どうぶつのつぶや記

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職員削減とサービスの関係

大阪府の橋下知事が、警察官の削減に対する府民や議会などからの反対意見が予想以上に多かったため、公約撤回に踏み切る方向に動いているとのニュースが流れていた。

多くの府民は、警察官を削減して経費を節減することよりも、治安の維持を優先するべきと判断したと見ていいだろう。

言い換えれば、府民の多くは、そのサービスが必要だと考え、サービスを維持するための人件費は必要だと判断した。

もともと橋下知事がどういう理由で削減案を提示したのかはわからないが、やはりこれも「机上の空論」のなせるワザだったのだろうか。

「犯罪件数が減り、検挙率も良くなっているから、警察官を減らします」というのであれば反対する者も少なかったかもしれない。
削減ありきで物事をすすめようとするから、結果的に判断を誤ることになる。


三木市政でも相変わらず数年前に市長がマニフェストで掲げた職員削減数だけが独り歩きしているようだ。

今回の大阪府の警察官の事例のように削減とサービスの関係がわかりやすければいいのだが、市民にとって削減の影響がどんな形でサービスに跳ね返ってくるのかが誰にもわからない、情報公開がされておらず、わかりにくいところに問題がある。

削減ありきではなく、自分たちの受けるサービスの質や量をどう見直していくのかという合意形成の場がすっぽりと抜け落ちている。

選挙に有利な情報ばかりを市民に流すのではなく、負の側面があることもしっかりと説明できる政治家こそが真の政治家なのだと思う。
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by kkamoike | 2008-05-30 06:49 | マニフェスト | Comments(2)

「不機嫌な職場」にしないという意識

組織が疲弊してしまう一つの要素に仕事ができない、する気のない困った人達がもたらす影響というものがある。

そのような問題となる職員はどれだけいるのだろうか。
この点について、オンブズマン三木さんがある伝言管理職の例を用いてわかりやすく述べられている。

確かに、高い給料を支払っているのに、その対価に見合うだけの働きができていないことは問題であるし、簡単に容認できるものではない。
しかし、さらに深刻なのは、その人だけの問題で終わらないということである。
悪い表現をするなら、ばい菌を撒き散らすかのように周りの人達に悪影響を及ぼすということであろう。

組織として認識しておかなければならないのは、そのような問題のある人達に対する制裁を行わないまま放置しておくと、確実に誰かがそのできない穴埋めをさせられる羽目に陥り、最初は、一個人の不満や不信感であったものが徐々に周りの人達に波及し、最終的には職場全体に悪影響を及ぼすこととなるということである。
そして、意欲のある者までもがやる気を失い、最悪の場合、職場を去ったり、精神的にまいってしまい職場からの長期離脱を余儀なくされる者も出てくることになる。

先日、共産党のくろしま議員のブログに長期休暇している市職員がかなりいることが書かれてあった。

個人単位で自分の身を守ることには限界がある。
もう、職員の削減ばかりに気をとられている時期ではないのではないか。
いつまでも現状から目をそらしてばかりいては、そのうち取り返しのつかないことになるだろう。

やはり、組織の問題として現状をしっかりと受け止め、組織としてしかるべき時にしかるべき手をうっておかないと、間違いなく、組織は衰退の一途を辿ることとなる。

まずは「不機嫌な職場」にしない意識を持つことが、組織崩壊を防ぐ第一歩となる。
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by kkamoike | 2008-05-29 00:00 | マネジメント | Comments(1)

部下と対話できない上司の弊害

セロトニンさんからのコメントで、ある本を探しに本屋へ出向いたのだが、あいにくその本を見付けることはできなかった。
その本屋でたまたま別のタイトルの本を手にとって見るとなかなか面白そうな内容だったのでとりあえず買って読んでみることにした。
タイトルは、「なぜ社員はやる気をなくしているのか」(著者:柴田昌治氏)である。

まだ読み始めたところなのだが、その中で興味深い内容があった。
部下と対話できない上司の弊害について書かれている部分である。
以下、主な部分を引用して紹介しよう。


部下との対話が成立しないのは、部下を理解する力が欠けていることを意味しているし、いざというときに部下を裏切る人である可能性も示唆している。
(一般的に、どの組織にも言えることだが)全体として対話の量が減り、分業による細分化や非社員化の流れの中でそれぞれが孤立して仕事をする傾向が強くなっているときだから、こうした上司の影響は倍加する。企業にとってこういう組織の長の存在は、今という時代には、まさに命取りになってしまうのである。


しかし、こういう上司の特徴は、実は仕事が出来ないというところにあるのではなく、仕事はできても他のところで問題が多いのだそうだ。
たとえば、仕事ができる人はいつも自分で答えをつくってしまう。
部下に任すほうがよほど面倒で、自分でやるのがとにかく手っ取り早いため、こういう人の多くは、人の話を聞いているようでいて、実はまったく耳に入れていない。相手から学ぼうとする意思がないからだという。

さらに、こういう人が会議を仕切った場合、建設的な対話は生まれない。
答えがあらかじめ用意されている話し合いは「説得」に過ぎないのだそうだ。
なるほど。

「いちばん答えがよく分かっているのは自分だ」とか、「会社の方針をいちばん理解して、状況を一番よく分かっているのは自分だ」「全体をいちばんよく見ているのも自分だ」といった前提の下に事を始めようとすると、対話は成立しないし、自発性を引き出すことはできない。
対話を成立させようと思うなら、まず「一緒に困ろう」「一緒に答えをつくっていこう」とする姿勢を持つ必要がある。「相手の話に心の耳を傾ける」姿勢が不可欠なのだ。


そして、自分でいつも答えを作ってしまう上司は、部下がせっかく出してきた新しい知恵やアイデアも、ほとんど取り入れることができない。あくまで一方通行なため、期待して見ていた主体性を持った部下は失望するし、それが経営不振につながっていくのだという。
気を付けなければなりません。
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by kkamoike | 2008-05-25 17:58 | リーダーの条件 | Comments(0)

「情報戦略」について

4月14日に行われた20年度の第1回目の三木市庁内会議において、「情報戦略は各部で考え、打ち出していくものである」との発言が記録されている。市長の発言のようだ。

ここでいう「情報」とは、広報紙やホームページなどで発信する単なるお知らせのようなものを指しているのだろうか。

そして、「戦略」とは、情報発信の方法論を意味しているのであろうか。
いずれも何か違う気がしてならないのである。

「情報戦略」を語る上で、その根幹となるもの、それは各部がそれぞれに考えるものではなく、トップが持つ、或いは組織が目指す理想や理念のようなものでなければならないのではないのか。

まさか、情報戦略のための事業や取組をわざわざ「考えよ」というような馬鹿げた指示を出しているわけではないと思うが、本来、「情報戦略」とは、事業戦略を進めていく中であらかじめ組み込まれていなければならない必須要素であると思うのである。

そう考えると、庁内会議で「情報戦略」という言葉だけが飛び交う光景にはなかなか理解に苦しむものがある。
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by kkamoike | 2008-05-20 23:52 | 三木市政 | Comments(0)