どうぶつのつぶや記

「未来」に対して責任を持つということ

先日の記事に対して、市民2様から医療問題に関する詳しい資料1資料2とコメントをいただきました。
(興味のある方はご覧になってください。)
それにしても、市民(医療を受ける側)にとって「医療」という問題は、身近で一番関心の深い問題であるにもかかわらず、恐ろしいぐらい、他人任せというか、自分で決めたくても決められないというか、口を挟んだり、入り込む余地のない「聖域」のようです。
ただし、崩壊寸前の状態でも現状を維持しようとする動きには好意的に受け止められる傾向があるのに対し、現状を変えようとしたり、今まであったものを無くそうとしたりすることについては、大きな反発を招きます。
だから、三木市の場合も一連の病院問題については、武雄市をはじめとした抜本的な改革に着手した事例とは対象的に、「行政に一任!」といった安易な流れ、他人任せな雰囲気を作っているのかもしれません。


市民2様からの資料を拝見させていただき、病院統合の必要性に関しての説明責任がまだまだ不十分だということを改めて実感しました。
また、資料でも指摘されていますが、医療機関側の見地に立った必要性ばかりを強調するのではなく、市民の側(医療を受ける側)に立った必要性も十分考慮しなければならないと感じました。
さらには、地域医療を見据えた中での統合病院の存在意義とその役割、民間病院との連携、その特色の違いなどももっと明確に示すべきです。
そうでないと、市民2様がおっしゃるように、「わざわざ統合病院をつくらなくても、機能的には、今ある民間病院で十分賄えるんじゃないの?」という、未だ多くの市民が疑問に感じていることに対する答にはなっていない気がします。
この点をうやむやにしたまま、統合が進んでしまっては、三木市の将来が本当に取り返しのつかない状況になってしまう気がします。

今からでも、
①現在の病院経営に一定の限界ライン(存続·廃止·規模見直しなどの目安となるライン)を設ける
②病院統合を白紙に戻し、前述で指摘したような不都合な内容も含めた全ての情報を市民に公開し、その必要性の有無を問う
以上の2点について、市に対し求めていくことは無理な話なのでしょうか?
つまらない内容で市民アンケートを実施し、税金を無駄に遣うくらいなら、この内容こそ、全世帯アンケートで実施するなり、住民投票を行うなりして、今の世代が責任を持って白黒をはっきりつけるべき内容だと思うのです。
このままでは、三木市の将来が、本当に心配です。


昨日の記事にも書きましたが、「時の為政者」による判断が誤っていたとしても、その損失は為政者がいなくなった後も、市民の肩にかかってくることとなり、子供や孫へと受け継がれていくのです。
それだけ「時の為政者」による判断はとてつもなく重いということです。
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by kkamoike | 2009-05-14 18:46 | 三木市政