どうぶつのつぶや記

カテゴリ:三木市政( 122 )

病院問題を見つめ直す(その3 ~統合病院という選択~)

病院問題を見つめ直す
最後は、三木市が選んだ「統合病院」という選択肢について考えてみたいと思います。

1回目で取り上げた「医師不足の問題」、2回目に取り上げた「財源問題」、この2つの超難問を同時に解決する道は、「統合病院」しかない!
そう断言されたかどうかはわかりませんが、これまでの経緯の中で市民や市議会を巻き込んだ議論が全くといっていいほどなかったところを見ると、ほとんど、市長の独断で決まったといっても過言ではないでしょう。
政治家の仕事は決断することですから、それはそれでいいのかもしれませんが、十分な下地が整っていなかったり、しかるべきタイミングでなかったり、根本的な問題を先送りにしたままの状態での決断は、「無謀」としかいいようがありません。


以前より、「雑感日記」のrfuruyaさんが取り上げてこられたとおり
医師不足の問題、赤字の問題は、三木市に限ったことではなく、日本全体の構造問題であるはずなのですが、統合病院ができれば、全てバラ色に解決されると考えているところに大きな誤解があるのだと思います。
さらに、看過できないのは、先日の記事に対するコメントでピーマンさんが指摘されたとおり、『市長の政治生命にかけても···』という説明だけで事業に邁進したということ、さらには、現病院の赤字経営に至った原因などの検証や、構造的部分の改革に着手せぬまま、統合病院にシフトさえすればすべての問題は必然的に解決できるというような印象を市民に与え、十分な説明がほとんどされてこなかったという点です。


そこには、市民とともに今ある問題を共有し、良いことも悪いことも、便利になることも、我慢してもらわなければならないことも、みんなひっくるめて市民にぶつける中で、市民と一緒に三木市に真に必要な地域医療の体制、あり方とはどのようなものなのかをともに考える覚悟というものが見られない、それどころか、市民が抱える可能性のあるリスクには一切触れることなく、耳障りの良いことしか発信しない姿勢は、1年後に迫った市長選挙に照準を絞った下心があったと思われても仕方がありません。
本当に、「統合病院」という選択肢しかなかったのか···




①「医師の偏在が問題だといいますが、専門医は偏在させなければ力を発揮できません。専門医は都市の大病院に"偏在"させ、広範な症状を基本的に診ることができる総合医をあまねく地域に行き渡らせるべきです。それには、住民も専門医信仰、総合病院信仰を棄てなければなりません」
(兼古稔 北海道上富良野町立病院副院長のコメント)

②医師不足が現に生じていて、できる範囲の医療、「あれもこれも」ではなく「あれかこれか」に絞っていかなければ立ち行かないのに、国民全体がそのことを理解していません。その地域でどんな医療機関が求められているかを絞り込んでいかなければならないと思います。医療が進化していく中で、地域に合った、そして医療機関に合った医療提供の在り方というのがあると考えます。(伊関氏のコメント)




「統合病院しか選択の余地はない」という前に、もっと考えなければならなかったことがあったのではないか···。
伊関先生のコメントからそんなことを強く感じました。
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by kkamoike | 2009-08-17 22:28 | 三木市政

病院問題を見つめ直す(その2 ~自治体の財源問題~)

病院問題を見つめ直す 2回目は、『自治体の財源問題』を取り上げます。


当たり前のことですが、三木市民病院は三木市あっての病院なわけです。
市民病院を維持する前提には、三木市の健全財政の実現が必要不可欠です。
市の財政力と公立病院の診療レベルは間違いなく比例するものだからです。
診療レベルが高い病院があるにこしたことはないわけですが、逆に、市の財政力に見合った医療体制というものをきっちりと考えておかないと、たちまち市も病院も立ち行かなくなってしまうのだと思います。


ところで、三木市の「財政危機宣言」は、そもそも現在の市民病院の経営を維持することを目的に発せられたものだったわけですが、現在の悪化した経営に対するしっかりとした検証や具体的な構造改革に着手することもないまま、向こう5年間、真に必要な市民サービスを削ってまで、現状の病院体制を維持しようとするとんでもない宣言なのです。


これまで何度も言っていることですが、立派な病院があるにこしたことはありません。 しかし、行政の仕事は、病院オンリーではないのです。 また、財源(税金)をいくら注いでもいいというわけではないのです。
今、市が負担している状況を当たり前の水準だと思っているのではないですか?
はっきり言って、今の状況は、向こう5年間、今の病院経営を維持するためだけに、現行の市民サービスを提供するために必要なお金だけでなく、将来の子どもや孫たちのために残しておかなければならないお金までも食い尽くしていることと同じなのです。


どうも、市長も議員も、そのあたりの感覚が麻痺しているのではないでしょうか?
所詮、自分たちのお金ではないから、いくらでも際限なく、そして、医療という聖域をダシにして、市民に我慢を強いることで何とか経営がやりくりさえできれば、結果オーライぐらいの考えしか持っていないのではないかと感じずにはいられません。


前回の記事で、市民2さまからこんなコメントをいただきました。
私も全く同感です。
統合病院という簡単な答えを出す前に、今の経営状況の悪化を分析し、その上で、市の財政力、さらには地域の実情にあった医療体制の確立を目指す発想、その可能性について議論する機会がどうして持たれなかったのか、まったくもって、自分たちの責任を放棄しているとしか思えません。
私たち三木市民は、統合病院になっても赤字で多額の税金が必要となり、他の必要なサービスがどんどんどんどん削られることになるのではないかということを心配しているのです。




最後に、伊関氏のコメントから病院経営、自治体財政に関連したものをご紹介します。
① (病院経営には、自治体の)一般会計からの繰入金がありますが、自治体本体の財政も厳しく、支出には限界があります。資金の余裕はどんどんなくなっており、余裕がないことで、医療の質の維持のための再投資ができなくなる。再投資ができないから、競争に負ける。さらには現金を使い果たして一時借入金で借金生活。一度借金生活に入ると、どんどん借金が積み上がっていくことになります。北海道の夕張市総合病院では39億円の借り入れを抱えていました。借り入れも、企業債は地方交付税の裏付けもあるし、毎年の返済額が明確ですから、住宅ローンのようなものです。ところが、一時借入金は金融機関からいつ「一括で返せ」と言われてもおかしくない、ある意味消費者金融に近い性格です。ジリ貧になっていると返す余裕はなく、積み上がった一時借入金が、突然の病院の「死」を招くことになるのです。
⇒参考 2007年度の地方公営企業法の一時借入金ランキング (ちなみに三木市は全国で65番目)

② (2009年5月25日付の琉球新報の県立病院のあり方についての特集への寄稿より)沖縄県立6病院の財務状況は全国的に見ても最悪のレベルにある。2008年度の80億円の一時借入金については、総務省の病院特例債30億円(今後5年で返済することが予定されている「借金」である)と09年度から3年間一般会計からの繰入金を08年度の70億円から15億円上乗せした85億円とすることで解消される見込みであるという。
しかし、病院会計に現金がなく、借金の返済に追われている状況には変りはない。
高度·専門化した医療に対応するには、最新の医療機器や多くの医療スタッフなど投資を必要とする。
借金の返済を迫られているということは、新たな医療への投資の余力がないことを意味する。
必要な投資が行われないまま時間が経ち、病院の魅力が劣化することで優秀なスタッフや患者が離れ、経営が破綻した自治体病院は少なくない。
「本気」の県立病院の経営再建を進め、医療への安定した投資が行える体制を確立することが必要である。

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by kkamoike | 2009-08-15 18:24 | 三木市政

病院問題を見つめ直す(その1 ~医師不足の問題~)

元埼玉県庁職員で、自治体病院に勤務した経験を持つ伊関友伸さんは、自治体病院の経営問題に関して積極的な発言を続けてらっしゃいます。
「夕張問題」では市総合病院の病院経営アドバイザーなども務められていました。
あらゆる機会を通して感情論ではなく、熱い情熱と冷静な目で原因を掘り下げ、解決策を示しておられます。
そんな伊関氏が対談の席で発言されたコメントを参考にさせていただきながら、自治体病院を取り巻く問題点とこれからの地域医療のあり方を3回に分けて考えてみたいと思います。
1回目は、『医療制度改革に伴う医師不足を初めとした問題』を取り上げます。



まず、伊関氏のコメントをご覧ください。
①医療崩壊を起こさない、地域医療を守るという観点でみれば、総務省の公立病院改革ガイドラインは財政面に偏りすぎだ。3年をめどに収支を改善しろというのは、「もっと稼げ」、医師不足が深刻でも「入院ベッドを埋めろ」などということになり、医師のやる気をそいで退職させてしまう結果にもなりかねない。まず優先するべきは、地域医療を守ること。そのためには、医師不足の現状で医師が働きやすい環境をどうつくるのか。その議論を飛ばして、財政的な理由だけから病院を譲渡·廃止することになれば、混乱するだけだ。

②地域住民や議員にも、医師不足の原因の一端はあると考えています。公の病院ということで、好き勝手に振る舞う。軽症でも休日·夜間に受診するコンビニ救急がとても多いし、タクシー代わりに救急車を使う人もいます。飲酒して受診し、現場でトラブルになる事例も少なくないようです。こうした状況に対し、事なかれの行政は何も言えません。議員は、住民の代表として、住民に節度ある受診を訴えるべき立場にありますが、逆に特別扱いを要求したり、よく勉強をせず思い込みで「病院たたき」をする例も少なくありません。その結果、志のある医師ほど心が折れ、病院から立ち去ってしまう。そうした結果が、「医療崩壊」なんです。

③近年は首長選挙でも病院が争点になることが増えてきた。悪いことではないが、感情ではなく、きちんと議論がされるべきだ。政争の具にして首長や議員が口を出せば出すほど、医師がいなくなり地域医療は崩壊していく。

④すべての公立病院が厳しいわけではなく、医師が集まる病院と集まらない病院に二極化している。集まらない病院では残った人の負担が重くなってさらに辞めていくという悪循環になる。医師の待遇を改善し、やりがいのある態勢をいかにつくれるか。そこに地域がどう知恵を絞るかだ。




やはり、自治体病院が抱える問題の根底には、医療制度改革による影響、とりわけ「医師不足」の問題が大きく横たわっていることがよく見てとれます。
また、医師不足は単に、医師の数だけに起因するものではなく、医師を取り巻く全ての状況や環境とがセットになって、医師の疲弊を招いているのだとあらためて感じました。
したがって、医師不足の問題を改善していくには、ある病院単独の問題だけと捉えるのではなく、地域住民の理解や、他の医療機関との連携体制の構築など、ソフト面も含めたとろこをしっかりと議論していかないと、根本的な医師不足の問題解決にはならないのだと感じました。
私たち三木市民は、これらの問題をうやむやにしたまま(医療体制の見直しや再構築の確立をまたぬまま)で、新しい病院建設に着手したところで、また、病院から医師がいなくなるような事態にならないのかを心配しているのです。


最後に、ある番組で、伊関氏と対談された平井愛山 千葉県立東金病院院長のコメントを参考までに。
「もはや大学に頼ってみても地域の医療の再生はありません。地域に必要な医師を地域で育て上げることが必要です。それには、住民はもちろん、開業医や地域の薬剤師の協力が欠かせません。自(みずか)ら医師を育てる地域のみが医療を確保できる…これが医療再生のキーワードです」
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by kkamoike | 2009-08-14 21:19 | 三木市政

コンセプトを見失った市政運営

花火大会が休止に至ったのは、寂しい限りです。
やまかずさんのブログには、
花火大会の休止は、「日本一美しいまち」というコンセプトに反する決定に値すると指摘されていますが、私もまったくその通りだと思います。


市が関わる行事やイベントの中でも、「花火大会」ほど、子供からお年寄りまで幅広い世代から楽しみにされている行事は他にないのではないでしょうか。
家族や親戚と一緒に、友達同士で、恋人同士で、会社の同僚同士で···
花火の打ち上げだけにとどまらず、そこには、普段なかなか取りたくても取れない、ふれあいや交流が生まれる楽しさや喜びがあるからこそ、みんなが楽しみにしている行事の一つにあげられるのかもしれません。
そして、子供たちのはしゃぐ声、夏の夜の一時をのんびりみんなと一緒に過ごす贅沢···
そう、花火大会を通して生まれる効果は、まさに「日本一美しいまち」や「スローライフなまちづくり」という、今の総合計画にも謳われているスローガン、コンセプトに沿ったものであると思いますし、間違いなく三木や吉川を代表する夏の風物詩だと私は思うのです。
そういう意味でも、今回の休止は非常に残念でなりません。
花火大会が、単に財政難だから大会経費を節減するために休止を決定したというのであれば、あまりにも短絡的な考えなのではないかと思うわけです。
(そうでないと思いたいのですが、理由は「財政危機」に伴い···としか書かれていない)


私は、物事には良い面と悪い面、それぞれが背中合わせに同居しているということを頭に入れて判断することが大事だと思うのです。
経費を要するというマイナス面と、冒頭で述べたような、市民に楽しんでもらい明日への糧にしてもらったり、市民同士、三木市以外の人たちのとの交流を活発化させる効果があったり、三木市全体に観光客を呼び込み少しでも三木市にお金を落としてもらい、地域経済の活気を取り戻す効果があったりするなどのプラス面の両方を考慮した上での判断なのかどうか、そのあたりの検討が十分になされたのかどうか非常に気になります。


「財政危機宣言」を発したことに伴い、聖域なき歳出経費の見直しという強い想いがあるのはわからないではないですが、経費節減だけにとどまらず、様々な効果も見捨ててしまうことになってしまう可能性もあるということを十分に考える必要があるのではないでしょうか。
三木の政治家さんたちには、何でもかんでも無駄だからと一緒くたにするのではなく、このような柔軟な考えも是非持っていただき、子どもたちから夢を奪わない、血の通った、心のこもった政策判断をしていただきたいものです。
こういう判断を目の当たりにするにつけ、ますます、『私たちの税金をもっと有効に、大事に、よく考えて使ってくださいよ!』という想いが生まれてくるんですよね。


そんな中、住民たちの手で夏のふれあいまつりを盛り上げようという動きが広がっているということは、せめてもの救いですね。
この手作りのイベントが成功することを心から祈っています。応援します!
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by kkamoike | 2009-07-25 18:21 | 三木市政

市の経営者としての責任を放棄した市長と受け狙いの判断しかできない議員たち

6月市議会、職員給与の削減条例が共産党を除く賛成多数で可決されたそうです。
市長は、市民病院の長期貸付を行わなかった理由として、職員の給与費削減の目途が立たなかったためと恥ずかしげもなくおっしゃっていますが、本当に病院を何とか立て直したいしたいと思うのなら、削減案が継続審議になったからといって、すぐに経営改善への取組を自ら投げ出すようなことをするのではなく、削減が実現するまで何が何でもしのぐべきだったと思います。
さらに、削減がいつまでも実現しないのでは話になりませんので、経営者として、きちんと労使交渉の席で話を付ける努力が必要だったわけです。
しかし、残念ながら、今の市長には、危機的状況の中で本気で自分が管理する組織や人たちと真正面から向き合う気概も覚悟もなかったということです。


市長が市長なら議員も議員です。
給与費削減については、前回、労使間の合意がなされていないからという理由で継続審議に至ったと記憶しています。
今回、共産党の大眉議員さんのブログで紹介されている反対討論の全文によると、依然、合意がなされていないため共産党は反対という立場を取っておられます。
一方、前回の3月議会で継続審議にしておきながら、今回、賛成に回った議員の方たちからは、最終日に賛成討論すらなされなかったようです。
前回同様、労使間での合意がなされていないにもかかわらず、なぜ今回は賛成したのか、その説明責任がまったく果たせていません。
私からすれば、
「職員からの受けも大事だから一回ぐらい反対しとこか」、
「今回は、いつまでも反対していたら市民の受けが悪くなりそうだからそろそろ賛成しとこか」
というぐらいの判断だったとしか受け取れません。
これなら、最初から賛成している、「市長派議員」と揶揄されている方たちのほうが、判断の中身はともかく、まだ一貫性があるだけマシです。
なんだかんだ言って、皆さん、本当は「市長派」なんじゃないんですか?
ちょっと反対するポーズを見せているだけなんじゃないですか?
まさか独裁政治に陥りやすいオール与党体制なんてことないですよね?···


「前回反対して、なぜ今回賛成したのか」という一番大事な部分について、しっかりとした賛成討論もしないまま簡単に賛成に回るぐらいなら、最初から反対などせずに賛成しときなさいよと言いたいです。
それこそ、まさに時間とお金の無駄遣いのなにものでもありません。
そして、それが原因で、わずか数年後に統合に伴い廃止されることが決まっている現在の市民病院のために、本来、その必要のなかった外部監査費用まで支払わなければならなくなってしまい、自ら廃止、縮小などの決断すらできない市長の策略に、これいいことにまんまと乗せられてしまう始末です。


三木市が全国初の『財政危機宣言』が発せられたのもわかるような気がします。
市長さんも議員さんも一体何がしたいんですか?
三木の政治家さん、もっと市民のことを第一に考え、行動してくださいよ。
そしてお願いですから市民の税金を無駄にしないでください。
本当に危機意識持っておられますか?
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by kkamoike | 2009-06-27 00:01 | 三木市政

「市民が望んでいることだから」、「市民のためだと判断したから」・・・。 だから?

今回の6月議会の一般質問の内容は、FMで放送されていたものを家族に録音してもらい、気になる議員の質問のみ選んで聞きました。
三木市も、開かれた議会を目指すのであれば、
武雄市に倣い、議会のやり取りをYou Tube で流す試みでもされたらどうでしょうか?
そうすれば、昼間働いている私たちのような世代はもちろん、子どもからお年寄りまで、職業などを問わず、好きな時間に、聞きたい政治家の発言をチョイスして聞くこともできると思います。ぜひご検討をお願いします。


今回の議会もそうでしたが、本来、議論されなければならない内容がきちんと議論されない背景には、ある意味、議会の様子がオープンにされていない状況に、政治家、特に市長自身が胡坐をかいてしまっているからではないかとあらためて感じました。
私が胡坐をかいていると感じた部分を何点かピックアップしますと、
聞かれていることに対して、誠意を持って応えようとする気がない。
相手の言い分に耳を傾け、質問している相手を説得させる気がない。
自分の主張、言い分だけを繰り返し、述べるだけ。
自分に都合の悪い質問にはまともに答えない。
挙句の果てに、相手を馬鹿にしたことを平気で言う。などなど
そのような意味から、正直、中身のない一般質問であったと評価しています。


ところで、今回の議会で、繰り返し、市長が述べた「市民主権」という言葉に則った、
「市民が望んでいることだから」、「市民のためだと判断したから」・・・
という類の発言の数々、黒嶋さんのブログに掲載されている病院統合に関する市長の答弁にも随所に出てきますが、実は、これほど他人任せで無責任な発言はありません。
これらの言葉には、仮に事業が失敗した場合、「市民の皆さんが望んだことですからしょうがないですよ。」という言葉で片付けられてしまう、まさに裏返しの意味が含まれていることがおわかりにならないのでしょうか?
そこには、選挙で選ばれた市長という重責を担う覚悟や責任感といったものは全く見られません。
市長は「政治生命に賭けて」というような発言もされたようですが、一体、市長の考える「政治生命を賭ける」とは、何をどうすることなのか、機会があれば一度議員さんから尋ねられてはどうでしょうか。


また、仮に、為政者の中に、市民の希望に応えようとする気持ちがあったとしても、「市民が望んでいること」と「市民のためになること」は必ずしも一致するとは限りません。
市民の望み通りの政治が行われたからと言って、それで市民が幸せになるとは限らないのです。
小泉改革が良い例です。(刷り込まれたものであるにしても)それは間違いなく、国民の望みでしたが、今もなお、国民の生活は悪化を続けており、その負の遺産は小泉の後継者さえ苦しめる有様です。小泉内閣による医療制度改革などは、その最たるものといえるでしょう。
もっと身近なわかりやすい例でいえば、図書館などもそうです。
流行りの本をタダで手元に置きたい、そんな市民の望みに答える一方で、市民の需要に乏しい専門書を廃棄する傾向にある公立図書館が出てきているといいます。
そのような姿勢に何の疑いも抱かないとしたら、あまりにもバランスを欠いた政策判断ではないかと私などは考えるわけですが、それでもなお、目先の歓心を買うことを選び、流行りの本をタダで手元に置き続けることこそが「市民の目線に立った」運営だと居直ることも同じようなことだと思います。


政治家が政策を判断する際に「市民が望んでいるかのどうか」という客観的な判断はもちろん必要です。
しかし、単にそれだけをもって最終的な意思決定の要素にしてしまうこと、さらには、決断の理由を聞く相手に対して、そのようなことしか理由として述べない姿勢、述べられないのは、あまりにも無責任な態度であり、政治家としての責任を果たしていないばかりか、最終的に失敗したときの責任を免れるための逃げ道をあらかじめ作っているようなものなのです。
「市民が・・・」という理由では、説明責任を果たしているとは言えないということです。
肝心なのは、自分がどう判断して、決断したかということです。
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by kkamoike | 2009-06-12 19:23 | 三木市政

50億円が意味するもの

昨日紹介した資料によると、平成20年度の三木市民病院では単年度収支で毎年20億円程度の赤字が発生しており、市からの支援額は、10億円にも上ると書かれてありました。


まずこの数字がどれぐらいのものなのかを考えなければなりません。
我々市民からすれば、この20億円近くの赤字を埋めるため、これから毎年、10億円ものお金を市の会計から支援をしていくというのは、一体どれぐらいの水準なのでしょうか。
他の公立病院と比べて多いのか少ないのかといった判断基準を持ち合わせていないので、今ひとつピンときませんが、同じく、昨日紹介した質疑応答の資料によると、(県内の神戸市を除く公立病院への支援の平均に置き直した場合)三木市では6.5億円程度になるとか···。
三木市民病院が市から受け取っている支援の額は、他の公立病院に比べて1.5倍近い額になります。
これとは別に、現在の病院を維持するために向こう5年間でさらに50億円の歳出カットを実施しようとしています。
つまり、この50億円規模の歳出削減は、現在の市民病院を維持するために行われるものですから、見方によっては病院に対する間接的な支援とも受け取れるわけです。
この考え方からすれば、これから向こう5年間、病院に支援する額は、なんと毎年10億+10億=20億円もの金額になります。


5年間で延べ(20億円×5年)100億円···。
この100億円という数字も、我々市民にはピンと来ない数字ですが、三木市の1年間の税収が大体、110億円ということですから、その規模の大きさがお分かりいただけるかと思います。
繰り返しになりますが、他の公立病院と同じ割合に置き直した場合の支援額が三木市の場合6.5億円となるということですので、6.5億円×5年=32.5億円が5年間に必要だと仮定しましょう。
その額を、三木市が今後5年間に充てることになる100億円から差し引いても、なお、67.5億円ものお金が他の公立病院よりも余計に充てられる計算になります。
これって、どうなんでしょうか?

ちなみに、人口8万人とした場合の1人当たりの支援額は、5年間で、4万円(32.5億円/8万人)) ⇒ 12.5万円(100億円/8万人)となり、
5年間の市民1人当たりの税負担に占める病院支援の割合は、6%  ⇒ 18%にも上ります。
実に、私たちが納める税金の5分の1程度が病院の支援に充てられる計算になります。
さらに、1日あたりの支援額は、178万円(6.5億円/365日)  ⇒ 548万円(20億円/365日)となります。(およそ3倍)

こんな考え方はおかしいとおっしゃる方は、ご指摘をお願いします。話がややこしすぎて考えれば考えるほど頭がこんがらがってきています。イマイチ自信が持てませんので···。(笑)


それはともかく、病院を今すぐ廃止しろとまでは言いませんが、せめて、他の公立病院と同じぐらいの水準の支援で経営が維持できるよう、身の丈にあった状況に抑えるには、一刻も早い、抜本的な規模の縮小、見直しを図る必要があると考えるのですが、そのような動きはほとんど見えてきません。
rfuruya2さんもおっしゃっておられましたが、これでは行政の「怠慢」のなにものでもありません。


ただし、この「50億円」の根拠ですが、『財政危機宣言』を発した当時の市からの支援見込額は15億円であり、上記の6.5億円を差し引いた残りのおよそ10億円が基礎となっていると思われます。
しかし、最終的には平成20年度の支援は、最新の資料によると10億円だったようですので、この額から6.5億円を差し引くと3.5億円、多く見積もっても4億円に減るわけで、5年で20億円の歳出カットで賄えるという計算になるはずなのですが···
私には、この「50億円」という数字がどうも独り歩きしてしまっているような気がしてならなりません。
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by kkamoike | 2009-06-09 23:27 | 三木市政

飾れば飾るほど自分(真実)を見失う

「今、立ち向かう三木のまちづくり」と題した資料が三木市のホームページに出ています。



その資料の冒頭には、「なぜ、財政危機なのか」という項目があり、小さな字で「病院経営の悪化」と書かれてあります。
「財政危機宣言」を出した背景については、宣言を発した当時の質疑応答の文書にも詳しく書かれてありますが、そもそも病院経営の悪化に端を発した財政危機であったはずなのに、いつの間にやら、財源を捻出するための一手段として掲げていた職員の方たちの給与カットが、訳のわからない民間企業との比較資料によって浮き彫りにされた揚げ句、公務員の厚遇の適正化こそが、三木市の財政を建て直す上での改革の本丸かの如く取り上げられ、問題の本質が巧にすり替えています。
素直に、「病院を建て直すために、職員の給与をカットすることで、病院の赤字分を補填したいのです。必要額は、概算で給与費全体の7%になります。」とだけ言えばわかりやすいものを、何の根拠かもわからない資料を持ち出し、色んなことをあれこれ詮索し、余計なことまで持ち出そうとするもんだから、私のような素人にまで突っ込まれてしまう、つじつまの合わない説明になるのです。


オンブズマン三木さんが取り上げておられる「1、2行議員」の発端となった会見のコメントも同じです。
議員の方たちが本当に1、2行のことしか発言していないのであれば、「アンケートで書いた内容しか発言しておられません。」とだけ言えばすむことを、回りくどい言い方をするから、後あと言い訳がますます苦しくなるのです。
言ってることにつじつまがあわないのは、真実を隠そうとする意図があるからです。


『飾れば飾るほど自分(真実)を見失う』という言葉があるそうです。
飾りすぎて「まちづくり」における真実や改革の方向性だけは見失わないようにお願いしたいものです。



それにしても冒頭で紹介した「今、立ち向かう三木のまちづくり」、次期選挙用マニフェストのようにも見えるのは私だけでしょうか。
「三木」ではなく「私」の間違いなのでは?とも感じてしまいました。


追伸
今回の記事、「雑感日記」さんが別の角度からの分析の中で早速取り上げてくださいました。
冷静な判断に基づくご意見だと思います。
ぜひご覧ください。
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by kkamoike | 2009-06-08 21:59 | 三木市政

結果、三木は「若い世代」「子育て世代」にとって住みにくいまちだということです

今回、ようやく公表された市民アンケートの内容ですが、あらためて見ていますと、職員の給与カットの設問に付けられている「市内民間企業との給与水準の比較」などの資料について、いくつかの疑問点が湧いてきました。
今回はそのことから導き出された私なりの結論を記事として取り上げたいと思います。
念のため言っておきますが、私は職員の方たちの給与カットについて、頭ごなしに反対しているわけではありません。


アンケートに付された資料では、『市内民間企業を100とした場合、市職員の給与月額は120.1となります。』
(全体では20.1%市職員が高い)
(従業員51人規模以上の28事業所を対象として調査)
と書かれてあります。
まず、ここでいえることは、この資料の基となった積算根拠が一切オープンにされていないため、比較そのものに正当性があるといえるのかという点です。
以前にも、当ブログで取り上げましたが、一般的に官民の給与水準の比較として用いられるのは、民間がブルーカラーの現業職員や非常勤職員を含んだ平均給与であるのに対し、公務員はホワイトカラーの正規職員のみの平均給与だということです。
したがって、今回、比較に用いられた基礎データが、きちんと同じ条件の職種や雇用形態の従業員同士でなされているのかというのが一点目です。もう一つは、この比較には、双方の平均年齢の表記がないということです。
当然、平均年齢が高ければ、高いほど、貰う給与は官民問わず、高くなるというのは当たり前です。
以上の2点だけをピックアップしても今回の比較が本当に適正なデータに基づくものだったのかは疑問です。


さらに添付資料には、『45歳での平均給与月額の比較』が掲載されています。
これは、今回の7%カットの根拠となったデータだと思われますが、なぜ、この「45歳」のランクだけが取り上げられているのか、その説明が見当たりません。
それ以外の歳のランクもすべて7%の差があるのでしょうか?
そのあたりもこのアンケートからは見えてきません。
同じ条件で導き出された比較かどうかもわからない資料によって、全体で20%もの差があることを必要以上に強調し、さらに、たまたまある年代で出た7%という数値を持ち出し、(たまたま一番高い割合だったからなのか?カットしたい割合の7%がたまたま45歳のランクだったからなのか?)一律カットの根拠と言われても、説得力なさすぎです。


以前、三木市民さまからもコメントをいただきましたが、やはりこのご時世、給与カットはやむを得ないという意見も確かにあります。日本全体がそのような状況にあるということも否定しません。
しかし、だからといってこのようなデタラメな根拠(デタラメではないかと誤解を持たれたままの状態)でもってカットを推し進めるのは、「改革」とはいいません。
単なる「暴挙」です。
私は、このような部分を正し、はっきりさせてから結論を導き出すべきだと言っているのです。
本当に、定年前の人も、今年入社した新人も一律、7%(この数字の根拠自体もあいまいですが)でよいのですか?
本当にどの世代もこれだけの差があるのですか?と言いたいのです。
子どもたちが親の手を既に離れた世代と、これから家庭を持ち、子どもを産み育てようとする世代、同じ7%であっても、家計に及ぼす影響は大きな違いがあるはずです。
仮に全ての年代において同じ差が生じていたとしても、それを世代間で調整したりしてやるのが本来の姿だと思いますし、そのような仕組みをつくり、配慮してあげるのが、組織として、トップとしての役割、仕事だと思うのです。
自分のところで働いている若い世代や子育て世代の者に対し、何の配慮もできない組織やそこにいるトップが、いくら組織の外にいる我々市民に対し「三木市は子育て支援を充実させます」と言われても全く説得力がないんですけど···。


私は、立場的に大変な時期にある人たちを思いやる姿勢というのは、社会全体を見る場合も、自らの組織の中を見る場合も同じ目線でなければならないと思っています。
若い世代が安心して働くことができない職場(会社)の人間が、社会(マーケット)に存在する同じ条件の市民(顧客)を満足させ、安心させられるわけがありません。
企業における「顧客の気持ち(心)をつかむサービスマインド」とはそういうものが前提にあるのだと思っています。
企業の悪いところばかりを見習うのではなく、企業の良い部分ももっと見習い、取り入れる努力が官には必要だと思います。
このことは、給与という一つの問題にとどまらず、健康で生き生きとやり甲斐を持って、仲間と楽しく仕事ができる職場の環境づくりにも同じことが言えます。
楽しくない職場、安心して働けない職場から、夢が持てるまちづくりなどつくれるはずがないということです。
それは決して従業員を甘やかしたり、生ぬるい環境に身を置くというものとは違います。
まずサービスを提供する自分たちが楽しんで仕事に打ち込める状況でなければ、顧客を満足させ、楽しませることなどできないということです。
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by kkamoike | 2009-06-03 23:07 | 三木市政

拝啓、議員の皆様へ「いよいよ本来の6月議会がはじまります」

すでに6月議会は始まっています。
当ブログでもこれまで、この6月議会に照準を合わせて、気になる問題を記事として取り上げてきました。
病院統合の件もそうですが、その他に、私が今回の議会で懸念していたことは、前回の3月議会で継続審議や否決とされた議案に対する審議についてでした。
その理由は、皆さんも既におわかりだと思いますが、
偏った内容の市民アンケートによって集計された結果が「民意」とされてしまい、本当に市のため、市民のために有益な政策かどうかの議論が置き去りにされたまま、ゴリ押しされてしまうのではないかという心配からでした。


そんな中、
これまで私たちが主張してきたことと同じような論調の記事が、今朝の神戸新聞三木版で大きく取り上げられていました。
「公平性に疑問の声」議会反対の施策取り上げ市主張に手厚く(神戸新聞)
今年3月の三木市会で議会が反対し可決されなかった事業などについて同市が実施した市民アンケートの設問が、それぞれ市側の主張に10行前後を費やしているのに対し、議会の反対理由はわずか1、2行にされていたことが分かった。市側に有利な参考資料も付けており、専門家らも「公平性に欠ける」と疑問を投げかけている。



この新聞記事をうけてかどうかわかりませんが、市のホームページにはようやく、アンケートの様式、内容などがアップされました。
これまで、当ブログでもこのアンケートのことを取り上げてきましたが、市からの情報公開が一向にされないので、いつになったらアンケート様式がオープンにされるのかとやきもきしていたのですが、ようやく市が重い腰をあげたというか、あげざるを得ない状況に追いやられたというところでしょうか。
もし、神戸新聞が今回の記事を取り上げなければ、市民に対し、自分たちにとって都合の良い結果だけを公開するつもりだったのでしょうか?
しかし、本来、このようなアンケートの内容は、無作為抽出の一部の市民に実施したものとはいえ、税金を使って実施していることに違いないわけですから、等しく全市民が見られるようにしておくのが本来だと思います。
それをこの期に及んでようやくアップしたというのは、何かしらの意図があってのことと第三者から疑念を持たれてもしょうがありません。
いつもの「情報操作」といってしまえばそれまでなのですが···
このような愚かな市の対応はさておき、神戸新聞の姿勢については、こちらもようやく動き始めたかという印象はありますが、今回の件については、それらの評価を差し引いても、やはり、取材された記者のジャーナリズム魂というものを高く評価すべきだと感じました。
いずれにしても、神戸新聞のおかげで、ようやく議会が、本来の中立的な立場で、本来の取り上げるべき政策の中身について冷静かつ真剣な議論ができる環境が整えられたといえるのではないでしょうか。


拝啓、議員の皆様へ
いよいよ本来の6月議会がはじまります。
今回のアンケートは、議会の決定事項を平気で踏みにじる内容というだけではなく、善良な市民に対して行ったものとしては、背信行為ともとれる内容であったと私自身は感じています。
今回の議会の質疑において、このアンケート結果を持ち出す場合は、神戸新聞が主張されている問いかけ、多くの市民がおかしいと感じていることについて、議場という場できちんとわかりやすくアンケートの正当性、公平性について説明してからにしてください。
また、議員の中で、「○○チルドレン」などと称されている議員の皆様にお願いです。
皆様は、我々こそが改革派議員であり、現政権が推し進める方針と志を同じくしている市民派議員、いわゆる主流派であると自負しておられるのかもしれませんが、私からすれば、これほど政治家を馬鹿にした、議会を預かる議員として屈辱的な表現はないということをお伝えしておきましょう。
くれぐれもこれまでのように、通り一辺倒に市長を擁護するばかりの馬鹿な真似だけはせず、政策自体の「賛成」·「反対」はともかくとして、市民が感じている疑問や疑念に対しては、市に対して厳しく追求する姿勢で臨んでください。
そして何より、政治家として、議員として恥ずかしくない行動をお示しいただき、私たち市民をがっかりさせることがないようにお願いします。
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by kkamoike | 2009-06-02 20:59 | 三木市政