どうぶつのつぶや記

カテゴリ:みっきぃふるさとふれあい公園( 48 )

「人の持つ力」

モチベーションが高くなれば、
より「付加価値」の高いサービスが提供できるといわれています。
仮に、目標を実現するために必要なものがすべて揃っていたとしても、モチベーションという要素によって、その成果は大きく違ってきます。


「組織」は「人」によって成り立つものですから、一人一人がそれぞれの責任の下に与えられた役割を遂行することは当然のことです。
しかし、その「人」を、単なる「コスト」としてしか考えられないリーダーは、例えば、部下には自分の指示したどおりのことしか考えることを許さなかったり、部下の創造性を育む度量の広さがなかったり、要は、部下が自分たちで判断し、動くことを極端に嫌うことが多いといわれています。いわゆる「ワンマン」という言葉で表されるリーダーです。
この場合、リーダーシップが上手くとれていたり、組織がいい方向に動いている時は必ずしも部下たちのモチベーションが低くてもある程度はしのげるのでしょうが、舵取を一つ間違えれば全て悪い方向に転げ落ちてしまうことになりかねません。


一人一人の考え方を尊重することに対する責任だけでなく、部下を信頼して任せることによってもたらされる結果に対する責任を、部下と一緒に受け入れる覚悟を持ち合わせているリーダーのもとでは、必然的にモチベーションも高まるのではないかと思います。
そして、これ以外のモチベーションを高めるための重要な要素としては、組織を構成する人たちをどのようにして同じ方向(ベクトル)に向かせるかということ、そして一生懸命に取り組んでいる部下に対する目配りを怠ることなく、時には労いの言葉を、時にはやっていることに対する意義づけの言葉を、またある時には励ましの言葉をタイミングよくかけられる心くばりを、リーダー自身が持つこと、そして部下にもそのような意識を持たせることではないかと思います。
そうすることで、「人」は、
単なる、1人+1人=2人という足し算ではなくて、
1人+1人=∞(無限大)になる可能性を秘めた、
「最大の経営資源」にふさわしいものになっていくのだと思います。


簡単な言葉に言いかえるとすれば···
同じことをするにしても、
人に感動を与えるのも「人」次第、
人を落胆させるのも「人」次第
人に感謝されるのも「人」次第···
といったところでしょうか。


同じことをするにしても、「人」が持つモチベーションによって結果は違ってくるということです。
やっぱり、「人の持つ力」って素晴らしいですね。
そんな「人の持つ力」の素晴らしさを知り、その可能性を引き出せるリーダーがいる組織なら、そこで働く人達も、そしてそこからサービスを受ける人達も、みんなが幸せな気分や満足感を手に入れることができるはずです。
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by kkamoike | 2009-07-08 19:33 | みっきぃふるさとふれあい公園

私が感じる「パートナー」、そして人づくり

「協働のまちづくり」が言われだして随分久しくなります。
三木市でもこの4月から、公民館を中心としたまちづくりがスタートし、『市民パートナー制度』が6月議会で承認されています。
この手の取組を見るとき、いつも疑問に思うのは、仕組みを作らないと目標は実現しないものなのか、
わざわざ仕組みをつくり出さなくても勝手に動き出すものなのではないのかということです。
大事なのは、仕組みや体制をつくることではなく、
共通の目的を実現するためにそのような仕組みや体制がどういう部分で必要となってくるのか、
そして、必要となった場合には、それらをどのように使いこなしていくかということを第一に考える必要があるのではないかと思うのです。



加西市長は職員の方たちにこんなふうに語りかけておられます。
『加西市では、多くの地域団体や各種協議会の事務局を市職員が長年慣例的に担っており、職務の片手間では時代の変化に十分対応できていないように思います。年中行事や安定軌道に乗った事業については、ヤル気のある市民グループなどに財源も付けて運営を任せることが肝要です。
元気な自治体に共通するのは、市民参画が進んでいることです。職員の皆さんには、プロ意識を持って、加西市の5年先10年先を見越して、公務員でなければできない重要な仕事、付加価値の高い仕事をしてください。』



行政が市民の気持ちに寄り添った姿勢で仕事を考えることももちろん大切でしょうが、市民に寄り添ってばかりいても協働は前には進まないと思います。
決して「大上段に構える」という意味ではなくて、行政マンはまちづくりのプロとして、市民とは別のスタンスからまちづくりを考え市民をリードていく(決して偉そうな意味ではなく、自信を持って行動する)、そんな姿勢や能力が求められているのではないでしょうか。
当然、市民の側にもそれなりの意識や姿勢というものが求められてきます。
そして、今の時代背景や、求められる市民像や職員像についていくら理想の言葉や理屈ばかりを語ったとしても、職員も市民もなかなか思うようには育たないのではないでしょうか。
ある意味、机上の空論だけではなく、トップが日頃の行動でどれだけ現実的なものとして目に見える形で表現できるかということも、「人を育てる」という観点から重要になってくるのだと思います。



そんな中、この人の考え方や行動はいつもシンプルでわかりやすいです。
こんな人が市のトップにいてくれたなら、トップの言動を目の当たりにした職員、そして市民は、それぞれの立場で今自分たちに出来ることは何なんなのかを自ら考え、行動に移し始めるのではないでしょうか。
『(武内町で語る会で)たくさんの質問が。
3年前の僕だったら、「こう考えます!」と即座に言ったと思いますが、この頃は、全国的に上手くいっている例を出して、皆さんと私たちで一緒に考えましょう、議論しましょう、という持って行き方をします。
煎じ詰まるところ、私が属する政治の目的の一つとして、市民の皆さんの所得の維持向上(→生活の維持)と税収の確保(→子育て·福祉等に充当)、そのための手段がいろんな政策です。政策は市民みなさんでわいわい議論しながら考えるのが一番。』




私が感じる『パートナー』は、もちろん全くの対等というわけではなくて、
それぞれが、それぞれに出来る役割を担うことで、同じ目標に突き進むということなのではないかと思っています。
決して同じ責任のもとにおいて事にあたるということにもあてはまらないのではないかと···。
そして、『パートナー』や『協働』について単に言葉だけで伝えるのではなく、
上に立つ者自らが、日頃からどんな考えのもとに、どんな態度や行動をとっているのかを体現することこそが、『人づくり』を行う上では欠かせない最も重要な要素、何よりのお手本ではないかと···
そう、まさに
『まず、隗より始めよ』ではないかと思います。

二人の市長の言葉からそんないろいろなことを感じました。
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by kkamoike | 2009-07-06 19:35 | みっきぃふるさとふれあい公園

私の憧れる政治家

今回の『武雄市長物語』、「マニフェスト」について書かれてあります。
まさに、これこそが「マニフェスト」っていう内容に出会えたような気がします。
マニフェストの中身、その評価や市民へのフィードバックのやり方など、見習うべき点はたくさんあるように感じました。


マニフェストについては、当ブログでもこれまで、批判めいたことをいろいろと書いてきました。
しかし、それは、マニフェスト制度を頭から否定する意味だった訳ではなく、
何かその目線の先が、私の思い描くまちづくりの方向性に合いなれない中身に受け取れたり、
本当にその公約が市全体のことを考えたものなのかどうか疑問だったり、
単なるパフォーマンスにすぎないものと受け取れたりしたためです。


マニフェストで、どれだけ候補者がまちづくりの「夢」を語ることができるか
マニフェストで、どれだけ市民が「夢」を描けるか
マニフェストで、どれだけみんなが「夢」に向かって力をあわせられるか
マニフェストで、どれだけ「夢」が実現できるか
マニフェストで、どれだけ次の「夢」に向かって挑戦しようという意欲が掻き立てられるか
···


みんなの幸せを心から願い、マニフェストで「夢」を語り、実現に向けて努力できる政治家、
そして、マニフェスト項目を一つ一つ実現するごとに、市民との間に揺るぎない信頼関係が築ける、
そんな魅力ある政治家に私は憧れます。
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by kkamoike | 2009-06-25 20:34 | みっきぃふるさとふれあい公園

政治家は、まずは自分の頭で考え、自分の言葉で語ることからはじめるべし

自分の住むまちで進められようとしている政策や事業が、今本当に必要なものなのか、一体どれぐらいの投資効果があるのかということなどは、なかなかわからないものです。
広報紙を使った都合のいい内容のみを流す情報操作は頻繁にされるけれども、肝心なことはほとんど明らかにされないまま大きな事業が次から次へと私たちの知らない間に進められようとしている現状を見ると、正直不安になってきます。
今般の国の経済対策に伴い実施される事業もまた、地元経済を活性化させる事業?という大義名分のもと、旧三木駅跡地の整備費、旧玉置家の用地購入費といった予算が今回の6月議会に提案されています。
しかしながら、これらは今年度だけで事業が完結するというものでもなく、複数年にわたって多額の費用負担、財政出動が伴う大型事業であるはずです。
「財政危機宣言」を発した極めて異例の状況にある自治体が、世界的な経済危機の中で打ち出された国の政策の主旨をよく分かった上で、将来の三木市にどれだけの経済効果をもたらすと判断して事業を採択しようとしているのか、本当にそれに値する中身なのかどうかと考えてしまいます。


なぜこんなことを突然言い出したのかというと、「三条市長日記」のこんな記事を読んだからです。
三木市と同じ「金物」という地場産業を持つ三条市の市長さんは、今回の国からの経済対策の意味を自分のまちの特徴や課題に置き換え、分析し、自分の言葉でこんな風に考えを議会や市民にわかりやすく伝えておられます。
主な部分を、そのまま抜粋させていただきますが、

『時間が勝負の〝超短期的な措置〟とは違い、中期的展望に立った経済対策は必然的に事業規模も大きく、後年度への財政の影響もしっかりと見通す必要があり、各分野にまたがっている経済危機対策に係る補助メニューを紐解き、三条市にとって効率のよい、国の補助金を最大限活用した対策を作りこんでいく必要があると思っています。
そのためには、時間が必要です。とても、6月定例会には、間に合いませんでした。
次の9月定例会を視野に入れながら、〝パズル〟を組み立ててまいりたいと思っております。
しかし、無節操なパズルは禁物です。
次の中期対策のキーワードは〝産業(+観光)〟に加え、〝教育〟と〝環境〟と考えています。
まだまだ、経済対策と格闘する毎日が続きそうです!!』



ふむ、三木市でも、多くの政治家がいらっしゃいますが、果たして、三条市長さんが考えていらっしゃるようなことをきちんと理解した上で、今の三木市にとって本当に必要な政策や事業を考えておられるのかどうか。
疑うわけではないですが、どうも安易に判断しているんじゃないの?と感じずにはおれません。
「国の補助がもらえるから、有利な市債を借りれるから・・・」
単にそれだけの理由で事業を前倒しして実施するというだけのものなら、この際、三条市長さんを見習い、もう一度じっくり、後年度への財政の影響などもしっかりと見通してから採択するべきかどうかを決められるほうが良いのではないかと思います。
正直、私自身は、これまで「借金」が完全悪だとこれっぽっちも思ったことはありません。
ただ、今の市長は、前回の選挙の際、借金を「いけないもの」=「悪」と仕立て上げ、そのような借金に依存する当時の市政運営を完膚なきまでに痛烈に批判してきたわけです。
その結果、いわば彼の「借金」に関する公約が支持され、当選に至った経緯を考えると、当時の彼の考え方と、今の考え方にはかなりのズレといいますか、ギャップが生じてきていると思わざるを得ないのです。
そして何より、全国でただ一つの『財政危機宣言』を発した自治体なわけですから、その状況から見ても、4年前の選挙時よりも、財政状況は悪化の一途を辿っているのです。


そんな中、通常よりも有利な市債を充てることができるからといっても借金には違いないわけで、後々、交付税で見てくれるといっても、国の財政事情も考えると、本当にあてにできる保証はどこにもないのです。
およそ4年前、借金に依存している財政体質を痛烈に批判していた人が、今、まさに当時のやり方と全く同じ手法で借金を膨らませようとしているわけです。
時代の背景が、当時はバブルによる景気対策、今は世界的な経済不況による景気対策の違いだけでやっていることも、国が地方を動かす口実(『あとあと、交付税で面倒を見ますよ』というような甘い口約束)もまた同じなのです。


三条市長と三木市長。
やはり、政治の世界も企業と同様、最終的には、「人」のようですね。
まぁ、市長に限らず、議員も政治家の分類になるわけですから、市長の言われるまま、何の疑問も持たず、ズルズルと政策をスルーするだけの役割しか果たせないようでは、話になりません。
政治家の質といいますか、レベルによって、政策を考えるスタンス、スタートラインの位置が全く違ってきます。
結果、おのずと到達するゴール(まちづくりの姿)も違ってくるということです。
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by kkamoike | 2009-06-22 19:20 | みっきぃふるさとふれあい公園

政治家の特権と官僚(公務員)の役割、有権者の意識

未来をつくりあげるのは、政治家の力だけでも、官僚(公務員)の力だけでもできません。
私たち有権者一人一人の候補者を見極める力(目)も重要だと思っています。

私が考える「政治家」とは、
自分がしたいことを自らの意志で実現できる、実現しやすい立場にある人だと認識しています。
そういう意味では、政策の特徴やそれを実現するためのアプローチなどは、人それぞれ違って当たり前だと思っています。
当然、政治家の下で働く官僚(公務員)の立場からすれば、示された方向性や、決められた政策が市民にとって本当に正しい選択なのかといったジレンマに陥ることもあるでしょう。
しかしながら、そういった政治家の判断によってもたらされる全ての結果は、良い面も悪い面も全部ひっくるめて、結果的にその政治家を選ぶこととなった全ての市民(有権者)が受け止めるべき現実であると私は認識しています。


一方、このような政治家の利点?欠点?ともとれる部分によって進められんとする内容を出来るだけスムーズに処理していくことは官僚(公務員)の最低限の役割であると思うのですが、一方で官僚(公務員)にしかできない、政治家には真似できない部分があるのも事実です。
それは、任期があり、選挙で選ばれる政治家に対し、官僚(公務員)は退職するまで行政に携わることができるということです。
そんな官僚(公務員)が心得なければならないもの···
それは、その時代の為政者がいかなる政策を展開しようとも、現在の市民にとっても、未来の市民にとっても、その内容が最善なのかどうか、公平なのかどうかといった観点からの判断力、政策形成能力を備え、良識と常識に裏づけされたバランス感覚などを常に持ち続ること。そして、いかなる状況になろうとも、真の市民サービスとは何かということ、自分の知識と経験から掴んだ軸を見失わないことです。


当然、政治家もそのような観点に立った政策が実行できればよいのですが、選んだ政治家が、4年後の選挙のことしか頭になかったり、目先のことにしか目が行き届かない人、いわゆる「政治屋」だとしたら、市民にとってこれほど不幸なことはありません。
このような「政治屋」を生まないためにも、私たち有権者一人一人が、候補者がまちの将来を真剣に考ることができる人かどうかをきちんと見極められる力(目)を養うことも大事なことだと思います。
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by kkamoike | 2009-05-13 22:55 | みっきぃふるさとふれあい公園

街をデザインする(夕張の希望の光)

夕張市は国策でつくられ、国策でつぶされた街です。
『このままいけば何年か後には、「夕張市」のようになります。』
私の住むまちのトップはそう言います。
夕張市のようになったら大変だ、夢も希望もあったものではない。
実は、私もそんな目で見ていました。


でもある本で、絶望の淵に立たされた「夕張市」を本気で変えようと考えている医師がいることを知り、夕張の未来への可能性を感じました。
その医師の名は、村上智彦さん
村上さんが描くプランは、「炭鉱」から「観光」で失敗した街を「健康」で甦らせるというもの。


村上さんいわく、夕張市には、ハコモノがいっぱいあり、温泉もある。空気もいい。夕張には杉がないのでアレルギー性鼻炎も少ない。花粉症に苦しむ人達が、ここで四ヶ月ぐらいアパートを借りてゆっくり過ごすという企画を考えているそうです。
そして、立派なスキー場もある。団塊世代が今後、次々と退職していく。スキーの好きな人は、退職後、ここに空き家を借り、スキー三昧なんていうプランもあるといいます。
夕張は、総人口に占める65歳以上の割合が、既に40パーセント超。全国で最も高齢化率の高い市の一つですが、だからこそ、お年寄りがいきいきと生きられるように応援したいのだそうです。村上さんは、医師として、閉鎖された市立総合病院を買い取り、十九床の有床診療所「夕張医療センター」をつくり、さらに、病棟を介護老人保健施設にして、老人医療とリハビリテーションができるようにしたそうです。
そして、当面の目標は、仲間の医師を一人でも多く増やし、やがてはいくつかの医療施設がこの地に根付き、連携を取って助け合うシステムをつくりあげることだそうです。


『彼は、夕張医療センターで儲けようなんて夢にも思っていない。街を元気にしたい。街を明るくしたい。再びたくさんの人がやってくる街にしたい、と目を輝かせる。彼なら、きっと達成できる。』
村上さんのことを良く知る鎌田實さんはそう断言されます。


どんなに苦しい状況にあっても、街を元気に、街の良さを最大限に活かすという発想を常に持ち続けることの大切さをあらためて実感しました。
人生も同じですよね。
現状をいくら嘆いても、前を向いて歩くしかないのですから。
どうせ歩くのなら、明るい気持ちで夢を持って進みたいものです。
「人生」も「まちづくり」も。
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by kkamoike | 2009-05-11 22:27 | みっきぃふるさとふれあい公園

今こそ私たちが立ち止まって考えなければならない時

今回の議会が開催される前、こんなことを思っていました。
それは、三木市政はじまって以来の「財政危機宣言」が発せられた後の新年度予算などを審議する議会だったからです。


この先どうなるのかは流動的ですが、現時点では、賛成と反対に意見が真っ二つにわかれていることは、ポジティブに考えれば、より深い議論ができる良い機会だといえるのかもしれません。
しかし、いくらポジティブに考えたくても、お互いが議論のテーブルにつかなければ(つけなければ)、何の意味もありません。
無意味な混乱を引き起こすだけで、そのしわ寄せは、結局、市民のところに降り懸かってくるだけなのだと思います。


一方で、三木市独自の財政危機問題、さらには、百年に一度といわれている世界経済危機の波が容赦なく押し寄せている状況の中で、市が推し進めていかなければならない改革は待ったなしのはずです。
にもかかわらず、この期に及んで、改革の足並みが乱れ、あるいは温度差があまりにも違うというのは、三木市の将来を考えた時、非常に大きなマイナスです。
本来であれば、この難局を市長、議員を含めた市全体が一丸となって、そして三木市民も巻き込んで乗り切っていかなければならないはずなのに、改革の軸足がブレてしまい、大きく揺らいでしまうようでは、今の世代だけでなく、将来の子や孫の世代にまで大きな代償を背負わせてしまうことになってしまいます。


そうならないためにも、今を生きる私たちが、どれだけ目先のことだけにとらわれずに、大局的な観点から物事を判断できるかが求められているのだと思います。
「どうせ、今の市長が嫌いだから反対しているんだろう」というような低次元の憶測でしか物事を判断できない政治家や市民は、「市民生活を守るため」などといった方便を口にしたり、わかったような口ぶりで政治に口出しする資格はないと思います。
それぞれが、自分たちの殻に閉じこもったまま、この問題をうやむやにやり過ごすのではなく、正面きって、正々堂々と、三木市の将来のための本当の改革を真剣に考えていく時ではないのかと思うのです。
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by kkamoike | 2009-03-19 22:14 | みっきぃふるさとふれあい公園

変えていかなければならないもの 変えてはいけないもの

新年あけましておめでとうございます

時代にあわせて変えていかなければならないものがあります
どんな時代でも変わらない、変えてはいけないものもあります

三木にとって、今、どんな変革が必要で、守っていかなければならないものは何なのか
自分の目で、しっかりと見極めることができる
そんな一年にしていきたいと思います

今年もよろしくお願いします。
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by kkamoike | 2009-01-01 09:08 | みっきぃふるさとふれあい公園

まちづくりの分岐点

神戸新聞に掲載されていた記事を抜粋して引用します。

厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所は24日、2005年と比べ30年後の35年に人口が減少する市区町村は約92%に達するとの推計を発表した。65歳以上の人口が4割以上を占める自治体の割合が約42%に増加し、65歳以上が過半数の「限界集落」同様の状態となるところも約7%に達するという
(中略)
人口が減少する自治体は全体の91・9%に上り、うち20%以上減少が64・0%に達した。大都市圏やベッドタウンを除くほとんどの自治体が減少傾向。人口が5000人未満の自治体は05年の12・6%から、35年には20・4%になる見込み。
年齢別推計では、65歳以上の人口が4割以上を占める自治体の割合が、2・8%から41・7%に増加。65歳以上が過半数の限界集落状態となる自治体も132(7・3%)あった。逆に14歳以下の人口が40%以上減少する自治体は、74・3%に上る。



この記事によると、日本の国、ほとんどの地方自治体は、確実に人口減少へと進んでいくようです。
一方、65歳以上の人口の割合はこれからもどんどん増え続けていきます。


これからのまちづくりは、これまでの拡大路線、ハコモノ建設ラッシュから、いかにしてコンパクトシティをめざし、効率良く施設などを縮小、再編していけるかということが求められてくるということでしょうか。


今後の人口推移をどう予測し、どのようなまちづくりをすすめていくのか、30年先を見越したまちづくりのコンセプトを今から打ち出し、方向転換を図っていっても決して時期尚早ではないように感じます。


当然、そこには、ハコモノ行政よりも、まちづくりを担うマンパワーの存在、意欲、活躍が欠かせません。そういうマンパワーを育てる風土づくりや仕組みづくりにより重点を置くことが大切なのだと思います。
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by kkamoike | 2008-12-24 22:15 | みっきぃふるさとふれあい公園

樋渡イズムから学ぶべきこと

前☆武雄市長物語に、樋渡さんのまちづくりに対する考え方が書かれあります。
その奥深さに圧倒されると同時に、人々に夢と希望を与える内容に、三木市に住む人間として、うらやましさを感じました。


先日の雑感日記でもそのことが取り上げられていましたが、rfuruyaさん曰く、その様なうらやましい気持ちにさせる根底にあるものは、物事に対応するときの、その人の誠意や態度(スタンス)の違いだとおっしゃっておられます。
同じような苦しい状況におかれても、発展的に物事を考え、さらに前へ前へ、創造的に取り組んでいくスタンスと、物事を悲観的に捉え、脅迫ともとれる謳い文句で危機感を煽り、我慢ばかりを強要しようとするスタンスとでは、それを肌で感じる住民の気持ち(モチベーション)がどれ程違うのかは想像に難くありません。


そんな中、さるとるさんが高校の生徒たちに伝えた言葉(樋渡イズム)が印象的でした。
〝自分たちの住んでいるまちに誇りを持つことができるようになるためには、外から評価されることが一番。外から評価されるには、まずは、知っていただく努力をすることが最優先事項。〟

誰だって自分の住むまちの悪い部分ばかりを強調されたくはありません。
たとえ、将来、財政危機に陥る可能性があったとしても、「宣言」をしてまで三木の悪い評価を全国に知らしめる必要がどこにあるのでしょうか。


マイナスの思考からは、不安な気持ちやマイナスの行動しか生まれません。
この世の中ですから、どこの自治体にもマイナス要素の一つや二つはあるでしょう。
しかし、三木市の将来を担う子どもたちや三木市に住む全ての人たちが、少しでも夢と希望が持てる三木市を全国に発信していこうとする取組こそが、三木市を元気にするただ一つの、最も有効な手段であると確信します。
そして、それこそが、現在の薮本市政に求められる最重要課題なのではないかと感じています。
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by kkamoike | 2008-12-22 23:32 | みっきぃふるさとふれあい公園