どうぶつのつぶや記

カテゴリ:心に留めておきたい言葉( 19 )

すべてに通じる原点、ですよね

事業の原点は、
どうしたら
売れるか
ではなくて、
どうしたら
喜んでもらえるか
である。


松下幸之助
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by kkamoike | 2011-08-04 21:08 | 心に留めておきたい言葉

信頼しあえるまちづくり

信頼関係は自分自身の心の反映だ。
たとえ、自分が損をしたとしても、人を信じていく。
その中でしか、信頼関係は生まれない。
信頼とは、外に求めるのではなく、自ら心の内に求めるべきものなのだ。

稲盛和夫氏の言葉より


それぞれの間に信頼関係が生まれることで三木市がどれだけの変革を遂げることができるのか。
三木が変革できるかどうかの最大のキーは、お互いの信頼関係にあるのではないでしょうか。
信じるということはお互いを尊重し合い、支え合うことでもあります。


新しいリーダーが生まれる今年、誰が選ばれようとも、選ばれた人も、我々市民一人一人も冒頭の言葉を胸に刻みながら、ともにまちづくりを進めていく。
そんなみんなが主役の市政が実現すればいいですね。


突き詰めていけば、お互いの信頼関係がないところに、市民が主役のまちづくりの実現はないということなのでしょうね。

三木市にとって、そしてみなさんにとって素晴らしい一年となりますように···。
本年もよろしくお願いします。
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by kkamoike | 2010-01-01 12:32 | 心に留めておきたい言葉

Think globally, act locally

「Think globally, act locally」
おなじみの言葉ですが、いろいろな解釈がされているようです。


「世界規模でものを考え、身近な地域で活動しなさい。」
「地球全体の問題を解決するにあたって、自分たちの生活から直していこう。」
「視野は広く、行動は具体的に。」
「大きな問題を解決するには、普段の行ないから。」など


今回、三木市が「子育て応援特別手当」の単独支給を発表した際の
資料記者会見の中で、市長が口にしている「地域主権」という言葉と、これまでの市長による市政運営の舵取りの内容を振り返った時、ふとこの言葉を思い出しました。


「地域主権」の実現に向けて、自分の市が抱える課題をしっかりと見据え、その課題を解決するために必要な政策を、限られた財源の中で進めて行く。
「地域主権」という崇高なテーマに対する、自分の考え方をしっかりと持った上で、
まずは地に足をつけた取組を一つずつクリアしていき、地域住民との信頼関係を築いていく。
このことこそが、「地域主権」を実現していくための第一歩になるのだと思います。
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by kkamoike | 2009-10-18 17:54 | 心に留めておきたい言葉

「この程度の国民(市民)だからこの程度の政治家なのだ」といわれないために

姫路市長のブログ
「ポピュリズムに背を向けて 吉田茂」(北康利 著)という本のあとがき(抜粋)が紹介されていました。
私もこの文章は非常に示唆に富んでいる内容だと感じました。
同じ部分の引用ですが、当ブログでも、『心の留めておきたい言葉』のひとつとして残しておきたいと思います。


 ~略~
 数にまかせて力をふるおうとする世論は、かつての反民主主義勢力よりもはるかに暴力的でかつ強欲である。「自分たちが主役の政治」を欲しながら、同時にまた強力なリーダーシップを持った政治家を求めている。こうした贅沢で矛盾した要求を恥ずかしげもなく堂々とできるのが世論なのだ。
 国民の政治を見る目は極端に幼稚になり、「嫉妬」という人間の最も卑しい感情が社会を支配しつつある。
 議員の財産開示などという愚にもつかぬことが行われているが、国民はここからいったい何を読み取ろうとしているのか。浮いた話などなく、老朽化した官舎に住んで国会に電車で通う政治家が本当にこの国を幸せにしてくれるのか。重箱の隅をつついて政治家批判をする前に、国民は政策判断できる能力を身につけるべきだろう。かつて、福澤諭吉が語った、<この人民にしてこの国家あり>(この程度の国民だからこの程度の国なのだ)という言葉を、われわれは、もう一度噛み締めてみる必要がある。
 ~略~



『国家』はそのまま『政治家』にも置き換えられるということでしょうか。
···「この程度の国民(市民)だからこの程度の政治家なのだ」···
政治家だけに責任転換することは簡単ですが、我々も政治家の資質や能力を嘆く前に、
どれだけ政治家と向き合い、本物を見極める目を養えるかが問われているのだと思います。
選出される政治家のレベルも国民(市民)の意識次第でいかようにも変えることができるということを心しておかなければなりません。
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by kkamoike | 2009-07-01 21:06 | 心に留めておきたい言葉

「子どもをやる気にさせる4つのスイッチ」

雑感日記 『大学の成績、親に通知』
「日本の教育、日本の未来は、本当に大丈夫なの?」と不安を感じずにはいられない話ですね。
rfuruya2さんが書かれている記事全般にわたり共感するものがあったのですが、特に次の部分に注目しました。
『子供に対して構いすぎである。
···
それでは、人は育たない。
動物の子どもの育て方を少しは見習うべきである。
みんな見よう見真似で、自分で体験して覚えていくのである。』


実は、この記事がアップされた前日の夜、フジテレビ「エチカの鏡」という番組で、「幼児英才教育」という特集が組まれていました。
横峯吉文さん(横峯さくらさんの叔父)が経営する通山保育園 とその教育方法が取り上げられていたのですが、横峯さんも冒頭で取り上げたようなことをおっしゃっておられました。
子どもたちが、運動·勉強·音楽などすべてのことに対して積極的に取り組み、生き生きとした表情で保育所での生活を送り、日々成長していく姿に大きな驚きと、感心を持って観ました。
特に、番組の中で述べられた言葉が印象的でした。
「子供というのは”やる気”さえ引き出してあげれば、実はいろんなことが自分からできるようになる」
「子供の可能性とは、大人が勝手に限界を作っているだけで、本当はとてつもない可能性がある。それはどの子どもにも与えられているものであり、それを引き出してあげるのが教育だと思う」


そんな横峰さんが、これまでの経験で得たもの、
それは、ヨコミネ式「子どもをやる気にさせる4つのスイッチ」だそうです。
1 子供は競争したがる
2 子供は真似したがる
3 子供はちょっとだけ難しいことをやりたがる
4 子供は認められたがる
詳しくは、こちらのエンタログに上手くまとめられていますので、興味のある方はご覧ください。


番組のコメンテーターが「競争心を煽り、順位をつけることが、子どもたちに劣等感を持たすことにならないのでしょうか?」と発言されていました。
以前、私が尊敬する人と子どもたちに順位をつけたがらない風潮があることについて、話し合ったことがあります。
その方がおっしゃるのには、
「先生方は、子どもたちに同じように教えているのに能力などの結果に差が出ることはあってはならないって感じていらっしゃるのかな?」
「保護者にしても個性をはきちがえているんじゃない?自分の子どもに順位をつけられることで、(まさに番組のコメンテーターと同じく)子どもが「劣等感」を持つようになったら困るし、自分が恥をかかされるのが嫌だ、認めたくないって感じているからなんじゃないのかな?」
でも、結局、その時、私たちには、はっきりとした結論は導き出せませんでした。


しかし、今回の「雑感日記」さんの記事を読んで、昨日の「エチカの鏡」を観て、
やはり、大人の言い分?理屈?エゴ?見栄?といった、大人たちの身勝手な思いや言動が子どもたちの可能性を大人自らが摘んでしまっているのではないのかと感じました。
当然、そのような風潮が日本全国津々浦々に蔓延しているわけではないのでしょうが、一部にそのような風潮があるとすれば、それは、そのような背景があるからではないかと思いました。
ただ、この番組で取り上げられた教育方法ですが、すでにかなりの反響を巻き起こしているようで、この「ヨコミネ式教育」を取り入れている保育所は全国に広がりつつあることも紹介されていました。
そんな反響があるということを知って、「日本の未来もまんざら捨てたもんやないかも!」と、そんな前向きな気持ちが沸いてきました。
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by kkamoike | 2009-06-01 19:47 | 心に留めておきたい言葉

人の心を動かす言葉とは

『大変な時代に入ったわけだが、物事をネガティブではなくポジティブに捉えなければ、あらゆる分野での「創造と変革」に向けた進化はない。』
これは、1月7日付の《大変な年だからこそポジティブシンキングで》の小野市長のコメントです。



首長がどのような視点で市民に語りかけるかによって、首長のまちづくりに対するスタンスが見えてきます。
以前にも書きましたが、こういう時代だからこそ、よりシンプルで、分かりやすい言葉で、市民に「よし!一緒にがんばっていこう!」と思わせることが出来るかどうかで、政治家の能力が推し測られるのではないかという気がします。


オバマ米次期大統領の「Yes We Can!」
この言葉が、どれだけのアメリカ国民に勇気をもたらしたでしょうか。


人の心を動かすのに、理屈や言い訳は一切必要ありません。
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by kkamoike | 2009-01-09 21:53 | 心に留めておきたい言葉

「一流」と「我流」

『訳のわからんもん作ったらあかんで!』
という言葉が、テレビから聞こえてきました。
声の主は、京都にある料亭菊乃井の村田料理長で、若い料理人の作った肉じゃがを食べて発した言葉でした。
続けて村田料理長は、
『肉じゃがは、ちゃんとした料理なんやから、それが基本通りに作らへんねやったら、後々ややこしなってしゃあない。』
と付けたしました。


どうやら言葉の真意は、
基本が出来ないまま、いくら工夫しても上手くいかないということを言いたかったようです。


『創意工夫』は、基本をきっちりおさえた上に成り立つもの。
この当たり前のことを忘れてしまう人は意外に多いのかもしれません。

「一流」と「我流」、
基本をおさえた上で、創意工夫ができるかどうかの違いです。
ふと、ある人の言葉を思い出しました。


まちづくりにおいても同じなのでしょうね。
まちづくりの進め方の基本がきっちりおさえられていないと、政策に一貫性がなくなってしまったり、みんなをただただ混乱に陥れるだけになったり・・・
市民にとっては、それこそ、ややこしくてしょうがありません。
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by kkamoike | 2009-01-03 07:14 | 心に留めておきたい言葉

「夢を持つ」ことの意味

先日、さるとるさんが、ご自身のブログで「夢」についての考えを述べておられました。

『成長するに連れて、現実を見るがゆえに、萎縮して「夢」が見れなくなっていきます。
最近は、子供たちでさへ、「夢」が乏しいと聞きました。
夢を語ることが恥ずかしいとか。
子どもが「夢」を語れない?!「夢」を見れない?!
よし!!大人である僕こそ、「夢」を見よう。
大きな大きな夢を見よう。
そして、子供たちに、自分らが「夢」を見ることは何ら恥ずかしいことでもなんでもないんやということを教えてあげよう。
もちろん、そう教えてあげるためには、「夢」を「夢」で終わらせることなく、現実にしていかなければなりません。
夢ばかり語っていても、現実にしていく実績がなければ、ただのほら吹きになってしまいます。
「大きくなるたび もっと大きな 夢を見る」
これは、「夢」を現実にしていってこそ語れる言葉なので、僕にとっては、実は、結構、きつい言葉です。』

とっても素敵な、素晴らしい文章だと感じました。
どんな道に進んでも、いくつになっても、「夢を持つ」ことは大切なことであり、決してあきらめてはならないものだとあらためて感じました。



『夢は、紙に書くと現実になる!』というタイトルの本があります。
自分の頭の中の考えを紙の上に書き出して整理する方法を通じて、人生の望みを叶えるための方策を自ら導いていく方法を、豊富な実例とともに紹介しています。
このほか、紙に書くという行為には、自分自身にとってのメリットもたくさんあるそうです。
自分が何を望んでいるのかわからなくなった時や物事に行き詰った時、不安を解消したいと思う時などにも役に立つそうです。

でも、自分の夢が何で、今、何をしたいのか、しなければならないのか、実は分かっているようで分かっていない人って結構多いんじゃないでしょうか。
私もそのうちの一人ですが、なんとなくそんな気がしています。

夢を紙に書き表せる。それだけでもなかなかできないことなのに、それだけでは終わらないところが、さるとるさんのすごいところだと感心しています。
今後のさるとるさんたちの動向に注目ですが、自分もそんなひたむきな姿勢をぜひ見習いたいと思いました。



話は少し飛躍しますが、最近?政治家に夢を持てなくなったとはいいすぎでしょうか。
それだけ夢を持つ、夢を語れる政治家が少なくなったということなのかもしれません。

「あれをします。」「これをします。」
何か小手先だけの、人気取りのための口先だけの約束のような感じを持つのは私だけでしょうか。
いろいろなことを試みたりもしていますが、結局それをやることで、このまちや、この国をどうしたいのか。
その肝心の部分が見えてこないことが多いような気がします。
それは、当然、政治家が夢を語らないということもあるでしょうし、自分の口で、自分の思っていることを表現できないことも一つの要因なのかもしれません。

一方で、今の政治家ばかりに責任を押し付ける私たちにも問題があるのかもしれません。
武雄人さんが以前、ご自身のブログでも触れておられましたが、「誰がなっても政治は変わらない」といったあきらめムードこそが、そのような政治家を輩出する土壌をつくっているのかもしれません。
自分たちにできることを自分たちの目線で考えてみる・・・。
そして、もっと身近な問題に視点を戻せば、「いまどきの子どもたちは夢がない」と嘆く前に、大人である私たちが、先ずは夢を見つづけなければ何も変わらないのではないのか・・・
そんなことをあらためて実感したさるとるさんの記事でした。
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by kkamoike | 2008-09-26 20:47 | 心に留めておきたい言葉

1年後の自分へ

『手紙 ~拝啓 十五の君へ~』

「NHK全国学校音楽コンクール」中学生の部課題曲のタイトルです。
アンジェラ・ アキさんが書き下ろした曲で、10代の時に実際に書いた「未来の自分への手紙」からインスパイアされた楽曲なのだそうです。



昨日、コンクールに挑戦する中学生たちの姿を追ったドキュメント番組がNHKで放送されていました。
その中で、コンクールに挑戦する生徒たちが、「コンクールを終えた時の自分へ」と題した手紙をアンジェラ・ アキさんと一緒に書くシーンがありました。
合唱部の部長を務める生徒が書いた手紙には、コンクールへの不安やリーダーとしての不安、友達にきつい言葉をかけることに対する不安、そして、それらの苦悩に押しつぶされそうな自分への苛立ちなどが綴られていました。
そして、コンクールが終わった後に書いた(過去の自分への)手紙には、コンクールを通して仲間たちと深めた絆や自分自身精一杯取り組んできたことが、彼女自身の自信や成長につながり、その結果、自分に対する迷いまでも打ち消すことができた喜びが表現されていました。
さらに、彼女は、以前よりも物事を深く考えるようになった分、悩みは以前よりも増えてしまったと言いつつも、今は、それらの悩みを真正面から受け止め、自分なりに解決していこうという前向きな気になったと語りました。
この番組を通して、無関心、無表情に見える現代の中学生の素顔、人間らしさを垣間見ることがでたわけですが、普段、人には言えない悩みを抱える彼女たちが、一つの音楽との出会いをきっかけにして、劇的なまでに成長していく姿に大きな感動を覚えました。



そして、ちょうどその放送があった日に、たまたま書店で購入した本があります。
そのタイトルは、『悩む力』(姜尚中 (著))
大人になればなるほど、悩みがあることは弱い人間だ、強い人間にならなければならないと思い込み、悩みがあることに対して否定的なとらえ方をしがちですが、今のこの時代だからこそ、大人になっても悩みはつきないという現実を逆にしっかりと受け止め、悩みと真正面から、真剣に向き合えばいいのではないかと感じました。



皆さんも未来の自分に手紙を書いてみませんか?そうすれば、何年か後に読み返すと、その時悩んでいたことが、別にたいしたことなかったって思える自分がいるかもしれません。
この曲の歌詞のように。

手紙 ~拝啓 十五の君へ~ アンジェラ・アキ 歌詞情報 - goo 音楽

アンジェラ・ アキさんの曲『手紙~拝啓 十五の君へ~』
姜尚中さんの本『悩む力』
ともにお勧めです。



そんなことを思いながら、ちょうど1年前にブログを書いてみようと思い立った日の記事を読み返してみました。
そこには、当時、根気が続かないかもしれないという自分に対する不安が確かに書かれてありました。
おかげさまで、途中、目的を見失いそうな時期もあったものの、いつもアクセスしていただく方や、いつもコメントをくださる方、またご自身のブログで私の記事を取り上げてくださる方たちの存在が、自分自身の励みとなり、なんとか1年が経過しようとしています。(感謝!)



『また1年、自分の感じたことを少しでも多くの方に読んでいただけるよう、マイペースでいいから記事を書き続けられていたらいいですね。』
そんなメッセージを添えて、この記事を1年後の自分への手紙にしたいと思います。
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by kkamoike | 2008-09-19 21:51 | 心に留めておきたい言葉

言葉の持つ力

市の情報を伝える代表的な媒体に、広報誌やホームページがあげられる。
rfuruyaさんの言葉をお借りすれば、そこにはコンセプトというものが存在し、伝えたい相手が想定されてはじめて機能するものであり、そのようなものがないものは「広報」とはいわない。
そんな言葉の意味を噛み締めながら、あらためて各市のホームページを見渡してみた。


最近は、ホームページの中に「市長のページ」を設ける首長さんが比較的多く出てきているようだが、どこの首長さんも自分のカラーを前面に出していきたいという意欲の表れなのかもしれない。
その背景には、市民に親近感を持ってもらいたい、自分の考えていることや信条などを広く知ってもらいたいなど、それぞれの想いがあると思うのだが、いずれにしても、本音が見える文章には親近感を覚えるものである。
逆に、通り一遍等で社交辞令のような言葉に心を動かされることはほとんどない。
たとえ、短い言葉でも、たとえ不器用な言葉でも、書き手の想いを文章に込めることができれば、その想いは読み手に必ず伝わるのだと思う。


『発信する人の 「想いが感じられるものはいい」
その論旨に、賛成反対はまた別の問題である。
想いが文章に表れているのは好感が持てる。 それはホンネだということと私は認識している。
幾ら綺麗な文章で表現されていても、そこに想いが感じられないものが世の中には多いものである。
昨日今日、そんな想いのあるブログが発信されている。』


このくだりは、以前、rfuruyaさんが自身のブログに書かれた内容である。
大変光栄なことに、この中の一つに、私のブログ記事も取り上げていただいた。
この記事の言葉は、今も、私の「宝物」として、いつでも読み返せるよう、また、このようなスタンスをいつまでも持ち続けられるよう、お気に入りに保存している。


広報みきはともかく、せめて市ホームページにある「市長のふれあいページ」ぐらいは、「ふれあい」という名前がつけてあるぐらいなのだから、もっとフランクに、そしてざっくばらんな言葉で、普段思っていることを正直に書くコーナーがあってもいいと思うのだが。
それにしても、一体、誰とふれあいたいのだろうか···。
このままでは、いつまでたっても、市民とのふれあいは生まれないだろうし、市民との距離を近づけることもできないのではないかと思うのである。

昨日、今日、それぞれのブログで発信されている、事故後の市長の対応に関する意見に付随した想いを私なりに表現してみました。



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by kkamoike | 2008-08-14 20:16 | 心に留めておきたい言葉