どうぶつのつぶや記

「未来」に対して責任を持つということ(続き)

前回の記事に対して、市民2様から多くのご意見、資料提供をいただきました。
rfuruya様からも「病院問題は、三木市の将来を大きく左右する大問題である」いうコメントもいただきましたが、この問題については、以前からもご自身のブログで事の本質に深く切り込んでおられます。
三木の市会議員の方に
民間移譲こそ最善の策

病院の統合が合意されるまでの間、三木市の地域医療がどういう状況になっているのか、将来の地域医療がどうあるべきか、その上でどう地域医療体制を構築していかなければならないのかなどについて、どれだけ市民を巻き込んだ真剣な議論がなされたのでしょうか。
市民2様がおっしゃるように、昔と今とでは、市民が市民病院に期待するものも、市民病院自体の役割も違ってきているのは間違いないと思います。
そして、医師不足をはじめとした公立病院が直面する厳しい状況は、三木市民病院だけに限ったことではなく、多くの公立病院にもあてはまることです。
さらに、統合病院が北播磨南部の拠点となるのであれば、三木市だけでなく、もっと広い見地から、広域の地域医療についての議論があってしかるべきではないかと思うのです。しかし、現実は、三木市も小野市もそのことについての具体的なことは触れず、沈黙を守ったままです。


生活圏の拡大や医療を取り巻く環境などが目まぐるしく変化しているにもかかわらず、導かれた結論は、三木市民病院と小野市民病院の統合という単純なスタイル、しかも神戸大学に丸投げともとれる他人任せの姿勢とあっては、結局、誰のための市民病院なのかと考えてしまいます。
まるで、『箱物は市で建ててください。あとはいいように使わせていただきます』
と言わんばかりの雰囲気を感じるのですが、このようなやり方と民間による病院経営と変わらない、いや場合によっては、民間のほうが自浄努力作用が働くだけましなんじゃないの?と私などは思ったりするのです。


三木市の場合、各地域に病院統合の説明にまわったと言っていますが、これも市民2様が指摘されるとおり、本来は、小野市との協議、交渉に入る前に行うのが、議員に対しても、市民に対しても筋であって、話し合べきう中身もまた統合を前提としたものではなく、先ずはこれからの地域医療を模索する場にする必要があったのだと思います。
統合を前提とした説明など、市民に対し説明をしたという既成事実を作るためだけのものでしかありません。


まぁ、いつもの姑息な手段、常套手段と言ってしまえばそれまでなのですが・・・
任期中に結果を出したいという「はやる気持ち」もわからないではないですが、やるからにはきちんとしたプロセス、合意を取り付けていただいてから進めていただきたいものです。
自作自演の「財政危機宣言」をだしにした、行き当たりばったりでこのような大事業を勝手に進められても将来の子どもたちにとってはいい迷惑なだけです。
なぜなら、計画性のなさと焦りから生じる様々な問題の後始末は、すべて未来の世代が尻拭いをしなければならないからです。
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by kkamoike | 2009-05-19 20:26 | 三木市政