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どうぶつのつぶや記

「叱る」ことが受け入れられる人間になりたい

傍若無人:生徒8人がつば、放尿、喫煙… 福岡の中学校

この話題は、先日の「たかじんのそこまで言って委員会」でも取り上げられていた。
今どきの子どもたちがこんな子どもたちばかりというわけではないが、
番組に出ていた専門家は、教育を取り巻く環境が昔と比べて大きく変化していることが一つの要因として考えられ、
個々に見た場合、突然こんなことをする子どもたちが育つわけではなく、その親、そしてまたその親というように、それぞれの家庭で受け継がれてきた環境というものが子どもたちの成長を大きく左右するのではないかと分析していた。


ふと、以前、産経新聞に連載されていた東京都の石原知事のコラムを思い出した。

知り合いの友人が赴任先の校長から、「生徒を叱らないで下さい」と頼まれた話を聞かされて驚いたという内容だ。
さらに、東京オリンピックの頃の指導者の姿を懐かしく振り返って話すと、
バレーを教えているコーチからは、こんな言葉を返されたそうだ。
「おっしゃることはよくわかりますが、当節はなかなかあの頃のようにはいかないのですよ。今の選手は強く叱るとすぐに泣く、すねる、止めるという者までいるのでしてね」

それに対して、石原氏はこんなふうに考えを述べている。

「叱るという行為を欠いた教育なるものがこの世に有り得るのだろうか。未完成の人間を完成に導くために、先達が時には叱るという行為が教育の名の元に封じられるという、不合理を通り越した滑稽無為な現象が一体何を生み出し、彼らの何をどう向上させるというのだろうか。
(中略)
生徒を叱らないでくれと諭す校長は、教育という作業での本質的な責務を忘れているとしかいいようがない。そしてまた、子供を叱ってくれた教師に抗議してくる当節の多くの親たちは、教育としつけの場で先生たちに何を期待するというのだろうか。」

そして最後に、

「叱るべき相手に好感を持たれようと思う心は、実はその人間の弱さ、卑しさを露呈したものでしかないということを、その立場にある監督、教師、そして親たちが悟ることなくして、率いられる者たち、子供たちがどう救われることだろうか。」
と結んでいる。

連日いたたまれないニュースが報道されるたびにやり切れない気持ちになる人は多いと思う。
しかし、これらの問題は、一個人や家庭、組織だけの問題ではなく、社会全体の問題として捉える意識を一人一人が持つことからはじめなければならないのではないかと思う。
まさしくそれが「教育」なんだと思う。

そして、「叱る」ことに躊躇する人間ではなく、真正面から正々堂々と「叱る」ことができて、なおかつ、相手がそのことを自分のものとして受け止めてくれるような人間関係を普段から築いていられるようにしたいと感じた。
by kkamoike | 2008-03-25 19:02 | マネジメント

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