですが、以前、このブログでも取り上げたブータンでの幸福指数を高める取組みたいなものが三木市でも考えられないものでしょうか。
そんな住民の満足度指数を高める取組を全国に先駆けて発信していけるほどの底抜けに明るい、ゆったりとしたまちづくりが実践できるようになれば面白くなるだろうなと感じました。
新しいものを次々と作り出す開発型の箱物行政ではなく、これからは、今あるものを上手く活用しながら人を育てる、人との交流を促進させるまちづくりを目指していくべきではないかとminminさんのコメントを読んで感じました。
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by kkamoike | 2009-11-16 20:53 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(4)

まちの可能性を引き出すための体制づくりをどのように考えているのか

どのようなまちづくりを目指していくかによって市の体制も大きく異なってきます。
現在の市長は、広報などを通して、県下で最も少ない職員体制で行政運営を行っていると言われる小野市を例に取り、職員数の比較や削減の際の目安にもしておられるようですが、私は、そもそもまちの歴史もまちの潜在能力も異なる両市が同じ体制にする必要があるのか常に疑問を感じていました。
また、これからの時代はまちの特色をいかに打ち出していくか、本来は、そのようなまちの可能性を引き出すための体制づくりを考えなければならないはずなのに、まちづくりの理念なき体制づくりだけが進められてきているように感じてなりませんでした。


例えば、公民館を中心としたまちづくりの推進は、現在の市長が打ち出した特色ある三木のまちづくりの目玉政策です。
市内に10箇所も公民館が設置されているのは隣の小野市はおろか、全国でも珍しい充実ぶりだそうですが、この分野だけを取り上げてみても、他の自治体では配置する必要のない人員が必要になってくるわけです。


このような状況の中、小野市と同じ水準の職員数にするためには、少なくとも公民館に従事させている職員数の分を他の分野で減らしていかなければなりません。
職員数を削減するということは、何かの事業を取りやめるか、あるいは規模を縮小していかないとたちまち立ち行かなくなるはずなのですが、不思議なことにそういう話はこれまでほとんど聞いたことがありません。
では、どうやって市役所は仕事をこなしているのでしょうか。
正規職員の数はマニフェストの目標でもあるので定期的に発表されたりしていますが、正規も非常勤も合わせた全体の人員体制はこの4年間、正直なところどのように推移してきているのでしょうか。
一部の都合の良い情報だけオープンにするのではなくて、全体の姿を正直に包み隠さずオープンにすることは市民参画のまちづくりを目指す上でも大事なことだと思います。


公民館を中心としたまちづくりをすすめることは言わば「大きな行政」を目指しているようにも受け取れるわけですが、反面、事業の取りやめや見直しに着手する気配も見られない中で、必要以上の人員削減や非常勤職員の割合を必要以上に増やすことは、市の将来を見据えた時に、業務やノウハウなどの継承という面での不安や責任の所在があいまいになってしまうなどの組織力の低下、サービスの質の低下などを招くことになってしまうのではないかと感じます。
人員を減らしてサービスはそのまま、あるいはこれまで以上の充実を図ろうとしても必ずどこかで無理が生じていつか歪みが出てきます。
単に「削減」だけを強調したがる候補者には、有権者としても特に注意が必要で、一歩立ち止まって冷静になって状況判断することが必要ではないかと思います。
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by kkamoike | 2009-11-15 08:08 | Comments(7)

「三木のイメージの高質化」についての考え方を聞いてみたい

現職の市長が三木市の財政状況の悪化を回避するため、借金を少なくし、三木市を健全な財政団体に仕上げることを第一の目標に掲げ当選されてから4年が経とうとしています。
将来の子や孫に夢のあるまちをバトンタッチしていく上でも、今の三木市のイメージを良くする上でも健全財政を実現するということは、大事な目標の一つであると思います。


その間、三木市では、いろいろな取組がなされ、特に削るという部分では、議員数や職員数の削減、給料の削減にもかなりのメスが入れられてきました。
これらは、どこまでが適正な水準なのかという議論はもちろんありますが、やはり身の丈にあった規模で行政を行っていく上である程度の見直しは必要であったと認識しています。
それらの取組が功を奏したのかどうかわかりませんが、事実、三木市の財政水準は県下でも最悪どころか上位から数えるほうが早い水準になったといわれています。
にもかかわらず、昨年は、全国でも聞いたことのない「財政危機宣言」を内外に発信し、挙句の果てには、三木市民の生活に直結する多くの事業にもメスが入れられることとなりました。
将来のことを考えた宣言、取組であると現職市長は述べておられるようですが、一方では、この宣言が、逆に三木市のイメージダウンを招き、市民に対して閉塞感を与える結果になったのではないかという声があるのも事実です。


行政の役割として、最悪の状況をシュミレーションしながら、事前にしかるべき手を打っていくことで健全財政を堅持することはもちろん大事なことだとですが、一方で、そこに住んでいる人たちの士気を高めて、まちを元気に活性化させることはそれ以上に大事なことであると思います。
そのためにも「三木市のイメージの高質化」に取り組むことは、これからの新しい時代を生き抜く上での重要なキーワードになると思います。


今、三木市で行われている行財政改革が本当の意味で住民のための行革になっているのか。
次々と繰り出される新たな事業の決定のプロセスなどを見ていても、今行うべき事業なのかも含め、本当の意味で市全体のこと、市の将来のことを考えた進め方ができているのか。
健全財政への取組とあわせて、まちを元気にする方法を含めた「三木市のイメージの高質化」についても、それぞれの候補者の考え方を聞いてみたいと感じました。
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by kkamoike | 2009-11-14 10:54 | Comments(0)

R175が見て、聞いて、読んで感じたことを書き綴ります。