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どうぶつのつぶや記

カテゴリ:みっきぃふるさとふれあい公園( 53 )

ふるさと納税とゴルフ振興

前回の続きです
三木のふるさと納税返礼品の中に市内のゴルフ場の利用券がありますが、
例えば、この返礼品を選んだ場合、この財源をゴルフの振興に充当するというのはどうでしょうか?

仲田市長の公約には、ゴルフ振興があり、その実現に向けた様々な具体策が検討されていることと思います

それらの具体策、市のゴルフ振興への想いや熱意をうまくPRできれば、前回の記事で書いた「共感を得るコト」にも繋がっていくのではないかと感じます

具体的には、三木レディーストーナメントや高校生ゴルフ選手権開催などを通して、この三木市から未来のプロゴルファーを誕生させるという壮大な夢の実現に向けて、自分たちもその活動に一役買おうという意思が生まれ、行動する
ふるさと納税がそのきっかけになるのであれば、それはそれで制度としての機能が果たせていることになるのだと思います

その行動を起こすことで、自分たちもそれらの場に登場する選手たちを応援したくなるでしょうし、ゴルフを通して三木市を一緒に盛り上げようという想い、いわゆる「三木のサポーター」を生み出すことに繋がっていくのではないかと感じます

その輪を広げ、浸透させていくことで、仲田市長が思い描く「誇りを持てるふるさと三木」の実現にも寄与していけるはないでしょうか

さらに付け足すと、単にゴルフ場の利用券という返礼品ではなく、ふるさと納税でそれをチョイスされた方がラウンドの結果を応募(三木ふるさと納税版 ゴルフトーナメント)してもらい、年間を通してベストスコアとなった人には、市内で開催されるプロゴルフトーナメントに招待する、別の返礼品をさらにプレゼントするなどの特典をつければ、納税した後もさらに楽しめることになり、納税のインセンティブをさらに高めることができるのではないかと思ったりします


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by kkamoike | 2017-08-11 07:08 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(0)

ふるさと納税 モノから共感できるコトへ

ふるさと納税の受け入れ総額がどんどん増えている一方で、ふるさと納税のあり方を含め、様々な問題が出てきているようです

総務省が公表している「ふるさと納税に関する現況調査結果」によると、
自治体間における返礼品の加熱競争が起こっている反面、納税してもらったお金の使い道への意識が低いという傾向も見られます

いわゆる「モノで釣る」だけに重点を置くだけではなく、今後は、自治体がめざすビジョンや自治体が力を入れてやろうとする施策=「コト」に共感させる工夫という部分での自治体間競争が注目されてもいいのかなとも感じます

三木市も例外ではなく、ふるさと納税の額は、近年、右肩上がりの状況のようです
人気の返礼品は、それ自体評価されているからこそ、ふるさと納税の総額が増えることに繋がるわけで、そのこと自体は確かに素晴らしいことなのですが、
返礼品の充実という部分に力を注ぐ以外に、もう一捻り出来ないものか、「モノ」だけではなく、「コト」に繋がるような仕掛けが出来ないものでしょうか?

三木の特色を活かした、ふるさと納税の仕掛けがうまくできれば、それはそれで、他の自治体から注目を浴びるきっかけにもなるような気がします



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by kkamoike | 2017-08-07 18:40 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(0)

三木鉄道とまちづくり 雑感

2017/7/29 神戸新聞NEXTに、「旧三木鉄道、茨城で変わらず元気 海も見ました」
という記事が掲載されていました


以下、記事を一部抜粋して掲載します

2008年に廃止された兵庫県三木市の第三セクター、三木鉄道の車両が、500キロ余り離れた茨城県の第三セクター、ひたちなか海浜鉄道で快走を続けている。白地に赤と青のラインが入った車両が豊かな緑の中を駆けるのどかな風景が人気を呼び、地域ぐるみで存続努力を続けるローカル鉄道の活性化に一役買っている。
(略)
 ひたちなか海浜鉄道は、三木廃線を受けて09年に1両を買い取り、同年8月に運行を始めた。三木鉄道は、保有した3両をそれぞれ国内の地方鉄道会社に売却したが、往時のボディーカラーを維持しているのはここだけ。
98年製のディーゼルカーで席数57、定員116人。車両番号は三木鉄道時代の「ミキ300-103」のまま。老朽化で色を塗り替える際も「懐かしんでくれる人がいるから」と、あえて同じに保った。いすなどの内装も変えていない。年に100人程度のファンがミキ目当てでひたちなかを訪れる。
(以上、記事の冒頭を抜粋)



三木が育んだ良さをそのまま受け継ぎ、廃線当時と変わらず愛し続け、受け入れてくれている鉄道がありました
嬉しくもあり、何か大事なもの、かけがえないのないものを失ってしまったという残念な思いが交錯します
三木鉄道の廃線への経緯やその後の線路跡の活用法などを見てきた者からすれば、非常に複雑な気持ちになりますね

日常当たり前の光景の中にこそ、価値あるものがあることをあらためて気付かされたと同時に、それを見出し、どのように活かすことができるかが、これからのまちづくりに問われるのではないでしょうか

三木鉄道を生み育ててきた三木には、まだまだいろんな価値を生み出すものをたくさん持っている、そんな可能性を秘めたまちなんじゃないかと常々感じています

三木鉄道廃止で失ったものを今更取り戻すことはできません
ひと昔前の私なら批判で終わっていたような気がしますが、ある結果からこれからのまちづくりにどう繋げることができるのかを考えた時、かなりベタな発想かもしれませんが、たとえば、三木鉄道の車両がとり持つ縁をきっかけに、茨城県ひたちなか市と友好都市を結び、市民交流を進め、鉄道を共に盛り上げる、そして、三木市をアピールしていくというのも面白い発想ではないかと思ったりします

これは、三木鉄道を自ら廃止した前市長では絶対にできないことかもしれませんが、仲田市政ならできないことはない取り組みではと感じます

まちづくりの無限の可能性と、まちづくりの難しさ、その両方を考えさせられる記事でした


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by kkamoike | 2017-07-29 13:44 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(0)

チーム三木 雑感

断絶や対立では何も生まれないし、生産性もありません
そこにあるのは、お互いに対する不信や疑心暗鬼、挙げ句の果てには誹謗中傷、揚げ足をとるといった暗いイメージばかりですよね

そこまで極端なことを言わないとしても、
例えば、
市役所だけの枠組(理屈)とか、
市議会だけの枠組(理屈)とか、
市長派も含めた市長だけの枠組(理屈)とか、
あるいは行政だけの枠組(理屈)とか、
市民だけの枠組(理屈)とかといった捉え方

これまでは、ある人は三木ファーストで、
ある人は、自分ファーストで
それぞれがその人たちなりに一生懸命に考え、行動してきたと思います

でも、なぜかイマイチまとまりがないというか、一体感がないというか、チカラが分散されてしまっているというか、無力感だけを感じていたのは、私だけでしょうか?


でも、今回、
「チーム三木」という言葉に出会えたことで、
この言葉のチカラが、
これまでのそんな悪いイメージを覆す、
あるいは、三木を再生し、今まで以上に一体感を作り上げる無限の可能性を感じることができました

チーム全体の目標、
それは、例えば、誇りを取り戻すであったり、協調により三木をより発展させるであったり、

組織が掲げるビジョンや目標に向かって
それぞれが果たすべき役割をそれぞれが責任を持って行動に移し、一つのまとまったチカラにしていくにはどうすればいいのか?

さらには、それぞれがお互いを認め、尊重し合えるような関係を築くにはどすればいいのか?

「また、そんな綺麗ごとを」と笑われるかもしれませんが、
なぜか「チーム三木」という言葉には、
不可能を可能にする不思議なチカラを感じるのです

ぜひ、
「チーム三木」のイメージ化を図り、
仲田市政にうまく組み込んでいくことで、
この言葉を市政推進の原動力にしていただけることを願っています

個人的には、
「●●ファースト」といったフレーズよりも、
断然、市全体を巻き込める魅力的なフレーズに化けるのではないか、他市もマネしたくなるようなフレーズに成長してくれるのではないかと感じています


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by kkamoike | 2017-07-04 05:57 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(0)

三木市を今一度せんたく

あなたが持つ一票で、
今の三木市を洗濯するかどうか、
選択しませんか?


洗濯しないという選択で、「安定」あるいは「停滞」を選ぶのか

洗濯するという選択で、「挑戦」あるいは「前進」を選ぶのか

選ぶ基準は、
あなた自身が「幸せ」になれるかどうかです
そしてあなたの「生き方」そのものです



「投票率」が、三木市の将来を決めるのは間違いありません

市民を巻き込み「投票率」をいかに上げるかが勝負の分かれ目になるのではないでしょうか

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by kkamoike | 2017-06-30 18:35 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(0)

「三木金物」の良さか体感できるキッカケづくり

●少し前になりますが、「インディペンデンスボードウォーク」の取組がグリーンピア三木で行われたという記事が、「がんばれ!みき」「さるとるファイト!」で紹介されていました。
とてもいい取組だなぁと感心して拝見したのですが、そういえば、三木にはまだまだ自然や緑が多いところだからこそこのような取組もしっくりくるんだなと感じました。
そして、「木」を使った取組も三木ならではでないかと···
さるとるさんの記事によると
作りたい人は、1枚1000円でボードを購入でき、
絵や文字などをかくマジックなどは、その場で貸してくれ、
自分で取り付けることも可能で、
あずけておけば、後で、設置もしてくれる

ということのようですが、
例えば、このボードを作る段階から三木ならではの特色を考え、ある工程を取り入れてみるっていうのはどうでしょうか。
例えば、ボードの作成づくりからチャレンジできるというような工程があってもいいような気がします。


●少し話がそれますが、グーグルの検索で「ネイチャー、木、工房、道具」と適当な単語を入力すると、検索結果の広告欄に三木金物オンラインショップ「アルデ」のページのリンクが出て来ます。
なるほど、子どもが対象となるネイチャークラフト体験なんかでも様々な工程で道具が使われることが予想されるために、このようなリンクがされているのでしょうか。


●もちろん金物の振興を考える上では、金物の「販売」が基本なのでしょうが、例えば、高級道具、なかなか手が出ない道具を使って子どもたちが気軽に「ものづくり」にチャレンジしていける環境を作り上げていくのも面白いと思います。
あるモノを完成させる楽しみだけでなく、例えば、作る工程での木を切る、削るなど、道具を使う際に伝わってくる感触も楽しむことができれば、道具を通して子どもたちの感性に訴えかけられるものが生まれるのではないかと思います。
いい道具そのものの味わいを楽しむことができれば、やはり「いい道具は違う」という感覚を自然に覚えるでしょうし、道具に対する愛着も湧いてくるのではないでしょうか。
まさに「百聞は一見にしかず」ですよね。


●いくらいい道具が使い心地が良く、切れ味なども抜群だということは分かっていても、実際に購入するとなるとなかなか手が出せないわけですから、例えば、このようなネイチャー教室やある特定のイベントの際にいい道具が実際に使える仕組みがつくり出せないものか···。
すなわち、用途、期間限定での道具のレンタル(貸出)事業を展開していくというのはどうでしょうか?
道具は、使えば使うほど味が出るともいいますし、そういう高価な道具でもレンタルが可能なら相応の費用負担で使うことができるでしょうし、そうなれば子どもたちが産地自慢の道具と気軽に接する機会を創り上げることができるのではないかと思うのですが。
(そんな簡単にはいかないモンなんですかねぇ。)
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by kkamoike | 2010-03-23 20:25 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(8)

施政方針から伝わってくる「攻め」の姿勢(市政)と「守り」の姿勢(市政)

一昨日、やけにアクセスが増えたと思ったら、さるとるさん三条市の国定市長さんがそれぞれの記事にリンクしてくださっていました。
ありがとうございました。
そして、国定市長さんが私のブログの内容に気付かれたのは、もちろんrfuruyaさんがリンクしてくださったからです。いつもありがとうございます。


さて、その三条市長さん、最近の記事は、施政方針の中で特に思い入れの強い取組を我々一般の読者に対してもわかりやすく発信してくださっています。
三条市の伝統産業である『ものづくり』をいかにして足腰のしっかりしたものに育てていくか、そして将来を担う子どもたちにいかに引き継いでいくのか、ここ数日のブログの記事を拝見していると、市長の考え方には一本のしっかりとした筋が通っているのがよく伝わってきます。
子育て支援、高齢者施策、教育、その他諸々の事業が、基礎的自治体である市町村で同じように行われているわけですが、それらのサービスを提供するだけなら、極端な話、別にどこの自治体に住んでも構わないわけです。
個々の自治体が持つ特性をとことん生かしたまちづくりがあって、はじめて、それらの「当たり前」のサービスが、その自治体ならではのサービスへと格上げされ、独自性という光を放つものになっていくのではないかと思います。
以前、国定市長がおっしゃられていたことが、今、ぼんやりとではありますが、わかりかけた気がします。
(抜粋)
私はいつも考えます。
〝このまちにとって不可欠なものは何なんだろう?その要素が失われてしまうと活力そのものが奪われてしまうものは何なんだろう?このまちが他の地域と比べて突出した、このまちの色合い、アイデンティティは何なんだろう?〟と…
この問いを市長就任後も絶えず自らに問いかけ続けました。
そして、今、確信しております。この地域の殆ど全ての人が〝当たり前だ〟と思っているものに…それは〝ものづくり〟です。このまちは、誰が何と言おうと〝ものづくり〟に立脚しているのです。しかも〝工業系のものづくり〟が圧倒的な主役です。
それは、農業を否定しているのではない、建設業を否定しているものでもない、教育や福祉が不必要だと言っているのでもない。
しかし、この〝ものづくり〟を否定してしまえば、〝ものづくり〟を軽視してしまえば、このまちの色合い、アイデンティティ、求心力は、あっという間に瓦解していきます(ちなみに、お隣の燕市も全く同様だと思います。だからこその燕三条地域です)。
〝ものづくり〟があるからこそ、人口を、少なくとも、この程度にまで集約ができて、〝ものづくり〟が一定のパフォーマンスを維持していたからこそ、農業·建設業·商店街のことにも目を向け、教育·福祉分野の充実に資源を投入できるのです。
この、私たちにとっての色合い、アイデンティティ、求心力そのものである〝ものづくり〟が今危ない。危なくなってから1年半。
だからこそ、今こそ、この〝ものづくり〟が瓦解しないよう、全力を投入しなければならない。



残念ながら、同じ“ものづくり”に立脚したまち、金物という伝統地場産業を持つまちである我が三木市からは、三条市長さんの口から伝わってくるほどの熱意が、(三木)市長自らの言葉からも、実際の施策の優先順位やその中身からも、切迫感といいますか、ひしひしと伝わってくるものがまだまだ足りないような気がします。
突き詰めて考えれば、物事に対するスタンス、考え方、もっと大きく言えば、まちづくりの根幹となる部分をどう見据え、どういう手順でまちづくりを組み立てていくのかという、まちづくりの進め方が180度違っているように感じたりもします。
それは、何を「核」としてまちづくりを考えていくかという認識の問題でもあると思います。
実際にやっていること(やろうとしていること)はそれほど大きくは変わらないのかもしれませんが、何を最優先するのか、事業などの組み立て方、持っていき方次第で、まちづくりに対する迫力や意気込みは大きく異なってくるのだと思います。
まさにそれが「一体感」を創り上げる原動力になっていくのでしょうね。
将来を見据えた「攻め」のまちづくりを展開していくのか、どちらかというと現状の問題への対応に重きを置いた「守り」のまちづくりを展開していくのか···、このことは、それぞれの市の施政方針の中に頻繁に出て来る言葉や表現を見れば一目瞭然ですが、要はこの違いが、3年先、4年先と年を重ねるごとに大きな勢いの差となって表れてくるような気がします。
もっと三木市も、他市の良いところ、特に同じような課題や背景を持つ三条市の良い部分、先見性のある部分をどんどんと取り入れ、見習っていくくらいの貪欲さ、したたかさが欲しいものです。
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by kkamoiKe | 2010-03-20 11:52 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(2)

ワンランク上のおもてなしを考える(付加価値を生み出すしくみづくり)

毎日チェックするブログの一つに「パティシエを目指していたサミーの営業日記」があります。
直近の記事は「期待だけでは終わらない、ワンランク上のサービスって!」と題した記事で、「漬物」の販売に関連したワンランク上のサービスについてでした。
単に「漬物」という商品を販売するだけではなく、その商品を美味しく召し上がっていただくコツ、その人の嗜好に合わせた食べ方の伝授などもしてもらえるのだそうです。
この話を読んで、以前にテレビで紹介されていた内容を思いだしました。
それは、「本のソムリエ」です。
東京のとある本屋では、単に本を販売するだけではなく、その人が今、何を求めてお店にいらっしゃったのか、その人の目的に合った本を紹介してくれる、通称「本のソムリエ」がいらっしゃるそうです。


ところで、三木市は、言わずと知れた、酒米「山田錦」のふるさとでもあり、日本一の生産を誇っています。
しかし、ここ近年は、日本酒全体の販売が落ち込み、酒米の流通価格も年々下落し続けているとのこと。
深刻な後継者不足も課題となっているようです。
こうした状況であるにもかかわらず、果たして、三木市が全国に誇れる「酒米の山田錦」、あるいは、「(山田錦で作られた)日本酒」をどれくらいPRしているのでしょうか?
また、それらを生かしたまちおこしは一体どれくらいの試みがなされているのでしょうか?
「山田錦まつり」という全国にも類を見ないユニークなイベントもありますが、「三木金物まつり」同様、毎年恒例になっているとはいうものの、もう少し、年間を通した取組、仕掛けができないものかと思ったりもします。


例えば、冒頭に紹介したような付加価値を提供していけるような何らかの取組を三木市全体で考えられないものか···。
日本酒に合う三木オリジナルの料理レシピを発信したり、日本酒に合う料理コンテストを開催したり、また日本酒が美味しくいただける季節感も含めて満喫できるような市内の絶景おすすめポイントを選定したり、そして、その場所で実際にお酒と料理が楽しめるイベント(もちろん有料で)を開催したりするなど···
単に生産者目線から酒米の売り上げを伸ばし、日本酒の販売促進だけを考えるのではなく(実際はそうではなく、ちゃんと考えておられるのでしょうが)、生産者と消費者が一体となった形で、三木市を日本酒に合うまちに仕上げていこうという、まさに市民全体が、あるいは酒蔵メーカーなども巻き込む中で、一丸となった取組、面白くて、興味がわくような、ワクワクする仕掛けづくりが、今まさに求められているのではないかと思います。
極端な話、テレビ番組の「秘密のケンミンSHOW」で取り上げられるくらいの、オリジナリティのある、地域を挙げての取組、盛り上がりがほしいところですね。
かなり話が大きくなってしまいましたが、要は、ひとりでも多くの市民が日本酒の美味しい飲み方に関心を持ち、その飲み方などをマスターすることで、三木市のいたるところで「おいしい日本酒が飲めるおもてなし」が実現できれば、市民同士の一体感の醸成だけでなく、本当の意味で「酒米 山田錦」が市民の誇りとして根付いていくのではないかと感じました。
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by kkamoiKe | 2010-03-17 20:54 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(7)

アイデンティティ(自分らしさ)という要素

今朝の『雑感日記』には、三条市長日記が取り上げられています。
私も読みました。
とてもわかりやすく、しっかりとしたコンセプトを感じました。
自分(市)にとっての拠り所をしっかりと持っている(抑えている)ということは、いかなる局面に立たされたとしても、原点に立ち返ることができる強みが生まれることでもあるのだと感じました。
今回は、三条日記の中にも出てきた『アイデンティティ』について書いてみたいと思います。


人が人生の中で、自分らしく生きていくのは大変難しいことですが、逆に考えれば、それは、人生における最大で、永遠のテーマであると言えます。
この「自分らしさ」を追い求める過程こそが人生の醍醐味であり、その過程の中で生まれる喜びや悲しみ、苦しみといったものが「生きている」という証そのものなのだと思います。
自分は何を拠り所として生きていけばいいのか、それを見つけ出し、それによって導き出される理想を追い求めていくことが喜びとなり、生きがいにつながっていくのだと思います。
人が生きる上で、アイデンティティ(自分らしさ)を確立することが大事なように、物事を進めるときにも、アイデンティティという要素がバックボーンにないと中身のないものになってしまうのだと思います。


まちづくり、まちおこしにも同じことがいえるのではないでしょうか。
そこに住む人が楽しめない、関心がない取り組みをいくら進めようとしても、また、自分たちが楽しめないものをいくら地域の核として盛り上げようとしても上手くいかないのだと思います。
なぜなら、そこには、「アイデンティティ」というもの(要素)が忘れ去られているからです。
自分たちが楽しめるものが何か、自分たちのまちの強みは何かを考える。
そして、自分たちが心底楽しめ、誇れるものを見つけ出した上で、実際に自分たちが楽しんでみることが大事なのだと思います。
まちを元気に、生き生きとさせる方法は、自分たちがこのまちに住んで楽しい、こんなところが大好きだという部分を発見し、自分たち自身が楽しめることから始まるような気がします。


『自分たちが楽しめないのに、人を楽しませることなどできない』
とつくづく思うのです。
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by kkamoiKe | 2010-03-16 19:15 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(0)

「お互いに学びあい、成長していく」ということ

やまかずさんの「教育論」とてもよかったです。
ますますファンになりました。
私も今回のオリンピックでの代表選手たちの活躍、その一方で偏った報道の仕方などを目にする中で感じたこと少しだけ、自分の考えを整理する意味も込めて書いてみたいと思います。


今の世の中、大人も子どもも、社会のシステム、マスコミの対応に至るまで、ゆったりとした気持ちで相手と接するといいますか、広い心で包み込むおおらかさといいますか、もっと身近な言葉で言うなら「見守る」という心のゆとりが非常に欠けてきているんじゃないかと感じます。
「見守る」とは、単にその人の行動をじっと見ているだけではなく、ある時は励ましたり、ある時は誤った方向に行ってしまいそうなった時に、自分が経験してきたこと、学んできたことなどを踏まえて的確なアドバイスや助言をして軌道修正してあげることなんだと思っています。
間違った道だと知ってて、その間違った道をあえて進む場合もあれば、間違っていることを知らずに進んでしまう場合もあります。
それは大人でも子どもでも同じことで、人間、誰だってそういうことはあるわけです。
そう考えると、人間というのは何歳になっても未完成であるし、学ぶ機会の連続なんですよね。


「学ぶ」というのは、教職の資格を持っている人や年齢が上の人から教えてもらうことばかりじゃありません。
親は子育てをする中で、子どもから教えられる事があるでしょうし、先生も生徒と向き合う中で、生徒から学ぶことはいくらだってあるはず。
スポーツの世界も、まさに今、オリンピックたけなわですが、世界を相手に戦っている人たちの中には若い人たちも多いわけですが、もちろん彼らと彼らを支える指導者などの人たちとの間にも教え、教えられの関係が幾度となく繰り返されているはずです。
そして、私たちもまた、彼らのひたむきな姿勢や挑戦に大きな感動を覚え、いろいろなことを学ばせてもらうわけです。


さらに、「学ぶ」ことは、人と人とのかかわりの中から生まれてくるもので、いうなればそこに社会とつながっているという自覚を持てる場面であると同時に、社会に貢献している(貢献していこう)という意識が芽生えてくる場面でもあるのだと思います。
世の中には、ある程度器用に立ち回れる人もいますが、不器用な人もいっぱいいます。
不器用だからといって「あいつには何をさせてもダメだ」とか、「おまえはいつも何をしているんだ」とか、「情けないやつだ」と頭ごなしに言ったりする前に、相手に今何が足りないのか、それを克服するにはどういう手助けをすればいいかを真剣に考えたことがあるのかと問うてみたいです。
優しい言葉や相手の機嫌を損なわない言葉ばかりをかけてあげることがいいとは思っていません。
あえて冷たく突き放すことが必要な時もあっていいと思います。
しかし、少なくとも、どんな教え方やアドバイスをしてあげるにしても、その底辺に相手を思いやる気持ちがないと、「教育」は成り立たないのだと思います。


人間、誰でも未完成なところもいっぱいありますが、そういうところに少しずつでも自分で気付いたり、人から気付かせてもらったりすることはお互いにとっての学びにもなっているはずです。
そして、失敗したり、上手くいかなかったりすることもまた、成長する上での糧へとつながっているはずです。
お互いに学びあいながら、成長する。
そうしながら今をともに生きているんだ(ちょっと大袈裟かな?)という想いや喜びが共有できる社会になればいいなと思っています。
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by kkamoike | 2010-02-20 17:54 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(0)

R175が見て、聞いて、読んで感じたことを書き綴ります。
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