どうぶつのつぶや記

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財政再建に向けた説明責任が果たせるかどうか

現在の市長が財政危機を訴えて初当選してから3年が経過しました。
財政再建の問題は、この3年間で克服できたのか、できなかったのか。


財政再建を克服する具体的な手段としては、職員数を削減することと、給料カットぐらいしか見えてきませんでした。
市長自身の報酬カットと退職金の返上分を借金の返済に当てるというマニフェストの項目にいたっては、知らない間に、「退職金は受け取らない」という項目に改ざんされ、自己評価の欄には「○」が堂々と付けられている始末。
オンブズマン三木さんが指摘されていたように、三木市民もなめられたものです。
そして、3年も経った、今ごろになって、市民に対する補助金の見直しなどに着手したり、公共施設使用料の有料→無料化→有料化という二転三転の対応などを見ていると、この3年間、財政再建を本気で行う気があったのかどうか甚だ疑問です。


「5期20年は長すぎる」
このフレーズは、現在の市長が選挙時に当時の現職の市長だった候補者への批判の言葉として用いたものですが、
10年一昔の時代から、ドッグイヤーを経て、1年一昔の時代へと突入したともいわれる今、与えられた4年で自ら掲げた目標を達成できないようでは、「1期4年は長すぎる」といわれてもしかたありません。


「来年の市長選挙まで、いよいよあと1年」
新しく選ばれるリーダーは、市民に対してあるべき方向性を示し、きちんとした説明責任を果たすことができる、そして、時代の変化のスピードに柔軟に対応できる人であってほしいものです。
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by kkamoike | 2009-01-31 11:41 | Comments(3)

退職金「受け取り拒否」でも公約違反でしょ

退職金「受け取り拒否」三木市長が表明(神戸新聞)

就任四年目を迎えた三木市の薮本吉秀市長は、二十二日の定例記者会見で、公約に挙げていた退職金の全額返上について、当初の趣旨通り「受け取りを拒否する」と表明した。同市が加盟する兵庫県市町村職員退職手当組合からの支給となるが、規約変更は難しく、市などに寄付すると公職選挙法違反となるため、法務局に供託される見通し。公約で意図した人件費削減には直接つながらないが、薮本市長は「一期目の公約を守るという自らの信念」と話した。
同組合には県内十九市十二町と三十の一部事務組合が加盟。それぞれ毎月負担金を支払い、組合が各自治体などの長や職員の退職金を支払っている。組合規約を改正して不支給とするには、加盟する自治体などの議会の承認が必要。受け取り拒否は初のケースになるという。
薮本市長は二〇〇六年一月の初当選時に、人件費削減の一環として退職金の全額返上を公約。市は毎月、30%カットした市長の給料月額を基準に、同組合に負担金約二十一万円を払っている。
任期の一〇年一月まで務めた場合、支給される退職金は千三百五十万円。同組合や総務省によると、供託後、十年たつと国庫に入るが、薮本市長がその時点で公職に就いていると「国への寄付行為になる」という。
この点について、薮本市長は「今コメントできることはない」とした。
県内首長の退職金をめぐっては、手当廃止を表明していた明石市の北口寛人市長が昨年十一月、一期目の手当を受け取る方針を表明。約五分の一に減額修正する議案が市会で可決された。尼崎市では、恒久的に市長の退職金を減額するとした条例改正案が〇七年、市会で否決された。川西市の大塩民生市長は、退職金半額支給を公約し、相当額を期末手当からカットしている。



また今回も、よく分からない話をされています。
そもそも実現できもしないことを「公約」に掲げてはいけませんね。
実現に向けてどれだけ努力されたのかも、この記事からは見えてこないのですが。
公約する前に、実現できるか、できないかをよく調べていただかないと、それを信じて投票する人だっているわけですから。
もし仮に、最初からできないとわかっていて公約に掲げたとしたなら、それは「詐欺」と同じですが、そうでなかったことを祈るばかりです。

市長が掲げた公約の中身は、「退職金を受け取らない=財政負担を軽減する」というものだったはずなのですが、いつの間にか、「退職金を受け取らない=市長の政治信念」というふうにすり替えられてしまったようです。

新聞にも報道されていましたが、受け取り拒否が成立した場合、市がこれまで支払ってきた負担金が市に戻ることもなく、市長に支払われるはずの退職金も市には戻らず、供託を経て、十年後には国庫へ消えていってしまうようです。
つまり、市長が退職金を受け取っても、受け取らなくても、市の財政負担は同じということです。
市長の懐に入るならまだしも、それだけのお金が供託され、最終的には、何の関係もない国庫に流れ出てしまうのは、貴重な市民の税金が無駄に消えてしまう感じがして、もったいない限りです。

記者発表の資料には、今回の退職金の支払いに要した費用が発生しても、既にそれ以上の報酬カットを行っているというような意味不明な説明がされていましたが、いやはや、なんとも潔さがありません。
市民にとって、大事なのは「退職金を受け取らない=財政負担を軽減する」であり、「退職金を受け取らない=市長の政治信念」ということなど別にどうでもいいことなのです。
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by kkamoike | 2009-01-24 07:25 | マニフェスト | Comments(6)

100日と2920日

オバマ米大統領の就任演説の評価が世界中を駆け巡っています。
オバマ政権、100日勝負 経済·テロ、のしかかる重圧(毎日新聞)
(抜粋)
1930年代の大恐慌時に就任し、「最初の100日」という目標設定をしたフランクリン·ルーズベルト大統領は、大規模雇用を生む公共投資を中心としたニューディール政策の関連法案を矢継ぎ早に成立させ、政権運営を軌道に乗せた。大恐慌と比較される経済危機の中で政権をスタートさせるオバマ氏にも「100日」の重圧がのしかかる。


「100日」とは、ハネムーン(大統領のハネムーンとして、大目にみてやるぞとする期間100日)のことを指しているそうです。
困難な局面を打開するには、ダラダラやっていては、話にならないということでしょう。
あるいは、100日で目処がつかないようなものは、何年かかっても一緒だということなのでしょう。
厳しいようですが、それが現実なのです。
野球やサッカーなどのチームの監督が成績不振で簡単に首を切られるように、勝負の世界は結果が全てです。
政治も同じです。期待が持てないと判断された段階で、支持率は急落し、場合によっては、退陣を迫られることになります。
「一刻の猶予も許されない」というのが、政治の本来の姿なのだと思います。
「あと何年先には···」とか、「あと4~5年我慢すれば···」というような悠長なことを言っている場合ではないのです。


私は、政治は、常に、今、目の前にいる国民や市民、将来の国民や市民に、同じように平等でなければならないと考えています。
将来のことも考えた「改革」を、今、しなければなりません。
今の人たちだけが我慢したり、ある一定期間の人たちだけが我慢したりするのは、あってはならないことだと思っています。
今の人たちを説得するのは困難なことかもしれません。一部の人たちからはブーイングが起こるかもしれません。しかし、そのような改革を将来にわたり、断行することが、正しいことであるなら、その説明をきちんと果たし、今の人たちを納得させる責任が政治にはあるのだと思います。


冒頭にあげた100日勝負。
翻って、三木市の財政問題ですが、こちらは、100日勝負どころか、トータル4年(1460日)×2期=2920日の勝負を挑んでいかれる雰囲気のようです。
これが、全国初の「財政危機宣言」に対しての意気込みということになるのでしょうか。
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by kkamoike | 2009-01-21 19:04 | 三木市政 | Comments(0)

議会の意識改革

橋下知事に「言動慎むよう」 大阪府議会が申し入れ(朝日新聞)

大阪府議会の畠成章議長と鈴木和夫副議長は15日午前、橋下徹知事に会い、「昨今の言動は議会との信頼関係を損ないかねない」「自ら結論づけるような誤解を招く言動を厳に慎むように」などとする申入書を手渡した。背景には府庁移転などの橋下知事の発言が先行し、既成事実化しかねないとの懸念がある。
 鈴木副議長によると、橋下知事が「大阪ワールドトレードセンタービルディング」(WTC)への府庁移転構想を推進する専従チームを議会に説明せずに発足させたことに議会側が反発。この日の会談では畠議長が「議会で議論する前の話が、報道では決まったみたいな形で出る」と苦言を呈し、橋下知事は「認識が甘かった」と答えたという。議会にはWTC移転に反対する声がベテラン議員を中心に根強い。



今回の記事は、内部での議論が十分でないタイミングで先走ってしまう知事に議会が釘をさしたということのようですが、
前回取り上げた、三木市での広野幼稚園複数年保育の件のように、市長が先走った発言をしてしまったばかりに、結果的に市民や関係者に多大な迷惑をかけてしまうことにもなるわけですから、大阪府議会が知事に対して異例の申し入れを行うのももっともな話だと感じました。


それにしても、このような首長の行動は、どのような意識から生まれてくるものなのでしょうか。
「リーダーシップ」があるといってしまえば、そうなのかもしれませんが、果たして、こういうのを「リーダーシップ」というのでしょうか。
「リーダーシップ」は、組織に属しているからこそ発揮できるものです。
組織で、目的を共有する人たちの協力なくして目的は達成できません。
個人的な見解を述べるのは自由ですが、組織の一員として言葉を述べるときには、やはりそういうわけにはいきません。
当然、内容、場所、タイミングなどを慎重に選ぶことが求められるわけですが、その前提としては、組織として一定のルールを踏まえた手続きをとることが大事なのだと思います。
市民や府民の声を後ろ盾にして、政策を優位に進めようとする意図があるのかどうかわかりませんが、政策を決定するのは、あくまで政治の役割であると思いますし、そのような不用意な発言に対して支持する市民の声が、必ずしも市民の良識(サイレント・マジョリティ)であるとは限らないということをリーダーは心得ておくべきだと思うのです。


三木市の議会も、大阪府議会のように市長に対して言うべきことは遠慮せず言うべきだと思います。
そして、武雄市議会のように市長との良好な関係を築き、ともに三木市を良くしていくという体制を一日も早く作っていただきたいものです。
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by kkamoike | 2009-01-18 08:34 | 三木市政 | Comments(0)

誰のための市政かをそろそろ真剣に考える時期ではないか

共産党のくろしま議員のブログに、「ものの言える人」という記事がアップされていました。
記事の内容は、簡単に言うと、市長にはっきりものが言える人を置くべきではないのか。すなわち、副市長人事を行うべきではないのかということでしたが、私のブログでも過去に、この副市長人事の必要性を訴えてきました。
当たり前のことですが、「ものが言える人」が必要ではないかと感じておられるということは、「ものが言える人」がいないということです。
もしそうだとしたら、市が打ち出す政策のほとんどは、市長の独断で決められているということにもなります。


くろしま議員のブログで、もう一つ、気になる記事がありました。
それは、「広野幼稚園での複数年保育について」です。
この問題も、過去に私のブログで取り上げた経緯がありますが、確か、もともと言い出したのは市長だったはずです。
くろしま議員のブログでは、今回、建前上、教育委員会自らが人数枠の設定を高く設けたために実現できなかった云々、と書かれていたわけですが、
「ものが言える人」の記事の実態が本当だとするなら、最終的に、市長の裁量でどうにでもできたのではなかったのかと思うわけです。
にもかかわらず、結果的に実現できなかったのは、市長に最初からきっちりとしたコンセプトがなかったからか、それとも、あらかじめ内部で十分な協議がされないまま、思いつきで発言してしまったかのどちらかになります。


まぁ、この期に及んで、誰のせいで、この案件が実現しなかったのかと突き詰めてみてもしょうがないわけです。
しかし、市民としては、こういうお粗末なやり方や、市民感情とかけ離れた対応、そして、同じ方向を向いているはずの議員の中からもブーイングが出てくるような状況が、これだけ目に付くと、何かいい対策を真剣に考えないといけないのではないかと思います。
市が行う合意形成、政策決定の段階で、本当に市民に必要なことは何なのかということが真剣に議論できるパートナー、もの言えるパートナーがやはりいると思います。
それは、副市長でもいいでしょうし、議会がその役割が担えるならそれでもいいでしょう。
いずれにしても、そのようなキーマンとなる人が、政策決定に関われる仕組みを、この際、考えるべきだと思うのです。
議会の役割として、市の政策決定にどこまで関与できるのか、勉強不足でわかりませんが、いずれにしても、どんな形でもいいので、早く、何かいい手立てを考えてもらいたいものです。


市長が好き勝手にやっていても、うまくいったり、あるいは、市民に喜ばれる結果になるのであればいいのですが、そうでないなら、今の現状をいつまでも、そのまま放置し、見て見ぬ振りをするのは、市民に対して、あまりにも無責任すぎる態度ではないかと感じます。
本来、市政は、誰のために行われるものなのか、そのことを真剣に考えている人が、この市の中枢に一体どれだけおられるのか···
この市はこの先本当に大丈夫なのか、真面目に考えれば考えるほど、馬鹿らしくなってきたりもします。
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by kkamoike | 2009-01-15 21:17 | 三木市政 | Comments(0)

メンタルヘルス対策でわかること

景気の減速、会社での成果が厳しく求められたりする中、仕事や社会に不安を抱える人はますます多くなってきています。
ストレスで体を壊したり、自ら命を絶つ人が後を絶ちません。
ストレスによって、精神疾患に罹る人もいれば、精神的には大丈夫でも、体の弱い部分に症状が出てくる人も多くいるようです。


「ストレスに負けるのは精神的に弱いから」とか、「ストレス社会は自分の身を自分で守るのが当たり前」···
一昔前なら、そのような精神論がまかり通っていたのかもしれませんが、
今は、そのような状況に追い込まない体制や、ストレスによる長期離脱を未然に防ぐしくみを整えていくことが重要視されてきているようです。


そこには、組織がそのような状況に目を向けないで、放置したままだと、最終的には経営に悪影響を及ぼすことになるという考え方が見えてきます。
体を壊し、長期離脱する者が増えれば増えるほど、また、長期離脱に至らずとも精神的に疲れた者が多ければ多いほど、仕事の効率は悪くなり、無駄が出てくることから、このような意識が定着してきているのだといえます。
この部分に、どれだけ投資するかによって、どれだけその会社が社員を大事に考えているか、時代の最先端を走る企業であるかどうか、マネジメントをしっかり考えられる企業であるかどうかが見えてくるのだと思います。


さて、三木市はどうなのでしょうか?
職員を削減し、これまでの業務以外にも、いろいろなことが求められる状況の中で、職員の方たちの負担は増えていないのでしょうか?
また、精神的に疲れている人たちは続出していないのでしょうか?
少数精鋭体制でいくのであれば、やはりこのような部分を、手厚くし、他の自治体の模範となるような取組を行っていくことが、最終的には、仕事の効率化にもつながっていくと思いますし、結果的には、不必要な経費の無駄遣いを未然に防ぐことにもつながっていくのだと思います。
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by kkamoike | 2009-01-14 22:19 | マネジメント | Comments(0)

次世代育成という考え方

成人の日前後は、式典の様子や新成人へのインタビューがマスコミに取り上げられます。
例年、自覚に欠ける新成人の無礼講や子供じみた言動などが比較的多く、また、面白おかしく取り上げられたりするのですが、今年は少し様相が違っていたようで、真剣な面持ちや神妙な顔つきでインタビューに答える新成人の姿が目につきました。
これは、百年に一度といわれる未曾有の経済危機が彼等の生活や将来をも不安に陥れているからなのでしょうか。


マスコミのこのような取り上げ方は、今に始まったことではありませんが、マスコミの取り上げ方次第で、如何様にも、取り上げる人達のイメージを作り出せるということがよくわかります。
自覚のない新成人も確かにいるでしょう。しかし、これまで、そのようなごく一部の人達の行動ばかりにスポットを当て、大多数の真面目な人達の声を取り上げなかったマスコミ、関心を持とうとしなかった世間の大人たちの姿勢がこういうところにも表れているのだと感じました。


マスコミに取り上げられる若者たちに大人の自覚を促す前に、彼等が社会人としてフェアな条件で自分の力が試せる社会、その結果次第で、自分の描く将来設計が築ける社会をつくることが、私たち大人の役目ではないのかと感じました。


また、これまでの社会の歪みによって自信を失いつつある現代の若者が将来の難局も乗り切っていけるだけの次世代人材育成の取り組みが待ったなしの状況にあることを見過ごしてはならないと、この方の記事を読んで強く感じました。
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by kkamoike | 2009-01-13 21:26 | Comments(0)

政治はいつの時代も「正念場」

オンブズマン三木さんの記事に、「市長にとっての正念場の年」と書かれてありましたが、私も同じ気持ちです。
皮肉でも何でもなく、全国初の財政危機宣言を発したからには、他の首長さん以上に、死に物狂いで取り組み、目に見える形で成果をあげていただかなければなりません。
他の自治体以上に待ったなしの状況なのですから。


しかし、そのような期待とは裏腹に、前回前々回の2回の記事から見えてきたものは、「改革」を断行するため、政治生命を賭けて取り組むという意気込みというよりも、どこか他人任せで、本質には触れず、問題を先送りしているようにしか見られない考え方や姿勢であり、これは非常に残念でなりません。
根本的な改革をする必要もないのに、あるいは必要があるのにする気がない状況で、4、5年の間だけ、不必要な「辛抱」を押し付けるのは最悪です。
また、根本的な解決を先送りにして、今、取り組まなければならない改革に着手しないのも最悪です。


4、5年先には明るい見通しがつくといっても、そう思っているのは、市長だけで、何の保証もないわけです。
現に、4、5年前に今の市民病院がこのような状況になることや、経済情勢がこれほど混乱に陥るなどということは誰も予想していなかったことで、今後、4~5年先には新たな予想もしない事態に直面する可能性だってあるわけです。


将来の子供や孫たちの世代のため、仮にどのような状況に直面しようとも、ある程度の安定した持続が可能なシステムをつくり出すこと、そのための改革に取り組むことこそが、政治の本来の役割であるはずです。
政治というのは、いつの時代も、常に正念場の連続だということを、心して取り組むべきものなのです。
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by kkamoike | 2009-01-12 10:41 | 三木市政 | Comments(0)

施設有料化は「辛抱」になるのか?

前回の続きです。
市長が市民に辛抱してもらうという項目の中に、公民館などの使用料の見直しがあります。

現在の市長が無料化に方向転換したのは、市民活動を活発にさせるための一つの取組であったと記憶していますが、当初から期間限定だとか、一定の成果が現れたら見直すという約束があったわけではなかったと思います。

三木市では、現在の市長になる以前から既に有料化が実施されていた経緯がありましたが、私はむしろ、その方が本来の受益者負担のあるべき姿だと認識していましたし、市民活動に対する支援はもっと他の方法で行うべきだと感じていました。
そのようなことから、ある日突然、無料化になったことに大きな違和感と驚きを感じたのです。


広報1月号では、あたかも、財政危機と市民アンケートの結果によって見直しを迫られたといわんばかりの内容で特集が組まれていますが、それはやはり違うような気がします。

自ら下した当時の判断の検証を行いもせずに、ただアンケート結果や社会情勢の変化に乗じて、いとも簡単に有料化に戻すのは、行政としてあまりにも無責任なことであると思うのです。

市民に対して「辛抱」をお願いする前に、無料化に制度変更した当時の政策判断の検証をきちんと行い、説明責任を果たすのが筋だと思います。
その上で、有料化が本来の姿であるという結論になるのであれば、少なくとも「辛抱」という表現は適切ではないということになります。
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by kkamoike | 2009-01-11 13:10 | 三木市政 | Comments(0)

「辛抱」と「改革」

市のホームページに「市長年頭のあいさつ」が掲載されています。

···しかし、4~5年先になれば、これまでの取組で借金を順調に減らしてきた効果が現れ借金の返済が今よりも15億円近く減少し、市の人件費も定年退職のピークを迎え10億円近く減少する見込みです。
(略)
そこで、今年からの課題は、この4~5年をどのように乗り切るかということです。
一つには市の職員の給与の7%カットを提案しています。あわせて、市民の皆様にお願いをしていく「辛抱」として、各種団体への補助金の見直し、公民館使用料やアフタースクールなどのいわゆる受益者負担の見直しなども検討に含めなければなりません。そして、大規模な事業の進み具合の調整。延期するもの中止するものの仕分けも行ってまいります。
 財政支援や事業の削減については、この先いつまでもカットをし続けるということではなく、明るい展望が見えてきしだい、再び補助金などをできるだけ早く復元してまいります。···



今回の挨拶の中で、気になる部分を抜粋したわけですが、
この理屈で言うと、
4~5年先には、財政的にも好転する要素があるので、それまでの間は何とか辛抱してくださいというニュアンスに受け取れます。
そして、その辛抱の期間が過ぎれば、元の状態に戻しますということのようです。


しかし、このような考え方は本当にアリなのでしょうか?
道路などの公共施設を建設する際に借金が認められたりするのは、今の世代だけでなく、将来の世代もサービスを享受し続けるという考え方からです。
このように公共事業だけでなく、すべての行政サービスには継続性が求められます。
本当に必要な行政サービスであるなら、ある一定の期間だけ、市民サービスを停滞させたり、縮小させたりすることは、本来、あってはならないと思うのです。
逆に言えば、一定期間だけでも削減が可能なものなど、将来に渡り必要なサービスといえるのかどうか···。


本当に見直さなければならないものなら、「辛抱」という訳のわからない表現で市民を煙に巻くのではなく、勇気を持って必要な改革に取り組むべきなのです。
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by kkamoike | 2009-01-10 08:26 | 三木市政 | Comments(0)