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どうぶつのつぶや記

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金物まつりと神鉄の問題

丹波焼のふるさと篠山市では毎年陶器まつりが開催されています。
その陶器まつりのパンフレット・チラシの片隅でしたが、「電車でEco!」というタイトルの下に、
JRを利用して会場に来られた方に抽選で市内公共施設などの利用優待券をプレゼントしますという案内がありました。


三木の金物まつりもたくさんの人が市内、市外から来られます。
神鉄の利用促進だけでなく、金物まつりが終わったあとにも三木市を訪れてもらえる機会を提供できるという切り口からも一度検討してみる価値はあるのではと感じました。
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by kkamoike | 2011-09-23 11:01 | Comments(1)

声を上げることの大切さ 

2010.1 三木市長選開票結果
投票率60.61% (前回54.5%)
薮本 吉秀 23727 (前回23752)
稲田 三郎 16658



ブログのカテゴリーの中に「2010.1三木市長選挙」を設けてきた以上、選挙結果をふまえた私なりの総括をしないままやり過ごすわけにはいきませんので、少しだけ感想を述べさせていただきたいと思います。
私としては薮本さんのこの4年間のやり方、手法がとにかく気に入らなかったこと、また実績などのトータル的な自分なりの評価から、できることなら新しい人が市長に選ばれ、双方向の対話のできる、風通しのよい三木市政を実現してほしかったのですが、とても残念な結果となってしまいました。
今回の選挙で分かったこと、勉強になったことはたくさんありました。
特に勉強になったことといえば、
選挙では、正論ばかりを主張しても勝てない場合があるということ。
また、多くの人が正しいと感じることであっても、全ての人が同じように思っているとは限らないということです。
このことは、社会を生き抜くための術としても、心しておかなければならないことだと私自身強く感じた次第です。


さて、今回、稲田さんがわずか2か月という非常に短い期間の選挙活動の中で獲得した「16658」という得票数をどう捉えるか?
(ちなみに、前回5期20年をめざした現職候補の加古さんが獲得した票数は12954)
自称「市民派」、「無党派」の薮本さんには、今回の選挙の結果を受け、結果的に少数派となった「16658」にものぼる市民の声にも真摯に耳を傾けていただき、改めるべきところは改めていくという、まさに市民派の名に恥じぬ歩み寄り、対話、説得、説明責任を果たしていただきたいと思います。
私は、このことこそが真の改革を実現するための第一歩になると確信しています。
有権者に受けのよいスローガンや、美辞麗句ばかりの公約を並べるだけではダメで、これまで何度も言ってきましたが改革のためのしっかりとした土台は、何をおいてもお互いの「信頼関係」を抜きにして語ることはできません。
もちろん、選挙期間中、現職候補が新人候補の姿勢を執拗に攻め続けた「なかよし政治」でも真の信頼関係は築けないと私自身も感じています。
しかし、自分勝手なやり方でもダメなのです。
適度な緊張感を持って、お互いの意見を堂々と、きちんとした議論のできる場で主張しあえる、本当の意味で切磋琢磨できる関係から生まれてくる「信頼関係」を何としてでもこの4年間で築き上げ、次のリーダーにバトンタッチしてしていただきたいと切に願っています。
それは今後の市長の力量が最も試される部分でもあると思います。
一方で、我々市民もこれまで以上に厳しく市政をチェックし、おかしいことはおかしいと声を上げ、これまでのような「民意」を盾にルールを無視した横暴政治を引き続き起こさせないようにしっかり監視していくことが大事だと思っています。


今回の選挙で、場合によっては体を張ってでも声を上げることの大切さを教えてくださった稲田さんの気持ちに、今度は、私たち市民がそれぞれの立場でこたえる番なのだと思います。
今回、新しく選ばれた市長を支持した人も支持しなかった人も、お互い、おかしいことにはおかしいと口に出せる勇気、逆によい取組に対しては素直に評価ができる勇気を持ちたいものだと強く感じました。


何はともあれ、両陣営の関係者の皆さんお疲れ様でした。
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by kkamoike | 2010-01-18 20:48 | Comments(8)

ブログの目的

前々回の記事おいしいもの見つけ隊隊長さんの記事を紹介させていただきましたが、隊長さん直々にお礼のコメントをいただきました。
ネット上ではありますがいろいろな方と情報交換ができたり、新しい出会いのきっかけが生まれるのもブログの大きな魅力ですね。
また、いろんな方のブログを拝見していると『なるほど!』、『本当にそうだよな』という気持ちになったり、
『いい話(言葉)だよな~』というしみじみとした感動が生まれたり、
ほのぼのとする気持ちやあったか~い気持ちにさせてくれたりすること、本当にたくさんありますよね。


最近のブログの中で、あらためて気づかされた記事、言葉がこれです。
不況だから。。。なーんて、自分が変えられないことを嘆いても
現状は変わらない。
それよりも!!
自分に変えられることに目を向ける。
今、自分だったら何ができる??
そう考え、行動できること。最後まであきらめないこと!!
が、楽しめるポイントじゃないかなぁ


次に、いい言葉だな~と感じた記事と言葉がこれです。
目標は、前向きに、分かりやすく!!!そして、それに向かって、ひたむきに

最後は、ほのぼとしたあったか~い気持ちになった記事と言葉です。
僕の夢は、みんなが笑顔になること。
いつしか三木市が笑顔いっぱいのまちになればいいな~と思います。
smile city 三木
これが、僕が見続けていたい夢です。



そういえば、先日の朝日新聞の天声人語には、鳩山総理がブログとツイッターを始めたことに対する手厳しい意見が書いてありました。
もちろん、単なる日記や公務とつながりにくい感想や本音からかけ離れた話ばかりを綴るだけなら公務の時間を割いてまでやる必要はないと言われても仕方ないことなのかもしれませんが、これらのツールを単なる発信だけのものとして活用するだけではなく、人とのつながりを生むきっかけをつくったり、様々な情報が交換できるツールとしても使いこなすことができれば公務の幅も大きく広がるでしょうし、新しい時代にふさわしい政治を実現していく上で欠かせぬツールになるのではないかとも思います。
マスコミも自民党の加藤さんももう少しこの辺の視点を踏まえながら、今後の推移を見守ってあげてもいいのではないかとも感じました。
どのようなツールもその機能を最大限に活用していけるのかどうかは、その人次第なのですから。
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by kkamoike | 2010-01-08 21:44 | Comments(6)

「改革」は中身が大事

皆さんは、 「改革」と聞いてどういう取組をイメージされ、「改革」が実践されたと評価できるのはどの段階で合格点を与えられますか?
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)によると
改革(かいかく、reform)とは、ある対象を改め、変化させる事。革命に異なり、現時点での基本的な体制を保ちつつ、内部に変化を作ることをいう。
政治家がスローガンとして乱用する事が多く、流行語的な要素を含んでいるため、聞く側はその改革が国民の生活にとって良い物であるかどうかを見極める必要がある。

と書いてあります。


今回の議員定数の削減案についてはどうでしょうか?
「削減」だけが目的化してしまってはいないでしょうか?
議会運営のあり方も含めた市議会全体を見直すことが必要ではないのでしょうか?
本来は、後者の目的を果たす上での一つの取組として今回の定数削減の話が浮上してくるべきものだと私自身は考えます。
「数が減った」
「経費が浮いた」
「はい、改革完了!」
それって、本当の意味での改革なのでしょうか?
少なくとも、私はそうだとは思いませんし、そうであるとは思いたくありません。
選挙の得票目当てで、当事者を抜きにしたまま一方的に住民との約束を取り付けるような姑息な手段を取るのではなくて、議会運営のあり方も含めた議会改革全体をしかるべき所で、正々堂々と議論するべき問題なのだと思います。


2008年1月に書かれた所沢市議会議員のブログに議員定数に関してわかりやすい記事が掲載されていましたので、参考までにご紹介します。
議員定数を考える
(抜粋)
一般的には、定数が増えると、当選のハードルが低くなり、知名度や地盤のない候補の当選する機会が増え、その分だけ新しい声や少数意見が議会に反映されるといわれており、また、定数が減となれば、財政負担が軽くなることはもちろん、議員の権限と責任が相対的に大きくなり、審議の充実と効率化が期待できるといわれている(注2)。
しかし、定数を増やしたことにより、本当に新しい声や少数意見が議会に反映されるようになったのか、あるいは、定数を減じたことにより、本当に審議の充実と効率化がなされたのかについての実証的研究は未だかつてなされてはいない。「議員定数については、理論的な根拠や合理的な基準がない(注3)」のが実態である。

(注2)定数の増減には、当然、デメリットも存在する。定数の増は、議員に係る経費を一定とすれば、財政負担を重くするし、定数減は議員の固定化をもたらすとされる。また、定数減については、昨今の経済状況もあり、行財政改革の議会版とみる傾向があるが、一般会計予算に占める議会全体の経費の割合(議会費)は、ほとんどの自治体で1%にも満たない。もっとも、この1%を多いとみるのか、少ないとみるのかについては、判断の分かれるところである。
(注3)大森彌『新版 分権改革と地方議会』(ぎょうせい、2002年)p.74。



「改革」という言葉は、聞こえの良い言葉のようにもとれるわけですが、その「改革」の中身については我々有権者一人一人がしっかりと見極めることが大事であって、その目的や有効性についても私達一人一人が正しく判断していくことが必要なのだと感じました。
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by kkamoike | 2009-12-28 20:36 | Comments(0)

私が投票の際、基準にしたいこと

私は、マニフェストに掲げてある個々の政策が全て実現されるにこしたことはありませんが、現実に即さないものまで無理に実現にこだわる必要はないと考えています。
撤回することに関して、きっちりとした説明責任さえ果たしてくれれば構いません。
公約を守って社会が悪い方向に向かうのであれば、公約を見直すことで社会が良い方向に向かうほうがまだマシだと感じています。


少し余談になりますが、4年前に現職市長が掲げた退職金を借金返済に充てるということが実現できなかった点は容認するわけにはいきません。
このケースは、最初から実現できないことを公約として掲げたのかどうかは知りませんが、できないならできないで、同じ効果が期待できる別の方法で対応できたはずだからです。
したがって、この公約については、きっちり最後まで実現にこだわるべきだったと今でも感じています。
最初に本人自らが法律的に実現は可能だと言い切ったこと、また、退職金を返済に充てることは出来なくてもボーナスカットなどの別の方法で対応した首長が実際におられることなどの理由からです。


話を元に戻して、以前、私は各候補者のマニフェストを見比べるのが楽しみだとも言いましたが、正直、政策の比較に興味があったわけではありません。
現職と新人では蓄えている情報量や経験、知識に差があるわけですから、現職が新人よりも細かく現実味のある政策、説得力ある内容を並べ立てられるのは当然のことですから、むしろ、私はマニフェストから伝わってくる候補者の想いについてどちらにメッセージ性を感じることが出来るかということに興味があったわけです。
個々の政策も含めたマニフェスト全体の内容から伝わってくるもの、個々の政策を打ち出すこととなったバックボーンをどれだけ感じ取ることができるかということを見比べたいと考えています。
もう少しわかりやく表現するとすれば、マニフェストをとおしてどれだけ三木の未来像を最も具体的にイメージすることができたかによって、候補者を選択してみたいと思っています。


さらに、私が選挙において投票の基準にしたいと考えているのは、マニフェストより民意も含めたいろいろなところからの声をどう市政運営に反映していくのか、市政運営を行っていく上でより自由な発言や議論が許され、実行される市政運営を実現できるのはどちらの候補者なのか、コモンセンス(常識や良識)を持ち、批判に対して真摯な対応ができる候補者はどちらなのかという点を重点に置きたいと思っています。
もう少し分かりやすく言えば、どちらが民主主義のルールを守れるかということです。


そういえば、前回の議会の一般質問で米田議員は、「子育て応援特別手当」の支給も、事前に議会ときちんとした形で協議がなされていればもっと市民に喜ばれる形で支給要件を三木市独自のものとして考えられたのに、もっと税金を有効に使うことができたのにというようなことを述べておられました。
病院統合の件やコンベンションホールの件、その他、産婦人科誘致や、もっと遡っていうならマックスバリュー跡地の件など、数え上げたらきりがないくらい、これまで市長の独断で数々の政策が行われてきた(行おうとしてきた)わけですが、これらの政策についても事前に必要な人たちと必要な最低限度の議論がされていれば、市民にとって、三木市の将来にとってもっと良いもの、もっと良い判断が導き出されていたのではないかと悔やまれてなりません。
そうしたちょっとした手間(しかし、省いてはならない大事な手続き)を省いたばかりに、余計な時間やお金、労力を費やすことになったケースもあったのではないでしょうか。


そのようなことから、私の場合、候補者を選択する際には、自分だけの狭い視野で三木市政を引っ張っていくことのない人かどうかをきっちりと見極めた上で候補者を選びたいと考えています。
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by kkamoike | 2009-12-27 13:59 | Comments(0)

議員定数の削減について

「議員数を4名削減します。そして、4名分で4年間1.3億円浮いた分を産業振興や雇用創出に使います。」
これは現職の薮本市長が発表したマニフェストの中の2番目の項目です。

もて木議員も指摘しておられますが、仮に実施できたとしても、4年間で1.3億円の財源が捻出されるかどうかはこの時点で既に疑わしい部分があるようです。
また、もて木議員はこんなこともおっしゃっておられます。
『そのお金が捻出できなければ、雇用の創出や産業の振興が遅れる!というのは論理のすり替え』であると。
私もこの点についてもまったく同感です。


そのお金がなければ雇用の創出も産業の振興も「しない」、「できない」ということでしょうか?
市民を馬鹿にするのもいい加減にしてほしいです。
今あるお金の中で先ずは優先順位をどのように付けていくかという問題であり、言わば、「雇用の創出」も「産業の振興」も待ったなしの状態のはずです。
市民にとっては死活問題といえるぐらい大きな問題なのです。
議員定数を削減することなんて、自分一人の判断ですぐ出来る問題ではないですし、時間がかかる問題なのです。
例えは悪いですが、味噌も糞も一緒に考えてはいけません。
(念のために言っておきますが、どっちが糞だという意味ではありません。どちらも大事な問題です。何もかも一緒にするなといいたいだけです。)


そんな悠長な、トンチンカンな発想からいつまでたっても抜け出せないから、いつまでたっても三木市は活性化しないし、市民に本当に必要な施策が打ち出せないままなのだと思います。
だから、どんどんどんどん周りから支持者が離れていくんだと思います。
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by kkamoike | 2009-12-26 09:51 | Comments(2)

新しい時代を感じさせる一言

昨日のいなだ三郎さんの後援会、出張と重なり行けませんでした。この方のブログを読んでますます聞きに行きたかったという無念の想いを強くしました。
rfuruyaさんがいつもおっしゃっておられますが、話し言葉でも、文章でも、何事もその人の想いがこもっているものには心を動かされるものですね。
冒頭でご紹介した方のブログの記事からもその人の想いがストレートに伝わってきて、文章を読んだだけで久々に心が じ~ん と熱くなりました。
ホンモノの「感動」ってこのように伝播していくものなんですね。
会場に居合わせたわけでもないのにその空気や感動が伝わるって素晴らしいです。


それぞれ応援にこられた方たちのお話もよかったということですが、私が今朝の「雑感日記」「ぼっけもん修さんのてげてげ日記」を拝見して一番心に残った言葉が、鈴木宗男さんの「会場のみなさん、一日ひとりでいいんです。いなだをよろしくお願いしますではないです。今度の市政はいなだにまかしてみようじゃないか。こう声がけしましょう。」というメッセージです。
この言葉に新しい時代の幕開けを感じさせる何かが詰まっていると私は直感しました。
「任せてみようじゃないか」という言葉、いいですね。
なんだかうまく言えませんが、そこには、「あの人に一任」という責任放棄とも他人任せとも取れる意味なんかではなくて、自分達の責任においてあの人を支えよう、一緒にみんなで苦労と喜びを分かち合おうというメッセージが込められているような気がして、今こうして文章を書いている間にも涙が溢れてきそうになりました。


三木は小さな地方都市ですが、有権者がそのような意識のもとに、三木市の未来を考え、自分が支えたいと願う候補者に一票を投じる意識が広まっていくのなら、これまでにない素晴らしく、強固な土台が築かれていくのではないでしょうか。その一番の原動力が今回の選挙で生まれれば、選挙に対する有権者の意識も市政に対する意識もおのずと変わってくるのではないかと感じました。
この風をホンモノの風にできるかどうか、この流れをどれだけ三木市民の末端にまで広げていけるかは、これからの動き、それぞれの候補者と今まさに候補者を支えようとがんばっておられる人たちをはじめとした我々有権者一人ひとりの肩にかかっているのだと思います。
一人でも多くの人が想いを一つにすることで、小さな力が大きなうねりとなっていくことを切に願っています。


相手を批判したり陥れたりすることによって生まれるマイナス志向の結束力とかではなく、新たな時代を自分達の手で創造していくという意味での未来志向型の結束力をぜひ実現してほしいと願っています。
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by kkamoike | 2009-12-22 21:49 | Comments(13)

私が「現職のマニフェスト」に欠けていると感じる点

『ガンバレ!やぶさんの瓦版 マニフェスト最終特集号』が出ました。
自分を選べば「発展」し、相手を選べば「衰退」するなんて、まるで私には 「今この壷を買っておかないと、そのうちあなたに不幸が訪れますよ」という類いのセールストークのようにしか感じないのですが···。
壷を買おうが買おまいが、幸せだと感じるのは自分の気持ち次第、努力次第なのです。
まちづくりも同じではないでしょうか。そう、結局は人に与えられたり押し付けられたりするものでも、誰かによってもたらされるものでもなく、自分たちの手でみんなで作り上げていくものなのだと思います。
その中での役割分担としてリーダーとして果たすべきことは何かを考えるべきなのです。
リーダーにしか出来ないことを。
(この部分は現職だけでなく、新人にも物足りなさを感じるところです。)
以前にも書きましたが、政策(「政策」というより「個々の事業」レベル?)なんて別にリーダーが一つ一つ事細かく決めなくても、官僚(公務員)に考えさせたらいいのだと思います。
政治家はどういうまちづくりがしたいのか、どんな方向に進めていきたいのか、またそれを実現していくには、今、三木市で何が欠けていて、どういう点を克服しなければならないのかということを正直に現実と向き合いながら、その解決方法を我々市民に訴えかけ、考えを共有してもらうことに腐心すべきなのではないかと思います。


「前進」か「後退」か?
「改革」か「逆行」か?
「発展」か「衰退」か?
これらは、これまで薮本さんが訴えてきたフレーズですが、
仮にある有権者が薮本さんを選ばないとしても、それらの人たちは、
「後退」や「逆行」、「衰退」を望んで候補者を選択するわけではありません。
選ぶ人たちも選ばない人たちも、みんな一様に、「前進」、「改革」、「発展」を心から願っているのです。
また、仮に薮本さんが選ばれなかったとしても、私たちは常に前を向いて進んでいかなければならないのです。
しかし、それらの「前進」、「改革」、「発展」はリーダー一人の力で成し遂げられるものではありません。
市民や団体、企業など、もちろん議員や職員も、あらゆる社会を構成する人たちが力をあわせて三木市の未来を作り上げていくべきものなのです。


薮本さんのマニフェストで欠けているのは、自分一人の力で何でもできると過信しているところではないかと思います。
新人候補は、薮本さんの政治を「独善政治」と批判しているわけです。
それが事実かどうかは別として、そういう声が上がっているというのは、市民の間でもそういう不満が広がっているということなのでしょうから、そのあたりの体制をどう立て直していこうとしているのかを訴えるべきなのだと思います。
しかしながら、現実は、残念ながら、それらの部分が完全に抜け落ちているのだと思います。


しっかりとした土台があって、はじめて様々な政策が輝き、生きてくるのだと思います。
生きたお金の使い方ができる人は、その辺のポイントは必ず押さえられているはずです。
個々の政策も大事ですが、私たちがリーダーに語ってほしいのは、注ぎ込むお金を無駄にしない、効果があるものにしていくためのリーダーとしての考え方、確固たる理念、仕組みづくりなのだと思います。
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by kkamoike | 2009-12-21 20:29 | Comments(3)

デジタルもアナログも

前々回の記事、そして前回の記事と候補者の政治活動について述べてきました。
有権者が候補者の素顔を知るには、やはり直接候補者と接する機会が一番なのだと思います。
高い壇上から、あるいはスーパーや駅前の辻たちなど自分の言いたいことだけを言う場ではなく、普段地域で行われている集会のように、会話形式で本音で対話が出来よるような場が一番なのだと思います。


選挙まで1ヶ月を切り、おまけに年末年始も重なるということで、各陣営にとってはほとんど残り時間がない中で、今さらそんなことはできっこないと言われるかもしれませんが、せめて市内の数箇所でも結構ですので、ミニ集会のようなものを開いて、候補者と時間の許す限り率直な意見交換が出来る機会を作っていただければありがたいと思います。
もちろん情報発信もきっちりお願いします。


武雄市の樋渡さんは、情報網を駆使して活躍されている政治家のようなイメージがありますが、それ以上に市民とのふれあいを大事にされている政治家でもあります。
あちらでもこちらでも
そのバイタリティにはいつも感心させられます。
デジタルもアナログもちゃんと押さえておられます。
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by kkamoike | 2009-12-19 09:03 | Comments(8)

「三木市長選挙公開討論会」の開催 実現せず

今回の三木市長選挙公開討論会、開催が実現せずに本当に残念でした。
わずか数週間でここまで準備を進められたminminさんをはじめ発起人の皆さんのご苦労に感謝と敬意を表したいと思います。本当にお疲れ様でした。


今朝の雑感日記では、rfuruyaさんが「対応」をキーワードに書かれていますが、各候補者の回答内容を見ても三者三様、それぞれの個性が表れているのがよくわかりますね。
これはあくまで私の個人的な感想ですが、現職の薮本さんの対応は、(どんな選挙のプロがついておられるのか知りませんが)極めて役所的で、確かに非の打ち所のない反論なのかもしれませんが、何か温かみというか、もうちょっと普通の、市民の立場に立った対応が出来ないものかとも感じました。


そういえば、どなただったか、先週の市政報告会の感想で、40分近く原稿にも目を通さずに自分の思っていることについて自信を持ってしゃべっておられたことを評価されていましたが、曲がりなりにも4年も市長を務め、それまでからも二十何年間公務員で行政経験がおありの方なのですから、また、頭もいい人なわけですから、これぐらいの時間、自分のペースで、自分の思い通りのことをしゃべることくらい当たり前といえば当たり前のことです。
肝心なのは、自分の予期せぬことや、自分にとって都合の悪いことなどを質問された場合の対応なのだと私は思います。
この前の現職候補の報告会や、今度の新人候補の考える会などは、後援会が主催した筋書きの決まった芝居みたいなものですから、はじめから候補者が素晴らしく見える、あらゆる点において落ち度のないように進められるのは当然です。
どれだけ自分をいいように演出できるか、演技力が試される場でもあるわけです。
最初からそういう場だと分かっているだけに、私なんかは、ちょっとした失敗や愛嬌のある面が見られるくらいのほうが、人間味があって好感が持てます。


今後、ラジオでの討論会も企画されているようですが、できるだけ候補者の本音が聞ける討論会になることを期待したいと思います。
私達が見たいのは、候補者の素顔と本音なのです。
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by kkamoike | 2009-12-18 19:37 | Comments(3)

R175が見て、聞いて、読んで感じたことを書き綴ります。
S M T W T F S
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