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どうぶつのつぶや記

ふるさと納税とゴルフ振興

前回の続きです
三木のふるさと納税返礼品の中に市内のゴルフ場の利用券がありますが、
例えば、この返礼品を選んだ場合、この財源をゴルフの振興に充当するというのはどうでしょうか?

仲田市長の公約には、ゴルフ振興があり、その実現に向けた様々な具体策が検討されていることと思います

それらの具体策、市のゴルフ振興への想いや熱意をうまくPRできれば、前回の記事で書いた「共感を得るコト」にも繋がっていくのではないかと感じます

具体的には、三木レディーストーナメントや高校生ゴルフ選手権開催などを通して、この三木市から未来のプロゴルファーを誕生させるという壮大な夢の実現に向けて、自分たちもその活動に一役買おうという意思が生まれ、行動する
ふるさと納税がそのきっかけになるのであれば、それはそれで制度としての機能が果たせていることになるのだと思います

その行動を起こすことで、自分たちもそれらの場に登場する選手たちを応援したくなるでしょうし、ゴルフを通して三木市を一緒に盛り上げようという想い、いわゆる「三木のサポーター」を生み出すことに繋がっていくのではないかと感じます

その輪を広げ、浸透させていくことで、仲田市長が思い描く「誇りを持てるふるさと三木」の実現にも寄与していけるはないでしょうか

さらに付け足すと、単にゴルフ場の利用券という返礼品ではなく、ふるさと納税でそれをチョイスされた方がラウンドの結果を応募(三木ふるさと納税版 ゴルフトーナメント)してもらい、年間を通してベストスコアとなった人には、市内で開催されるプロゴルフトーナメントに招待する、別の返礼品をさらにプレゼントするなどの特典をつければ、納税した後もさらに楽しめることになり、納税のインセンティブをさらに高めることができるのではないかと思ったりします


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# by kkamoike | 2017-08-11 07:08 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(0)

ふるさと納税 モノから共感できるコトへ

ふるさと納税の受け入れ総額がどんどん増えている一方で、ふるさと納税のあり方を含め、様々な問題が出てきているようです

総務省が公表している「ふるさと納税に関する現況調査結果」によると、
自治体間における返礼品の加熱競争が起こっている反面、納税してもらったお金の使い道への意識が低いという傾向も見られます

いわゆる「モノで釣る」だけに重点を置くだけではなく、今後は、自治体がめざすビジョンや自治体が力を入れてやろうとする施策=「コト」に共感させる工夫という部分での自治体間競争が注目されてもいいのかなとも感じます

三木市も例外ではなく、ふるさと納税の額は、近年、右肩上がりの状況のようです
人気の返礼品は、それ自体評価されているからこそ、ふるさと納税の総額が増えることに繋がるわけで、そのこと自体は確かに素晴らしいことなのですが、
返礼品の充実という部分に力を注ぐ以外に、もう一捻り出来ないものか、「モノ」だけではなく、「コト」に繋がるような仕掛けが出来ないものでしょうか?

三木の特色を活かした、ふるさと納税の仕掛けがうまくできれば、それはそれで、他の自治体から注目を浴びるきっかけにもなるような気がします



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# by kkamoike | 2017-08-07 18:40 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(0)

市議会との連携

昨日は、仲田市長の所信表明があるということだったので、久しぶりに市議会の内容を聞きました

仲田市長が選挙で掲げられた三木市の課題とその対応策を基本に、堅実な市政運営を目指していきたいという決意が感じられる素晴らしい所信表明演説でした

また、新しく2名の副市長も決まりました
幹部慰労会の問題という前市長の残した問題が未だ解決に至っていない状況下ではありますが、現時点での一定の体制が整いました

そんな中、さぁこれからという矢先に水をさされる新たな事件が勃発しました
それは、この議会でもう1つ審議された百条委員会に関する審議の中での出来事です

三木新党のK議員が賛成討論の中で、あろうことか、不正アクセスに関わった職員の所属とイニシャルを述べられたのです
私は、一瞬、耳を疑いましたが、他の議員からヤジは飛んでいたものの、動議もなく、そのまま議会は終了しました

私が疑問に感じたのは、次の3点です
①何故、この議員は所属とイニシャルを知っているのか?どこから情報を入手したのか?
②イニシャルとは言え、限られた組織の中では、個人が特定されかねません、このことは、個人情報の漏洩にあたらないのか?
③他の議員が誰一人として、この発言内容を問題として捉え、議会人として対処しようと行動を起こさなかったのはなぜか?

議会という神聖な場で、問題発言を問題発言と認識せず、発言する議員
また、問題発言があっても、それをおかしいと言わない?言えない?議員の方達

百条委員会では、議会で虚偽答弁をした職員も事情を聞かれると思われますが、追求するこの方達の今回の問題発言に対する意識、行動、対応を見る限り、本当に百条委員会が正しく、適切に機能するのかどうか、甚だ疑問です
そもそも、このような方達に追求できる資格があるのかどうか

奇しくも、仲田市長の所信表明では、市議会との連携を一番のポイントに挙げられていたと受け取りましたが、肝心の市議会がこの程度のレベルでは、いやはやなんとも心許ないと言わざるを得ません

くれぐれも仲田市政の足を引っ張るようなことだけはないようによろしくお願いします

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# by kkamoike | 2017-08-04 05:34 | 三木市政 | Comments(0)

三木鉄道とまちづくり 雑感

2017/7/29 神戸新聞NEXTに、「旧三木鉄道、茨城で変わらず元気 海も見ました」
という記事が掲載されていました


以下、記事を一部抜粋して掲載します

2008年に廃止された兵庫県三木市の第三セクター、三木鉄道の車両が、500キロ余り離れた茨城県の第三セクター、ひたちなか海浜鉄道で快走を続けている。白地に赤と青のラインが入った車両が豊かな緑の中を駆けるのどかな風景が人気を呼び、地域ぐるみで存続努力を続けるローカル鉄道の活性化に一役買っている。
(略)
 ひたちなか海浜鉄道は、三木廃線を受けて09年に1両を買い取り、同年8月に運行を始めた。三木鉄道は、保有した3両をそれぞれ国内の地方鉄道会社に売却したが、往時のボディーカラーを維持しているのはここだけ。
98年製のディーゼルカーで席数57、定員116人。車両番号は三木鉄道時代の「ミキ300-103」のまま。老朽化で色を塗り替える際も「懐かしんでくれる人がいるから」と、あえて同じに保った。いすなどの内装も変えていない。年に100人程度のファンがミキ目当てでひたちなかを訪れる。
(以上、記事の冒頭を抜粋)



三木が育んだ良さをそのまま受け継ぎ、廃線当時と変わらず愛し続け、受け入れてくれている鉄道がありました
嬉しくもあり、何か大事なもの、かけがえないのないものを失ってしまったという残念な思いが交錯します
三木鉄道の廃線への経緯やその後の線路跡の活用法などを見てきた者からすれば、非常に複雑な気持ちになりますね

日常当たり前の光景の中にこそ、価値あるものがあることをあらためて気付かされたと同時に、それを見出し、どのように活かすことができるかが、これからのまちづくりに問われるのではないでしょうか

三木鉄道を生み育ててきた三木には、まだまだいろんな価値を生み出すものをたくさん持っている、そんな可能性を秘めたまちなんじゃないかと常々感じています

三木鉄道廃止で失ったものを今更取り戻すことはできません
ひと昔前の私なら批判で終わっていたような気がしますが、ある結果からこれからのまちづくりにどう繋げることができるのかを考えた時、かなりベタな発想かもしれませんが、たとえば、三木鉄道の車両がとり持つ縁をきっかけに、茨城県ひたちなか市と友好都市を結び、市民交流を進め、鉄道を共に盛り上げる、そして、三木市をアピールしていくというのも面白い発想ではないかと思ったりします

これは、三木鉄道を自ら廃止した前市長では絶対にできないことかもしれませんが、仲田市政ならできないことはない取り組みではと感じます

まちづくりの無限の可能性と、まちづくりの難しさ、その両方を考えさせられる記事でした


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# by kkamoike | 2017-07-29 13:44 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(0)

拙速よりも堅実

選挙後に早々に打ち出したごみ処理民営化見直しの発表から、今度は、大型集客施設計画の見直し検討会設立の記事が神戸新聞に掲載されています

前市長が「三木市の命運がかかっている」と訴えたこの二大プロジェクト
選挙公約であったとはいえ、この時期に市長として見直しの方針を打ち出したことは、一定評価できるのではないでしょうか
何よりも、すでに決まっているかのごとく情報発信してしまい、既成事実を作るといった姑息なやり方でないのがいいと思っています。
そこには、可能な限り、最高責任者として、説明責任を果たし、市民の期待に応えようという決意が伺えます

私が感じるのは、一人、大海原を航海するよりも、オーソドックスではありますが、互いに知恵や意見を出し合いながら山積する課題に取り組んでいく、
そして、市民目線での優先順位をきっちりと判断しながら必要な情報を適切なタイミングで発信する、
その上で意思決定していくという堅実なやり方のほうが、市民の市長に対する信用度は確実に増すと思っています
これらのオープンな場できっちりと議論し、決定していく動きは、前市長とは全く異なるアプローチです

結論を出すまでのプロセスは、案件が案件なだけに、決して矢継ぎ早とはいかず、かなりの時間がかかることが予想されますが、拙速で取り返しがつかない結果を招くよりはよっぽどましではないかと思っています

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# by kkamoike | 2017-07-26 21:23 | 三木市政 | Comments(0)

部下への信頼と期待について

自分の頭で考えて動く部下の育て方
著者 篠原信 

この本の中で、部下への信頼と期待について書かれてありましたので、自分への戒めの意味も込めて、書き留めておこうとおもいます。

以下、抜粋です

「私はあなたのことを信じている」という言葉は、しばしば「私はあなたが私の期待した通りに行動すると思っている」という意味になる。「信じる」という言葉の意味が「期待」である場合、人は重荷に感じるらしい。
期待通りに動くことを強いられているようで、面白くなくなるのだ。期待とは、相手の行動を縛る無言の「指示」のようなものだ。だから逆らいたくなる。アマノジャクな気持ちが芽生えてしまう。

(略)

(西郷隆盛は)、部下にああしろ、こうしろと細々とした指示を出しはしなかった。部下を信じ、任せる。たとえマイナスの結果になっても「仕方がない」と受けとめる。
西郷の運命は自分の手に委ねられている、と感じた部下は、なんとしてもマイナスの結果にならないようにと必死になった。信頼に応えようとした。

(略)

様々な歴史上の人物が部下を感奮させたのも、「身を預ける」信頼、「祈り」にも似た信頼だった。自分の思い通りに行動させようという「期待」とは違うものだ。そこはぜひ、勘違いしないようにしたいものだ。

216〜219頁 「西郷隆盛は部下に自分の運命すら委ねた」より




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# by kkamoike | 2017-07-22 11:37 | マネジメント | Comments(0)

土井善晴さんのこと

料理研究家 土井善晴さんが書かれた
『一汁一菜でよいという提案』という本
この本を書いた経緯、想いなどについて土井さんご自身が語るラジオ番組がありました

こんな言い方は失礼にあたるかもしれませんが、普段、テレビに出演されている印象は非常にざっくばらんで、少しトボけた印象があったのですが(ごめんなさい、あえて演出をされているのでしょうが、、、)、ラジオでのお話は、料理人、料理研究家として、豊富な知識と経験を踏まえ、専門的な内容も盛り込まれるも、素人にもわかりやすく、聞く人の想像力を存分に掻き立てる内容のお話で、説得力もあり、あっという間に引き込まれてしまいました

お話の中では、
土井さんの料理人、料理研究家になるまでの幼少期から修行、料理学校で生徒に教えられた経験などのエピソードもあわせて紹介されました。
そのエピソードの中で私が一番印象に残った部分をまずはご紹介します

一人前の料理人を目指して自分の腕を磨いたらよたかった修行時代から、
料理学校に勤めた時代では、教える側に立つ者が、料理の基本を生徒や後輩、弟子に受け継ぐためには、修行時代よりもさらに知識や技術を磨く、さらには人間性を磨くことが、自分のためだけでなく、教える生徒や後輩のために必要だと強く認識させられたというお話です

土井さんが育った時代に当たり前だった「技は見て盗め」とか、「背中を見て学べ」という技術伝承のやり方も、今は自分も相手も納得させることが求められる時代になったこと
だから、自分が納得できないことは、納得するまでとことん聞く
たとえ相手に嫌われたとしても
その分、昔と比べると、ある意味、割りが合わない部分もあるし、しんどい思いをしていると感じる時代になったけれども、そのことと向き合わないとこれからの時代は、技術の伝承はやっていけないと思うと述べられていました

土井さんの優しくあったかい関西弁の効果もあり、それでいて芯のあるしっかりとした考え、さらには、時代に求められる厳しさをも自分の使命として受け入れて、次代につないで行こうとされているまっすぐな姿勢に胸が熱くなりました


そして、お話は、「一汁一菜」の本の話へと続いていきます

料理、家事もひとつの仕事
家庭で料理を作る多くの人は、家族の期待に応えなければという、ある種の脅迫観念に駆られ、困っているのが現実

この「一汁一菜」を実践することで、
料理を作る人も、いただく人も、
誰もが幸せになるというお話でした


ある種の脅迫観念から解放される、
料理を作るというプレッシャーが解かれる、
肩の荷がおりる、
余裕が生まれる、
などにより、
料理を責任感や強制からではなく、
自分がほんとうにやりたい料理を作ってみようという気持ちが湧き上がるようになる
と言います

その上で、土井さんは、こんな風におっしゃっています

『料理ってやっぱり「作りたい」とか「食べさせてあげたい」とか、「自分が食べたい」とか、そういうことですから。
そんなふうにして、わたしは、みんなの料理を本来の意味に戻したいんです。』

そして

『一汁一菜というのは、毎日食べ続けても絶対飽きないんです。
それはそれで、体にしみるくらいおいしいんです。
だから、ごはんがこんなにおいしい。
味噌汁がこんなにおいしい。
毎日そんなふうに食事をたのしめる。
さらに汁の具を変えれば、際限なく違うものを作り続けられる。
それが毎日続けば、家族も変に期待しないですし、さらにそのときサンマがあれば、子供たちもみんな「今日はサンマがついてるぞ!」って自分で発見するわけじゃないですか。
いま、時間をかけてごちそうを作っても、誰も気づかないわけでしょう?
でも一汁一菜が基本になると、作り手も、食べる側の喜ぶ顔が見えるんです。』


あらためて基本を見つめ直すことで、
新しい発見が生まれ、
そこから派生して新たな創造へと発展していく
料理を極めた人だからこそ辿りつく境地なのかもしれませんね

そして、やっぱり、心や生活に余裕がないと、なかなかみんなを楽しませる、巻き込めるような仕掛けのある創造やアイデアには発展しないということでしょうか


今、社会的な課題となっている「働き方改革」や「顧客サービスのあり方」、もっと大きな視点で言えば「企業理念」だとか、また、部下への動機付けや職場環境をよくしていくことにおいても、何かヒントになるような、根本の部分で繋がっているような、そんな奥深いお話ではないかと感じました

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# by kkamoike | 2017-07-20 18:27 | 心に留めておきたい言葉 | Comments(0)

三木市職員、これからの三木 雑感

「10年間自分で考えたらだめな組織だったので、職員が育っていません。」
これは、あるフェイスブックで、三木市政を取り上げた記事に対するコメントです

仮に、三木市が、そのような組織であったなら、志を高く持ち、公務員の仕事に懸命に取り組んでこられた方たちにとっては、さぞかし、やりきれない、そして苦しい10年間だったのではないでしょうか?

一方で、「いつか夜は明ける」と信じ、腐らずに、その瞬間を夢見て、懸命に耐え、目の前の仕事と真剣に向き合ってきた方たちもいるはずです
今の三木市にもそんな方たちが必ずいると信じています


子どもの教育を語る時などに、よく言われる、「自由」と「規律」

「規律」は、好き勝手なことができず、窮屈という印象がありますが、一方で、自分で考えなくても、上からの命令どおりに従っていれば、責任はとらなくてもいい場合があることを考えれば、ある意味、楽です

しかしながら、「自由」は、一見、楽に見えるけれども、自分で責任を持って考え、行動することが求められるので、厳しく、しんどい面があります

職員の方たちにとっては、これから、今まで以上にやり甲斐を持って仕事に取り組めるという反面、今まで経験したことのない、
もしかしたら、全国のどの自治体職員も経験したことのないような大きな壁、これまでの困難とは全く次元の違う困難にぶち当たることになるかもしれません

そんな時は、ぜひ、仲田市長とともに、その困難な状況から「自分たちの手で、この組織を蘇らせるんだ」という気概を持って、頑張っていただきたいです
そして、冒頭のようなコメントの予想を裏切るような活躍を期待しています

私たち三木市民も、頑張る職員の方たちを温かい目で見守り、応援し、市と協力しながら、この三木を今まで以上に魅力あるまちにしていけたらいいなと思っています

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# by kkamoike | 2017-07-14 21:39 | 三木市政 | Comments(0)

組織は人なり

http://agora-web.jp/archives/2025741.html
BLOG:北尾吉孝日記の記事には、

「知識の欠如」
「実行力の欠如」
「戦略の欠如」
が紹介されています。

「知識があるからこそ色々な問題が判断できるのであって、知識が無ければ戦略を策定するところまで行かず、知識を発展させ実行力を伴う見識を持つこと即ち知識を胆識に高めることも出来ず、故に企業が成長することはないでしょう。」

と結論づけられています。

知識がないと判断を誤り、誤った判断のもとに立てた戦略での物事は失敗に終わってしまう
すべては、「人」次第ということですね

また、
「人」を生かすのも「人」、殺すのも「人」
経営者の考え方、資質、生き方次第で、人、組織、戦略は、大きく変わっていきます

もう一つ、
松下幸之助氏の言葉も書き留めておきます。


「事業は人なり」と言われるが、これは全くその通りである。
どんな経営でも適切な人を得てはじめて発展していくものである。いかに立派な歴史、伝統を持つ企業でも、その伝統を正しく受けついでいく人を得なければ、だんだんに衰微していってしまう。
経営の組織とか手法とかももちろん大切であるが、それを生かすのはやはり人である。
どんなに完備した組織をつくり、新しい手法を導入してみても、それを生かす人を得なければ、成果も上がらず、したがって企業の使命も果たしていくことができない。
企業が社会に貢献しつつ、みずからも隆々と発展していけるかどうかは、一にかかって人にあるとも言える。

「松下幸之助[一日一話] 6月21日 事業は人なり」から抜粋・引用

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# by kkamoike | 2017-07-13 20:51 | 心に留めておきたい言葉 | Comments(0)

「行革」、「県市協調」、「ごみ問題」

新市長への期待と要望が多く寄せられている
そんな記事が神戸新聞に掲載されていました

業界や議会、県や他市町など、関係団体や関係機関との連携強化が求められており、あらためて、仲田市長の手腕が問われています

この記事から、三木市のこれまでの関係が、いかに「しがらみ」という言葉を自分勝手に、自分ファーストに、また都合のいいように解釈し、疎遠な、あるいは疎外した関係のまま、三木市政が成り立っていたのかがよくわかりました

多くの市民も、「改革」と「しがらみをなくしているつもり」が、ごっちゃになって、錯覚していたのかもしれません

でもよく考えてみると、これって、無茶苦茶無駄なことなんじゃないかと思うんです

だって、それぞれが現場では生の情報をたくさん持っている人たちがいるわけですから
この人たちの知恵や助けを借りないというのは、
それこそ、無駄の極みではないかと思うからです

三人寄れば文殊の知恵
一人より二人、二人より三人

施策を進めていく上で、限りある資源、
ヒト、モノ、お金、情報をいかに最大限活用していくかが、昔も今も問われています

「行革」というと、無駄を削り、スリム化するというイメージが強いわけですが、
例えば、「県市協調」により生み出される効果、業界や関係団体との連携で生み出される効果なども、
費用対効果という視点から考えれば立派な行革の一つの成果として挙げていいんじゃないかと思います

何んでもかんでもなくしたり、削減したり、民間委託したりすることが、本当の意味で「行革」につながるとは限りません


「ごみ問題」、
ゴミの民営化をゼロベースから見直すことについても、そんな視点も持ちながら、一人ひとりが我がごととして考えていくことが大切ではないかと感じました

また、安全安心を買うという視点からもよく吟味して判断することも大事で、民営化しないという選択をするほうが、長い目で見れば「行革」につながっていくのかもしれません


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# by kkamoike | 2017-07-08 14:05 | マネジメント | Comments(0)

R175が見て、聞いて、読んで感じたことを書き綴ります。
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