2009年 03月 10日
「会派」の論理がもたらす市政運営への弊害
3月議会で補正予算が否決されました。
反対10人、賛成9人
数の上では僅差でしたが、実際、市民の間では、財政危機という状況の中で、コンベンションホールをはじめとした箱物に多額のお金を費やすことについて、疑問を持つ人は多かったのではないかと思っています。
そういう意味では、今回の議会の判断は、市民の良識を反映した結果に、ひとまず落ち着いたのではないかと感じています。
しかしながら、現在の三木市政が、一歩間違えば大変危険な状態、誤った方向に進んでしまう可能性があることは、この採決の結果から見ても否定はできません。
それにしても、この状況下で、補正予算案に賛成した議員の考えていることも、市長と同様、よく分かりません。
市長も、今回の議案に賛成した多くの議員も、「財政再建」をうたい文句に当選したのではなかったのでしょうか?
前市長の箱物行政を大いに批判し、その主張が多くの市民の支持を集めて当選したのではなかったのでしょうか?
それが、一転、今回の3月補正、新年度予算で見られるのは、選挙対策用ともとれる箱物建設事業のオンパレードです。
選挙時に宣言、約束したことと、実際に当選してからやっていることとが違うのは、明らかに「公約違反」です。
今回、議案賛成の議員の中にも、個々の部分では腑に落ちないと思いつつ、賛成せざるを得なかった方もいらっしゃったのではないかと心の中では信じたいところなのですが···
仮に、そのような腑に落ちない議員個人の主張や考えが会派という縛りによって、賛成に手を挙げざるを得なかったとするなら、この会派という縛りが、これからの市政運営上、非常に大きな弊害になってくるのではないかと感じています。
私は、正直、どこの会派を支持しているというわけではありません。
しかし、今回の件で非常に強く感じるのは、多くの市民の良識はこうだろうと思われる予測に反し、議会の採決の場では必ずしもそのような結果にならないこともあるという不安、市営運営に弊害がもたらされるかもしれないという不安です。
会派を作り、群れる意味が本当にあるのかどうか。
三木市のためになるのかどうか。
国政に倣ったように、相手の会派の言うことには何が何でも反対だ!というような次元の行為が、本当に市民のためになるのかどうか···。
『そんな低い次元で判断していない!』
というのであれば、きっちり、自分たちの会派が目指す市の方向性やビジョンを、議員活動を通して、地道に、あらゆる機会を通じて発信していくべきでしょう。
少なくとも、今回の件についても、まずは、反対議員が述べられている意見に対する自らの考え、反論を、自分の言葉で発信していくべきでしょう。
どこに視察に行ったとか、自分が活動しているボランティアのこと、関心ごとなどを発信するのも結構ですが、もっと根本的な、自らの政治ポリシーや理念といった根本のところを市民に分かりやすく、丁寧に、何度も何度も発信し続けるべきではないのでしょうか。
『他の人と全て同じ考えであり、主張も同じです。』ということなど、本来ありえません。
『この部分は賛成だけれども、この部分は反対だ』というのが普通ではないのでしょうか。
会派の方針云々という以前に、大事なもの、求められるのは、議員一人ひとりの考え、主張だと思うのです。
なぜなら、議員に投票した市民は、議員一人ひとりに三木市の将来を託して投票しているのですから。
会派を基準に投票する市民ももちろんいます。でも、それは一部の政治団体に属する議員に限られます。
議員は、自分に対して投票してくださった市民の声に真摯に耳を傾け、その要請や信託にきちんと応えていく責務があると思うのです。
反対10人、賛成9人
数の上では僅差でしたが、実際、市民の間では、財政危機という状況の中で、コンベンションホールをはじめとした箱物に多額のお金を費やすことについて、疑問を持つ人は多かったのではないかと思っています。
そういう意味では、今回の議会の判断は、市民の良識を反映した結果に、ひとまず落ち着いたのではないかと感じています。
しかしながら、現在の三木市政が、一歩間違えば大変危険な状態、誤った方向に進んでしまう可能性があることは、この採決の結果から見ても否定はできません。
それにしても、この状況下で、補正予算案に賛成した議員の考えていることも、市長と同様、よく分かりません。
市長も、今回の議案に賛成した多くの議員も、「財政再建」をうたい文句に当選したのではなかったのでしょうか?
前市長の箱物行政を大いに批判し、その主張が多くの市民の支持を集めて当選したのではなかったのでしょうか?
それが、一転、今回の3月補正、新年度予算で見られるのは、選挙対策用ともとれる箱物建設事業のオンパレードです。
選挙時に宣言、約束したことと、実際に当選してからやっていることとが違うのは、明らかに「公約違反」です。
今回、議案賛成の議員の中にも、個々の部分では腑に落ちないと思いつつ、賛成せざるを得なかった方もいらっしゃったのではないかと心の中では信じたいところなのですが···
仮に、そのような腑に落ちない議員個人の主張や考えが会派という縛りによって、賛成に手を挙げざるを得なかったとするなら、この会派という縛りが、これからの市政運営上、非常に大きな弊害になってくるのではないかと感じています。
私は、正直、どこの会派を支持しているというわけではありません。
しかし、今回の件で非常に強く感じるのは、多くの市民の良識はこうだろうと思われる予測に反し、議会の採決の場では必ずしもそのような結果にならないこともあるという不安、市営運営に弊害がもたらされるかもしれないという不安です。
会派を作り、群れる意味が本当にあるのかどうか。
三木市のためになるのかどうか。
国政に倣ったように、相手の会派の言うことには何が何でも反対だ!というような次元の行為が、本当に市民のためになるのかどうか···。
『そんな低い次元で判断していない!』
というのであれば、きっちり、自分たちの会派が目指す市の方向性やビジョンを、議員活動を通して、地道に、あらゆる機会を通じて発信していくべきでしょう。
少なくとも、今回の件についても、まずは、反対議員が述べられている意見に対する自らの考え、反論を、自分の言葉で発信していくべきでしょう。
どこに視察に行ったとか、自分が活動しているボランティアのこと、関心ごとなどを発信するのも結構ですが、もっと根本的な、自らの政治ポリシーや理念といった根本のところを市民に分かりやすく、丁寧に、何度も何度も発信し続けるべきではないのでしょうか。
『他の人と全て同じ考えであり、主張も同じです。』ということなど、本来ありえません。
『この部分は賛成だけれども、この部分は反対だ』というのが普通ではないのでしょうか。
会派の方針云々という以前に、大事なもの、求められるのは、議員一人ひとりの考え、主張だと思うのです。
なぜなら、議員に投票した市民は、議員一人ひとりに三木市の将来を託して投票しているのですから。
会派を基準に投票する市民ももちろんいます。でも、それは一部の政治団体に属する議員に限られます。
議員は、自分に対して投票してくださった市民の声に真摯に耳を傾け、その要請や信託にきちんと応えていく責務があると思うのです。
by kkamoike
| 2009-03-10 18:27
| 三木市政