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どうぶつのつぶや記

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今こそ警鐘を鳴らすべき時

motekiさんのブログでもトイレ清掃業務委託廃止に関する記事が掲載されている。

motekiさんの記事をうけてのコメントとあわせて感じたことを述べてみたい。

まず一点目、少数の限られた意見とはいえ、市民の多くは、賢明な判断されていることが判明した。
motekiさんの周りだけでなく、私の周りもほとんどが首を傾げている状況だからだ。
ここで言えることは、市民の声を聞くということは、単に話しを聞くだけでなく、市民の考えていること(民意)を察知できる嗅覚のようなものがなければ正しい判断が出来ないということだろう。


二点目、昨日の私のブログに対するmotekiさんからのコメントにもあるように、私もどういう経緯で意志決定がされたのかを十分調査する必要があると思う。それだけ非常に重要な問題だと考えている。
余計なことに気をとられている余裕はないというようなことが書かれてあるが、確かに議員の立場であれもこれも真剣に審議をしていかなければならない中でこのような気持ちになられるのはよくわかる。しかし私たち市民にとっては、今回の件は、予算や事業採択の審議と同じくらい、いやそれ以上の、現在の市政運営の根幹に関わる重要な問題であると考えている。
なぜなら、仮に本気で行革の一環として今回のトイレ清掃業務委託の廃止を考えているとすれば、それは市民が望む行革とは全く違う方向に向かってしまうからである。
そして何よりいろいろな議論もあるが、薮本さん自身が進めてきた行革とも正反対の方向に進むことになるからである。
二年間取り組んできた努力が台なしになってしまうからである。


今回の件は、まさに、オンブズマン三木さんをはじめ、私たちが常々指摘してきた「政策や考え方に一貫性がない=ブレる」典型が表面化した形だと思っている。
行革の基本的な考え方がブレてしまっては薮本市政に期待する役割はなくなってしまう。
それだけに中途半端な審議でうやむやにできる問題ではないと思っている。


motekiさまをはじめ、議員の皆様におかれましては、議員選挙で掲げられた自らの理想とする行革の方向性と照らし合わせて、市民が望む本当の改革に舵を切っていただけることを心から望んでいます。
良識ある議会の判断を期待しています。


このままでは、薮本市政発足前以上の危機に陥ってしまうのではないかと危惧している。
組織や個人の意識改革やモチベーションを維持していくことは、お金でなんとかなるものではない。
確固たる信念のもと、非常に時間と根気のいる取り組みなのである。
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by kkamoike | 2008-02-29 22:02 | 三木市政 | Comments(1)

どうしたら意識づけができるのか

公務員の原点を見つめなおすための取り組みと、仕事の一環としてトイレ掃除をすることを混同してはならない。

「トイレ掃除が公務員の原点···という発想がわからない」とおっしゃるrfuruya2さんのご意見は全くもって同感である。

公務員の原点を見つめ直すために「トイレ清掃」を始めたとしても、
委託をやめると決めた段階で、職員にとっては「トイレ掃除をすること」が目的化してしまい、割り当てられた仕事の一つとなってしまうと思う。

何も、「トイレ掃除」を軽んじているわけではない。
世の中には、いろんな職業がある。
庁舎のトイレをきれいに保つことも立派な仕事であり、市民サービスの一つだと思っている。
美しく保つことにより、市民の財産(施設)を少しでも長持ちさせることにもつながるし、利用者に気持ちよく使ってもらうことができる素晴らしい仕事だと思っている。
そのような成果を効率的に少しでも安い経費でやろうというのが民間委託ではないのか。

意識改革云々という名目で、本職の片手間でできる仕事ではないと思うのだが。


「ただ機械的に便器を磨いたりするだけでなく、どうすれば、効率的に、効果的に市民に気持ちよく利用してもらえるような掃除の仕方ができるのか、トイレ清掃で何かを学ばなければ」という意識を持って考えながらトイレ掃除をするのと、日常の仕事として、トイレ掃除をルーチン化してしまうのとでは全く意味や方向性が違ってくるのではないかと思う。

部下に対して、うまく意識づけができるかどうかもリーダーに求められる条件である。
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by kkamoike | 2008-02-28 17:30 | リーダーの条件 | Comments(1)

タウンミーティングで何がしたいのか

タウンミーティングの資料がホームページで閲覧できる。

中身は非常に幅広い範囲に渡っており、頁数も多くボリュームのある資料となっている。

この資料は、行政の立場で今後の政策を考える上で、必要なデータ解析をするためのものとしては有益なのかもしれないが、一般的に行政全般に精通していない普通の市民がタウンミーティングに参加してこの資料の説明を受けても、一体何を議論すればいいのか、恐らく面食らう人が多いのではないかと思う。

どんな形でタウンミーティングを進行するのかは分からないが、仮に、これまでのタウンミーティングと同様に、前段の説明資料として活用するのであれば、今回のタウンミーティングで何を議論したいのかという主催者側の意図が全く見えてこない。

今回の資料の中身から見るとどのような質問がでてもOKという覚悟も準備も、既に主催者側には備わっていることは理解できる。
この際、タウンミーティングに「わいわい」というネーミングがつけられていることからしても、資料の説明なしで最初から市民との意見交換を行うほうが面白いのではないかと思う。

資料は、答弁の際の説明資料として活用するか、具体的な意見が出ない時の題材を考える際の補助資料として活用するほうが、より有意義なタウンミーティングが期待出来るのではないかと思っている。

自由が丘では40名程度の参加しかなかったようだが、全ての地域で紋切り型のタウンミーティングを行うなら、わざわざ市内全地域を巡回するやり方ではなく、例えば対象者を限定したり、異なった時間帯に開催するなどして、今までタウンミーティングに参加したことがない人も参加しやすいような工夫を考えればいいいのにと思うのだが。
相変わらず、ワンパターンである。

しかし、一番肝心なのは、タウンミーティングで何を議論したいのかというメッセージを市民に的確に伝え、共感を得ることだと思う。
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by kkamoike | 2008-02-27 19:08 | 三木市政 | Comments(0)

時は金なり

トイレ清掃
時給3500円なり

市の職員の平均年収を700万円と仮定し、年間の就業時間を2000時間とした場合、時給は3500円になる。

現在委託している人の時間単価を1000円と見た場合は3.5倍、700円と見た場合は実に5倍の単価となる。

現行のトイレ清掃にかかる年間委託料が600万円ということなので、それを時給3500円の市の職員が同じ頻度で同じ質の清掃を行ったと仮定した場合の人件費は少なく見積っても2100万円、最大で3000万円にもなる。
いずれにしても現行の600万円よりは多くなる計算だ。

にもかかわらず、新聞には、600万円の節約と書かれてある。
なぜ?

職員がすれば何でもただになるからか?

それともサービス残業でさせるつもりなのか?

簡単な業務は軒並み民間委託に移行しているのになぜトイレ清掃業務だけ逆行するのか?

職員の意識改革云々というのであれば、わざわざ経費削減をアピールする必要はないはずだ。

少なくとも、私が市長なら単価に応じた仕事に専念してもらう。
意識改革云々というのなら他にいくらでもやれることはあるはずである。
例えば、トイレ清掃なんかよりも、滞納者の税の徴収に時間を費やしてもらうほうが、よっぽど市民のためにもなり、収入確保にもつながるだろう。
また、職員の仕事に対するモチベーションもトイレ清掃よりは上がるだろうし、職員同士の感謝の気持ちも生まれてくると思うのだが。

そして市長自身もトイレ清掃を行うということだが、市長にしか出来ないことは他にいくらでもあるはずだ。
少なくとも良識ある市民は市長にそのような仕事をしてもらうことなど望んでいないだろう。

いずれにしても、先ずはマネジメントの基本として、時間を粗末に扱うことは、一番のお金の無駄遣いだという認識を持つことが必要のようだ。
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by kkamoike | 2008-02-26 23:16 | 三木市政 | Comments(0)

正しい判断を行うには

先日の「児童虐待対応マニュアル」の投稿に対し、motekiさんのブログ上でコメントをいただきました。
ありがとうございました。

motekiさんお一人であっても、私の書いた意見に現職議員の立場で応えてくださったことに感謝しています。


三木市が本気で「日本一美しいまち」を目指すのであれば、
今回の事件後の対応は、まさしく議員一人一人の行動が試される重要な分岐点になるのではないかと感じています。

上に立つ人が率先して市民に「美しさ」の模範を示していただくことを切に願っています。





ものごとに筋が通っているか、すなわち道理に適っているかどうかを判断するためには、単に論理的に矛盾がないかということだけでなく、それが人としてとるべき道に照らし合わせて、不都合がないかという確認が必要だ。
稲盛和夫氏の言葉より 「正しい判断を行うには」
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by kkamoike | 2008-02-21 22:13 | 心に留めておきたい言葉 | Comments(1)

「先手管理」と「朝令暮改」

rfuruyaさんのブログの中に、『「力強い」ーー「力弱い」戦略論』というタイトルの投稿があり、武雄市の樋渡市長からコメントが寄せられている。

コメントの中には、
『本の題名に「戦略」とありますが、過大な戦略を立てずに、その場、その場で、民意に耳を傾けながら、道を作り、壊し、また、修正しながら、全力で走っているのが今の武雄市政だと言えるのかもしれません。···』と書かれてある。

実は、このコメントの発想、やり方こそが、現在のようなめまぐるしく変化する時代に合った仕事のやり方であると述べられている本がある。
『朝令暮改の発想』(著者:鈴木敏文)である。

この本を書いた鈴木氏は、ご承知のように、株式会社セブン&アイ·ホールディングスの代表取締役会長なのだが、これまで現場を統率してこられた経験に基づく直言は重く、すべてにおいて納得させられる中身となっている。

私自身、「朝令暮改」という言葉は、言ったことをすぐに覆すという悪いイメージにしか捉えていなかったのだが、
著者は本の中で、「仮説」と「検証」を何度も繰り返すことが重要であると前置きした上で、その結果、「朝令暮改」が必要だというならば、「朝令暮改」を非難する声に臆することなくどんどん突き進めばいいと述べている。

また、「先手を打つ(先手管理)」という言葉は、優秀な経営者やリーダーが行う手法の代名詞のように使われているが、現在のように気候や株価、為替などの経済情勢だけを見ても一寸先はわからない状況の中で、「先手を打つ」ことなど、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の博打をするようなものだとバッサリと切リ捨てている。
むしろ変化の時代には、「仮説」と「検証」を何度も繰り返し、状況が変わればやり方や考え方を見直し、新たな手法を模索し、場合によっては計画を一から考え直すといった柔軟性が求められるとも述べている。

優秀なリーダーは、しっかりとした軸を持ち、「仮説」と「検証」を繰り返した上で、必要に応じて「朝令暮改」ができるバランス感覚を持っているということであろう。

現場を振り回し、部下に対する十分なフォローもないまま、周りを疲労させてしまうだけの、単なる「朝令暮改」とは訳が違う。

同じようなことをしているようでも、この言葉の意味が分かった上での行動であるかどうかによって、もたらされる成果は全く異なってくる。


·····

このほか、この本を読んで印象に残った言葉をいくつか

·仕事は毎日が瀬戸際
·挑戦しないことは、仕事をしないことと同じ
·会社に慣れるな
·「もう一人の自分」から見て、過去の(成功)経験を否定する

そして、
·(本を読んだときに)共感する部分に線を入れるのではなく、「反対意見」に線を引く
同感できるということは、···そこから得るものは少なく、発展はない。反対意見こそ···

考えさせられる言葉ばかりです。
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by kkamoike | 2008-02-20 17:52 | リーダーの条件 | Comments(0)

児童虐待対応マニュアル

年末に三木市で起きた児童虐待を受けて、市の教育委員会が作成した虐待対応マニュアルが市のホームページに発表されている。

現場を再点検して、対応の徹底を図る意味で、素晴らしいことだし、評価もできる。
現場で待ったなしの対応が迫られる教員の方たちには、これまで全力で対応してこられたことに対し敬意を表するとともに、これからも様々な圧力に屈することなく、子供たちを守るという強い信念で取り組んでいただきたいと切に願っています。

しかしいくら素晴らしいマニュアルが出来て、現場が機能したとしても、部外者も含めた周りの人間が、懸命に研鑽を積んだ現場の人たちの努力を踏みにじるようなことを続けるようでは、何にもならない。

今回の事件で最も反省しなければならない人たちは他にもいるはずだ。
二度と同じ過ちを繰り返さないために、マニュアルの作成はもちろん、しっかりとした研修が必要なのは、学校現場ではなく、むしろ議員一人一人ではないのか。

特定の議員がしたことと「人ごと」のように片付けているようでは、いくら現場が頑張っても、根本的な解決を望むことなどできないだろう。
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by kkamoike | 2008-02-19 17:23 | 三木市政 | Comments(0)

「市民力」を引き出す手腕

「県民総戦力」は宮崎県 東国原知事が掲げた言葉だそうだが、
「まさしく今は、知事とともに職員や県民も頑張る「県民力」が問われる時代となり、知事にはその力を引き出す手腕が求められるようになった」と、プロセスデザイナーの元吉由紀子さんは言う。

元吉さんのコメントから印象に残った言葉を2つ

かつて「改革派」知事がもてはやされた時代、それぞれの知事が、地域を経営する姿勢を持ち、地域によって差が出ることを明らかにしてきた。
今、改革派知事が引退して、改革派という言葉が使われなくなったのは、もはや改革をするかしないかではなく、改革をどう実現していくかの実践力が問われる段階に進んだと考えるべきである。

知事一人で県政は進められません。
知事と同志となる職員を何人つくるかも大切です。
職員には知事のほうを向く人と、知事と同じ方向を向く人がいます。
似ているようですが、前者は知事の顔色をうかがう、いわば面従腹背であり、後者は知事と信念を共有し、自分で判断できる職員です。知事と職員の信頼関係が築けている県庁は、職員が知事と同じ言葉を話していることが多いものです。


さて、三木市の場合、リーダーに改革を実現していくための「市民力」を引き出す手腕は備わっているのかどうか。

一つ言えることは、
数年前とは明らかに時代の要請が進化し、新しいステージに移ってきているということである。
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by kkamoike | 2008-02-18 21:37 | リーダーの条件 | Comments(0)

真剣な議論を要望します

小野市が病院統合問題の先送りを決められたことでややトーンダウンの様相になりつつあるようだが、市民アンケートの結果では統合に賛成の人の割合が多かったと新聞に報じられていた。
私自身は、いろんなケースが想定できるほどの情報提供がなされた上での市民の選択だったのかという点で疑問を感じている。


なぜそのようなことを言うのかというと、最近、ニュースでも話題になっているのでご存知の方も多いと思うが、北海道の赤平市大阪の阪南市がいずれも病院経営が行き詰まってしまい、市役所自体の経営までもが傾いてしまう事態に陥っているというのである。
平成20年度から始まるとされる、病院会計との連結決算方式の導入を受けて、病院経営の赤字が引き金となり財政破綻に繋がる恐れのある自治体は、全国で30近くにものぼるといわれている。


「このままいくと夕張市のようになってしまいます!」と、ついこの間まで声高に、そして市民に対し必要以上の危機感を煽っていた藪本さんが、今回の病院統合の件では、巨額の建設費用を小野市と分担するとはいえ、何の心配もなく病院建設を決めようとされた印象を受ける。
子や孫のためには、健全財政基盤を築き、安心できる医療機関を整備しておきたいという気持ちはわからないでもない。
しかし、現実には両方とも成り立たずに危機的な財政状況に陥っている自治体が出てきているのである。
一歩間違えば夕張市になってしまうといわれていたはずの三木市が、いとも簡単に新しい病院建設に賛同されたが、果たしてどんなウルトラCがあるというのだろうか。


そんな心配がつきない現状があるにもかかわらず、市会議員の方たちは、相変わらずどんな考えをお持ちなのかがほとんど見えてこないのである。
一部の議員さんの考えはブログなどで知ることはできても、多くの議員さんの考えていらっしゃることはわからない。
三木市の政策や方向性を決める重要な立場の人達が今回の三木市の将来を大きく左右する問題に何の反応も示されていないのが気にかかる。
いつも感じることだが、議員の皆様には、ぜひ議会の開催時期以外でも、市長も交えて自分達の意見や主張をぶつけ合う場を設けてもらいたい。
たくさんの報酬が仕払われているのだから、それに見合う存在感や意気込みを見せてもらいたいものである。
何よりも活発な議論がないと正しい判断をしようにもできません。
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by kkamoike | 2008-02-14 23:32 | 三木市政 | Comments(0)

市民と向き合う覚悟があるかどうか

今、橋下知事の言動がマスコミを賑わしている。「非常事態宣言」など、改革に向けた過激な発言が目につく。
今後、あらゆる方面からの圧力が予想される。
そのような、いわゆる抵抗勢力とどう渡り合っていくのかも注目される。
およそ二年前、大阪府同様、危機的な財政状況を建て直すことを至上命題に掲げた藪本さんが当選したのは記憶に新しい。
様々な意見もあるだろうが、自称、「財政のプロ」として手掛けてこられた財政改革に関しては、まだまだ道のりは険しいものの、最初の2年間としては、一定の評価が出来るのではないかと感じている。
一方で、その改革の成果の代償として切り落としてきたものもたくさんあるはずだ。
しかし、その実行にあたっては、市民と膝を交えた話し合い、いわゆるタウンミーティングなどの中で世論と言えるかどうかは別として、建前上は市民の理解を得たということで進めてきたはずである。

少し余談になるが、自身のブログを止められた時も、直接市民とのふれあいを重視し、優先しながら事業を進めていくと表明されたはずである。

ところが、先日の藪本さんの声明をホームページ上で発表されたことも含めて、今回の病院統合問題での一連の対応は、これまでのやり方や意思表示した内容と明らかに異なるのではないか。

小野市長や神戸大学に理解を求める前に、市民の理解を求めたり意見を聞くための市内行脚をなぜしないのか。

肝心の論点(これからの財政的なシュミレーションなど)も具体的に示さないタウンミーティングを一度開催しただけで、三木市の将来を大きく左右する問題について市民の合意を得たとでも思っているのだろうか。

誰でも信頼できるいい病院が近くにあるほうがいいに決まっている。
しかし、病院の建設を選択することで市民生活のどういったところにしわ寄せがくるのかといった、「代償」を市民に示すこともリーダーの努めではないのか。

「新しく病院を建てても、これまで通りのサービスも提供できます」とか「新しい病院ができれば地域医療は安泰です」というような都合のいい話ばかりなのかどうかを示してもらいたいのである。

人員の削減をはじめとしたさまざまな改革を行う際にもそのあたりの市民が受けることになる「代償」をきちんとわかってもらう必要があったと思うのだが、そのような説明は残念ながらなかった。

今回の病院統合の件について、藪本さんは本当に市民と向き合う覚悟はあるのだろうか。

今、真正面から向き合わなければならないのは、小野市長でも神戸大学でもなく、三木市民であるということを肝に銘じるべきだと思う。

自分の考えていることが本当に「正しいこと」かどうかを確かめるためにも。
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by kkamoike | 2008-02-07 19:06 | 三木市政 | Comments(0)

R175が見て、聞いて、読んで感じたことを書き綴ります。