どうぶつのつぶや記

買い物とは、どんな社会に一票を投じるかということ

「買い物とは、どんな社会に一票を投じるかということ」
これは、あるフェアトレードの店舗で目にしたキャッチフレーズです。

選挙で、候補者を選ぶという行為は、ある意味、「まちづくり」、もう少し違う視点でいうと「社会のあり方」を選択するという、非常に大きな買い物であるといえます。

私たちは、その一票で、「まち」や「社会」を選択できる権利、自分の意見が言える権利を得ることが出来ます。
そして、最終的には、良い意味でも、悪い意味でも、その買い物で得た恩恵は、さまざまな形で、このまちに住む私たちや、将来このまちに住む人たちに還元されることになります。

2017年7月2日
あなたは、どんな「まち」や「社会」に向け、一票を投じますか?


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# by kkamoike | 2017-06-21 19:20 | 三木市政 | Comments(0)

三木に、今一番必要なこと、それは、

「生き残りをかけた」とか、「命運をかけた」とか、
社会がものすごいスピードでどんどん変わり、先の見通しが立てにくい時代であることをみんなが実感している中で、そのようなことを必要以上に強調したり、煽ったりすることに、何の意図や狙いがあるのだろうか。

大事なのは、リーダーが常に待ったなしの状況であることを前提として、どういう方向性を打ち出すか、三木のカラーを創り上げていくのかだと思います。
そのためにも、三木に、今一番必要なこと、それは、失われた信頼の回復、そして自信と誇りを取り戻すことではないでしょうか。

まずは、三木に住む人や自然、恵まれた様々な施設やサービス、それら一つにひとつに磨きをかけていくことで、新生三木のイメージを市の内外に示し、三木の果たすべき役割を一つひとつ確実に、実直にこなしていく姿勢、そして何より、どの様な局面においても「誠実」であり続けることではないかと思います。

それは非常に困難で険しい道のりかもしれません。
しかし、子どもたちに伝統ある三木の素晴らしさを継承し、子どもたちに胸を張って自慢してもらえるふるさとを創り上げていくためにも、今こそ、三木市民が持ち合わせている先見性と心意気を一つのベクトルに合わせていくことこそが、私たち大人に課せられた使命ではないかと思います。


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# by kkamoike | 2017-06-19 06:10 | 三木市政 | Comments(0)

金物まつりと神鉄の問題

丹波焼のふるさと篠山市では毎年陶器まつりが開催されています。
その陶器まつりのパンフレット・チラシの片隅でしたが、「電車でEco!」というタイトルの下に、
JRを利用して会場に来られた方に抽選で市内公共施設などの利用優待券をプレゼントしますという案内がありました。


三木の金物まつりもたくさんの人が市内、市外から来られます。
神鉄の利用促進だけでなく、金物まつりが終わったあとにも三木市を訪れてもらえる機会を提供できるという切り口からも一度検討してみる価値はあるのではと感じました。
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# by kkamoike | 2011-09-23 11:01 | Comments(1)

すべてに通じる原点、ですよね

事業の原点は、
どうしたら
売れるか
ではなくて、
どうしたら
喜んでもらえるか
である。


松下幸之助
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# by kkamoike | 2011-08-04 21:08 | 心に留めておきたい言葉 | Comments(0)

政治家失格

「議員報酬の削減」という議会自らの提案が否決されたそうです。
この事態に、それぞれのブログで意見が述べられています。

私は、これまでも市長の報酬カットや職員の給与カットがなされた際に、これらの取組は「改革」とは言わないと繰り返し述べてきました。
最後まで手をつけてはいけないはずの部分でありながら、このようなところに真っ先に手をつけることは誰にでもできることであって、最低で最悪の経営でしかないと批判し続けてきました。
三木市が常に模範としている小野市の市長は
「いくら苦しくても労働の対価としての報酬には最後まで手をつけない、あらゆる手段を尽くして経営の健全化をめざすことが本当の経営者のあるべき姿である」
というようなことを某全国区のビジネス雑誌で語っておられたと記憶しています。
別に小野市長が特別な存在なのではなく、このような考え方を持っておられる経営者、実際に苦しい状況の中でも実践しているトップの方は官民問わずたくさんいらっしゃいます。

しかしながら、三木市においては、市長の報酬カットのパフォーマンスを皮切りに、職員の給与カット、さらには議員の報酬カットがなされてきたわけです。
そこに至った経緯は、私たち市民にはわかりません。
その取組自体が良いのか悪いのかは別として、少なくとも大義名分としては『市民サービスを低下させない』ための苦肉の策であったと考えたいのです。
そのような取組であったとするならば、いかなる理由があるにせよ、市民をも巻き込んだ三木市全体で特別な取組をしている真っ只中に、議員だけが報酬カットを免れることはあってはならないと思うのです。

すなわちカットを取りやめた時点で、この取組の大義名分はなくなり、単なる弱いものいじめ(手っ取り早くカットできる者からカットするという意味)の取組に成り下がってしまいます。
今回の議員報酬カットの取りやめは、そのような邪まな考え方を結果的に露呈したことになると考えます。

また、泉議員がご自身のブログで述べておられたカットに反対する理由の一つに「報酬カットが本当の議会改革ではなく、議員自らが政策を立案する集団に変革していくことが本当の改革である」というようなことを挙げておられますが、では、市長や職員はカットしたままでいいということでしょうか?

私たち市民は、議員だけでなく、市長にも職員にももっともっと良い働きをしてもらいたいと願っているのです。
特に、市長には、報酬カットというくだらないパフォーマンスは一刻も早くやめていただき、まともな市政運営をすることに力を注いでもらいたいと思っているほどです。 カットしているからこれほどまでにくだらない施策しか考えられない、また、まっとうな施策を考える必要はないと開き直っているのではないかとも思えてしまうほどですから。

いずれにしても、カットに反対した議員の方たちに言いたいのは、自分たちの都合のいいように市民の声を解釈されては困るということです。
そして何より政治の大義名分を忘れてしまっては「政治家失格」だということです。
どのような経緯があったにせよ、また、いろいろとそれらしい理屈を並べてみたところで、過去にみんなで報酬や給与をカットして市の健全財政に寄与しようと一旦は議会でも承認をして取り組んできたことなのですから、カットを戻したいのであれば、先ずは、これまで市民から批判され続けてきた議員の働きを改め、実際に目に見える形で表現し、それを市民に評価してもらってからカットを取りやめるのが世間一般の常識、筋ではないかと思うのです。
今はまだ、残念ですが、とても報酬に見合う仕事をされていると評価できるレベルではありません。
それに、お金が伴わなくてもできることはたくさんあるはずです。

「政治家失格」という烙印を押される前に、自分たちの主張を正当化するだけではなく、市民の目線にたった議論から始めるべきでしょう。
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# by kkamoike | 2011-06-29 21:16 | 三木市政 | Comments(9)

「三木金物」の良さか体感できるキッカケづくり

●少し前になりますが、「インディペンデンスボードウォーク」の取組がグリーンピア三木で行われたという記事が、「がんばれ!みき」「さるとるファイト!」で紹介されていました。
とてもいい取組だなぁと感心して拝見したのですが、そういえば、三木にはまだまだ自然や緑が多いところだからこそこのような取組もしっくりくるんだなと感じました。
そして、「木」を使った取組も三木ならではでないかと···
さるとるさんの記事によると
作りたい人は、1枚1000円でボードを購入でき、
絵や文字などをかくマジックなどは、その場で貸してくれ、
自分で取り付けることも可能で、
あずけておけば、後で、設置もしてくれる

ということのようですが、
例えば、このボードを作る段階から三木ならではの特色を考え、ある工程を取り入れてみるっていうのはどうでしょうか。
例えば、ボードの作成づくりからチャレンジできるというような工程があってもいいような気がします。


●少し話がそれますが、グーグルの検索で「ネイチャー、木、工房、道具」と適当な単語を入力すると、検索結果の広告欄に三木金物オンラインショップ「アルデ」のページのリンクが出て来ます。
なるほど、子どもが対象となるネイチャークラフト体験なんかでも様々な工程で道具が使われることが予想されるために、このようなリンクがされているのでしょうか。


●もちろん金物の振興を考える上では、金物の「販売」が基本なのでしょうが、例えば、高級道具、なかなか手が出ない道具を使って子どもたちが気軽に「ものづくり」にチャレンジしていける環境を作り上げていくのも面白いと思います。
あるモノを完成させる楽しみだけでなく、例えば、作る工程での木を切る、削るなど、道具を使う際に伝わってくる感触も楽しむことができれば、道具を通して子どもたちの感性に訴えかけられるものが生まれるのではないかと思います。
いい道具そのものの味わいを楽しむことができれば、やはり「いい道具は違う」という感覚を自然に覚えるでしょうし、道具に対する愛着も湧いてくるのではないでしょうか。
まさに「百聞は一見にしかず」ですよね。


●いくらいい道具が使い心地が良く、切れ味なども抜群だということは分かっていても、実際に購入するとなるとなかなか手が出せないわけですから、例えば、このようなネイチャー教室やある特定のイベントの際にいい道具が実際に使える仕組みがつくり出せないものか···。
すなわち、用途、期間限定での道具のレンタル(貸出)事業を展開していくというのはどうでしょうか?
道具は、使えば使うほど味が出るともいいますし、そういう高価な道具でもレンタルが可能なら相応の費用負担で使うことができるでしょうし、そうなれば子どもたちが産地自慢の道具と気軽に接する機会を創り上げることができるのではないかと思うのですが。
(そんな簡単にはいかないモンなんですかねぇ。)
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# by kkamoike | 2010-03-23 20:25 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(8)

施政方針から伝わってくる「攻め」の姿勢(市政)と「守り」の姿勢(市政)

一昨日、やけにアクセスが増えたと思ったら、さるとるさん三条市の国定市長さんがそれぞれの記事にリンクしてくださっていました。
ありがとうございました。
そして、国定市長さんが私のブログの内容に気付かれたのは、もちろんrfuruyaさんがリンクしてくださったからです。いつもありがとうございます。


さて、その三条市長さん、最近の記事は、施政方針の中で特に思い入れの強い取組を我々一般の読者に対してもわかりやすく発信してくださっています。
三条市の伝統産業である『ものづくり』をいかにして足腰のしっかりしたものに育てていくか、そして将来を担う子どもたちにいかに引き継いでいくのか、ここ数日のブログの記事を拝見していると、市長の考え方には一本のしっかりとした筋が通っているのがよく伝わってきます。
子育て支援、高齢者施策、教育、その他諸々の事業が、基礎的自治体である市町村で同じように行われているわけですが、それらのサービスを提供するだけなら、極端な話、別にどこの自治体に住んでも構わないわけです。
個々の自治体が持つ特性をとことん生かしたまちづくりがあって、はじめて、それらの「当たり前」のサービスが、その自治体ならではのサービスへと格上げされ、独自性という光を放つものになっていくのではないかと思います。
以前、国定市長がおっしゃられていたことが、今、ぼんやりとではありますが、わかりかけた気がします。
(抜粋)
私はいつも考えます。
〝このまちにとって不可欠なものは何なんだろう?その要素が失われてしまうと活力そのものが奪われてしまうものは何なんだろう?このまちが他の地域と比べて突出した、このまちの色合い、アイデンティティは何なんだろう?〟と…
この問いを市長就任後も絶えず自らに問いかけ続けました。
そして、今、確信しております。この地域の殆ど全ての人が〝当たり前だ〟と思っているものに…それは〝ものづくり〟です。このまちは、誰が何と言おうと〝ものづくり〟に立脚しているのです。しかも〝工業系のものづくり〟が圧倒的な主役です。
それは、農業を否定しているのではない、建設業を否定しているものでもない、教育や福祉が不必要だと言っているのでもない。
しかし、この〝ものづくり〟を否定してしまえば、〝ものづくり〟を軽視してしまえば、このまちの色合い、アイデンティティ、求心力は、あっという間に瓦解していきます(ちなみに、お隣の燕市も全く同様だと思います。だからこその燕三条地域です)。
〝ものづくり〟があるからこそ、人口を、少なくとも、この程度にまで集約ができて、〝ものづくり〟が一定のパフォーマンスを維持していたからこそ、農業·建設業·商店街のことにも目を向け、教育·福祉分野の充実に資源を投入できるのです。
この、私たちにとっての色合い、アイデンティティ、求心力そのものである〝ものづくり〟が今危ない。危なくなってから1年半。
だからこそ、今こそ、この〝ものづくり〟が瓦解しないよう、全力を投入しなければならない。



残念ながら、同じ“ものづくり”に立脚したまち、金物という伝統地場産業を持つまちである我が三木市からは、三条市長さんの口から伝わってくるほどの熱意が、(三木)市長自らの言葉からも、実際の施策の優先順位やその中身からも、切迫感といいますか、ひしひしと伝わってくるものがまだまだ足りないような気がします。
突き詰めて考えれば、物事に対するスタンス、考え方、もっと大きく言えば、まちづくりの根幹となる部分をどう見据え、どういう手順でまちづくりを組み立てていくのかという、まちづくりの進め方が180度違っているように感じたりもします。
それは、何を「核」としてまちづくりを考えていくかという認識の問題でもあると思います。
実際にやっていること(やろうとしていること)はそれほど大きくは変わらないのかもしれませんが、何を最優先するのか、事業などの組み立て方、持っていき方次第で、まちづくりに対する迫力や意気込みは大きく異なってくるのだと思います。
まさにそれが「一体感」を創り上げる原動力になっていくのでしょうね。
将来を見据えた「攻め」のまちづくりを展開していくのか、どちらかというと現状の問題への対応に重きを置いた「守り」のまちづくりを展開していくのか···、このことは、それぞれの市の施政方針の中に頻繁に出て来る言葉や表現を見れば一目瞭然ですが、要はこの違いが、3年先、4年先と年を重ねるごとに大きな勢いの差となって表れてくるような気がします。
もっと三木市も、他市の良いところ、特に同じような課題や背景を持つ三条市の良い部分、先見性のある部分をどんどんと取り入れ、見習っていくくらいの貪欲さ、したたかさが欲しいものです。
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# by kkamoiKe | 2010-03-20 11:52 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(2)

リーダーの意識一つで改革は成し遂げられる

職員の意識改革を主な目的として始めたトイレ掃除
もて木さんのブログによると、
『以前よりトイレが汚くなってきているのでは』との指摘に対し、
市長は、『職員が一生懸命やっているのに、そんなことを言われる市民がおられるのは残念だ。今後も継続する。』
とのコメントを返されたとか···
トイレ掃除は仕事なのか、それとも単なる職員の自主的な意識改革のための手段なのか。
今一度、「トイレ掃除」のあるべき姿を考える時期が来ているのではと思います。
トイレ掃除を「仕事」として捉え、専門の業者に任せるほうが、トイレをきれいにするなどの維持面と、費用的な面の両立が最も効率的に成し遂げられるというのであれば、一旦決めたことであっても、これまでの成果を検証した上で、勇気を持って見直す決断をするべきなのだと思います。
トイレの使用が職員だけに限られているのならともかく、市民も利用するのであれば、たとえ一部の市民の声であったとしても、そのような指摘を受けることはあってはならないはずです。
市民が利用する際に、いつも気持ちよく、綺麗に保たれている状況を維持することが大事であって、このような市民のことを第一に考えたサービスを提供することが、(公務員が行おうと、民間業者が行おうと)まさしく『プロの仕事』といわれるものになるのだと思います。


●議員定数の削減問題
定数の削減のみならず、今、まさに議員に一人ひとりの意識改革が求められているのだと思います。
トップが、経費の面だけでなく、議員一人ひとりの意識改革も含めて、議会に対して口出しをしたのであれば、当然、トップ自身も意識改革が求められるはずです。
例えば、市長の議会での立ち居振る舞いや、
議員によって対応をあからさまに変えるというような態度などは、今すぐにでも改めるべき事柄です。
また、一つの意見として、市のリーダーが今何を考え、どういう方向に進もうとしているのかといったことを、些細なことでもいいので情報発信を怠るべきではないという指摘は全くそのとおりだと思います。
時代は私たちが考えている以上のスピードで変化していっているのです。
トップ自らも常に時代の要請に応じて変わることにチャレンジしていく必要がありますし、自ら模範を示していかなければならないのだと思います。
そうでないと、「改革を成し遂げたい」という想いは、誰の心にも届かないでしょうし、まして人の心を捉え、動かすことはできないと思います。


●ところで、今朝の雑感日記で紹介されていた『ドライバー モリゾウのBLOG』の最新記事には、びっくりするぐらいのコメントが数多く寄せられているのですが、その中でこんなコメントを見つけましたのでご紹介します。
シゲ [2010年3月17日 15:13] *

モリゾウさんはじめまして。
私は現在29歳で微力ながらごくごく小さな技術系企業の専務取締役をしております。
いわばクレーム産業の一員です。
今回のモリゾウさんの一連の動向やメディアで取り上げられていた対応を拝見しておりまして、ただ圧巻の一言でした。
私もモリゾウさんみたいに、人、企業をリーディング出来ればと思うばかりです。
私は今回の問題事には関心は無く、モリゾウさんの対応や姿勢にずっと注目してました。(生意気言ってすいませんが。)
でも、モリゾウさんみたいな人が居るからこそ、目標が持てる、又やる気が沸いてくる、といった人も必ずおられると思います。
現に私がその一人です。今後も頑張って下さい。最後に、私も早くレクサスに乗れる様頑張ります!



●寄せられているコメントは、リーダーを心から尊敬し、応援するメッセージがほとんどなのですが、こんなふうに周りから言ってもらえる、評価してもらえるリーダーでありたいものですね。
『人を動かす力』があるということは、何より会社や社員を愛し、顧客を大切にする姿勢、そして過ちがあれば率直に認め改める潔さなどが、日々のこのような身近な情報発信の中からも十二分に伝わってくるからなのでしょう。
そして何より、リーダー自身のありのままの姿が包み隠さず表現されているからなのだと思います。
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# by kkamoiKe | 2010-03-18 21:21 | リーダーの条件 | Comments(0)

ワンランク上のおもてなしを考える(付加価値を生み出すしくみづくり)

毎日チェックするブログの一つに「パティシエを目指していたサミーの営業日記」があります。
直近の記事は「期待だけでは終わらない、ワンランク上のサービスって!」と題した記事で、「漬物」の販売に関連したワンランク上のサービスについてでした。
単に「漬物」という商品を販売するだけではなく、その商品を美味しく召し上がっていただくコツ、その人の嗜好に合わせた食べ方の伝授などもしてもらえるのだそうです。
この話を読んで、以前にテレビで紹介されていた内容を思いだしました。
それは、「本のソムリエ」です。
東京のとある本屋では、単に本を販売するだけではなく、その人が今、何を求めてお店にいらっしゃったのか、その人の目的に合った本を紹介してくれる、通称「本のソムリエ」がいらっしゃるそうです。


ところで、三木市は、言わずと知れた、酒米「山田錦」のふるさとでもあり、日本一の生産を誇っています。
しかし、ここ近年は、日本酒全体の販売が落ち込み、酒米の流通価格も年々下落し続けているとのこと。
深刻な後継者不足も課題となっているようです。
こうした状況であるにもかかわらず、果たして、三木市が全国に誇れる「酒米の山田錦」、あるいは、「(山田錦で作られた)日本酒」をどれくらいPRしているのでしょうか?
また、それらを生かしたまちおこしは一体どれくらいの試みがなされているのでしょうか?
「山田錦まつり」という全国にも類を見ないユニークなイベントもありますが、「三木金物まつり」同様、毎年恒例になっているとはいうものの、もう少し、年間を通した取組、仕掛けができないものかと思ったりもします。


例えば、冒頭に紹介したような付加価値を提供していけるような何らかの取組を三木市全体で考えられないものか···。
日本酒に合う三木オリジナルの料理レシピを発信したり、日本酒に合う料理コンテストを開催したり、また日本酒が美味しくいただける季節感も含めて満喫できるような市内の絶景おすすめポイントを選定したり、そして、その場所で実際にお酒と料理が楽しめるイベント(もちろん有料で)を開催したりするなど···
単に生産者目線から酒米の売り上げを伸ばし、日本酒の販売促進だけを考えるのではなく(実際はそうではなく、ちゃんと考えておられるのでしょうが)、生産者と消費者が一体となった形で、三木市を日本酒に合うまちに仕上げていこうという、まさに市民全体が、あるいは酒蔵メーカーなども巻き込む中で、一丸となった取組、面白くて、興味がわくような、ワクワクする仕掛けづくりが、今まさに求められているのではないかと思います。
極端な話、テレビ番組の「秘密のケンミンSHOW」で取り上げられるくらいの、オリジナリティのある、地域を挙げての取組、盛り上がりがほしいところですね。
かなり話が大きくなってしまいましたが、要は、ひとりでも多くの市民が日本酒の美味しい飲み方に関心を持ち、その飲み方などをマスターすることで、三木市のいたるところで「おいしい日本酒が飲めるおもてなし」が実現できれば、市民同士の一体感の醸成だけでなく、本当の意味で「酒米 山田錦」が市民の誇りとして根付いていくのではないかと感じました。
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# by kkamoiKe | 2010-03-17 20:54 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(7)

アイデンティティ(自分らしさ)という要素

今朝の『雑感日記』には、三条市長日記が取り上げられています。
私も読みました。
とてもわかりやすく、しっかりとしたコンセプトを感じました。
自分(市)にとっての拠り所をしっかりと持っている(抑えている)ということは、いかなる局面に立たされたとしても、原点に立ち返ることができる強みが生まれることでもあるのだと感じました。
今回は、三条日記の中にも出てきた『アイデンティティ』について書いてみたいと思います。


人が人生の中で、自分らしく生きていくのは大変難しいことですが、逆に考えれば、それは、人生における最大で、永遠のテーマであると言えます。
この「自分らしさ」を追い求める過程こそが人生の醍醐味であり、その過程の中で生まれる喜びや悲しみ、苦しみといったものが「生きている」という証そのものなのだと思います。
自分は何を拠り所として生きていけばいいのか、それを見つけ出し、それによって導き出される理想を追い求めていくことが喜びとなり、生きがいにつながっていくのだと思います。
人が生きる上で、アイデンティティ(自分らしさ)を確立することが大事なように、物事を進めるときにも、アイデンティティという要素がバックボーンにないと中身のないものになってしまうのだと思います。


まちづくり、まちおこしにも同じことがいえるのではないでしょうか。
そこに住む人が楽しめない、関心がない取り組みをいくら進めようとしても、また、自分たちが楽しめないものをいくら地域の核として盛り上げようとしても上手くいかないのだと思います。
なぜなら、そこには、「アイデンティティ」というもの(要素)が忘れ去られているからです。
自分たちが楽しめるものが何か、自分たちのまちの強みは何かを考える。
そして、自分たちが心底楽しめ、誇れるものを見つけ出した上で、実際に自分たちが楽しんでみることが大事なのだと思います。
まちを元気に、生き生きとさせる方法は、自分たちがこのまちに住んで楽しい、こんなところが大好きだという部分を発見し、自分たち自身が楽しめることから始まるような気がします。


『自分たちが楽しめないのに、人を楽しませることなどできない』
とつくづく思うのです。
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# by kkamoiKe | 2010-03-16 19:15 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(0)