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どうぶつのつぶや記

間違ってませんか?怒る相手とタイミング

3月議会が始まっています。
市議会での市長を激昂させた質問をめぐり、オンブズマン三木さんのブログで意見が交わされています。


私は、この問題については、ある意味、核心をついた質問であったと思っています。
確かに、現在の市議会でのルールに則った質問ではなかったのかもしれませんが、激昂するほどのことなのかと思うのです。
「ルール違反」ということに反応するなら、
『本来はこのような事前通告なしのやり取りが理想ですが、今はそのようなルールではないので···』とサラリと受け流せば済む話だと思うのです。
しかし、激昂した原因が他にあるということであれば、その指摘が自分に心当たりがあるからなのか、あるいは、図星だから激昂したんだろうと推測されてもおかしくはありません。

したがって、私自身は、とてもオンブズマン三木さんがおっしゃるような印象を持つことはできませんでした。
同時にブログでは、このような市長と議会とのやり取りを評価する意見も出されているようですが、今回のような、ある意味、中身のない、感情任せの反論など、何の意味もないと思っています。
タイトルには「三木市議会 公衆の面前で公政会が大恥を」とありますが、
一番、大恥をかかされたのは、公衆の面前で、感情をむき出しにし、我を忘れ、激昂するような市長を選んだ、市民一人ひとりなのではないのかと私は思っています。


そのようなやり取りがある一方で、「財政危機宣言」を受けた議会であるにもかかわらず、
相変わらず緊張感に欠ける、「そんなことを聞いてどうするの?」と首をかしげてしまうような質問をされる議員がおられます。

市長派議員?だからしょうがないといえばしょうがないのかもしれませんが、あまりにもお粗末です。(本来このような「市長派議員」といういわれ方をされる議員の選挙時の行動にも大きな問題があったと思っています。)
わざわざこんなことを議会の場で聞かなくても、普段の議員活動の中で市役所の職員に聞いておけば済む話なんじゃないの?って思うような内容です。
大事なのは、普段の議員活動の中で知り得た情報をどう自分に落としこんで、自分の考えを相手に伝え、双方向の議論に発展させていくかということだと思うのですが、『まぁ、とりあえず差し障りのない質問のほうが、無難に事が過ぎるからいいか』と言わんばかりです。
そして、質問する以上は、その質問にどのような意図があるのか、
大事なのは、質問の原稿をただ単に読むだけではなく、
その質問で相手から何を引き出したいのかという、次の展開につながる意図が用意されているかどうかだと思うのです。
そのような意図が全く感じられない質問、
質問しただけで終わってしまうような質問など、時間と報酬の無駄でしかありません。
「結局それを聞いて、どうしたかったの?」って思う内容には、思わず苦笑いをするしかありません。
「もっと他に聞くことあるでしょ?」って思うのですが···
やはりこれも市長派議員と揶揄されている議員のなせる業なのでしょうか。


このような議員たちこそ、このご時勢、もっと危機感を持ってもらいたいものです。
そして、このような議員にこそ、市長は一喝するべきではないのかと思うのです。
見せかけだけの「財政危機宣言」なら、今すぐ宣言を取り消すべきでしょう。
怒る相手とタイミング、何となく市民感情とずれているような気がしてなりません。
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by kkamoike | 2009-03-08 10:36 | 三木市政 | Comments(0)

R175が見て、聞いて、読んで感じたことを書き綴ります。
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