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どうぶつのつぶや記

カテゴリ:心に留めておきたい言葉( 21 )

土井善晴さんのこと

料理研究家 土井善晴さんが書かれた
『一汁一菜でよいという提案』という本
この本を書いた経緯、想いなどについて土井さんご自身が語るラジオ番組がありました

こんな言い方は失礼にあたるかもしれませんが、普段、テレビに出演されている印象は非常にざっくばらんで、少しトボけた印象があったのですが(ごめんなさい、あえて演出をされているのでしょうが、、、)、ラジオでのお話は、料理人、料理研究家として、豊富な知識と経験を踏まえ、専門的な内容も盛り込まれるも、素人にもわかりやすく、聞く人の想像力を存分に掻き立てる内容のお話で、説得力もあり、あっという間に引き込まれてしまいました

お話の中では、
土井さんの料理人、料理研究家になるまでの幼少期から修行、料理学校で生徒に教えられた経験などのエピソードもあわせて紹介されました。
そのエピソードの中で私が一番印象に残った部分をまずはご紹介します

一人前の料理人を目指して自分の腕を磨いたらよたかった修行時代から、
料理学校に勤めた時代では、教える側に立つ者が、料理の基本を生徒や後輩、弟子に受け継ぐためには、修行時代よりもさらに知識や技術を磨く、さらには人間性を磨くことが、自分のためだけでなく、教える生徒や後輩のために必要だと強く認識させられたというお話です

土井さんが育った時代に当たり前だった「技は見て盗め」とか、「背中を見て学べ」という技術伝承のやり方も、今は自分も相手も納得させることが求められる時代になったこと
だから、自分が納得できないことは、納得するまでとことん聞く
たとえ相手に嫌われたとしても
その分、昔と比べると、ある意味、割りが合わない部分もあるし、しんどい思いをしていると感じる時代になったけれども、そのことと向き合わないとこれからの時代は、技術の伝承はやっていけないと思うと述べられていました

土井さんの優しくあったかい関西弁の効果もあり、それでいて芯のあるしっかりとした考え、さらには、時代に求められる厳しさをも自分の使命として受け入れて、次代につないで行こうとされているまっすぐな姿勢に胸が熱くなりました


そして、お話は、「一汁一菜」の本の話へと続いていきます

料理、家事もひとつの仕事
家庭で料理を作る多くの人は、家族の期待に応えなければという、ある種の脅迫観念に駆られ、困っているのが現実

この「一汁一菜」を実践することで、
料理を作る人も、いただく人も、
誰もが幸せになるというお話でした


ある種の脅迫観念から解放される、
料理を作るというプレッシャーが解かれる、
肩の荷がおりる、
余裕が生まれる、
などにより、
料理を責任感や強制からではなく、
自分がほんとうにやりたい料理を作ってみようという気持ちが湧き上がるようになる
と言います

その上で、土井さんは、こんな風におっしゃっています

『料理ってやっぱり「作りたい」とか「食べさせてあげたい」とか、「自分が食べたい」とか、そういうことですから。
そんなふうにして、わたしは、みんなの料理を本来の意味に戻したいんです。』

そして

『一汁一菜というのは、毎日食べ続けても絶対飽きないんです。
それはそれで、体にしみるくらいおいしいんです。
だから、ごはんがこんなにおいしい。
味噌汁がこんなにおいしい。
毎日そんなふうに食事をたのしめる。
さらに汁の具を変えれば、際限なく違うものを作り続けられる。
それが毎日続けば、家族も変に期待しないですし、さらにそのときサンマがあれば、子供たちもみんな「今日はサンマがついてるぞ!」って自分で発見するわけじゃないですか。
いま、時間をかけてごちそうを作っても、誰も気づかないわけでしょう?
でも一汁一菜が基本になると、作り手も、食べる側の喜ぶ顔が見えるんです。』


あらためて基本を見つめ直すことで、
新しい発見が生まれ、
そこから派生して新たな創造へと発展していく
料理を極めた人だからこそ辿りつく境地なのかもしれませんね

そして、やっぱり、心や生活に余裕がないと、なかなかみんなを楽しませる、巻き込めるような仕掛けのある創造やアイデアには発展しないということでしょうか


今、社会的な課題となっている「働き方改革」や「顧客サービスのあり方」、もっと大きな視点で言えば「企業理念」だとか、また、部下への動機付けや職場環境をよくしていくことにおいても、何かヒントになるような、根本の部分で繋がっているような、そんな奥深いお話ではないかと感じました

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by kkamoike | 2017-07-20 18:27 | 心に留めておきたい言葉 | Comments(0)

組織は人なり

http://agora-web.jp/archives/2025741.html
BLOG:北尾吉孝日記の記事には、

「知識の欠如」
「実行力の欠如」
「戦略の欠如」
が紹介されています。

「知識があるからこそ色々な問題が判断できるのであって、知識が無ければ戦略を策定するところまで行かず、知識を発展させ実行力を伴う見識を持つこと即ち知識を胆識に高めることも出来ず、故に企業が成長することはないでしょう。」

と結論づけられています。

知識がないと判断を誤り、誤った判断のもとに立てた戦略での物事は失敗に終わってしまう
すべては、「人」次第ということですね

また、
「人」を生かすのも「人」、殺すのも「人」
経営者の考え方、資質、生き方次第で、人、組織、戦略は、大きく変わっていきます

もう一つ、
松下幸之助氏の言葉も書き留めておきます。


「事業は人なり」と言われるが、これは全くその通りである。
どんな経営でも適切な人を得てはじめて発展していくものである。いかに立派な歴史、伝統を持つ企業でも、その伝統を正しく受けついでいく人を得なければ、だんだんに衰微していってしまう。
経営の組織とか手法とかももちろん大切であるが、それを生かすのはやはり人である。
どんなに完備した組織をつくり、新しい手法を導入してみても、それを生かす人を得なければ、成果も上がらず、したがって企業の使命も果たしていくことができない。
企業が社会に貢献しつつ、みずからも隆々と発展していけるかどうかは、一にかかって人にあるとも言える。

「松下幸之助[一日一話] 6月21日 事業は人なり」から抜粋・引用

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by kkamoike | 2017-07-13 20:51 | 心に留めておきたい言葉 | Comments(0)

すべてに通じる原点、ですよね

事業の原点は、
どうしたら
売れるか
ではなくて、
どうしたら
喜んでもらえるか
である。


松下幸之助
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by kkamoike | 2011-08-04 21:08 | 心に留めておきたい言葉 | Comments(0)

信頼しあえるまちづくり

信頼関係は自分自身の心の反映だ。
たとえ、自分が損をしたとしても、人を信じていく。
その中でしか、信頼関係は生まれない。
信頼とは、外に求めるのではなく、自ら心の内に求めるべきものなのだ。

稲盛和夫氏の言葉より


それぞれの間に信頼関係が生まれることで三木市がどれだけの変革を遂げることができるのか。
三木が変革できるかどうかの最大のキーは、お互いの信頼関係にあるのではないでしょうか。
信じるということはお互いを尊重し合い、支え合うことでもあります。


新しいリーダーが生まれる今年、誰が選ばれようとも、選ばれた人も、我々市民一人一人も冒頭の言葉を胸に刻みながら、ともにまちづくりを進めていく。
そんなみんなが主役の市政が実現すればいいですね。


突き詰めていけば、お互いの信頼関係がないところに、市民が主役のまちづくりの実現はないということなのでしょうね。

三木市にとって、そしてみなさんにとって素晴らしい一年となりますように···。
本年もよろしくお願いします。
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by kkamoike | 2010-01-01 12:32 | 心に留めておきたい言葉 | Comments(0)

Think globally, act locally

「Think globally, act locally」
おなじみの言葉ですが、いろいろな解釈がされているようです。


「世界規模でものを考え、身近な地域で活動しなさい。」
「地球全体の問題を解決するにあたって、自分たちの生活から直していこう。」
「視野は広く、行動は具体的に。」
「大きな問題を解決するには、普段の行ないから。」など


今回、三木市が「子育て応援特別手当」の単独支給を発表した際の
資料記者会見の中で、市長が口にしている「地域主権」という言葉と、これまでの市長による市政運営の舵取りの内容を振り返った時、ふとこの言葉を思い出しました。


「地域主権」の実現に向けて、自分の市が抱える課題をしっかりと見据え、その課題を解決するために必要な政策を、限られた財源の中で進めて行く。
「地域主権」という崇高なテーマに対する、自分の考え方をしっかりと持った上で、
まずは地に足をつけた取組を一つずつクリアしていき、地域住民との信頼関係を築いていく。
このことこそが、「地域主権」を実現していくための第一歩になるのだと思います。
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by kkamoike | 2009-10-18 17:54 | 心に留めておきたい言葉 | Comments(2)

「この程度の国民(市民)だからこの程度の政治家なのだ」といわれないために

姫路市長のブログ
「ポピュリズムに背を向けて 吉田茂」(北康利 著)という本のあとがき(抜粋)が紹介されていました。
私もこの文章は非常に示唆に富んでいる内容だと感じました。
同じ部分の引用ですが、当ブログでも、『心の留めておきたい言葉』のひとつとして残しておきたいと思います。


 ~略~
 数にまかせて力をふるおうとする世論は、かつての反民主主義勢力よりもはるかに暴力的でかつ強欲である。「自分たちが主役の政治」を欲しながら、同時にまた強力なリーダーシップを持った政治家を求めている。こうした贅沢で矛盾した要求を恥ずかしげもなく堂々とできるのが世論なのだ。
 国民の政治を見る目は極端に幼稚になり、「嫉妬」という人間の最も卑しい感情が社会を支配しつつある。
 議員の財産開示などという愚にもつかぬことが行われているが、国民はここからいったい何を読み取ろうとしているのか。浮いた話などなく、老朽化した官舎に住んで国会に電車で通う政治家が本当にこの国を幸せにしてくれるのか。重箱の隅をつついて政治家批判をする前に、国民は政策判断できる能力を身につけるべきだろう。かつて、福澤諭吉が語った、<この人民にしてこの国家あり>(この程度の国民だからこの程度の国なのだ)という言葉を、われわれは、もう一度噛み締めてみる必要がある。
 ~略~



『国家』はそのまま『政治家』にも置き換えられるということでしょうか。
···「この程度の国民(市民)だからこの程度の政治家なのだ」···
政治家だけに責任転換することは簡単ですが、我々も政治家の資質や能力を嘆く前に、
どれだけ政治家と向き合い、本物を見極める目を養えるかが問われているのだと思います。
選出される政治家のレベルも国民(市民)の意識次第でいかようにも変えることができるということを心しておかなければなりません。
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by kkamoike | 2009-07-01 21:06 | 心に留めておきたい言葉 | Comments(4)

「子どもをやる気にさせる4つのスイッチ」

雑感日記 『大学の成績、親に通知』
「日本の教育、日本の未来は、本当に大丈夫なの?」と不安を感じずにはいられない話ですね。
rfuruya2さんが書かれている記事全般にわたり共感するものがあったのですが、特に次の部分に注目しました。
『子供に対して構いすぎである。
···
それでは、人は育たない。
動物の子どもの育て方を少しは見習うべきである。
みんな見よう見真似で、自分で体験して覚えていくのである。』


実は、この記事がアップされた前日の夜、フジテレビ「エチカの鏡」という番組で、「幼児英才教育」という特集が組まれていました。
横峯吉文さん(横峯さくらさんの叔父)が経営する通山保育園 とその教育方法が取り上げられていたのですが、横峯さんも冒頭で取り上げたようなことをおっしゃっておられました。
子どもたちが、運動·勉強·音楽などすべてのことに対して積極的に取り組み、生き生きとした表情で保育所での生活を送り、日々成長していく姿に大きな驚きと、感心を持って観ました。
特に、番組の中で述べられた言葉が印象的でした。
「子供というのは”やる気”さえ引き出してあげれば、実はいろんなことが自分からできるようになる」
「子供の可能性とは、大人が勝手に限界を作っているだけで、本当はとてつもない可能性がある。それはどの子どもにも与えられているものであり、それを引き出してあげるのが教育だと思う」


そんな横峰さんが、これまでの経験で得たもの、
それは、ヨコミネ式「子どもをやる気にさせる4つのスイッチ」だそうです。
1 子供は競争したがる
2 子供は真似したがる
3 子供はちょっとだけ難しいことをやりたがる
4 子供は認められたがる
詳しくは、こちらのエンタログに上手くまとめられていますので、興味のある方はご覧ください。


番組のコメンテーターが「競争心を煽り、順位をつけることが、子どもたちに劣等感を持たすことにならないのでしょうか?」と発言されていました。
以前、私が尊敬する人と子どもたちに順位をつけたがらない風潮があることについて、話し合ったことがあります。
その方がおっしゃるのには、
「先生方は、子どもたちに同じように教えているのに能力などの結果に差が出ることはあってはならないって感じていらっしゃるのかな?」
「保護者にしても個性をはきちがえているんじゃない?自分の子どもに順位をつけられることで、(まさに番組のコメンテーターと同じく)子どもが「劣等感」を持つようになったら困るし、自分が恥をかかされるのが嫌だ、認めたくないって感じているからなんじゃないのかな?」
でも、結局、その時、私たちには、はっきりとした結論は導き出せませんでした。


しかし、今回の「雑感日記」さんの記事を読んで、昨日の「エチカの鏡」を観て、
やはり、大人の言い分?理屈?エゴ?見栄?といった、大人たちの身勝手な思いや言動が子どもたちの可能性を大人自らが摘んでしまっているのではないのかと感じました。
当然、そのような風潮が日本全国津々浦々に蔓延しているわけではないのでしょうが、一部にそのような風潮があるとすれば、それは、そのような背景があるからではないかと思いました。
ただ、この番組で取り上げられた教育方法ですが、すでにかなりの反響を巻き起こしているようで、この「ヨコミネ式教育」を取り入れている保育所は全国に広がりつつあることも紹介されていました。
そんな反響があるということを知って、「日本の未来もまんざら捨てたもんやないかも!」と、そんな前向きな気持ちが沸いてきました。
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by kkamoike | 2009-06-01 19:47 | 心に留めておきたい言葉 | Comments(0)

人の心を動かす言葉とは

『大変な時代に入ったわけだが、物事をネガティブではなくポジティブに捉えなければ、あらゆる分野での「創造と変革」に向けた進化はない。』
これは、1月7日付の《大変な年だからこそポジティブシンキングで》の小野市長のコメントです。



首長がどのような視点で市民に語りかけるかによって、首長のまちづくりに対するスタンスが見えてきます。
以前にも書きましたが、こういう時代だからこそ、よりシンプルで、分かりやすい言葉で、市民に「よし!一緒にがんばっていこう!」と思わせることが出来るかどうかで、政治家の能力が推し測られるのではないかという気がします。


オバマ米次期大統領の「Yes We Can!」
この言葉が、どれだけのアメリカ国民に勇気をもたらしたでしょうか。


人の心を動かすのに、理屈や言い訳は一切必要ありません。
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by kkamoike | 2009-01-09 21:53 | 心に留めておきたい言葉 | Comments(0)

「一流」と「我流」

『訳のわからんもん作ったらあかんで!』
という言葉が、テレビから聞こえてきました。
声の主は、京都にある料亭菊乃井の村田料理長で、若い料理人の作った肉じゃがを食べて発した言葉でした。
続けて村田料理長は、
『肉じゃがは、ちゃんとした料理なんやから、それが基本通りに作らへんねやったら、後々ややこしなってしゃあない。』
と付けたしました。


どうやら言葉の真意は、
基本が出来ないまま、いくら工夫しても上手くいかないということを言いたかったようです。


『創意工夫』は、基本をきっちりおさえた上に成り立つもの。
この当たり前のことを忘れてしまう人は意外に多いのかもしれません。

「一流」と「我流」、
基本をおさえた上で、創意工夫ができるかどうかの違いです。
ふと、ある人の言葉を思い出しました。


まちづくりにおいても同じなのでしょうね。
まちづくりの進め方の基本がきっちりおさえられていないと、政策に一貫性がなくなってしまったり、みんなをただただ混乱に陥れるだけになったり・・・
市民にとっては、それこそ、ややこしくてしょうがありません。
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by kkamoike | 2009-01-03 07:14 | 心に留めておきたい言葉 | Comments(0)

「夢を持つ」ことの意味

先日、さるとるさんが、ご自身のブログで「夢」についての考えを述べておられました。

『成長するに連れて、現実を見るがゆえに、萎縮して「夢」が見れなくなっていきます。
最近は、子供たちでさへ、「夢」が乏しいと聞きました。
夢を語ることが恥ずかしいとか。
子どもが「夢」を語れない?!「夢」を見れない?!
よし!!大人である僕こそ、「夢」を見よう。
大きな大きな夢を見よう。
そして、子供たちに、自分らが「夢」を見ることは何ら恥ずかしいことでもなんでもないんやということを教えてあげよう。
もちろん、そう教えてあげるためには、「夢」を「夢」で終わらせることなく、現実にしていかなければなりません。
夢ばかり語っていても、現実にしていく実績がなければ、ただのほら吹きになってしまいます。
「大きくなるたび もっと大きな 夢を見る」
これは、「夢」を現実にしていってこそ語れる言葉なので、僕にとっては、実は、結構、きつい言葉です。』

とっても素敵な、素晴らしい文章だと感じました。
どんな道に進んでも、いくつになっても、「夢を持つ」ことは大切なことであり、決してあきらめてはならないものだとあらためて感じました。



『夢は、紙に書くと現実になる!』というタイトルの本があります。
自分の頭の中の考えを紙の上に書き出して整理する方法を通じて、人生の望みを叶えるための方策を自ら導いていく方法を、豊富な実例とともに紹介しています。
このほか、紙に書くという行為には、自分自身にとってのメリットもたくさんあるそうです。
自分が何を望んでいるのかわからなくなった時や物事に行き詰った時、不安を解消したいと思う時などにも役に立つそうです。

でも、自分の夢が何で、今、何をしたいのか、しなければならないのか、実は分かっているようで分かっていない人って結構多いんじゃないでしょうか。
私もそのうちの一人ですが、なんとなくそんな気がしています。

夢を紙に書き表せる。それだけでもなかなかできないことなのに、それだけでは終わらないところが、さるとるさんのすごいところだと感心しています。
今後のさるとるさんたちの動向に注目ですが、自分もそんなひたむきな姿勢をぜひ見習いたいと思いました。



話は少し飛躍しますが、最近?政治家に夢を持てなくなったとはいいすぎでしょうか。
それだけ夢を持つ、夢を語れる政治家が少なくなったということなのかもしれません。

「あれをします。」「これをします。」
何か小手先だけの、人気取りのための口先だけの約束のような感じを持つのは私だけでしょうか。
いろいろなことを試みたりもしていますが、結局それをやることで、このまちや、この国をどうしたいのか。
その肝心の部分が見えてこないことが多いような気がします。
それは、当然、政治家が夢を語らないということもあるでしょうし、自分の口で、自分の思っていることを表現できないことも一つの要因なのかもしれません。

一方で、今の政治家ばかりに責任を押し付ける私たちにも問題があるのかもしれません。
武雄人さんが以前、ご自身のブログでも触れておられましたが、「誰がなっても政治は変わらない」といったあきらめムードこそが、そのような政治家を輩出する土壌をつくっているのかもしれません。
自分たちにできることを自分たちの目線で考えてみる・・・。
そして、もっと身近な問題に視点を戻せば、「いまどきの子どもたちは夢がない」と嘆く前に、大人である私たちが、先ずは夢を見つづけなければ何も変わらないのではないのか・・・
そんなことをあらためて実感したさるとるさんの記事でした。
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by kkamoike | 2008-09-26 20:47 | 心に留めておきたい言葉 | Comments(3)

R175が見て、聞いて、読んで感じたことを書き綴ります。
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