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どうぶつのつぶや記

校庭の芝生化

先日の続きです。
川淵三郎元Jリーグチェアマンの話の中に、もう一つ興味深い話がありました。
それが、今日のタイトルの「校庭の芝生化」です。


「スポーツ文化」を根付かせるお話の中でおっしゃったのですが、「校庭の芝生化」と聞いて、私が感じたのは、芝生を植えるのはいいけれども、学校側で維持管理するのは大変だろうし、予算面から考えても大変なのだから、結局は企画倒れになるんじゃないのかということです。


しかし、川淵さんから出た言葉は私にとって意外なものでした。

芝生になれば、そこで滑り込んだり、寝転んだり、はしゃいだり、緑化にもなり、みんなに癒しを与えてくれる。
何より、子どもたちに身近に芝生の上で遊んだりスポーツをしたりできる素晴らしい環境が整う。
そうすれば、子どもたちや学校関係者だけでなく、親や地域の人たち、みんなが芝生の素晴らしさが実感できて、芝生がもたらす生活の豊かさもみんなが実感できるようになる。
その結果、みんなで芝生を大事にしよう、自分たちの芝生を守ろうという意識が生まれ、自分たちの手で、大切にしようということになる。
芝生のありがたさが分からない学校では、自分たちの手で芝生を守るという意識は生まれない。
そのようなところでは、結局、「スポーツ文化」も根付かせることはできない。···

確かこのようなお話をされていたと思います。


なるほど、本当の意味での「スポーツ文化」を育む環境づくりというのは、誰かが維持してくれるという受身の意識ではなく、自分たちの手で環境を維持していこうという自主的な意識を持つことから生まれるものだとあらためて気づかされました。


当たり前のことといえばあたりまえのことなのですが、いつの間にか、私たちは何かにつけて与えられた環境を維持してもらうことも当たり前だと感じてしまっているのかもしれません。
与えれた素晴らしい環境を、自分たちの財産と受け止め、後世に残すも残さないのも、自分たちの意識の持ち方次第ということでしょうか。

「校庭を芝生化する」ことが目的になってしまうと、本来の目的を見失ってしまうということですね。
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Commented by KWAKKY at 2008-10-22 19:53 x
>いつの間にか、私たちは何かにつけて与えられた環境を維持してもらう>ことも当たり前だと感じてしまっているのかもしれません。
>与えれた素晴らしい環境を、自分たちの財産と受け止め、

まったく、同感です。
そうやって、何もかもあなたまかせにすることで、「維持する側」のしたい放題を許してきたのだと、思います。
Commented by kkamoike at 2008-10-22 22:18 x
コメントありがとうございました。
役人や政治家が「人のお金だと思って・・・」などと揶揄されたりしますが、そのような要因をつくったのは私たち市民側の意識にもあるということですね。
行政はもちろんですが、市民にも意識を変えることが求められているということでしょうね。
Commented by KWAKKY at 2008-10-23 20:08 x
そういうことです。あいまいな書き方をして、すみませんでした。
Commented by kkamoike at 2008-10-23 21:25
あいまいだなんてとんでもございません!決してそんなつもりで書いたわけではないので許してくださいね(謝)
by kkamoike | 2008-10-21 21:12 | みっきぃふるさとふれあい公園 | Comments(4)

R175が見て、聞いて、読んで感じたことを書き綴ります。
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