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どうぶつのつぶや記

カテゴリ:三木市政( 127 )

市議会との連携

昨日は、仲田市長の所信表明があるということだったので、久しぶりに市議会の内容を聞きました

仲田市長が選挙で掲げられた三木市の課題とその対応策を基本に、堅実な市政運営を目指していきたいという決意が感じられる素晴らしい所信表明演説でした

また、新しく2名の副市長も決まりました
幹部慰労会の問題という前市長の残した問題が未だ解決に至っていない状況下ではありますが、現時点での一定の体制が整いました

そんな中、さぁこれからという矢先に水をさされる新たな事件が勃発しました
それは、この議会でもう1つ審議された百条委員会に関する審議の中での出来事です

三木新党のK議員が賛成討論の中で、あろうことか、不正アクセスに関わった職員の所属とイニシャルを述べられたのです
私は、一瞬、耳を疑いましたが、他の議員からヤジは飛んでいたものの、動議もなく、そのまま議会は終了しました

私が疑問に感じたのは、次の3点です
①何故、この議員は所属とイニシャルを知っているのか?どこから情報を入手したのか?
②イニシャルとは言え、限られた組織の中では、個人が特定されかねません、このことは、個人情報の漏洩にあたらないのか?
③他の議員が誰一人として、この発言内容を問題として捉え、議会人として対処しようと行動を起こさなかったのはなぜか?

議会という神聖な場で、問題発言を問題発言と認識せず、発言する議員
また、問題発言があっても、それをおかしいと言わない?言えない?議員の方達

百条委員会では、議会で虚偽答弁をした職員も事情を聞かれると思われますが、追求するこの方達の今回の問題発言に対する意識、行動、対応を見る限り、本当に百条委員会が正しく、適切に機能するのかどうか、甚だ疑問です
そもそも、このような方達に追求できる資格があるのかどうか

奇しくも、仲田市長の所信表明では、市議会との連携を一番のポイントに挙げられていたと受け取りましたが、肝心の市議会がこの程度のレベルでは、いやはやなんとも心許ないと言わざるを得ません

くれぐれも仲田市政の足を引っ張るようなことだけはないようによろしくお願いします

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by kkamoike | 2017-08-04 05:34 | 三木市政 | Comments(0)

拙速よりも堅実

選挙後に早々に打ち出したごみ処理民営化見直しの発表から、今度は、大型集客施設計画の見直し検討会設立の記事が神戸新聞に掲載されています

前市長が「三木市の命運がかかっている」と訴えたこの二大プロジェクト
選挙公約であったとはいえ、この時期に市長として見直しの方針を打ち出したことは、一定評価できるのではないでしょうか
何よりも、すでに決まっているかのごとく情報発信してしまい、既成事実を作るといった姑息なやり方でないのがいいと思っています。
そこには、可能な限り、最高責任者として、説明責任を果たし、市民の期待に応えようという決意が伺えます

私が感じるのは、一人、大海原を航海するよりも、オーソドックスではありますが、互いに知恵や意見を出し合いながら山積する課題に取り組んでいく、
そして、市民目線での優先順位をきっちりと判断しながら必要な情報を適切なタイミングで発信する、
その上で意思決定していくという堅実なやり方のほうが、市民の市長に対する信用度は確実に増すと思っています
これらのオープンな場できっちりと議論し、決定していく動きは、前市長とは全く異なるアプローチです

結論を出すまでのプロセスは、案件が案件なだけに、決して矢継ぎ早とはいかず、かなりの時間がかかることが予想されますが、拙速で取り返しがつかない結果を招くよりはよっぽどましではないかと思っています

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by kkamoike | 2017-07-26 21:23 | 三木市政 | Comments(0)

三木市職員、これからの三木 雑感

「10年間自分で考えたらだめな組織だったので、職員が育っていません。」
これは、あるフェイスブックで、三木市政を取り上げた記事に対するコメントです

仮に、三木市が、そのような組織であったなら、志を高く持ち、公務員の仕事に懸命に取り組んでこられた方たちにとっては、さぞかし、やりきれない、そして苦しい10年間だったのではないでしょうか?

一方で、「いつか夜は明ける」と信じ、腐らずに、その瞬間を夢見て、懸命に耐え、目の前の仕事と真剣に向き合ってきた方たちもいるはずです
今の三木市にもそんな方たちが必ずいると信じています


子どもの教育を語る時などに、よく言われる、「自由」と「規律」

「規律」は、好き勝手なことができず、窮屈という印象がありますが、一方で、自分で考えなくても、上からの命令どおりに従っていれば、責任はとらなくてもいい場合があることを考えれば、ある意味、楽です

しかしながら、「自由」は、一見、楽に見えるけれども、自分で責任を持って考え、行動することが求められるので、厳しく、しんどい面があります

職員の方たちにとっては、これから、今まで以上にやり甲斐を持って仕事に取り組めるという反面、今まで経験したことのない、
もしかしたら、全国のどの自治体職員も経験したことのないような大きな壁、これまでの困難とは全く次元の違う困難にぶち当たることになるかもしれません

そんな時は、ぜひ、仲田市長とともに、その困難な状況から「自分たちの手で、この組織を蘇らせるんだ」という気概を持って、頑張っていただきたいです
そして、冒頭のようなコメントの予想を裏切るような活躍を期待しています

私たち三木市民も、頑張る職員の方たちを温かい目で見守り、応援し、市と協力しながら、この三木を今まで以上に魅力あるまちにしていけたらいいなと思っています

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by kkamoike | 2017-07-14 21:39 | 三木市政 | Comments(0)

買い物とは、どんな社会に一票を投じるかということ

「買い物とは、どんな社会に一票を投じるかということ」
これは、あるフェアトレードの店舗で目にしたキャッチフレーズです。

選挙で、候補者を選ぶという行為は、ある意味、「まちづくり」、もう少し違う視点でいうと「社会のあり方」を選択するという、非常に大きな買い物であるといえます。

私たちは、その一票で、「まち」や「社会」を選択できる権利、自分の意見が言える権利を得ることが出来ます。
そして、最終的には、良い意味でも、悪い意味でも、その買い物で得た恩恵は、さまざまな形で、このまちに住む私たちや、将来このまちに住む人たちに還元されることになります。

2017年7月2日
あなたは、どんな「まち」や「社会」に向け、一票を投じますか?


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by kkamoike | 2017-06-21 19:20 | 三木市政 | Comments(0)

三木に、今一番必要なこと、それは、

「生き残りをかけた」とか、「命運をかけた」とか、
社会がものすごいスピードでどんどん変わり、先の見通しが立てにくい時代であることをみんなが実感している中で、そのようなことを必要以上に強調したり、煽ったりすることに、何の意図や狙いがあるのだろうか。

大事なのは、リーダーが常に待ったなしの状況であることを前提として、どういう方向性を打ち出すか、三木のカラーを創り上げていくのかだと思います。
そのためにも、三木に、今一番必要なこと、それは、失われた信頼の回復、そして自信と誇りを取り戻すことではないでしょうか。

まずは、三木に住む人や自然、恵まれた様々な施設やサービス、それら一つにひとつに磨きをかけていくことで、新生三木のイメージを市の内外に示し、三木の果たすべき役割を一つひとつ確実に、実直にこなしていく姿勢、そして何より、どの様な局面においても「誠実」であり続けることではないかと思います。

それは非常に困難で険しい道のりかもしれません。
しかし、子どもたちに伝統ある三木の素晴らしさを継承し、子どもたちに胸を張って自慢してもらえるふるさとを創り上げていくためにも、今こそ、三木市民が持ち合わせている先見性と心意気を一つのベクトルに合わせていくことこそが、私たち大人に課せられた使命ではないかと思います。


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by kkamoike | 2017-06-19 06:10 | 三木市政 | Comments(0)

政治家失格

「議員報酬の削減」という議会自らの提案が否決されたそうです。
この事態に、それぞれのブログで意見が述べられています。

私は、これまでも市長の報酬カットや職員の給与カットがなされた際に、これらの取組は「改革」とは言わないと繰り返し述べてきました。
最後まで手をつけてはいけないはずの部分でありながら、このようなところに真っ先に手をつけることは誰にでもできることであって、最低で最悪の経営でしかないと批判し続けてきました。
三木市が常に模範としている小野市の市長は
「いくら苦しくても労働の対価としての報酬には最後まで手をつけない、あらゆる手段を尽くして経営の健全化をめざすことが本当の経営者のあるべき姿である」
というようなことを某全国区のビジネス雑誌で語っておられたと記憶しています。
別に小野市長が特別な存在なのではなく、このような考え方を持っておられる経営者、実際に苦しい状況の中でも実践しているトップの方は官民問わずたくさんいらっしゃいます。

しかしながら、三木市においては、市長の報酬カットのパフォーマンスを皮切りに、職員の給与カット、さらには議員の報酬カットがなされてきたわけです。
そこに至った経緯は、私たち市民にはわかりません。
その取組自体が良いのか悪いのかは別として、少なくとも大義名分としては『市民サービスを低下させない』ための苦肉の策であったと考えたいのです。
そのような取組であったとするならば、いかなる理由があるにせよ、市民をも巻き込んだ三木市全体で特別な取組をしている真っ只中に、議員だけが報酬カットを免れることはあってはならないと思うのです。

すなわちカットを取りやめた時点で、この取組の大義名分はなくなり、単なる弱いものいじめ(手っ取り早くカットできる者からカットするという意味)の取組に成り下がってしまいます。
今回の議員報酬カットの取りやめは、そのような邪まな考え方を結果的に露呈したことになると考えます。

また、泉議員がご自身のブログで述べておられたカットに反対する理由の一つに「報酬カットが本当の議会改革ではなく、議員自らが政策を立案する集団に変革していくことが本当の改革である」というようなことを挙げておられますが、では、市長や職員はカットしたままでいいということでしょうか?

私たち市民は、議員だけでなく、市長にも職員にももっともっと良い働きをしてもらいたいと願っているのです。
特に、市長には、報酬カットというくだらないパフォーマンスは一刻も早くやめていただき、まともな市政運営をすることに力を注いでもらいたいと思っているほどです。 カットしているからこれほどまでにくだらない施策しか考えられない、また、まっとうな施策を考える必要はないと開き直っているのではないかとも思えてしまうほどですから。

いずれにしても、カットに反対した議員の方たちに言いたいのは、自分たちの都合のいいように市民の声を解釈されては困るということです。
そして何より政治の大義名分を忘れてしまっては「政治家失格」だということです。
どのような経緯があったにせよ、また、いろいろとそれらしい理屈を並べてみたところで、過去にみんなで報酬や給与をカットして市の健全財政に寄与しようと一旦は議会でも承認をして取り組んできたことなのですから、カットを戻したいのであれば、先ずは、これまで市民から批判され続けてきた議員の働きを改め、実際に目に見える形で表現し、それを市民に評価してもらってからカットを取りやめるのが世間一般の常識、筋ではないかと思うのです。
今はまだ、残念ですが、とても報酬に見合う仕事をされていると評価できるレベルではありません。
それに、お金が伴わなくてもできることはたくさんあるはずです。

「政治家失格」という烙印を押される前に、自分たちの主張を正当化するだけではなく、市民の目線にたった議論から始めるべきでしょう。
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by kkamoike | 2011-06-29 21:16 | 三木市政 | Comments(9)

市会議員に期待すること

前回の記事に対し、もて木さんからコメントをいただきました。
もて木議員をはじめ多くの議員の皆さまへのエールの意味も込め、コメントに対するお返事を書かせていただきます。



もて木さま
偉そうなことばかり言って申し訳ありません。
しかし、市長のやり方の善し悪しは別にして、既に、議会への提案という形で表舞台(土俵)にあがってきてしまっているというのは紛れも無い事実です。
私自身も、今回の市長のやり方には納得していませんし、もて木さんや大西さんをはじめ、この問題について質問した議員の方たちは自らの保身のために意見を述べられたとは思っておりません。
しかし政治は結果が全てだと思います。
議会という、ある意味、市民にオープンにされる数少ない議論の場で、いかに結果を残し、世論を導いていくか、まさに『真剣勝負』の場なのだと思います。
そういう意味からも、私は、経験の浅い議員も、経験の豊富な議員も関係なく、この議会という政治家として最高のパフォーマンスを発揮しなければならない場で死に物狂いの姿勢で議論を交わすくらいの熱気というものを市民に伝えていただきたいのです。
議員の皆様のこれからの益々のご活躍を陰ながら応援しています。
がんばってください。
一市民より
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by kkamoiKe | 2010-03-13 09:58 | 三木市政 | Comments(1)

市民のレベル以上の政治家は生まれない

この間の三条市長日記を読んでいて、ふと目に止まったものの中にこんな記述がありました。
『さて、今日から、三条市議会では、一般質問が始まりました。将来のまちの方向感、教育、福祉、財政などなど、各般にわたってのご指摘をいただきましたが、圧巻は、今期限りで引退を表明されている某議員さん。通算90回以上続けてきた一般質問の総仕上げということもあり、大変〝格調高い〟ご指摘を繰り広げられていらっしゃいました。これまでの長きにわたって、三条市政に叱咤激励をいただき、ありがとうございました。』


一見、この何気ない文章の中に、色々な意味で、大事なことが表れていると感じました。
『相手に対する敬意』
『市政に対する情熱』
『政治家としてのこだわり』など···
これらのどれが欠けても自由闊達な議論が展開される議会にはなり得ないのだと感じました。


翻って、今の三木市議会はどうでしょうか?
rfuruyaさんは、先日、傍聴された際の感想をこのように述べておられます。
市長の『不遜』な態度などは全くもって論外ですが、私は議員が行う一般質問に何が欠けているのかが、今回の三条市長日記の記事を読んでようやく見えてきたような気がします。
簡単に表現すれば、発言そのものに「魂が込められていない」ということです。
政治家としての信条を熱く語る部分がもっともっとあってしかるべきだと思います。
内容はもちろん、言い方も含めて···。


自分がわからないことを聞いて、「ハイ、わかりました」だけで終わってしまうのではなく、例えば、今回の議員定数の削減に関する審議にしても、質問した議員は結局、①どういう部分が納得がいかないのか
②方法論はともかく削減することには賛成なのか反対なのか
③では自分はどういう方向に進めるべきだと考えているのか
など、少なくとも、聞いている多くの市民は議員がどうしたいと思っているのかがほとんど見えてこなかったのではないかと思います。
しっかりとした自分なりの主張、代替案を持った上で、その理念や方針を熱く語った上で、相手の主張に切り込むことをしていかないと、説得力も、迫力も全く見られない、心を揺さぶることのない、ただの一般質疑になってしまうのがオチなのだと思います。
残念ながら、今回の議会一般質疑全般にわたり、唯一つ印象に残ったのは、「単に自分達の都合だけで定数削減に反対しているのではないか」という疑念だけでした。


三木の議会が本当の意味で機能しはじめるのは一体いつになるのでしょうか。
『議会での議論のレベルが、政治家のレベル、ひいては市民のレベルそのものである』
と断言するのは言い過ぎではないような気がします。
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by kkamoiKe | 2010-03-12 19:55 | 三木市政 | Comments(1)

篠山市の「市政執行方針」

議会において当初予算が審議されるこの時期、どこの市も「施政方針」が発表されます。
この「施政方針」は新年度に向けてどんなまちづくりをめざし、どんな取り組みをしていこうとしているのかをまとめたものだといえます。
どこの市でも同じような課題を抱えているとはいうものの、この手の「方針」は、作り手の考え方次第でいくらでもオリジナリティ溢れるものにもなるでしょうし、他の市と何ら代わり映えのないものになる可能性もあるのだといえます。
県下の主要な市の「方針」を見比べてみましたが、三木市がどうこうというよりも、どこの市も全般的に「方針」の中で自分の市の特徴をどう生かしていくのか、生かしていこうとしているのかといった部分がもう一つ見えにくい、わかりにくいように感じました。


そんな中、個人的に「これはおもしろそう!非常にわかりやすい!」と感じたのが篠山市の「市政執行方針」です。
興味のある方はぜひご覧ください。
中身はもちろん篠山独自のカラーがちりばめられていて大変興味深かったのですが、「方針」全体の構成といいますか、組み立てについても素人にもわかりやすいようにまとめられていると感じました。
また、抽象的な表現はあまり用いずに、できるだけ具体的な取組事例を用いることで、市民にとっても身近に感じられる内容になっているのではないかと感じました。
何本かの柱が具体的にしっかりと示されていること、そしてそれに応える個々の政策からは篠山のオリジナル感が伝わってくるようで、これこそが篠山市のまちづくりの真髄だといわんばかりの強いメッセージを感じ取ることができました。
たかが「方針」、されど「方針」です。
あなどってはいけません。


大事なのは、「方針」の内容を市民にどう訴えかけ、まちづくりに関心を持ってもらうかということではないでしょうか。
そのためにも、「方針」は市民の興味や関心を呼び起こすきっかけになるものでなければならないでしょうし、実際に市民がまちづくりに参加するときの自分の立ち位置、これからの行動を考える上での道しるべ(方向性を示すもの)でなければならないと思うのです。
さらに、議会で審議し、まちづくりの議論を深めていく上でもこの「方針」が基本になるわけです。
これをおろそかにしていては、議論は上手く噛み合わないでしょうし、ちぐはぐな議論になるばかりか、効率の悪い議論となってしまうのではないかと思います。
もう少し細かいところに踏み込んで考えてみると、この部分があいまいなまま、何がしたいのかわかりにくい状態のままだと、市の取り組みを内外にPRしていく上での情報戦略においてもちぐはぐな状態となり、とてもじやないですが、インパクトのある情報発信は期待できないようにも思います。
逆に、篠山市のようにわかりやすく体系立てていると情報戦略が立てやすくなるように思います。


ところで、今回の三木市議会でも審議が予定されている「議員削減」ですが、この問題は、何らかの形でいつかは決着をつけないといけない問題だと私も思っていますが、削減さえすれば万事、問題は解決するのだという過信は禁物です。
削減の議論ばかりに熱心になるのではなく、削減も議会改革の一つの項目であるととらえるのなら、議論の質を高めていくための根本的な改革にもこの際、真剣に考え、全力で取り組んでいくべきではないかと思います。
経費を節減するという観点からの「改革」しか頭にないから、このような中身のない薄っぺらい議論になるのだと思います。
もっと市民レベルでも、市役所レベルでも、議会レベルでも、様々なステージで、議論の質を上げていくことについて真剣に考えるべき時期が来ているのだと思います。
そんな時だからこそ、メッセージ性のある、オリジナリティ溢れる「施政方針」の提示が求められているのだと思います。
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by kkamoiKe | 2010-03-04 20:35 | 三木市政 | Comments(14)

議員定数削減問題と三木のまちづくり

議員定数の削減について反対しているわけではないのですが、この議論の切り口の一つとして、今の議員の存在、活動が見えないから、「定数を減らしてもよい」という発想はおかしいような気がします。
例えば、全ての議員が有能な人であり、市民のために一生懸命活動できる人たちばかりであったなら、私は定数「20」でも多いとは思いませんし、支払う報酬についても決して高いと思わないでしょう。
議員の能力や活動が不十分だということと、定数が多いから少なくするということは分けて考えるべき問題だと思っています。


そして、若い有能な人たちが議員という政治家を志し、議員という職業で生活が成り立っていくような環境を長期的な展望にたって整備するにはどうすればよいか···
本来、定数適正化を含めた議会改革の議論は、そんな観点からも行われるべきだと思っています。
「削減」ありきの改革、「削減」しか能のない改革は、もう時代遅れなのだと思っています。
若い世代に魅力あるまちづくりを真剣に考えるのであれば、若い有能な政治家をたくさん輩出できる環境づくりをまずは真剣に考えることが必要ではないでしょうか。
高齢者の割合が多い、将来に明るい展望を見い出しにくい三木市の厳しい現状があるからこそ、単に定数削減に賛成、反対という単純な議論だけに終始するのでなく、斬新な発想にもとづく冷静な議論が、今こそ望まれているのだと思います。
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by kkamoike | 2010-01-20 21:14 | 三木市政 | Comments(6)

R175が見て、聞いて、読んで感じたことを書き綴ります。
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