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どうぶつのつぶや記

トップの報酬カットは単なるまやかし

アメリカ自動車産業のビッグ3の経営危機に伴い、それぞれの首脳の破格の待遇が批判の的となっている中、JALの社長の質素な倹約ぶりが話題となっていました。
この記事の中で、
『JAL広報部は「日本の経営トップの感覚としては、さほど特別な取り組みではないとの認識です。文化の違いでしょうか」と話している。』
と書かれてありましたが、このケースがどうということではなしに、確かに、日本の場合、多くの経営者が自身の報酬を減額してみせることで、世論の支持を集めようとする人は少なくありません。
ただ、冷静に考えると、現実問題、経営者の給料を減らして経営が変わるケースとなると、ビッグ3ほどの企業とまではいかないまでも、経営者に多額の高給が支払われている大企業か、逆に、わずか数人の社員しかいない零細企業ぐらいなものでしょう。
そう考えると、経営者が給料を減らす目的、狙いは、別のところにあるような気がします。


三木市においても、現在、「財政危機宣言」を発していますが、このような状況下で、市長が満額の報酬を貰っているとなると、「この非常事態に何を考えているんだ!けしからん!」という類いの声が一部の市民からあがったりもするでしょう。
しかし、逆に、トップが報酬を減額しているとなると、自ら率先して身を削っているといった美談にすり替えられることになります。また、「財政危機という状況だが、市長もできる限りのことをしているのだからやむを得ない」といった同情的な世論が巻き起こることにもなるわけです。
こうなれば多少個人の懐は痛んだとしても、経営的な批判をかわすことができ、安心感も得られます。
あるいは、市長自ら報酬をカットしているのだから、市民や職員もそれなりの負担を受け入れるのはやむを得ないといった風潮を作り出そうとしているのかもしれません。
自らの報酬をカットし、市民や職員とで痛みを分かち合う構図をアピールすることで、これらの痛みは仕方ないことだと正当化しようとしているのかもしれません。


しかし、自身の報酬を減らすことで世間の歓心を買おうとしたり、美談の主になろうとするのは、まやかし以外のなにものでもありません。
なぜなら、市長の報酬額など、私たちの生活には直接、何の関係もないのですから···
市長にしかできない仕事への対価なのですから、それに応じて支払われた報酬はきちんと受け取るべきです。
それ相応の仕事がきちんと出来てさえいれば、誰からも文句をいわれる筋合いはないはずです。


問われるべきは、市民に必要なサービスが提供できるかどうか、職員に適切な賃金を支払えるかどうか、それだけです。
良い市長とは、市民や職員に提供するべきものを提供できる市長であって、献身的な市長のことではありません。

それでもカットにこだわるのであれば、財政難だから(みんなの為に)自ら報酬をカットしましたといった押し付けがましい献身さをアピールするやり方ではなく、経営者として財政難に陥れた責任を取るという意味で、いわゆる「ボーナス査定」のような形でカットの割合を決めればどうかと思います。
議員の皆さん一度提案されてはいかがでしょうか。
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by kkamoike | 2008-12-20 22:55 | マニフェスト | Comments(0)

R175が見て、聞いて、読んで感じたことを書き綴ります。
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