どうぶつのつぶや記

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情報制限は正しい判断を誤らせる

相変わらず懲りないというか、学習能力がないというか、またしても一方通行の情報発信で、自分の主張だけを市のホームページに上げておられます。
何度も言いますが、後援会のや政党のホームページではないのですから、載せるのなら、全ての賛成、反対の議員の意見も載せるべきでしょう。
こういう行動が、市民に不信感をもたらしているということが、どうしてわからないのでしょうか?
本人だけならまだしも、三木市民全体が全世界に恥をさらすことになるということも···
本人的には、切羽詰まって周りが見えない状況なのかもしれませんが、いい加減、取り巻きの方や市長派といわれる議員の方々からでもいいので忠告してあげてください。


さて、今回の議案の一部修正、削除に至った経緯ですが、
私の推測する原因は大きく分けて次の二つです。一つ目は、「財政危機宣言」が発せられた背景、根拠が極めて不透明だということ。また、現在の病院経営状況の悪化について、構造的な問題を先送りしたまま、職員の給与カットだけに頼る改革手法に疑問が投げかけられたから?
もう一つは、先日のコンベンションホールの件でも明るみに出たように、今回は、「議会」だけでなく、市民や職員の方たちもまた、十分な話し合いがなされないまま、強行突破しようとしたため不十分と判断されたから?


このように、限られた情報しか提供されない、入手できない中では、今回の対応が適切であったのか、不適切であったのかどうかを判断することはできません。


それにしても、市長は、市民には一方通行の情報だけを与えておけば、簡単に騙せる、自分の思い通りになるとでも思っておられるのでしょうか。あるいは、自分の意見は絶対の「神の声」だと信じておられるのでしょうか。
三木市民も舐められたものです。
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by kkamoike | 2009-03-31 07:10 | 三木市政

「ハコモノ」行政と批判されるものとは

今回の再議の件にからみ、「ハコモノ」イコール悪だという解釈や、「ハコモノ」行政という言葉の意味を正しく認識されているのかどうか首を傾げたくなる部分が随所に見られましたので、今後の市政運営のためにも、そのことについて整理しておきたいと思います。
そもそも、この手の批判、スローガンを言いはじめたのは、今の市長をはじめ、一部の市会議員の方々であり、今となっては、選挙の時と実際の市政運営の場で上手く使い分けていらっしゃるようですが、私からすれば、主義主張に一貫性がないだけにしか見られないのですが···


それはともかくとして、再議の討論の際、「ハコモノ」の考え方、概念を同僚議員に問いただす議員がおられました。
その問いただした議員の考える「ハコモノ」とは、庁舎や学校などの公共施設の総称で、利益のあがらない施設を指すものであり、今回のコンベンションホールは、関係者に利益をもたらすものであるから、いわゆる「ハコモノ」にはあたらないという解釈をされています。
ふむ、何が言いたいのか、何を聞かれたかったのかその時も全くわかりませんでしたが、要は、コンベンションホールは「ハコモノ」にはあたらないということが言いたかったのでしょう。
でも、残念ながら「ハコモノ」という定義は、所詮「ハコモノ」でしかありません。


今回、「ハコモノ」行政に異議を唱えられていた議員は、
「ハコモノ」を建てた後の活用がちゃんとされて、採算が取れる保証はあるのですか?
そのことについて、きちんと検証されたのですか?
本当に必要とされているものなのですか?(ここでいう必要とは、一つの団体や業界だけでなく、市民全体にとってどれぐらい必要度が高く、優先度があるのかということ、財政的な面、時期的な面、緊急性、場所の問題やその建物にかけるお金の規模など)
そうでないとハコモノを建てただけで有効活用されないまま終わってしまうことになったり、身の丈にあわない規模の建物を建ててしまうことになったり、今すぐに必要のない建物を乱立してしまうことになったりで、維持管理費ばかりがかさんでしまい、最終的には市民が負担を強いられることになる···、そのような過ちを侵してしまうことになりませんか?ということがおっしゃりたかったんだと思います。
言い換えれば、憂慮されている人達の不安を打ち消すだけの裏付、事前リサーチなどが十分になされていないまま、とりあえず建てるというのは危険ではないかと感じておられたのだと思うのです。


建てる際に、どんな理屈や理想を並べても、それが実現しなければ、ただの「ハコモノ」だということです。
「仏を作って魂入れず」という言葉があるように、中身が伴って初めて意味のある「ハコモノ」になるわけですが、今回のように、「コンベンションホールを建てれば地域に利益がもたらされるんだ、そのことがなぜ分からないんだ!」といった類の根拠のない自信だけで事業をすすめること自体が、「ハコモノ行政」と批判されていること、そのものなのです。


「ハコモノ」の判断は、例え市民の何万分の一でも必要と考えるならば、当然、必要の部類に入るわけですが、だからといって、政治家が同じ基準で必要だと判断してしまってよいというものではないはずです。
もっと全体的な見地から、トータルに物事を判断する必要がありますし、「ハコモノ」行政にならないのかという疑問に対しては、人によって見解が違うのだからしかたないと突き放すのではなく、政治家は一評論家でも単なる野次馬などとは違うのですから、そのような疑問の声をしっかりと受け止め、市民や同僚議員の意見に対して、相手の言っていることをきちんと理解した上で、しっかりとした説明責任を果たす努力が必要になってくるのだと思います。
まして逆切れして、議論を途中で投げ出すのは論外です。
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by kkamoike | 2009-03-29 12:53 | 三木市政

再議の評価と···

再議の結果は否決となりました。
修正動議が二つに分けてかけられましたが、最終的には各会派が「妥当な選択を取らざるを得なかった」というのが表現的にはふさわしいような気がしました。
しかし、今回の議会の展開は、決して無駄ではなかったと思いますし、今後の議会運営に一石を投じたと私は信じたいです。
それぞれがそれぞれの立場で、意見を述べ、不十分に感じる答弁内容も所々で聞かれましたが、執行機関とのやり取りよりは、格段に迫力を感じた点はよかったと思います。その一方で、今回の再議は、補正という緊急性、国の緊急経済対策に準じなければならない特殊性などもあって、議論の余地が必然的に狭められてしまった印象があったのは、少し残念な気もしました。


ただ、米田議員が発言の際、触れておられましたが、今回の元凶は、執行機関による提案のタイミングが遅れたことに尽きるのだと思います。
中身について、何が相応しいかという議論の余地は全くないも同然で、議員の皆さんが議論しようとして着席したテーブルの上には、既に「コンベンションホール」しか乗っておらず、それを認めるのか、認めないのか、認めなければ、交付金をみすみす逃すことになるけど、さぁどうするといった感じの半ば強制的ともとれる選択肢しか示されていなかったというのが正直なところだと思います。
賛成議員と反対議員の議論が最後まで噛み合わなかったのは、そのことに目を向けているかいないのかの違いだったのかなと感じました。
そういう意味では、今回の再議の際の真剣な議論が、どうしてコンベンションホールに決める前になされなかったのかという疑問が湧いてきますし、そのような機会が議員に与えられなかったことが非常に残念でなりません。
私は、それこそ、そのような場で議論された結果が、多数決でコンベンションホールになったのなら、それはそれで議会が決められたことなのですから文句はありません。


しかし、今回、あらためて、はっきりしたことは、執行機関からの議会への説明が十分になされていないということ。すなわち「手順の問題」、あるいは「根回し」、もう少しわかりやすく言えば、「相手をたてる」ということが軽視されているということです。
市長は、事前に十分な説明がされなかったという理由だけで、反対をするのはおかしいというようなことを述べておられたと記憶していますが、世間一般の常識として「相手をたてる」ことは当たり前のこと、社会人として、国際人としての最低限のマナーです。
また、国からの交付金とはいえ、私たちの大事な血税であることを忘れてもらっては困ります。今回の交付金の主旨に沿った使い道について、議会で十分議論していただくのは市民の要請でもあったはずです。その要請を踏みにじるも同然の、議会を軽視した態度は、今後、厳に慎むべきだということを市長は心すべきでしょう。


ぜひ、今回のことを教訓に、今後は、正常な議会対応を考えていただきたいものです。
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by kkamoike | 2009-03-28 00:01 | 三木市政

病院統合なら問題はいくつ解決されるのですか?

公立病院をめぐっては、全国各地で様々な動きがあるようです。
そのほとんどが、病院経営に端を発していると言っても過言ではありません。
銚子市では、財政難と医師不足を理由に病院の休止を決めましたが、市民の反発があり、今月末に市長リコールの是非を問う住民投票が実施され、結果次第では、現市長が失職し、出直し選挙が実施されるようです。
また岩手県でも医師不足のために県立の6つの医療施設の入院を休止し、その代替としてマイクロバスで患者を送迎するという提案に対し、議会が反発し、知事は議場で4回も土下座したようですが、結局聞き入れられなかったようです。


このような中で奈良県生駒市では市民病院の開設について奈良県の許可を得たとのことです。

このことについては、生駒市長のブログでも詳しく述べられています。


以下、市長のブログで書かれてある内容を一部抜粋しながら、ご紹介させていただきます。

市長は、公立病院の構造的な問題を次のように分析されています。
①経営責任が病院長にあるのか自治体本体にあるのか不明確。
②病院長に院内の人事権や予算作成権限がなく、リーダーシップを発揮しにくい。
③事務職員は役所全体の人事異動の中で定期的に異動するので職員に病院経営の専門知識が乏しい上、外部からの人材登用もない。
④医師、看護師、技師、事務職員など病院職員の給与体系が役所と同じ年功序列型となっており、能力に応じた弾力的な給与支給や病院の経営状況や業績を反映した給与支給が困難。その結果、人件費が経営を圧迫している。
⑤病院建設、医療機器、医薬品等の調達コストが民間と比べて高い。


このように分析をされた上で、生駒市では、これらの問題に対処していくために、民間の医療法人を指定管理者とすることにより、救急、小児といった不採算医療を提供しながらも黒字経営が十分可能だと述べられています。

①市は赤字補填をしないので、経営責任は指定管理者にあることが明確です。
②市は院内の人事や予算に関与しません。
③指定管理者が専門知識を持った事務職員を配置し、また養成していきます。
④病院職員は公務員ではないので、公務員と同様の給与体系は採用されません。
⑤医療機器、医薬品等は指定管理者が調達し、病院建設は競争性の高い入札によりコストを下げます。

そして最後に、
『公と民のそれぞれの持ち味を出しながら、生駒市から新たな公立病院のモデルを全国に発信していこうではありませんか。』と住民に呼びかけておられます。


ふむ、これだけを見ても、三木と小野の統合病院に向けた合意は、生駒市のケースに比べて、公立病院が抱える問題の本質まで深く切り込んだ上での結論だったのか、今一つオープンにされていないため、不透明な感じがします。
病院統合で全てが解決されたというような印象を市民に持たせないためにも、もう少し詳しい検証結果をオープンにしていく必要があるのではないのでしょうか。
生駒市のようなわかりやすい解説を見るにつけ、不安を感じずにはいられない今日この頃です。
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by kkamoike | 2009-03-25 23:40 | 三木市政

新入社員の言い訳じゃないんですから・・・

国からの交付金は、以前にも触れましたが、この用途でないと交付金はあげませんよという性質のものではなく、自治体が独自に地域経済を活性化できる事業であれば自由に使い道を決められることのようです。
浜松市の議員さんのブログでしょうか、結構詳しく紹介されています。


今回のごたごたは、この交付金の使い道について十分な議論がないまま、使い道が決められたということもあるのだと思います。
にもかかわらず、市長はこんなふうに主張されています。
『3月補正予算案の否決に係る記者会見でのQ&A』より抜粋
「···2月20日に国に交付申請を行いましたが、黒嶋議員からは「議員の説明が5日遅れた」ということで、反対をされましたが、ドタバタの手続きをしている中で、議会への説明が5日後になったということをもって、約1億8千万円をとばしてしまうということについては、議会人としての判断に、疑義を感じずにはおれません。
···」


そんなつもりはないとおっしゃるかもしれませんが、
「ただでお金が貰えるんだから、何を建てても、何に使っても文句はないだろう!もう決めてしまったんだから認めろよ!俺がこれを建てるって言ってるんだよ!」って感じですが、このような身勝手なやり方は、どうなのかな~と思うのです。
本来なら、「こんなお金が国から貰えるんだけど、何に使いましょうか?」と事前に議会とよく協議して決めるべき内容だと思うのですが。


記者会見でのQ&Aでは、「時間がなかったから···」といわんばかりの、子供じみた言い訳をされているようですが、交付金の申請事務にトップが奔走し、本来やらなければならない議会との調整などの仕事を疎かにするような組織って、一体どんな組織なんでしょうか?
本来、組織には役割分担が決まっているはずなのに、議会との調整という市政運営上、最も重要な役割が果たせない体制にあること自体、組織体制そのものに大きな問題があるということではないのでしょうか?


今回の言い訳は、部下が絶対に期限内にやらないといけない仕事ができなかった時に、
「やらなあかん、やらなあかん思ってたんですが、忙しかったもので···」
と言い訳をするレベルと同じです。
このような部下と同じレベルでは、経営者としては失格でしょう。
市長の今回の言い訳は、マネジメント能力の欠如を自ら認めているようなものなのです。
市長なんですから、もちょっとしっかり組織をマネジメントしてください。
できないのなら、痩せ我慢なんかしないで、早いうちにマネジメントのできる副市長を置かれたらどうですか。
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by kkamoike | 2009-03-23 20:48 | マネジメント

納得がいかない2つの理由

今回の補正予算において、ハコモノを整備する理由の一つに、財源的なメリットをあげておられます。
国からの交付金が貰えることとあわせて、単なる借金ではない、優遇措置のある借金が借りられるということのようです。


三木市が財政危機に陥った最大の要因に借金残高が大きく膨れ上がったことがあげられます。
今回に限らず、公共事業によって地域の経済を元気にするのは、これまでからも景気対策の常套手段としてさかんに行われてきました。
そのかわり、国は地方の借金を認め、その返済に当たっては、後々面倒を見ましょうという約束をし、その甘い言葉に全国の自治体が踊らされることになったのです。
そして、国の方針に忠実に従い、自治体の身の丈以上の事業をした結果、三木市においても多くのハコモノが建てられてきたのだと思います。
一方、バブル崩壊以降、国の税収が大きく落ち込む中で、地方の借金を肩代わりすると約束したはずの地方交付税は、目減りしてしまい、本当に地方の借金を国が肩代わりしてくれているのか、今となっては怪しい状況です。


私は、前回の市長選挙や市議会議員選挙で、借金体質やハコモノ行政を頭から否定していた政治家のような考えは持っていません。
むしろ、借金は世代間の負担を均衡にする意味で認められているものであるし、財政運営上必要なものだと思っています。また、公共事業も景気対策から見れば必要な場合もあると思っています。
ただ、これだけの危機的な状況にある中で、これまでと同じようなスタンス、全国一律だからということだけで判断したり、まして、財政的な優遇措置があるからいくら借金をしても構わないじゃないかというものでもないと思います。


有利な借金だから今、事業をしないともったいないというのではなく、本当に今、財政危機の中であっても市民にとってこれだけは絶対必要だと思える事業かどうかを見極め、借金は必要最小限に留めることを考えていかなければ、いつまでたっても財政危機から抜け出すことはできないと思います。
今回の件は、これまでハコモノ行政を痛烈に批判してきたのに、どうしてハコモノなの?
という部分で納得がいかないだけでなく、これまで借金体質への痛烈な批判をしてきたのに、どうして?という部分についても納得がいかないのです。

そのあたりの矛盾についても、きちんと弁明して貰いたいものです。
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by kkamoike | 2009-03-22 07:14 | 三木市政

今こそ私たちが立ち止まって考えなければならない時

今回の議会が開催される前、こんなことを思っていました。
それは、三木市政はじまって以来の「財政危機宣言」が発せられた後の新年度予算などを審議する議会だったからです。


この先どうなるのかは流動的ですが、現時点では、賛成と反対に意見が真っ二つにわかれていることは、ポジティブに考えれば、より深い議論ができる良い機会だといえるのかもしれません。
しかし、いくらポジティブに考えたくても、お互いが議論のテーブルにつかなければ(つけなければ)、何の意味もありません。
無意味な混乱を引き起こすだけで、そのしわ寄せは、結局、市民のところに降り懸かってくるだけなのだと思います。


一方で、三木市独自の財政危機問題、さらには、百年に一度といわれている世界経済危機の波が容赦なく押し寄せている状況の中で、市が推し進めていかなければならない改革は待ったなしのはずです。
にもかかわらず、この期に及んで、改革の足並みが乱れ、あるいは温度差があまりにも違うというのは、三木市の将来を考えた時、非常に大きなマイナスです。
本来であれば、この難局を市長、議員を含めた市全体が一丸となって、そして三木市民も巻き込んで乗り切っていかなければならないはずなのに、改革の軸足がブレてしまい、大きく揺らいでしまうようでは、今の世代だけでなく、将来の子や孫の世代にまで大きな代償を背負わせてしまうことになってしまいます。


そうならないためにも、今を生きる私たちが、どれだけ目先のことだけにとらわれずに、大局的な観点から物事を判断できるかが求められているのだと思います。
「どうせ、今の市長が嫌いだから反対しているんだろう」というような低次元の憶測でしか物事を判断できない政治家や市民は、「市民生活を守るため」などといった方便を口にしたり、わかったような口ぶりで政治に口出しする資格はないと思います。
それぞれが、自分たちの殻に閉じこもったまま、この問題をうやむやにやり過ごすのではなく、正面きって、正々堂々と、三木市の将来のための本当の改革を真剣に考えていく時ではないのかと思うのです。
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by kkamoike | 2009-03-19 22:14 | みっきぃふるさとふれあい公園

予算否決に対する市の言い分について考えてみた

人それぞれ、考えていることが違うのは当たり前ですから、それぞれに主張が異なっていいわけですが、今回公表されている記者発表での市の言い分には主催者側の何かしらの意図を感じずにはいられません···
何だか、自分の意見の正当性ばかりを述べておられるようですが、相手の意見は一切認めない、正しくない、間違っている、反対者は市民の敵だといわんばかりの内容です。
挙句の果てには、議会制民主主義に基づく意思決定までも、「数の力」で押し切られたと断言されているのには、ビックリです。
ここまで言われるのなら、いっそのこと、三木市を「専制君主制」にでもされたらどうかと思います。



まぁ、冗談はこれぐらいにして、今回の質疑応答でとりあえず気になった部分をいくつかあげてみたいと思います。
これは、あくまで私の感じたところですので、実際に反対意見を述べられている議員の方たちの本意を確かめたわけではないということをあらかじめお断りしておきます。



まず一点目、
「市民生活」という言葉がいたるところに出てきます。
基本的に、市の仕事で「市民生活」に関係のない仕事などあり得ません。ただ、その度合いが濃いか薄いかということです。
反対意見を述べられている議員がおっしゃりたいのは、その度合いが薄い、すなわち緊急性が低い、あるいは今あるもので我慢できるのではないのですか?と言われているのだと思うのですが····。
昨年9月に市が発した「財政危機宣言」という非常事態を受けて、現に、新年度予算ではそれこそ市民生活に密接にかかわる施策の数々が削られようとしています。それらの身近な活動や困った人を助けるための予算とを天秤にかけて、どちらに緊急性があるのかを考えろといっているのだと思うのです。



二点目、下石野分校にしても、青山の図書館の分館にしても、「○年前から地元との間で調整をしてきた」というようなことを述べておられますが、本来、このような事業は、「財政危機宣言」を発した時点で、一旦、全てのハード事業をゼロベースで見直すべきではなかったのでしょうか。
去年の9月の時点での事業の見直しに着手もしないまま、今、これまでから地元と話をしてきたからという理由だけで、否決を非難するのはあまりにも説得力に欠ける話だと私は思うのです。




三点目、今回、定額給付金は別に提案され、この部分は既に議会の承認を得ています。いろいろと難しい手続きやルールを延々と述べておられますが、素人的な発想かもしれませんが、それでは、どうして、今回、それこそ市民生活に密着する学校の光熱水費などといった通常経費予算と臨時交付金のもらえる事業予算を一緒に計上したのかが私にはわからないのです。
定額給付金と同様、なぜ別に上げることをしなかったのか。
これは、現実的に出来ないことなのかもしれません。しかし、どうもこのあたりも、素人的な詮索に過ぎないのかもしれませんが、あえてそのような市民生活に密着する予算と一緒にあげることで、臨時交付金を充てる事業全体の否決を免れようという思惑があったのではないかと···
何かもう一つ腑に落ちない気になったりするのですが···
皆さんは、いかがですか?
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by kkamoike | 2009-03-17 20:10 | 三木市政

あなたならどれを選択しますか?

ある日、あなたの子供が泣きながら家に帰ってきて、こう言いました。
「僕が提案したクラス会の出し物が気に入らないもんだから、クラスの半分以上の仲間が反対だと言って、僕をいじめるんだ」と···



さて、あなたは子供に対して何といいますか?
次の①~④の中からこれだと思うものを選択してください。(複数選択可)




①お前をいじめる奴はいかなる理由があろうと許さん!クラスの誰が反対しているんだ?今度懲らしめてやる!
②お前の提案した中身に問題があったんじゃないのか?もう一度、皆とよく相談して、考え直せ。
③多数決で決まったんだったらしかたがないじゃないか。今回は残念だが諦めろ。
④皆に迷惑がかかろうと関係ねぇ!何がなんでも自分の意見を貫き通せ!
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by kkamoike | 2009-03-16 22:09

議会制民主主義、報道機関の役割など

再議書の提出に関する資料が三木市のホームページに出ている。
資料1資料2
再び、否決となった場合、最終的には、国からの交付金はもらえなくなるとのこと。
共産党のくろしま議員も言われていましたが、他の自治体では、今回の定額給付金に上乗せして、地域振興に役立てたり、従来から計画されていた事業の前倒しに当てたりするところが多いといいます。
今回も、一旦、否決されたのですから、てっきり議会と再調整し、双方の歩み寄りによる修正案が出されるものと思っていたのですが、どうやらそうではなく、あくまでコンベンションホールの建設にこだわるようです。
再度の否決によって、もらえるはずの多額の交付金が、市の中で調整が図られなかったため貰えないとなると、これは三木市にとって、非常に大きな損失であり、もったいない話です。


今回のコンベンションホール建設の話も、議会に話があったのは、本会議の直前だったとか···
議会に話をする前に、既に交付金の使い道を決めてしまっており、国にもそのことを報告してしまっていたというようなことが、どこかのブログで書かれてあったと記憶しているのですが、これは、ある意味、既成事実を作って話を進めるというゴリ押しに近いやり方です。
再び否決されれば、交付金を辞退することになり、国への信頼も失われるというような脅し文句を述べられているようですが、結局、すべて、市長自身が自分で撒いた種なわけですから、議会に責任転換するのは、本末転倒ではないかと。
また、再議が通らなければ、市民生活に影響を及ぼすことになるでしょうというような脅し文句についても同じです。


と、ここまで書いて、インターネットで、三木市のホームページや私が普段関心を持って読んでいるブログをチェックしていると、もうすでにオンブズマン三木さんがこの件について記事をアップされていました。
私も、オンブズマン三木さんの意見と全く同じです。


そして、もう少し、別の視点で意見を言わせていただくとすれば、今回の件を取り上げた、FMみっきぃの番組や市のホームページにアップされている記事は、いずれも公の情報ツールを用いた一方的な情報発信であり、市民に対する適正な情報発信にはふさわしくないと感じています。
市議会という市の意思決定機関が下した採決結果に対して、あたかも議会の責任において正当な判断が覆されたという意味のことを、一方的に発信するのはどう考えてもおかしいと思います。
FMも、FMです。
市長の番組だからといって、何を取り上げてもいいというものではないでしょう。
今回の件は、普通の軽いノリの話ではないはずです。
議会で審議中の話であり、非常に慎重に扱わなければならない、相手のある話です。
どうしてもその話を扱いたいのなら、市長と賛成、反対の意見を持つ議員を同じ番組に招き、討論形式でやるべきでしょう。
市長一人だけのFMでも、市のホームページでもないということを、しっかりと市もFMも認識するべきです。


最終的には、コンベンションホールにあくまでこだわるのか、それとも市民生活を優先する方向に舵を切り直せるのか、全ては市長の判断、技量に任されているわけです。
何も反対した議員が悪いわけではありませんし、責任を転嫁するものでもありません。
今回の件は、自分の考えをそれぞれの議員が主張し、その結果が否決となっただけのことです。
これが、議会制民主主義というルールに則った、ごく自然な流れなのです。
この結果を真摯に受け止め、どういう対応をするのかは、最終的には市長の判断にかかってくるでしょう。
そして、それによってもたらされる状況もまた、市長自身が責任を持って受け止め、対処していかなければならないことだと思うのです。
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by kkamoike | 2009-03-14 10:23 | 三木市政