どうぶつのつぶや記

「この程度の国民(市民)だからこの程度の政治家なのだ」といわれないために

姫路市長のブログ
「ポピュリズムに背を向けて 吉田茂」(北康利 著)という本のあとがき(抜粋)が紹介されていました。
私もこの文章は非常に示唆に富んでいる内容だと感じました。
同じ部分の引用ですが、当ブログでも、『心の留めておきたい言葉』のひとつとして残しておきたいと思います。


 ~略~
 数にまかせて力をふるおうとする世論は、かつての反民主主義勢力よりもはるかに暴力的でかつ強欲である。「自分たちが主役の政治」を欲しながら、同時にまた強力なリーダーシップを持った政治家を求めている。こうした贅沢で矛盾した要求を恥ずかしげもなく堂々とできるのが世論なのだ。
 国民の政治を見る目は極端に幼稚になり、「嫉妬」という人間の最も卑しい感情が社会を支配しつつある。
 議員の財産開示などという愚にもつかぬことが行われているが、国民はここからいったい何を読み取ろうとしているのか。浮いた話などなく、老朽化した官舎に住んで国会に電車で通う政治家が本当にこの国を幸せにしてくれるのか。重箱の隅をつついて政治家批判をする前に、国民は政策判断できる能力を身につけるべきだろう。かつて、福澤諭吉が語った、<この人民にしてこの国家あり>(この程度の国民だからこの程度の国なのだ)という言葉を、われわれは、もう一度噛み締めてみる必要がある。
 ~略~



『国家』はそのまま『政治家』にも置き換えられるということでしょうか。
···「この程度の国民(市民)だからこの程度の政治家なのだ」···
政治家だけに責任転換することは簡単ですが、我々も政治家の資質や能力を嘆く前に、
どれだけ政治家と向き合い、本物を見極める目を養えるかが問われているのだと思います。
選出される政治家のレベルも国民(市民)の意識次第でいかようにも変えることができるということを心しておかなければなりません。
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by kkamoike | 2009-07-01 21:06 | 心に留めておきたい言葉