どうぶつのつぶや記

カテゴリ:みっきぃふるさとふれあい公園( 48 )

rfuruyaさんの言葉、樋渡さんの言葉

前々回の「お客様満足と自己実現」という記事は、rfuruyaさんのこんな記事の中にあった「CS」という言葉から端を発して書いたものでしたが、その後、rfuruyaさんのエキサイトに補足説明が、goo にはさらに発展的な内容として「目線がどこにあるのか?」という記事が書かれています。
そのgooの記事の中で、こんな記述がありました。


『いろんなものごとに『対応する目線』が近すぎるのだと思う。
企業も行政も、『もっと遠く』を視野に入れるべきだと思っている。
行政の首長さんも、近くばかり見て、選挙の票を持っている人たちばかりを意識する、『選挙運動のような』行政をやられすぎである。
武雄の樋渡さんが面白いと思うのは、
目線が武雄市以外、遠くへ、末端に向いていることである。
何の関係もないような他市の一般の人たちのメールにも直ぐ、ホントに直ぐ応えられるようである。
「レモングラス」という武雄の力を入れている事柄ではあるが、市長の激務を縫っての自らの対応である。
小さなことのようだが、
『目線が遠くにないと』大きい仕事は出来ないのだと思う。』


後段部分をそのまま引用させていただきましたが、実は、昨日アップした記事「政治家の言葉」を書いたときにも、武雄の「レモングラス」や「GABBA」、「楼門朝市」などが頭をよぎりました。

これは、先日、武雄市長物語でレモングラスのことが書かれてあった記事の一部分です。

いずれにしても、この武雄育ちのレモングラス。広告宣伝効果を含めれば、投資効果は抜群にあると思いますし、何よりも、「やればできるんだ!」という気持ちが少しでも芽生えればいいですね。
中山間地農業再生のきっかけ、多くの農業生産者の皆さんの所得向上につながってほしいと考えています。


「武雄市長物語」を読んでいると、様々なアプローチで、地域を盛り上げようとする樋渡さんの想いがこれでもかこれでもかというぐらい伝わってきます。

そこには、rfuruyaさんのおっしゃる「近くばかり見て、選挙の票を持っている人たちばかりを意識する、『選挙運動のような』行政」というイメージも、「上っ面だけの『綺麗な、上手な言葉』」、「極めて当たり障りのない、ありきたりの言葉」もありません。

住民を勇気づける「言葉」や「想い」がそこには溢れています。
そしてその「言葉」や「行動」は、単に武雄市民だけに向けられたものではなく、全国で試行錯誤しながら頑張っている、同じ地方自治体への熱いメッセージでもあるのだと感じました。
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by kkamoike | 2008-10-26 07:03 | みっきぃふるさとふれあい公園

地域で子どもを育てる環境づくり

前回は、「校庭の芝生化」について書きましたが、このようなスポーツを楽しむ環境、癒しをもたらしてくれる環境、交流が活発化する環境を地域の人たちと共有すること、もしくは、月に何日かでも地域の人たちに開放することで、学校に通う人たちだけでなく、地域の人たちにもその素晴らしさを実感していただくことができるのではないでしょうか。

そうすることで、地域の人たちと子どもたちの交流、地域の人同士の交流が自然に生まれてくるのではないかとも思います。

今日の神戸新聞には、兵庫県が「まちの寺子屋」認定事業をはじめたというニュースが出ていました。

子どもにこま回しやお手玉といった昔遊びを教えながら、「あいさつをする」「靴をそろえる」などの世の中のルールを伝える団体·グループを「まちの寺子屋」として認定することにし、子育ての輪を地域に広げ、孤立しがちな家庭での子育ての支援を目的とした事業を始めたそうです。


地域で子どもたちを守り、子育てを支援していこうという動きがいろんな形で活発化してきているようですね。


私はアフタースクール事業を否定するわけではありませんが、どっちを選択しますかと聞かれた場合、個人的には、子どもの成長を考えたとき、このような「まちの寺子屋」のようなところに子どもを預けるのも面白いのではないかと感じました。

そして欲をいえば、小学校の高学年や中学生になっても、大人たちに混じって一緒に、低学年の世話や面倒を見てあげたり、一緒に宿題をしたりする。そんな環境の中で、年相応の役割を感じ取ってもらえれば、子どもたちの自覚も自然と身についてくるのではないかと感じました。
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by kkamoike | 2008-10-22 21:31 | みっきぃふるさとふれあい公園

校庭の芝生化

先日の続きです。
川淵三郎元Jリーグチェアマンの話の中に、もう一つ興味深い話がありました。
それが、今日のタイトルの「校庭の芝生化」です。


「スポーツ文化」を根付かせるお話の中でおっしゃったのですが、「校庭の芝生化」と聞いて、私が感じたのは、芝生を植えるのはいいけれども、学校側で維持管理するのは大変だろうし、予算面から考えても大変なのだから、結局は企画倒れになるんじゃないのかということです。


しかし、川淵さんから出た言葉は私にとって意外なものでした。

芝生になれば、そこで滑り込んだり、寝転んだり、はしゃいだり、緑化にもなり、みんなに癒しを与えてくれる。
何より、子どもたちに身近に芝生の上で遊んだりスポーツをしたりできる素晴らしい環境が整う。
そうすれば、子どもたちや学校関係者だけでなく、親や地域の人たち、みんなが芝生の素晴らしさが実感できて、芝生がもたらす生活の豊かさもみんなが実感できるようになる。
その結果、みんなで芝生を大事にしよう、自分たちの芝生を守ろうという意識が生まれ、自分たちの手で、大切にしようということになる。
芝生のありがたさが分からない学校では、自分たちの手で芝生を守るという意識は生まれない。
そのようなところでは、結局、「スポーツ文化」も根付かせることはできない。···

確かこのようなお話をされていたと思います。


なるほど、本当の意味での「スポーツ文化」を育む環境づくりというのは、誰かが維持してくれるという受身の意識ではなく、自分たちの手で環境を維持していこうという自主的な意識を持つことから生まれるものだとあらためて気づかされました。


当たり前のことといえばあたりまえのことなのですが、いつの間にか、私たちは何かにつけて与えられた環境を維持してもらうことも当たり前だと感じてしまっているのかもしれません。
与えれた素晴らしい環境を、自分たちの財産と受け止め、後世に残すも残さないのも、自分たちの意識の持ち方次第ということでしょうか。

「校庭を芝生化する」ことが目的になってしまうと、本来の目的を見失ってしまうということですね。
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by kkamoike | 2008-10-21 21:12 | みっきぃふるさとふれあい公園

「スポーツ文化」という考え方

抜けるような青空が広がっています。
スポーツの秋ですね。


先日、元Jリーグチェアマンの川淵三郎さんが「スポーツ文化」についてお話をされていました。

子供の野球やサッカーの練習に仕事帰りのお父さんが駆け付ける、そしてたまには子供たちや指導者と一緒に練習をする。
また、今日の夜は地域のバレーボール大会にむけての練習だから残業しないで早く家に帰る、そして子供と一緒に参加する。
海外では当たり前のことが、日本ではなかなか定着しない、しにくいのだそうです。
スポーツを特別なものとして考えるのではなく、普段の生活の一部として考え、スポーツを文化として定着させていくことが大事ではないかとおっしゃっておられました。


自分自身の健康管理だけではなく、家族や地域との交流が日常生活の中で当たり前の習慣になる。「スポーツ文化」を根付かせることは、地域を元気にすることにもつながります。


子供の頃から地域文化の一つにスポーツがあり、地域交流の場として当たり前に機能しているのなら、歳がいってから何をしようか、うまく地域に溶け込めるだろうかと、その時になって右往左往したり、不安になったりすることもなくなるのではないでしょうか。


歳がいってから打つ手を考える高齢化対策はなく、子供の頃から地域での暮らしの中で「スポーツ文化」に触れる環境を整えることで、自らの健康づくりだけでなく、今の地域社会が抱える様々な問題解決の糸口が掴めるかもしれません。

三木市には、そのような習慣を根付かせ、他の自治体の模範となるだけの環境が十分に備わっている、そんな気がします。
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by kkamoike | 2008-10-19 11:08 | みっきぃふるさとふれあい公園

自然とあそべるコンサート会場

三木には自然がいっぱいありますよね。
そして音楽に合いそうな景色や場所がたくさんある、そんな気がしませんか?

すでに三木山森林公園にある森の音楽ホールは有名ですが、立派なホールや建物を造らなくても、自然のなかで、自然をバックに音楽が聞ける場所は、この三木山森林公園のほかにもグリーンピア三木やホースランドパーク、そして昨日、ローバーさんのブログにもコメントしたのですが、あの三条市長日記でも紹介されていた、ぶどう園でのコンサートなんかも自然とあそべるコンサート会場にびったりですよね。
この他にも、さるとるさんたちが頑張った美嚢川キャンドルナイトのコンサートもイメージにピッタリですが、自然と異空間を交ぜた演出としては、ゴルフ場のクラブハウスやレストランなんかでライトアップしたコースをバックに演奏するのも結構いけるかも···

以前、浜辺にある小さなまちが、波の音だけを聞く波の音コンサートや波の音をバックにコンサートを楽しむイベントがあって癒しを求める都会の人たちにウケているというような話があったのを記憶しています。

三木の場合、波の音は聞こえませんが、鳥の囀りなんかをバックに、あるいは、自然そのままをバックに、映える緑をバックに音楽が聞けたら、それだけで間違いなく異空間になりますよね···


たとえば、こんなネーミングなんてどうでしょうか?
「みどりのコンサート」~三木で夢心地なリラックス気分を~

みどりの「み」は「三木」の「み」、「ど」は「ドリーム」、「り」は「リラックス」
かなり強引ですがお許しください(笑)

でもこんなイメージで三木をPRするのもおもしろいかもしれませんね。
そしてもっと欲を言えば、三木出身の上北さんがリードボーカルをつとめるアカペラグループ宝船さんに、素敵な歌声によるイメージソングなんかを考えていただければ完璧だと思うのですが。

かなり妄想モード突入で申し訳ないのですが、今回は、思い付いたことをそのまま書いてみました。
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by kkamoike | 2008-09-08 07:02 | みっきぃふるさとふれあい公園

今より早い時期はない

ビーンズドームをはじめとした県の総合防災公園の動きが活発になってきました。
県も財政難の中、これだけの資金を投入した箱モノの稼働率を何とか上げていこうという意気込みが感じられます。
県の施設とはいえ、これほどのスケールの大きな施設、集客力のある施設のメリットを活かさない手はないと思います。



最近話題となっているスポーツ振興に絡めていえば、三木ほどのスポーツ施設の種類や数、質が伴った自治体が他にあるでしょうか。



ゴルフ場は西日本一の数とトーナメントも数多く開催されるほどのレベルの高さを誇り、テニス場はビーンズドームをはじめ国体の軟式テニスの会場にもなったコートが数知れず、他府県からも利用に来られる方がいるぐらい有名なグランドゴルフ場やスケートボードパークもあるし、国体の馬術競技の会場にもなり、乗馬や野外活動、キャンプなども楽しむことができるホースランドパーク、三木山森林公園ではネイチャーゲームなんかも楽しめる。屋内プールも数ヵ所ある。
グリーンピア三木では屋外のレジャーやファミリースポーツが存分に楽しめる。



ありがたいことに、県がこれから積極的に動きだしてくれると、三木の知名度やPRは自然に広がっていくのは間違いないでしょう。
しかし、県任せというのも勿体ない気がします。
市がもっと積極的に関われないものかと···。



県が動き出した今こそ、この動きに便乗して三木の魅力を再発見してもらったり、三木の本当の魅力をまだ知らない人たちに情報発信するチャンスと心得るべきです。
その上で、しかるべき手を打つぐらいのしたたかさを見せてもらいたいものです。
今から考えるようでは正直遅いくらいでしょうが、今より早い時期はないのですから。
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by kkamoike | 2008-09-01 23:24 | みっきぃふるさとふれあい公園

子育て支援という視点からスポーツ振興を考えてみた

今、私の周りのブログでは、「スポーツ振興」がテーマとしてさかんに取り上げられています。
私も「スポーツ」によるまちおこしは、非常に面白く、可能性を感じています。



「スポーツ」でイメージする言葉···
「健康」、「さわやか」、「交流」、「夢」など···

「スポーツ」のいいところ···
老若男女問わず楽しめること、リフレッシュできること、継続的に楽しめることなど···

「スポーツ」を通して実現が期待出来ること···
地域おこし、市民同士の交流、世代間交流、地域間交流、他市との交流、子どもの健全育成、健康づくり、介護予防など···
以上、かなり強引な分類でしたが、結局何を言いたかったのかといいますと、
「スポーツ」という言葉からマイナスイメージはまず生まれてこないということが、最大のメリットではないかということです。



例えば、子どもたちに喜んでもらえるような、スポーツ振興策を考えるだけでもワクワクしてきますよね。

さるとるさんがおっしゃっておられたように三木にある素晴らしい施設が子どもたちをはじめ市民であれば優先して割安で利用することができたり、各施設を利用する際は、公共交通のフリーパスが使えたり、先日「ブログdeみっきい」で紹介されていたジュニアゴルフのようなものをイベント化したりして子どもたちにスポーツに親しんでもらう機会を多くつくったり、将来のプロスポーツ選手を目指す子どもたちのために本格的な教室を開催したり···



「子育て」施策は、福祉医療や保育所、学校などに限定されるというような考え方からは脱却して、スポーツ振興の具体策として子どもたちに喜んでもらえるようなサービスや取り組みを市全体で考えれば、子どもたちの心に直接訴えかける何かが生まれるのではないかと思うのですが。

子どもたちにいいイメージを持ってもらえたら、親もそれを感じ、三木に対していいイメージを持ってもらえるはず···子どもたちが喜ぶものは、大人も楽しめるはず。
子どもたちに受けるものは、やがてブームとなり、口コミで広がる。
三木のイメージは放っておいても広がっていくはずです。

こんなに上手くいくかどうかはわかりませんが、いずれにしても、子どもたちに夢を与える施策に勝る子育て支援はないのではと思うのです。
親の目線で考える子育て支援ももちろん必要でしょうが、子どもたちが夢中になる施策を考えることもこれからの時代は必要になってくるのではないかと私は思います。
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by kkamoike | 2008-08-26 20:39 | みっきぃふるさとふれあい公園

つながりを広げるということ

自分の関わりのあることぐらいしか知らない人達は以外と多いのではないでしょうか。
子育てや介護など、日々の生活に追われて知りたくても時間的な余裕がない。
またパソコンが普及し、ITの時代となったとはいえ、特に高齢者の間では、そのようなものとは無縁の人達が私の住む地域でもまだまだ多いのが現状です。
でも実際、そんな人がほとんどではないかと正直思います。
ふれあいや交流といった掛け声とは逆に、目に見えない地域間の断絶、世代間の断絶、そして自分が属する職場や組織、団体間での断絶が広がってきているような不安を感じるときがあります。



今朝、rfuruya2さんが、三木市の「ブログdeみっきい」のことを紹介されていました。
ここ一週間ほどチェックしていなかったのですが、確かに、ここ数回の記事の充実ぶりには目を見張るものがあると感じました。
ブログの写真や文章も確かにいいのですが、私が注目したのは、書いている人の視点です。
以前、このブログでも紹介しましたが、さるとるさんや武雄人さんたちの「目の付け所が違う」のとよく似た感じなのですが、そこには、市としてのメッセージ、市職員としての市民同士のつながりをいかにコーディネートしていくのかという、私達一般のブログとは違う別の視点から発信されつつあると感じています。



その根底にあるもの・・・
それは、
市内には、こんなにも生き生きとした、躍動感溢れる活動や取組をされている人達がいることを知ってほしい。
その人達同士の中だけに終わらせておくのは勿体ない。
そのような想いなのではないかと感じるのです。


冒頭に書いたような知りたくても情報が得にくい人達、また、今はそんな活動に全く関心がない人達にも、そのような素晴らしい取組を伝えていくことで、新たな気持ちを思い起こさせたり、新たな行動につなげていくきっかけを与えてたりするのも、行政における広報の重要な使命なのだと思います。
そういう意味で、「ブログdeみっきい」のこれからに期待したいと思います。
広報紙でもこんなメッセージ性のある内容が増えれば、市内だけでなく、市外に向けたメッセージとしても十分通用する紙面づくりが期待できるのではないかと感じました。
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by kkamoike | 2008-08-23 09:03 | みっきぃふるさとふれあい公園

イメージというブランド戦略がもたらすもの

以前、「武雄市民物語」に武雄の楼門と「千と千尋」を関連させたユニークなアイデアが出されていました。
非常に夢のある話で、イメージがスッと湧いてきました。
どのあたりの次元までできるかは別として、非常に面白い企画であると感じたのと同時に、もしかしたら、武雄ならできるのではないかという印象を持ちました。



武雄人さんが書かれている内容を私なりに勝手にイメージしたので、もし間違っているようでしたらお許しをいただきたいのですが···
私の受けたイメージとしては、神戸の南京町や、横浜の中華街のような感じ、しかしそこには、飲食店などの商業施設が並ぶのではなく、市民の手でおもてなしをするような形の露店やバザーが立ち並ぶという感じです。そして武雄人さんがおっしゃるように、そこにいる人たちの服装や振る舞いに徹底的にこだわるなどの「異空間」というキーワードは欠かせません。

東京ディズニーランドや旭山動物園がリピーターを多く集め、大成功をおさめているのも、そこに行けば日常とは違う異空間が存在するからでしょう。
そして、もう一つ、忘れてはいけないこと···それは、そこに行けば期待を裏切らない大きな感動が得られるというメリットです。
しかし、この感動というもの、ハードだけ整えれば、勝手に生まれるというものではありません。そのような感動を呼び起こすためには、人々の「熱意」という要素が欠かせません。
そこに働く人たち、訪れる人たちが持つ「熱意」です。
その「熱意」があるから、感動させたい、感動したいと思わせる「創意工夫」が繰り返し行われるのではないかと思うのです。



行政が手がける事業の多くが、味気ないものに終始してしまうのは、つくることに関しては一生懸命だけれども、作った後のフォローにまで手が回らない、目が行き届かない、あるいは、それほど重要視されていなからではないでしょうか。
しかし、武雄には、そのようなフォローの部分での下地が整っているという印象を強く持っています。
私は、実際に武雄に住んでいるわけではないので、本当のところは分かりません。
本当のところは分からないけれども、そういう良い印象を第三者に与えるだけの情報発信がいたるところでなされているため、「武雄」という一つのイメージを作り出しているのだと思います。
言ってみれば、これも一つの「ブランド」戦略なのかもしれません。
だから、武雄人さんのこのアイデアも、武雄ならなんとなくうまくできるような気がするのです。



人に夢を描かせたり、夢を与えることができるのも、「イメージというブランド戦略」が成せる技かもしれません。
そして、「イメージというブランド戦略」が、市民自ら『アイデアを出してみよう!』という力を引き出し、それがひいては行政に対する信頼感へとつなっていくのだと思うのです。
小手先だけでイメージを良くすることなどできません。
これもまた日々の地道な積み重ねがあってはじめて創り出されるものなのでしょう。
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by kkamoike | 2008-08-18 21:43 | みっきぃふるさとふれあい公園

ブログに学ぶこと

ブログを読んで学ぶことは多い。
そこには大きく分けて二つの「学び」があると思っている。
知識や、世の中で話題になっていることなどの情報を得るという面での「学び」と、ブロガーの考え方や物事に対する取り組み姿勢に影響され、自分の思考パターンや行動に活かしていくという面での「学び」である。
このほか、ブログやコメントを読んで、様々な気づきや発見をすることもある。



今朝、何人かのブロガーの間で、武雄市のブログのことが話題としてがあげられていたが、その中で「武雄市民物語」というブログが紹介されていた。
私もほんの少し前に、このブログの存在を知り、最近は毎日興味深く拝見させていただいている。
実は、このブログを初めて読んだ時、「ピン!」と来るものがあった。
それは、三木を代表するブログ「さるとるファイト!」と相通じる要素があるということである。
いろんなことに対して「興味」や「関心」をお持ちになり、さらに自分のオリジナリティを作り出す努力を常に心掛けておられる点でお二人のブログは非常に似ていると思ったのである。
言い方を変えれば「人とは、目の付けどころが違う」のが特徴ではないかと感じている。



そういえば、最近読んだ『ビジネスマンのための「発見力」養成講座』という本の中にこんな話が書かれてあった。
『あなたは、セブンイレブンの看板にあるロゴを書けますか?』と。
著者は、講演でこの質問をよくするそうだが、ロゴなどほとんどの人が終始見ているはずなのに、ほとんどの人が書けない。書けたとしても最後の「N」が小文字の「n」だということに気づく人はほとんどいないのだという。
要は、『人は何万回見ても、見えないものは見えない。』ということが言いたいのだそうだ。
このセブンイレブンの話···私は、当然クリアすることが出来なかったのだが、この部分を読んで、セブンイレブンの看板を「関心」を持って見るようになり、本当かどうか見てみようと「仮説」を持つことができたのである。
著者曰く、
『まず、関心を持てば、全体像なり、何かが見えてきます。少なくとも見ようとします。次に重要なのは、「何を見るか」が分かっていることです。
「判断基準」が分かれば、言い方を変えれば、こうではないかという「仮説」を立てれば、ものがはっきり見えるようになります。』



これといった特徴がない、いいところがない、売り出すネタがない、何かいいアイデアありませんか?···
こんな言葉を時々耳にするが、実は、単に自分たちに見えていないだけで、本当は、私たちの周りには、いろいろなヒントやすばらしい素材がたくさん散らばっているのではないのかと思うのである。
普段から、どれだけ多くのことに関心を持ち、頭をフル回転させ、物事に取り組んでいるか。
たとえ思い付いた発想が小さなことでも、あるいは突拍子もないことでもいいではないか。
そういった日々の積み重ねが、いつか大きな発見や成功に結び付く成果をもたらすのだと思う。

「さるとるファイト!」や「武雄市民物語」は、そんな学ぶべき点がいっぱい詰まったブログなのである。
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by kkamoike | 2008-08-15 19:57 | みっきぃふるさとふれあい公園