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どうぶつのつぶや記

カテゴリ:三木市政( 127 )

「市民が望んでいることだから」、「市民のためだと判断したから」・・・。 だから?

今回の6月議会の一般質問の内容は、FMで放送されていたものを家族に録音してもらい、気になる議員の質問のみ選んで聞きました。
三木市も、開かれた議会を目指すのであれば、
武雄市に倣い、議会のやり取りをYou Tube で流す試みでもされたらどうでしょうか?
そうすれば、昼間働いている私たちのような世代はもちろん、子どもからお年寄りまで、職業などを問わず、好きな時間に、聞きたい政治家の発言をチョイスして聞くこともできると思います。ぜひご検討をお願いします。


今回の議会もそうでしたが、本来、議論されなければならない内容がきちんと議論されない背景には、ある意味、議会の様子がオープンにされていない状況に、政治家、特に市長自身が胡坐をかいてしまっているからではないかとあらためて感じました。
私が胡坐をかいていると感じた部分を何点かピックアップしますと、
聞かれていることに対して、誠意を持って応えようとする気がない。
相手の言い分に耳を傾け、質問している相手を説得させる気がない。
自分の主張、言い分だけを繰り返し、述べるだけ。
自分に都合の悪い質問にはまともに答えない。
挙句の果てに、相手を馬鹿にしたことを平気で言う。などなど
そのような意味から、正直、中身のない一般質問であったと評価しています。


ところで、今回の議会で、繰り返し、市長が述べた「市民主権」という言葉に則った、
「市民が望んでいることだから」、「市民のためだと判断したから」・・・
という類の発言の数々、黒嶋さんのブログに掲載されている病院統合に関する市長の答弁にも随所に出てきますが、実は、これほど他人任せで無責任な発言はありません。
これらの言葉には、仮に事業が失敗した場合、「市民の皆さんが望んだことですからしょうがないですよ。」という言葉で片付けられてしまう、まさに裏返しの意味が含まれていることがおわかりにならないのでしょうか?
そこには、選挙で選ばれた市長という重責を担う覚悟や責任感といったものは全く見られません。
市長は「政治生命に賭けて」というような発言もされたようですが、一体、市長の考える「政治生命を賭ける」とは、何をどうすることなのか、機会があれば一度議員さんから尋ねられてはどうでしょうか。


また、仮に、為政者の中に、市民の希望に応えようとする気持ちがあったとしても、「市民が望んでいること」と「市民のためになること」は必ずしも一致するとは限りません。
市民の望み通りの政治が行われたからと言って、それで市民が幸せになるとは限らないのです。
小泉改革が良い例です。(刷り込まれたものであるにしても)それは間違いなく、国民の望みでしたが、今もなお、国民の生活は悪化を続けており、その負の遺産は小泉の後継者さえ苦しめる有様です。小泉内閣による医療制度改革などは、その最たるものといえるでしょう。
もっと身近なわかりやすい例でいえば、図書館などもそうです。
流行りの本をタダで手元に置きたい、そんな市民の望みに答える一方で、市民の需要に乏しい専門書を廃棄する傾向にある公立図書館が出てきているといいます。
そのような姿勢に何の疑いも抱かないとしたら、あまりにもバランスを欠いた政策判断ではないかと私などは考えるわけですが、それでもなお、目先の歓心を買うことを選び、流行りの本をタダで手元に置き続けることこそが「市民の目線に立った」運営だと居直ることも同じようなことだと思います。


政治家が政策を判断する際に「市民が望んでいるかのどうか」という客観的な判断はもちろん必要です。
しかし、単にそれだけをもって最終的な意思決定の要素にしてしまうこと、さらには、決断の理由を聞く相手に対して、そのようなことしか理由として述べない姿勢、述べられないのは、あまりにも無責任な態度であり、政治家としての責任を果たしていないばかりか、最終的に失敗したときの責任を免れるための逃げ道をあらかじめ作っているようなものなのです。
「市民が・・・」という理由では、説明責任を果たしているとは言えないということです。
肝心なのは、自分がどう判断して、決断したかということです。
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by kkamoike | 2009-06-12 19:23 | 三木市政 | Comments(2)

50億円が意味するもの

昨日紹介した資料によると、平成20年度の三木市民病院では単年度収支で毎年20億円程度の赤字が発生しており、市からの支援額は、10億円にも上ると書かれてありました。


まずこの数字がどれぐらいのものなのかを考えなければなりません。
我々市民からすれば、この20億円近くの赤字を埋めるため、これから毎年、10億円ものお金を市の会計から支援をしていくというのは、一体どれぐらいの水準なのでしょうか。
他の公立病院と比べて多いのか少ないのかといった判断基準を持ち合わせていないので、今ひとつピンときませんが、同じく、昨日紹介した質疑応答の資料によると、(県内の神戸市を除く公立病院への支援の平均に置き直した場合)三木市では6.5億円程度になるとか···。
三木市民病院が市から受け取っている支援の額は、他の公立病院に比べて1.5倍近い額になります。
これとは別に、現在の病院を維持するために向こう5年間でさらに50億円の歳出カットを実施しようとしています。
つまり、この50億円規模の歳出削減は、現在の市民病院を維持するために行われるものですから、見方によっては病院に対する間接的な支援とも受け取れるわけです。
この考え方からすれば、これから向こう5年間、病院に支援する額は、なんと毎年10億+10億=20億円もの金額になります。


5年間で延べ(20億円×5年)100億円···。
この100億円という数字も、我々市民にはピンと来ない数字ですが、三木市の1年間の税収が大体、110億円ということですから、その規模の大きさがお分かりいただけるかと思います。
繰り返しになりますが、他の公立病院と同じ割合に置き直した場合の支援額が三木市の場合6.5億円となるということですので、6.5億円×5年=32.5億円が5年間に必要だと仮定しましょう。
その額を、三木市が今後5年間に充てることになる100億円から差し引いても、なお、67.5億円ものお金が他の公立病院よりも余計に充てられる計算になります。
これって、どうなんでしょうか?

ちなみに、人口8万人とした場合の1人当たりの支援額は、5年間で、4万円(32.5億円/8万人)) ⇒ 12.5万円(100億円/8万人)となり、
5年間の市民1人当たりの税負担に占める病院支援の割合は、6%  ⇒ 18%にも上ります。
実に、私たちが納める税金の5分の1程度が病院の支援に充てられる計算になります。
さらに、1日あたりの支援額は、178万円(6.5億円/365日)  ⇒ 548万円(20億円/365日)となります。(およそ3倍)

こんな考え方はおかしいとおっしゃる方は、ご指摘をお願いします。話がややこしすぎて考えれば考えるほど頭がこんがらがってきています。イマイチ自信が持てませんので···。(笑)


それはともかく、病院を今すぐ廃止しろとまでは言いませんが、せめて、他の公立病院と同じぐらいの水準の支援で経営が維持できるよう、身の丈にあった状況に抑えるには、一刻も早い、抜本的な規模の縮小、見直しを図る必要があると考えるのですが、そのような動きはほとんど見えてきません。
rfuruya2さんもおっしゃっておられましたが、これでは行政の「怠慢」のなにものでもありません。


ただし、この「50億円」の根拠ですが、『財政危機宣言』を発した当時の市からの支援見込額は15億円であり、上記の6.5億円を差し引いた残りのおよそ10億円が基礎となっていると思われます。
しかし、最終的には平成20年度の支援は、最新の資料によると10億円だったようですので、この額から6.5億円を差し引くと3.5億円、多く見積もっても4億円に減るわけで、5年で20億円の歳出カットで賄えるという計算になるはずなのですが···
私には、この「50億円」という数字がどうも独り歩きしてしまっているような気がしてならなりません。
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by kkamoike | 2009-06-09 23:27 | 三木市政 | Comments(2)

飾れば飾るほど自分(真実)を見失う

「今、立ち向かう三木のまちづくり」と題した資料が三木市のホームページに出ています。



その資料の冒頭には、「なぜ、財政危機なのか」という項目があり、小さな字で「病院経営の悪化」と書かれてあります。
「財政危機宣言」を出した背景については、宣言を発した当時の質疑応答の文書にも詳しく書かれてありますが、そもそも病院経営の悪化に端を発した財政危機であったはずなのに、いつの間にやら、財源を捻出するための一手段として掲げていた職員の方たちの給与カットが、訳のわからない民間企業との比較資料によって浮き彫りにされた揚げ句、公務員の厚遇の適正化こそが、三木市の財政を建て直す上での改革の本丸かの如く取り上げられ、問題の本質が巧にすり替えています。
素直に、「病院を建て直すために、職員の給与をカットすることで、病院の赤字分を補填したいのです。必要額は、概算で給与費全体の7%になります。」とだけ言えばわかりやすいものを、何の根拠かもわからない資料を持ち出し、色んなことをあれこれ詮索し、余計なことまで持ち出そうとするもんだから、私のような素人にまで突っ込まれてしまう、つじつまの合わない説明になるのです。


オンブズマン三木さんが取り上げておられる「1、2行議員」の発端となった会見のコメントも同じです。
議員の方たちが本当に1、2行のことしか発言していないのであれば、「アンケートで書いた内容しか発言しておられません。」とだけ言えばすむことを、回りくどい言い方をするから、後あと言い訳がますます苦しくなるのです。
言ってることにつじつまがあわないのは、真実を隠そうとする意図があるからです。


『飾れば飾るほど自分(真実)を見失う』という言葉があるそうです。
飾りすぎて「まちづくり」における真実や改革の方向性だけは見失わないようにお願いしたいものです。



それにしても冒頭で紹介した「今、立ち向かう三木のまちづくり」、次期選挙用マニフェストのようにも見えるのは私だけでしょうか。
「三木」ではなく「私」の間違いなのでは?とも感じてしまいました。


追伸
今回の記事、「雑感日記」さんが別の角度からの分析の中で早速取り上げてくださいました。
冷静な判断に基づくご意見だと思います。
ぜひご覧ください。
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by kkamoike | 2009-06-08 21:59 | 三木市政 | Comments(0)

結果、三木は「若い世代」「子育て世代」にとって住みにくいまちだということです

今回、ようやく公表された市民アンケートの内容ですが、あらためて見ていますと、職員の給与カットの設問に付けられている「市内民間企業との給与水準の比較」などの資料について、いくつかの疑問点が湧いてきました。
今回はそのことから導き出された私なりの結論を記事として取り上げたいと思います。
念のため言っておきますが、私は職員の方たちの給与カットについて、頭ごなしに反対しているわけではありません。


アンケートに付された資料では、『市内民間企業を100とした場合、市職員の給与月額は120.1となります。』
(全体では20.1%市職員が高い)
(従業員51人規模以上の28事業所を対象として調査)
と書かれてあります。
まず、ここでいえることは、この資料の基となった積算根拠が一切オープンにされていないため、比較そのものに正当性があるといえるのかという点です。
以前にも、当ブログで取り上げましたが、一般的に官民の給与水準の比較として用いられるのは、民間がブルーカラーの現業職員や非常勤職員を含んだ平均給与であるのに対し、公務員はホワイトカラーの正規職員のみの平均給与だということです。
したがって、今回、比較に用いられた基礎データが、きちんと同じ条件の職種や雇用形態の従業員同士でなされているのかというのが一点目です。もう一つは、この比較には、双方の平均年齢の表記がないということです。
当然、平均年齢が高ければ、高いほど、貰う給与は官民問わず、高くなるというのは当たり前です。
以上の2点だけをピックアップしても今回の比較が本当に適正なデータに基づくものだったのかは疑問です。


さらに添付資料には、『45歳での平均給与月額の比較』が掲載されています。
これは、今回の7%カットの根拠となったデータだと思われますが、なぜ、この「45歳」のランクだけが取り上げられているのか、その説明が見当たりません。
それ以外の歳のランクもすべて7%の差があるのでしょうか?
そのあたりもこのアンケートからは見えてきません。
同じ条件で導き出された比較かどうかもわからない資料によって、全体で20%もの差があることを必要以上に強調し、さらに、たまたまある年代で出た7%という数値を持ち出し、(たまたま一番高い割合だったからなのか?カットしたい割合の7%がたまたま45歳のランクだったからなのか?)一律カットの根拠と言われても、説得力なさすぎです。


以前、三木市民さまからもコメントをいただきましたが、やはりこのご時世、給与カットはやむを得ないという意見も確かにあります。日本全体がそのような状況にあるということも否定しません。
しかし、だからといってこのようなデタラメな根拠(デタラメではないかと誤解を持たれたままの状態)でもってカットを推し進めるのは、「改革」とはいいません。
単なる「暴挙」です。
私は、このような部分を正し、はっきりさせてから結論を導き出すべきだと言っているのです。
本当に、定年前の人も、今年入社した新人も一律、7%(この数字の根拠自体もあいまいですが)でよいのですか?
本当にどの世代もこれだけの差があるのですか?と言いたいのです。
子どもたちが親の手を既に離れた世代と、これから家庭を持ち、子どもを産み育てようとする世代、同じ7%であっても、家計に及ぼす影響は大きな違いがあるはずです。
仮に全ての年代において同じ差が生じていたとしても、それを世代間で調整したりしてやるのが本来の姿だと思いますし、そのような仕組みをつくり、配慮してあげるのが、組織として、トップとしての役割、仕事だと思うのです。
自分のところで働いている若い世代や子育て世代の者に対し、何の配慮もできない組織やそこにいるトップが、いくら組織の外にいる我々市民に対し「三木市は子育て支援を充実させます」と言われても全く説得力がないんですけど···。


私は、立場的に大変な時期にある人たちを思いやる姿勢というのは、社会全体を見る場合も、自らの組織の中を見る場合も同じ目線でなければならないと思っています。
若い世代が安心して働くことができない職場(会社)の人間が、社会(マーケット)に存在する同じ条件の市民(顧客)を満足させ、安心させられるわけがありません。
企業における「顧客の気持ち(心)をつかむサービスマインド」とはそういうものが前提にあるのだと思っています。
企業の悪いところばかりを見習うのではなく、企業の良い部分ももっと見習い、取り入れる努力が官には必要だと思います。
このことは、給与という一つの問題にとどまらず、健康で生き生きとやり甲斐を持って、仲間と楽しく仕事ができる職場の環境づくりにも同じことが言えます。
楽しくない職場、安心して働けない職場から、夢が持てるまちづくりなどつくれるはずがないということです。
それは決して従業員を甘やかしたり、生ぬるい環境に身を置くというものとは違います。
まずサービスを提供する自分たちが楽しんで仕事に打ち込める状況でなければ、顧客を満足させ、楽しませることなどできないということです。
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by kkamoike | 2009-06-03 23:07 | 三木市政 | Comments(0)

拝啓、議員の皆様へ「いよいよ本来の6月議会がはじまります」

すでに6月議会は始まっています。
当ブログでもこれまで、この6月議会に照準を合わせて、気になる問題を記事として取り上げてきました。
病院統合の件もそうですが、その他に、私が今回の議会で懸念していたことは、前回の3月議会で継続審議や否決とされた議案に対する審議についてでした。
その理由は、皆さんも既におわかりだと思いますが、
偏った内容の市民アンケートによって集計された結果が「民意」とされてしまい、本当に市のため、市民のために有益な政策かどうかの議論が置き去りにされたまま、ゴリ押しされてしまうのではないかという心配からでした。


そんな中、
これまで私たちが主張してきたことと同じような論調の記事が、今朝の神戸新聞三木版で大きく取り上げられていました。
「公平性に疑問の声」議会反対の施策取り上げ市主張に手厚く(神戸新聞)
今年3月の三木市会で議会が反対し可決されなかった事業などについて同市が実施した市民アンケートの設問が、それぞれ市側の主張に10行前後を費やしているのに対し、議会の反対理由はわずか1、2行にされていたことが分かった。市側に有利な参考資料も付けており、専門家らも「公平性に欠ける」と疑問を投げかけている。



この新聞記事をうけてかどうかわかりませんが、市のホームページにはようやく、アンケートの様式、内容などがアップされました。
これまで、当ブログでもこのアンケートのことを取り上げてきましたが、市からの情報公開が一向にされないので、いつになったらアンケート様式がオープンにされるのかとやきもきしていたのですが、ようやく市が重い腰をあげたというか、あげざるを得ない状況に追いやられたというところでしょうか。
もし、神戸新聞が今回の記事を取り上げなければ、市民に対し、自分たちにとって都合の良い結果だけを公開するつもりだったのでしょうか?
しかし、本来、このようなアンケートの内容は、無作為抽出の一部の市民に実施したものとはいえ、税金を使って実施していることに違いないわけですから、等しく全市民が見られるようにしておくのが本来だと思います。
それをこの期に及んでようやくアップしたというのは、何かしらの意図があってのことと第三者から疑念を持たれてもしょうがありません。
いつもの「情報操作」といってしまえばそれまでなのですが···
このような愚かな市の対応はさておき、神戸新聞の姿勢については、こちらもようやく動き始めたかという印象はありますが、今回の件については、それらの評価を差し引いても、やはり、取材された記者のジャーナリズム魂というものを高く評価すべきだと感じました。
いずれにしても、神戸新聞のおかげで、ようやく議会が、本来の中立的な立場で、本来の取り上げるべき政策の中身について冷静かつ真剣な議論ができる環境が整えられたといえるのではないでしょうか。


拝啓、議員の皆様へ
いよいよ本来の6月議会がはじまります。
今回のアンケートは、議会の決定事項を平気で踏みにじる内容というだけではなく、善良な市民に対して行ったものとしては、背信行為ともとれる内容であったと私自身は感じています。
今回の議会の質疑において、このアンケート結果を持ち出す場合は、神戸新聞が主張されている問いかけ、多くの市民がおかしいと感じていることについて、議場という場できちんとわかりやすくアンケートの正当性、公平性について説明してからにしてください。
また、議員の中で、「○○チルドレン」などと称されている議員の皆様にお願いです。
皆様は、我々こそが改革派議員であり、現政権が推し進める方針と志を同じくしている市民派議員、いわゆる主流派であると自負しておられるのかもしれませんが、私からすれば、これほど政治家を馬鹿にした、議会を預かる議員として屈辱的な表現はないということをお伝えしておきましょう。
くれぐれもこれまでのように、通り一辺倒に市長を擁護するばかりの馬鹿な真似だけはせず、政策自体の「賛成」·「反対」はともかくとして、市民が感じている疑問や疑念に対しては、市に対して厳しく追求する姿勢で臨んでください。
そして何より、政治家として、議員として恥ずかしくない行動をお示しいただき、私たち市民をがっかりさせることがないようにお願いします。
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by kkamoike | 2009-06-02 20:59 | 三木市政 | Comments(13)

給与カット、これも『手段』であり『目的』ではありません

前回の記事でこんなことを書きました。
(前回の記事の内容)
統合病院建設の総事業費130億円~200億円だそうです。
費用の面で合意した割には、かなりのドンブリ勘定といいますか、上下幅ありすぎるような気がしないでもないのですが、とても全国初の「財政危機宣言」を発した自治体とは思えないくらい大胆な行動です。
これでは、給与カットされる職員の方たちもたまったものではないでしょうね。
自分達の削減された給与によって捻出された財源が湯水の如く、しかも中身もしっかりと示されないまま使われるとあっては、モチベーションも下がるわけです。
我々市民にしてみても、病院は必要なものだからいくらかかってもしょうがないなどと悠長なことを言っている場合ではありません。


これに対し、
三木市民さんからこんなコメントをいただきました。
(三木市民さんからのコメント内容)
公務員の給与カットを比較にだすのは話が違うと思います。
折角の良い内容が···市民目線から遠のきます。

さらに、三木市民さんからのコメントに対し私の思いをこんなふうに述べさせていただきました。
(私のコメント内容)
三木市民さま
コメントをいただき、ありがとうございました。
病院統合(病院経営)の話に職員の方たちの給与カットを持ち出すのは筋違いではないかというご意見、確かに私自身も日頃からそのとおりだと思っていますし、このブログにも以前、その考えはおかしいと書いたことがあります。
にもかかわらず、今回、あえて給与カットを持ち出したのは、今回の財政危機宣言の発端が病院経営の失敗であり、その具体的な解決方法が、病院経営の抜本的な改革には踏み込むことなく、職員の方たちの給与カットのみに頼る安易な姿勢しか見せていないことに対する反論の意味も込めて、皮肉の意味も込めて書かせていただきました。
今回の記事でお感じになったことと同様、置き換えれば、市長のやっていることも、結果、筋違いのことをされていることとなり、支持率アップを狙った市民受けはあっても、市民目線とはならないのではないでしょうか。
少々ムキになってしまった感があり、大変失礼しましたが、これに懲りず、また率直な感想をどんどんとぶつけていただければありがたいです。
あらためて市民目線の記事となるよう心掛けてまいりますので、今後ともよろしくお願いします



コメントを書いた後、自分自身、少々投げやりといいますか、乱暴なイメージのコメントを、思いつくまま書いてしまったような気がしてずっと引っかかっていました。
それは、私自身の考え方がうまく整理できていなかったのが原因なのかもしれません。
···ということで、前置きが長くなりましたが、今回の記事の内容は、昨日からもやもやしていたものを少しでもすっきりさせるために、今、自分で思うことを、三木市民さんへの再度のコメントという意味も含めて書いてみたいと思います。

給与カットとは、
ある目的を達成するための、「財源配分」という手段の一つだと思っています。
それは、市長や議員も含めた市で働く全ての方の給与がカットされたからといっても、私たちの税金が安くなるわけでも、還付されるわけではなく、別の用途に回されるからです。
以前にも『「手段」と「目的」を取り違えるな』という記事をアップしましたが、この給与カットについてももちろん、「手段」であって「目的」ではありません。
「給与」であれ、「建設事業費」であれ、私たちが支払った税金であるのに違いないわけで、大事なことは、どんな用途であっても、支払った税金が、きちんと適正に使われているかどうかということです。
「木を見て森を見ず」という言葉がありますが、給与カットを議論する際、給与カットそのものの是非を議論することはもちろん大事なことですが、それ以上に大事なことは、カットした分の使い道や使い方をどうするのか、適正に執行していくにはどういうことに気をつけていけばいいのか、克服すべき点は何なのかといったことについて、しっかりとした議論をしておく必要があるということです。


「給与として支払っても、どうせ適正な使われ方などされるはずがない」
「病院建設事業だから適正な使われ方がされるはず」
といった、このような根拠のない思い込みは非常に危険です。
念のため言っておきますが、私は、決して給与カットに反対しているわけではありません。
本当に、どうにもならない状況であるなら、そんなことを言っている場合ではないということぐらいは十分承知しています。
今回の継続審議の件に関しても、市長が職員組合と話し合いをし、双方が納得しさえすれば、これほど大層に騒ぎ立てるほどの問題ではないはずです。
単に市長としての交渉能力、説得させる力がないだけのことなのに、議会に責任を押し付けるなどもってのほかです。
そして何より、私は、給与カットそのものが許せないのではなく、問題の核心から目をそらし、その場限りの給与カットで三木市の将来を左右する大問題を先送りしようとする姑息で怠慢な姿勢が許せないのです。


繰り返しになりますが、
給与カットした分が、最終的に、どのような目的でどのような内容に使われるのか、そのことを一番に考えなければなりません。
なぜなら、市民目線から見れば、どちらの用途に使われる財源も私たちから支払われている税金に何ら変わりはないからです。


病院の問題に真正面から向き合うことなく、危機に陥った病院経営をそのまま維持していくために必要な財源を捻出する目的で給与カットを行ったところで、
抜本的な見直しをしないまま、いくら税金(財源)をそっちに回したところで、何の解決にもならないのです。
そのことを、私たち市民もそろそろ気づき、注視し、声をあげていく必要があるのではないでしょうか。
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by kkamoike | 2009-05-30 08:35 | 三木市政 | Comments(2)

50億円の行方と・・・

建設費用の負担均等に 三木、小野統合病院(神戸新聞)
三木、小野市が計画する市民病院統合で、両市は二十五日、新病院建設の費用を原則的に両市で均等負担する、と発表した。人口は三木市が多いが、小野市内で建設することなどを考慮した。病院建設協議会設置が遅れたため、開業目標を当初の二〇一三年四月から、同年十月に半年間延期する方針も明らかにした。
神戸大も参加した第一回協議会が二十四日に開かれたことを受け、両市の市長が会見した。
人口は三木市が約八万人、小野市は約五万人で、統合病院は小野市内に建設する予定。それらを総合的に判断し、均等負担とした。
総事業費は、計画では約百三十億円だが、今後の協議で病床数(計画は四百床)の増加などが浮上すれば、百三十億円-二百億円程度に膨らむ可能性もあるとした。
協議会は当初、昨年末から今年一月の開催を予定していたが、費用負担を含めた両市の協議や、神戸大の人選に時間がかかったため、五カ月ほど設置が遅れた。
今後は、今年十一月に基本計画を策定、二〇一〇年二月にも一部事務組合を設立し、作業を進める。
三木市の薮本吉秀市長は「今後の自治体病院のあり方を左右する事業。絶対に成功させなければならない」と強調。小野市の蓬莱務市長は「将来を考え、長期的な視点で取り組んでいきたい」と話していた。


三木·小野市民病院統合構想:事業費は均等割り、両市合意 /兵庫(毎日新聞)
◇11月めどに基本計画
三木市と小野市の市民病院統合計画で、薮本吉秀·三木市長と蓬莱務·小野市長は25日、三木市役所で会見し、事業費は均等割りで合意したことを明らかにした。診療規模は400床(事業費約130億円)~500床(同200億円)で、11月をめどに基本計画を策定する。
費用の負担割合は▽均等割り▽人口割り▽所在地割り(建設地)で検討。人口は三木市が多く、建設地は小野市となるが、「将来の地域医療を考えて一緒に建設する」との考えから均等割りとした。
統合病院計画は、神戸大医学部が提案して昨年11月に両市が合意。従来のように自治体が病院を建設し、大学が医師を派遣するのではなく、高度医療や専門医の養成ができる医学部付属病院の機能を備えた「北播磨総合医療センター」を目指している。
両市は今月24日に統合病院建設協議会(会長、坪田紀明·兵庫医科大客員教授、11人)を設立。神戸大医学部付属病院副院長ら同協議会のオブザーバー2人と、医学部教授ら8人による「ワーキンググループ」の意見を聞きながら基本計画をまとめる。開院時期は当初予定の2013年春から半年遅れの同年秋を目標にしている。


今回は、関連記事の全文を掲載させていただきました。
ふむ、統合病院建設の総事業費130億円~200億円だそうです。
費用の面で合意した割には、かなりのドンブリ勘定といいますか、上下幅ありすぎるような気がしないでもないのですが、とても全国初の「財政危機宣言」を発した自治体とは思えないくらい大胆な行動です。


これでは、給与カットされる職員の方たちもたまったものではないでしょうね。
自分達の削減された給与によって捻出された財源が湯水の如く、しかも中身もしっかりと示されないまま使われるとあっては、モチベーションも下がるわけです。
我々市民にしてみても、病院は必要なものだからいくらかかってもしょうがないなどと悠長なことを言っている場合ではありません。


それにしても、行政が発信する情報と、市民が必要とする情報は、かならずしも一致しないものだと日ごろから所々で感じているわけですが、特に、今回の統合病院に関する情報は、発表当初から内容といいタイミングといい、チグハグしているような、そんな気がします。
まぁ、いろいろと水面下でこそこそとやってきたようなものですので、しょうがないと言えばしょうがないわけですが。


さて、本題にもどりましょう。
統合病院の建設事業費ですが、当初発表した資料では、総事業費は130億円でした。その内訳の中で、建物の積算が80億円(400床×@2000万円)となっていました。
今回、500床で200億円になる可能性もあるということですが、仮に1床あたりの単価が同じだとすれば、単純計算で見積もっても20億円の増加となります。
では、残る50億円は一体何に使われるのでしょうか?
建物のグレードを上げるつもりなのか、はたまた、当初の見込み誤りなのか、それとも、大学に言われるがまま費用のかかる最新鋭の医療機器を揃えないと手を引くよなんて言われちゃったのか···。
冗談はさておき、いずれにしても、はっきりとした説明はないままです。


そしてもう一つ、気がかりなことがあります。
それは、病院完成後の維持費の費用負担です。
現在の市民病院は年間20億円もの赤字が出ていたと記憶しています。
医師不足が原因とはいえ、今後、バラ色の計画で赤字から黒字に転換すればいいのですが、そんな保障はどこにもありません。
建設費の負担をどうするかを決めることも大事なことですが、将来どのような負担割合で病院事業を小野市と一緒に進めていくのか、そのことに関してもきっちりとした合意を今のうちから取りあわせておくことが、大事業を進める為政者の役目であると思うのですが。


(追記)
今回の記事、雑感日記で取り上げてきださいました。
さすがです。
説得力抜群です。
「無茶苦茶な計画?」
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by kkamoike | 2009-05-28 21:20 | 三木市政 | Comments(11)

アンケートと議会の審議

前回の続きです。
アンケート結果の捉え方は、人それぞれ異なるでしょうが、アンケートの実施にあたっては、対象者の選定方法などいろいろな面で偏りがないようにしなければなりません。
とりわけ質問の内容に偏りがないというのが大前提となります。


例えば、
「公共施設の無料化」について賛成か反対かを聞くとしましょう。
同じことを聞くのでも、設問の表現の仕方によって、その判断は異なってきます。

(設問1)
公共施設を全て無料化することに賛成ですか?反対ですか?
(設問2)
公共施設を全て無料化にした場合、他のサービスにしわ寄せが来たり、施設を使用する人、しない人との間に不公平感が生じるなどの問題が指摘されていますが、公共施設を全て無料化することに賛成ですか?反対ですか?

いかがですか?
当たり前の話ですが、(設問1)の内容なら、そのことによって生じるであろう不都合な点や問題点などに気づかなければ、だいたいの人は、賛成に「○」を入れるのではないでしょうか。
今回のアンケートで決定的に抜け落ちているのは、(設問2)で表現されているようなマイナス部分(=問題点)もひっくるめた事の詳細がありのままに説明されていないということです。


このように、正しい判断をする上で必要な情報を隠したままの状態で得られたアンケート結果が、はたして、本当に正しい「民意」といえるのかどうか···。
単なる市民の「願望」を「願望」のまま置き留めるのではなく、直面する現実の問題をきっちり伝え、その上で冷静な正しい選択をしてもらう。
そのようなプロセスを経て得られた結果こそ、本当の意味での「民意」だと私は思うのです。


そして、議会で審議すべきことは、このような欠点まみれのアンケートによる「賛成」、「反対」の割合の検証に終始することではなく、政策自体があらゆるケースにも耐え得る内容なのかどうかを徹底的に検証することだと思います。
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by kkamoike | 2009-05-22 19:33 | 三木市政 | Comments(8)

市長は議員という存在を貶めるな!議員は自らの活動で得た「民意」を信じ議決に反映すべし!

6月議会から、会派の構成が変わるそうです。
いろいろな思惑があってのことだと思いますが、政策の判断にあたっては、くれぐれも会派を優先するあまり自らの判断を歪めてしまうのではなく、最後まで自らの政治信念を貫く姿勢を見せていただきたいものです。会派や政党のつまらない面子にこだわった判断ではなく、冷静に「民意」をとらえ、議員一人一人の良識に基づいた行動を期待したいものです。


以前、当ブログに前回の議会で否決された案件に関する市民アンケートが実施されているとの情報をいただき、その内容をファイルで提供していただきました。
市長は何を勘違いしておられるのかわかりませんが、おそらく議会で認められなかった案件を市民アンケートを実施することによって、その結果を「民意」とみなし、その結果如何によっては、議会に無理やり承認させようという魂胆なのでしょう。
これは3月議会の閉会のあいさつの内容、そして、先日の広報みき5月号特集、シンポジウムのビラに書かれてある内容とアンケートの中身を比較しても明らかです。


しかし、アンケートの結果はあくまでアンケートの結果でしかありません。
なぜなら、議会制民主主義の下では、無作為のアンケートによって市の重要事項を議決するシステムはないからです。
もしそんなことがまかり通るのなら、議員など一人もいらないわけです。
この辺のことについては、もし市長の論法に異を唱えられない議員がいらっしゃるのなら、即、議員を辞職していただかなければなりません。


もう一つ、これは、以前にも当ブログで申し上げたことですが、議員の方たちは、提案された内容の是非を判断するためにあらゆる関係者や機関からの聞き取りや独自調査を行っているのです。
そこで得た情報量というのは、素人である私たち市民よりも圧倒的に多いのです。
それらの活動によって得た情報と、これまで蓄えた知識と経験に基づき、政策の本質や問題点、真の「民意」などがどこにあるのかを見極め、適切で、良識ある判断を下すことこそが議員の仕事であるはずです。
そして、我々市民は、それらの崇高な権限を持った議員を選挙で選び、わざわざ高い報酬を支払っているのです。


次回は、アンケートの結果の捉え方、議会で本来議論すべきことについて書いてみたいと思います。
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by kkamoike | 2009-05-21 22:45 | 三木市政 | Comments(0)

「未来」に対して責任を持つということ(続き)

前回の記事に対して、市民2様から多くのご意見、資料提供をいただきました。
rfuruya様からも「病院問題は、三木市の将来を大きく左右する大問題である」いうコメントもいただきましたが、この問題については、以前からもご自身のブログで事の本質に深く切り込んでおられます。
三木の市会議員の方に
民間移譲こそ最善の策

病院の統合が合意されるまでの間、三木市の地域医療がどういう状況になっているのか、将来の地域医療がどうあるべきか、その上でどう地域医療体制を構築していかなければならないのかなどについて、どれだけ市民を巻き込んだ真剣な議論がなされたのでしょうか。
市民2様がおっしゃるように、昔と今とでは、市民が市民病院に期待するものも、市民病院自体の役割も違ってきているのは間違いないと思います。
そして、医師不足をはじめとした公立病院が直面する厳しい状況は、三木市民病院だけに限ったことではなく、多くの公立病院にもあてはまることです。
さらに、統合病院が北播磨南部の拠点となるのであれば、三木市だけでなく、もっと広い見地から、広域の地域医療についての議論があってしかるべきではないかと思うのです。しかし、現実は、三木市も小野市もそのことについての具体的なことは触れず、沈黙を守ったままです。


生活圏の拡大や医療を取り巻く環境などが目まぐるしく変化しているにもかかわらず、導かれた結論は、三木市民病院と小野市民病院の統合という単純なスタイル、しかも神戸大学に丸投げともとれる他人任せの姿勢とあっては、結局、誰のための市民病院なのかと考えてしまいます。
まるで、『箱物は市で建ててください。あとはいいように使わせていただきます』
と言わんばかりの雰囲気を感じるのですが、このようなやり方と民間による病院経営と変わらない、いや場合によっては、民間のほうが自浄努力作用が働くだけましなんじゃないの?と私などは思ったりするのです。


三木市の場合、各地域に病院統合の説明にまわったと言っていますが、これも市民2様が指摘されるとおり、本来は、小野市との協議、交渉に入る前に行うのが、議員に対しても、市民に対しても筋であって、話し合べきう中身もまた統合を前提としたものではなく、先ずはこれからの地域医療を模索する場にする必要があったのだと思います。
統合を前提とした説明など、市民に対し説明をしたという既成事実を作るためだけのものでしかありません。


まぁ、いつもの姑息な手段、常套手段と言ってしまえばそれまでなのですが・・・
任期中に結果を出したいという「はやる気持ち」もわからないではないですが、やるからにはきちんとしたプロセス、合意を取り付けていただいてから進めていただきたいものです。
自作自演の「財政危機宣言」をだしにした、行き当たりばったりでこのような大事業を勝手に進められても将来の子どもたちにとってはいい迷惑なだけです。
なぜなら、計画性のなさと焦りから生じる様々な問題の後始末は、すべて未来の世代が尻拭いをしなければならないからです。
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by kkamoike | 2009-05-19 20:26 | 三木市政 | Comments(2)

R175が見て、聞いて、読んで感じたことを書き綴ります。
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