ブログトップ

どうぶつのつぶや記

「ハコモノ」行政と批判されるものとは

今回の再議の件にからみ、「ハコモノ」イコール悪だという解釈や、「ハコモノ」行政という言葉の意味を正しく認識されているのかどうか首を傾げたくなる部分が随所に見られましたので、今後の市政運営のためにも、そのことについて整理しておきたいと思います。
そもそも、この手の批判、スローガンを言いはじめたのは、今の市長をはじめ、一部の市会議員の方々であり、今となっては、選挙の時と実際の市政運営の場で上手く使い分けていらっしゃるようですが、私からすれば、主義主張に一貫性がないだけにしか見られないのですが···


それはともかくとして、再議の討論の際、「ハコモノ」の考え方、概念を同僚議員に問いただす議員がおられました。
その問いただした議員の考える「ハコモノ」とは、庁舎や学校などの公共施設の総称で、利益のあがらない施設を指すものであり、今回のコンベンションホールは、関係者に利益をもたらすものであるから、いわゆる「ハコモノ」にはあたらないという解釈をされています。
ふむ、何が言いたいのか、何を聞かれたかったのかその時も全くわかりませんでしたが、要は、コンベンションホールは「ハコモノ」にはあたらないということが言いたかったのでしょう。
でも、残念ながら「ハコモノ」という定義は、所詮「ハコモノ」でしかありません。


今回、「ハコモノ」行政に異議を唱えられていた議員は、
「ハコモノ」を建てた後の活用がちゃんとされて、採算が取れる保証はあるのですか?
そのことについて、きちんと検証されたのですか?
本当に必要とされているものなのですか?(ここでいう必要とは、一つの団体や業界だけでなく、市民全体にとってどれぐらい必要度が高く、優先度があるのかということ、財政的な面、時期的な面、緊急性、場所の問題やその建物にかけるお金の規模など)
そうでないとハコモノを建てただけで有効活用されないまま終わってしまうことになったり、身の丈にあわない規模の建物を建ててしまうことになったり、今すぐに必要のない建物を乱立してしまうことになったりで、維持管理費ばかりがかさんでしまい、最終的には市民が負担を強いられることになる···、そのような過ちを侵してしまうことになりませんか?ということがおっしゃりたかったんだと思います。
言い換えれば、憂慮されている人達の不安を打ち消すだけの裏付、事前リサーチなどが十分になされていないまま、とりあえず建てるというのは危険ではないかと感じておられたのだと思うのです。


建てる際に、どんな理屈や理想を並べても、それが実現しなければ、ただの「ハコモノ」だということです。
「仏を作って魂入れず」という言葉があるように、中身が伴って初めて意味のある「ハコモノ」になるわけですが、今回のように、「コンベンションホールを建てれば地域に利益がもたらされるんだ、そのことがなぜ分からないんだ!」といった類の根拠のない自信だけで事業をすすめること自体が、「ハコモノ行政」と批判されていること、そのものなのです。


「ハコモノ」の判断は、例え市民の何万分の一でも必要と考えるならば、当然、必要の部類に入るわけですが、だからといって、政治家が同じ基準で必要だと判断してしまってよいというものではないはずです。
もっと全体的な見地から、トータルに物事を判断する必要がありますし、「ハコモノ」行政にならないのかという疑問に対しては、人によって見解が違うのだからしかたないと突き放すのではなく、政治家は一評論家でも単なる野次馬などとは違うのですから、そのような疑問の声をしっかりと受け止め、市民や同僚議員の意見に対して、相手の言っていることをきちんと理解した上で、しっかりとした説明責任を果たす努力が必要になってくるのだと思います。
まして逆切れして、議論を途中で投げ出すのは論外です。
[PR]
by kkamoike | 2009-03-29 12:53 | 三木市政 | Comments(0)

R175が見て、聞いて、読んで感じたことを書き綴ります。
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30