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どうぶつのつぶや記

カテゴリ:みっきぃふるさとふれあい公園( 53 )

「品格」のはじまりは「たのもしさ」を持つことから

前回、「リーダーの真の品格」に関して記事を書いたところ、武雄市長物語さんに取り上げていただきました。
おかげさまで昨日の訪問者数はとんでもない数字に跳ね上がりました。
そして、さらに今日は、雑感日記さんにも取り上げていただきました。
ありがとうございました。


今回は、前回の記事でも使った、普段私たちの生活の中でもよく耳にする「品格」という言葉についてあらためて考えてみたいと思います。
いつものようにネタ探しをしていると、こんなブログの記事に出会いました。
抽象的なことしか書かれていない辞書などの解説より、より具体的に突っ込んだ内容になっている点で大変わかりやすく、胸の中にストンと落ちるような「説得力」を感じました。
もしよろしければご一読ください。
特に、「お葬式で亡くなられた人を携帯で撮る行為は許されるか?」というテレビ番組内での議論からの理論展開はかなり興味深かったです。
突き詰めて考えれば、この記事の後段に書いてあるとおり、相手に対する「おもいやり」、「いたわり」の心を持つこと、自分の主観で判断するのではなく、相手がどう思うか、どう感じるかという心遣いをもつことが「品格」のはじまりなんだという筆者の意見に思わず納得してしまいました。


さらに、この記事の中でも紹介されている司馬遼太郎さんの「21世紀に生きる君たちへ」を別のところで全文を読みましたが、すごく鳥肌が立ちました。
以下、特に感動した部分を抜粋したいと思います。
鎌倉時代の武士たちは、「たのもしさ」ということを、たいせつにしてきた。
人間は、いつの時代でもたのもしい人格を持たねばならない。
人間というのは、男女とも、たのもしくない人格にみりょくを感じないのである。
もう一度くり返そう。
さきに私は自己を確立せよ、と言った。
自分に厳しく、相手にはやさしく、とも言った。
いたわりという言葉も使った。
それらを訓練せよ、とも言った。
それらを訓練することで、自己が確立されていくのである。
そして、“たのもしい君たち”になっていくのである。



21世紀の今を生きる私たち一人ひとりがどれほど司馬遼太郎さんのこの言葉を実践し、その意味を子どもたちに教え伝えることができるか。
その大事な役割・使命が大人である私たち一人ひとりの肩にかかっているということをあらためて感じました。
このような心構えを持って行動していくことが品格ある人を育て、品格ある組織、社会、国をつくっていくのでしょうね。
「教育」って本当に大切なんだということがよくわかります。
そして、どんな時も、子どもたちの模範となるような行動、恥ずかしくない行動を大人の責務としてきっちり果たしていかなければならないこともあらためて感じました。
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by kkamoike | 2010-01-14 20:23 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(2)

『テキトー』、『いい加減』という言葉が持つ力

前回の記事で『信頼関係』について書いたところ、雑感日記さんに新年早々取り上げていただきました。
いつもありがとうございます。
その中で、「『生真面目で、固い人』よりも『テキトーでいい加減な人』のほうが信頼関係が生まれやすい」という意見を述べておられます。
私もまったく同感です。


『テキトー』、『いい加減』いい言葉ですよね。
これらの言葉はいろいろな場面で使われることがありますが、私はどちらかというと、自分に対しても、他人に対しても、「適度な具合で事に当たればいいんだ」とか、「良い加減に調整すればいいよ」というような使い方をできるだけしていきたいと思っています。
要は相手を思いやる気持ちを表現したいときや、自分に言い聞かせたいときにこの言葉をできるだけ、さりげなく使っていきたいと思います。


そんな言葉を頑張っている人(自分)、がんばろうとしている人(自分)、あるいは考えに行き詰まってしまった人(自分)、自信を持てなくなった人(自分)に掛けてあげることができれば、スッと肩の力が抜け、普段通りの気持ちで物事に向き合えるようになることで、自分本来の力、あるいはそれ以上の力が発揮できたりすることがあるかもしれませんよね。
そんな言葉をさりげなく掛けられる人は間違いなく、自分に余裕のある人でしょうし、自分に余裕がなければ他人や自分を思いやる言葉や勇気づける言葉は掛けられない、そんな気がします。


何事に対しても心に余裕を持つことがお互いの『信頼関係』をより強固なものにしていくんだと思います。
先ずは身近にいる人たちに一声かけることから始めてみませんか。
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by kkamoike | 2010-01-02 15:45 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(0)

来年こそ良い年になりますように

あるていど歳をとれば、人にはわからないことがあると思うのは当然のことです。
しかし若いうちは可能性がありますから、自分にわからないかどうか、それがわからない。
だからいろいろ悩むわけです。
そのときに「バカの壁」はだれにでもあるのだということを思い出してもらえれば、ひょっとすると気が楽になって、逆にわかるようになるかもしれません。
そのわかり方は、世間の人が正解というのと、違うわかり方かもしれないけど、もともと問題にはさまざま解答があり得るのです。
そうした複数の解を認める社会が私が考える住みよい社会です。
でも多くの人は、反対に考えているようですね。
ほとんどの人の意見が一致している社会がいい社会だ、と。

養老孟司「バカの壁」
まえがきより


人それぞれの考え方があるのは当たり前です。
リーダーにはいろんな意見や異論に対し柔軟に耳を傾け、その上で市民にとって一番良いと思う政策を力強いリーダーシップを発揮しながら引っ張ってもらいたいものです。
相手の言い分を認めず、自分のやりたいことを自分だけの判断でやることは「リーダーシップがある」とはいいません。
それは単なる、「我が儘を通す」であったり、「自分勝手」でしかありません。


「あの人はどうして自分のやり方が気に食わないんだ!」
「なぜ私の意見に反論ばかりするんだ!」
と腹を立てたり、自分を見失ったりするのではなく、心に余裕を持って相手の意見に耳を傾けてみる。
あるいは、一旦、相手の言い分を聞いてみて、直した方がいいと思うところは恥ずかしがらずに改めてみる。
そんなふうに、みんなの心に余裕が生まれ、多様な考え方が尊重され、受け入れられる風潮が三木市政にも市議会も、そして私たちの市民の生活の場にも広がっていけば、三木は必ず素敵なまちに生まれ変わっていくはずです。
来年はそんな新たなスタートに相応しい年になることを心から願っています。


今年一年、ありがとうございました。
来年こそよい年になりますように。
皆さんもよいお年をお迎えください。
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by kkamoike | 2009-12-31 12:24 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(4)

信頼関係

今回の米田議員、大眉議員の質問に対する市長の態度や答弁の内容については、
rfuruyaさんやまかずさんが詳しく取り上げておられます。
昨日の私のブログ記事には、議会の改革に必要な前提条件の一つとして「市長と議会との間の信頼関係」を挙げましたが、まちづくりのあらゆる取組においても、他の様々な改革を推し進めていく上においても、この「信頼関係」が関係者の間でしっかりと築かれていなければ、所詮、絵に書いた餅、スローガンを唱えるだけ、笛吹けど踊らずの状態になってしまい、ただただ時間と労力だけが消費されてしまうのだと思います。


「まちおこしは 人おこし」いい言葉ですね。
この言葉は昨日のさるとるさんのブログで紹介されていた言葉です。
「そういうことだったら一緒にやろうじゃないか」
「あの人が言うんだったら、やってやるか」
「ぜひ私も力になりたい、貢献してみたい」など···
人の心を動かす根底には、必ず関係者の間に「信頼関係」が築かれています。


「協働」という言葉をあえて行政のほうから口にしなくても、それぞれのやるべき役割をしっかりと押さえ、相手の邪魔にならない配慮や心遣いがきちんと備わってさえいれば、そこに自然と「信頼関係」が生まれ、自主的にまちづくりに参加してみようと思う人たちが増えてくるのだと思います。
そうなれば、まちは必然的に元気になっていくのだと思います。
相手の考えを尊重し、相手の立場に立った行動を地道に積み重ねていくことが、人をその気にさせることへと繋がり、いわゆる「人おこし」から「まちおこし」へと繋がっていくのだと思います。


「財政危機宣言」や「病院問題」、「日本一美しいまち三木への取組」など、三木が今抱えている多くの問題に対し、市民は市民なりに疑問を感じたり、不安を感じたりしているわけです。
たとえ答弁する側にとっては、小さなこと、つまらないことであったとしても市民にとっては切実な問題なのです。
市議会の一般質問において、議員は自分の意思だけで質問をしているのではありません。
市民の代表として、市民の声を代弁してみんな質問を行っているわけですから、それらの質問に対して不誠実な対応を取ることや邪険に扱うような姿勢を見せることは、市民との間にある「信頼関係」を自ら断ち切る行為と同じことなのです。
これでは本当の意味での協働のまちづくり、改革をすることによってどんなまちの姿を描いていらっしゃるのか分かりませんが、それらを実現させることは難しいでしょう。
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by kkamoike | 2009-12-11 20:44 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(4)

今あるものを上手く活用しながら人を育てる、人との交流を促進させるまちづくり

前回はまちの魅力を引き出す体制づくりをどのように進めていくのかという観点から、組織に対する考え方を取り上げましたが、その記事に対してminminさんからまちの資源や特性をいかにして引き出していくのかという具体的な意見をいただきました。
同じものに同じ額の投資をしたり、同じ建物を建てたとしても、使いようによってはその効果は何倍にも広がっていきます。ちょっとだけ視点を変えたり、工夫をしたりするだけでも、全く違ったパフォーマンスや機能を発揮したりする事だってあるということですね。


三木市ほど立派な公共施設をはじめ、官民問わずゴルフ場をはじめとしたスポーツ施設や余暇を楽しむ施設などがこれほど充実しているところはないのではないでしょうか。
直接の生活支援や医療関係の給付などといった子育て支援ももちろん大切ですが、これらの施設をうまく活用した三木市独自の子育て支援というものがあっても良いのではないかと思ったりします。
もちろん、「子育てに役立ててもらう」以外にも「家族の絆」や「地域の絆」を深めるツールとしても、市内にある様々な施設を活用していくことで、市内に住む人たちに何らかの形で還元していく、さらに、三木市を繰り返し訪れてくれる人たちにも相応の還元をしていく、そういう官民問わない目に見える形の、利用する人たちが恩恵を実感できるような三木市全体のトータル支援システムを創り上げることができれば面白いまちづくりができるのではないかと感じました。


今ある三木の資源を、例えば「市民への還元」や、「人を呼び込む」という2つのテーマに絞ってネットワークを繋げ、一つの方向に引っ張っていくための指針を示すだけでも、三木の持つ資源の価値は今以上に高まり、三木市のイメージ向上にも繋がっていくのではないでしょうか。
そういう点からも、ゴルフ場などの施設を図書館のような発想で市民が気軽に活用したりできないかというminminさんのお話は非常に面白い視点で捉えられており、目からうろこが落ちる話のように感じました。
三木で生活したら、交通はちょっと不便だけど、緑は多いし、子供たちが自由に学べ伸び伸びと遊べる環境があって、いろんなイベントや利用の優遇制度もある。そんな環境で育った子供たちが、いつの日かいろんな場で活躍してくれるようになれば、さらに三木市には子供たちの豊かな創造性を育む環境が整っているという沖縄にも負けないくらいの評価がもらえるかもしれません。


財政的な指標の動向に一喜一憂するのも結構ですが、以前、このブログでも取り上げたブータンでの幸福指数を高める取組みたいなものが三木市でも考えられないものでしょうか。
そんな住民の満足度指数を高める取組を全国に先駆けて発信していけるほどの底抜けに明るい、ゆったりとしたまちづくりが実践できるようになれば面白くなるだろうなと感じました。
新しいものを次々と作り出す開発型の箱物行政ではなく、これからは、今あるものを上手く活用しながら人を育てる、人との交流を促進させるまちづくりを目指していくべきではないかとminminさんのコメントを読んで感じました。
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by kkamoike | 2009-11-16 20:53 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(4)

市民の持つ「力」を信用したまちづくり

「協働」という言葉は、薮本市長が四年前に就任してから、三木市でも広報などを通して頻繁に目にするようになりました。
これまでの行政に任せきりの受け身な姿勢ではなく、自分たちでできることは自分たちでやっていくという積極的な姿勢でまちづくりと向き合うことが大事だということが言いたいのかなという印象を持っていました。
しかし、三木市民がそのような意味で自立していない人ばかりだったかというとそうではなくて、実際、昔も今もたくさんの人たちが積極的にかつ自主的にまちづくりに関わっています。
この四年間、確かに薮本市長は新しい地域の枠組み(組織)づくりや、仕組みづくりに一生懸命取り組んでこられたことはそれなりの評価はできますが、私は、「まちづくり協議会」なるものも、「地域ふれあいバス」なるものも、市が一律に地域に押し付けるものではないと思っています。


地域の課題に対して、どこまで行政がかかわるかという問題でもあるわけですが、地域の課題に対して行政が一律の対応策を提示してしまうということは、地域の特色、自主性を摘んでしまうことにもなりかねないのではないでしょうか。
協働のまちづくりに重要なのは、行政が上から押し付けるものではなく、これから予想される地域の課題を自分たちの問題として捉え、それを解決するための取組を自分たちで考え、行動に移していくにはどうすればいいのか、そんな市民に気付きを与えるための広報戦略、コンセプトをもった事業の展開が必要になってくるのではないかと感じます。


地域の問題だけでなく、三木市全体の問題、財政再建、病院問題なども、広報では行政の一方的な取組しか紹介されていない印象を受けますが、確かにそのような要素も大事ですが、もっと市民の目線、自分たちはそれらの問題に対してどのように考え、行動していくことが大事なのか、まさに市の問題を自分たちの問題として捉えるきっかけを与えるような広報戦略を展開していくことが必要だと思います。


今回の記事は、先日の武雄市長物語の「ガン撲滅推進市民大会」の記事に対する読者からのこんなコメントがきっかけで書いています。
『今日は文化の日ですが、健康で文化的な生活をするためには健康でなくてはなりません。政治が国民、市民に対して出来るだけ自立出来る形で応援する姿が望ましいと思っております。「気づき」の機会を与えるのはホント大事です。今日、お寺を散策していたら、「近くても行かねば至らず 小さくても行なわざれば成らず」と書いてありました。今回の試みは意義あるものと感心いたしました。』
こんな気付きのできる事業がどれだけ考えられ市民に提供していけるのかが、協働のまちづくりを進める上で行政に求められる役割なのではないかと感じました。
もっと市民の持つ「力」を信用した共に自立できる地域社会になればいいなと感じました。
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by kkamoike | 2009-11-07 09:33 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(7)

物言わぬ政治家、物言わぬ組織からの脱却こそが「地域主権」への第一歩

三木市は本当にこれからどうなっていくのか、冷静な判断ができる指導者がいない中で、市政はますます混迷を極めるのではないか、今回の「子育て応援特別手当」の市単独の支給決定に至った市の判断を見るにつけ、ますますその思いが強くなりました。
ふるさと日記さんは、今回の件において議会からの発信が何もされないということに疑問を投げかけておられます。
また雑感日記さんは、今回の政策が組織内でどのように決められたのか、その経緯がわからないと感じておられるようです。
私もお二人のご意見に全く同感です。
三木市政が開かれた市政運営になっていない、極めて閉鎖的な状況の中で意思決定がなされているのではないかという疑念を市民に抱かせてしまっているのは非常に残念なことであり、これから「地域主権」の実現を目指していくうえで、見過ごすことのできない深刻な問題だと思います。


このような深刻な問題を克服する手立ては、やはり、市政に携わる人たちから地道に情報発信を続けていくしか方法はないのではないかと思っています。
しかしながら現状は、市からの情報発信自体、ピントがずれている内容が多かったり、市長や議員など、一政治家としての発信もほとんどされておらず、肝心なことに関しては緘口令がひかれているかのごとく一切の情報発信がされませんから、私たちも今の三木市政がどの方向に進んでいるのか、どういう目的で政策決定がされたのかさっぱりわからないのです。
市長のやることに何でも賛成なのか、自分の意見を持っていないだけなのか、持っているけれども公にする自信がないのか・・・
いずれにしても、黙っていては話にならない(仕事にならない)のです。
物言わぬ政治家はもう時代遅れです。
政権交代によって、国政の世界では、いろんな意味で政治家の意識、行動が変りつつあります。
そして、国民の政治家を見る目も徐々に養われてきているのです。


市民に市政を身近に感じてもらうことが、これからの地域に根ざした市政を展開していく上で必要な要件だということは、誰もが認めることだと思います。
そのためにも、市民にわかりやすく市の動きを伝えていく、そのような最低限の情報発信を、組織として、政治家個人として日常的に行っていくのが基本ではないのでしょうか。
決して、難しいこと、高度なことを求めているわけではありません。
情報発信の方法が、ブログやホームページでなければならないとも言っていません。
どんな形でもいいので、自分の出来る方法で、市民に語りかけ、いろいろな場面で意見を交わす、そして、市民に見える形で報告するという基本姿勢を、まずは愚直に守り、実行していただきたいのです。


もう一点、組織の内部でも、どれだけ市長に意見を言えるキーマンをつくるかということも忘れてはなりません。
以前からもこのブログで再三、指摘してきたことですが、やはり一般の職員がおかしいと思っても、市長に直接物申すことはなかなかできないでしょう。
だからこそ、副市長という存在、市長の右腕となり、場合によっては、市長の暴走、誤った方向に進みそうなときに冷静にその動きを制御し、コントロールできる人の存在というものが、やはり必要になってくるのではないかと、今回の件であらためて強く感じました。
副市長という存在を「削減対象経費」にしか見られないのは、裏を返せば、人の可能性、使い方を知らないからだと思います。
ぜひ次の市長には、副市長の存在意義がわかる人で、上手に使いこなせる人であってもらいたいですし、同時に、議会や職員を敵に回すのではなく、ともに三木市発展のために持てる力を存分に発揮してもらえる関係づくりが築ける人であってもらいたいと思います。
また、その期待に応えうる議員、職員であってもらいたいと思います。
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by kkamoike | 2009-10-19 20:24 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(5)

ブログのチカラ

前回の記事では、「説明責任」について触れました。
自分の住むまちの良さをPRする上でも、行政の仕事を市民に正しく理解してもらう上でも、自治体職員にはあらゆる場面での対人能力、とりわけ「説明責任能力」が問われてくることになります。
市民にも、市民以外の方にも、自分たちがすすめるまちづくりにいかに関心をもってもらうか、いわゆるサポーターをどれだけ多く取り込めるか、それを実現していくには、職員がどのような能力を身につければよいか、それぞれの自治体は真剣に考えていく必要があるのではないかと思います。


ところで、皆さんは、「武雄職員物語」というブログをご存知でしょうか?
このブログは、既に、武雄市民物語さん雑感日記さんでも取り上げられていますが、武雄市の新任職員の方たちの手で綴られています。
このような形式のブログは、役職の違いこそありますが、三木市の近隣の姫路市でも発信されています。
こちらは、幹部職員の方たちによる持ち回りです。
部外者の私が言うのも大変失礼な話ですが、最初はやらされ感といいますか、なんとなく不慣れなこともあってかぎこちなく感じたりもしたのですが、最近は、取り上げられている視点も切り口も、幹部職員ならではの味のある内容になってきたように感じます。
これは、市長自身も率先してブログを発信し続けておられるということもあるでしょうが、自ら担当する事業を自らの言葉で、市民にわかりやすく説明し、同時に、自分たちの住むまちの魅力を自分たちの言葉で表現、発信することの重要性、意義というものを少しずつお感じになってこられたからではないかと感じています。(偉そうなことを言ってスミマセン)
雑感日記のrfuruyaさんが常々おっしゃっておられることですが、特に幹部職員ともなると、日々の業務が忙しく、なかなかブログを仕事として認知できないのが一般的といえば一般的なのかもしれませんが、ここにきてようやく定着しつつあるのは、仕事としての認知が幹部職員の間で共有されてきたからかもしれませんね。
私たちの住む三木市でも、以前、市長を筆頭に各部長によるブログがスタートしましたが、残念ながら、ほとんどのブログが機能していない状況となってしまいました。
そんな中、このブログだけは、まさに優等生といいますか、三木市民が全国に自慢できるレベルにまでになってきているなといつも感心して見ています。


いろいろと書きましたが、私自身は、これからの公務員に必要な能力がどんなことで、どんな意識で仕事をすることが肝心で・・・云々という机上の勉強はもちろん大事だとは思いますが、例えば、ブログというツールを用いることで得られるもの、何らかの気付きや発見、知らず知らずのうちに能力開発などが図られていくような環境を意図的に与えていくことも大事なことではないかと感じます。
自分の仕事やまちのこと、あるいは自分が普段感じていることなどをどうすればわかりやすく端的に表現できるか。そのためには、当然、伝えたいことについて深く理解しておくことも必要でしょうし、普段からいろんなことに目を配っていなければ記事として取り上げることも難しいのではないかと思います。
仮に記事の継続を一時的に断念せざるを得なくなった時でも、「自分には向いていないから無理だ」とか「自分の能力の限界だからもうやめ」と短絡的に考えるのではなく、自分に何が足りないのかといったところを目の当たりにできたり、これからの努力目標を自分で認識できれば、等身大の自分と真正面から向き合うことができるのではないかと思います。
人材育成の観点からのブログを活用することについては、この方のブログのほうが、簡潔明瞭にまとめてありますのでご覧ください。
ブログくらいは毎日書こうよ
新しい時代にマッチしたシステムを創りだす


いずれにしても、武雄市民物語さんもおっしゃるように、これからどのように、武雄市の「金の卵」さんたちが成長していくのか楽しみですね。
大げさかもしれませんが、ブログは、まさに自分自身の成長記でもあり、自らの実力を試す勉強(実践)の場でもあるのではないかと思います。
そういう意識でブログと向き合うことができれば、違った観点で取り組むことができたり、新たな発想が湧いてくるかもしれませんね。
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by kkamoike | 2009-10-15 22:05 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(4)

連携の時代

相手に協力を求める際には、相手に対して自分の考えていることをわかりやすく伝える必要があります。
「説明責任を果たす」とは、その事柄について理解しようとする者に対し十分な情報を提供し、理解してもらうことでもあるわけですが、今ほどこの説明責任能力が問われている時代はないのではないかと思っています。
鳩山総理の言う「友愛」にしても、谷垣総裁が口にする「絆」にしても、今あらためて人と人とのつながりの大切さが強調される背景には、これまでの世の中の主流はそれとは逆の方向に動いていた、厳密にいえば、古きよき時代のつながりというものが音を立てて崩れてきていたからではないでしょうか。


一人より二人、二人より三人と人とのつながりが多ければ多いほど「力」は増していきます。
昨日の「メッセージ」の話もそうですが、他人を巻き込んで同じ理念の下に物事を進めていこうとする際には、相手に共感を覚えさせ、同調してもらうように自ら働きかけ、仕掛けていくしたたかさも必要となります。
先が見えない中、一人よりも二人、二人より三人のほうが心強いということはまぎれもない事実なのです。


以前、一流の条件として「どれだけ多くの人脈を持っているか」という話をしました。
人に共感してもらうには、まずは、自らのアイデンティティを確立し、一貫性のある部分(こだわり)を相手に示し、興味や関心を持ってもらう必要があります。
人がそうであるように、各自治体にも同じことが言えるのではないでしょうか。
そのような意味からも、「広域連携」はまさに地方主権を実現していくための有効なツールであるといえます。


地方分権を勝ち組、負け組みといった枠組みでとらえるのではなく、どれだけ自分の市をPRし、仲間を増やしていけるか。
自分の市の持ち味を他の自治体の活性化にも繋げてもらうと同時に、自分のところの弱点をカバーしてもらう、そんなギブアンドテイクの関係がどれだけ築けるか、信頼関係がどれだけ築けるかということがこれからの地方主権の時代を生きる上での主流になってくるのではないかと感じています。
もうすでに主流になっているのかもしれませんね。
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by kkamoike | 2009-10-14 21:06 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(2)

メッセージ 

メッセージは、自分が伝えたいことをまとめたものですが、当然、伝えたい相手のことを想像して考えることが大事ですよね。
伝えたい相手が想定されていないと、メッセージの威力は半減してしまうからです。
また、それを発する背景やタイミングも重要でしょうし、普段からどれだけそのことについて考えているのかという客観的な評価が得られなければ、相手を説得させることは難しいかもしれません。
これまでにない発想の転換を図るには、これまでの常識を根底から覆すようなインパクトがなければなりませんが、同時に、どの時代にも、どの世代にも受け入れられる普遍的な部分をしっかり押さえておくことも重要です。


今回の広島と長崎のオリンピック誘致立候補の声明(メッセージ)は、これからの新しい仕組みづくりにチャレンジしていく、久々に日本全体が一体となって世界にメッセージを発する絶好の機会を提供してくれるのではないかと期待させる、そんなワクワク感を与えてくれるメッセージであったと思います。
もちろん、一筋縄でいけるものではないでしょうが、いろんな平和にむけた活動や表現があっていいように、オリンピックの開催もいろんなやり方があっていいんじゃないかと思います。


また、今回の一連の誘致活動は、地方主権を自治体自らの手で実践していくという点からも、いろいろなことを私たちに気付かせてくれるものになるのではないかと期待しています。
広島、長崎両市には、地方の自治体が存在感を示すことの意義、自分たちの主張を全国に、全世界に発信する際のお手本をぜひ示していただき、他の自治体も、今回の誘致活動を注視することで、自分たちのまちづくりのヒントを掴み、実践へと繋げていっていただきたいと思います。


なにはともあれ、広島、長崎、両市長の決断、行動に拍手です。
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by kkamoike | 2009-10-13 21:34 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(2)

R175が見て、聞いて、読んで感じたことを書き綴ります。
S M T W T F S
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