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どうぶつのつぶや記

現場主義の鉄則

昨日、rfuruya1さんのブログで三木市長がブログを止めることを知った。オンブズマン三木さんのブログにもあげられている。

かなり以前から休止状態だったのでやはりという印象しかなかった。
市長のブログ中止の理由に膝を交えた現場主義とブログなどでやりとりされる理屈や理想論といった内容の対比があげられていた。
rfuruyaさんもこの点は納得がいかないとコメントされている。
そもそも生身の人間と接する現場とブログやメールなどの情報ツールでのやり取りとは次元の異なるもの(この表現が正しいかどうかわからないが)、少なくとも別個に考えるべきだと私は思う。

情報はどんどん新しく変化するものという頭が私たち現代人にはあるが、じつはそのときの状態のままで変化しないものである。
一方、生身の人間は常に変化する。例えば、同じ夜空をみるのでも、星座の知識、情報を知らなかった昨日までの自分と星座のことが解るようになった今日の自分とは明らかに違うはずである。人は常に変化しているということである。
養老孟司 著「養老先生と遊ぶ 13歳からのバカの壁」より

人と会ってみて、聞いていた感じの人ではなかったと気が付くことはよくあることで、この場合、聞いていた情報だけでは本当の姿や真実はつかむことはできない。
まさに百聞は一見にしかずである。
自分の目で確かめることは昔も今も変わらず大切なことだ。
一方で、今のこの情報化社会を生きる我々は、溢れんばかりの情報が行き交うなかで、ややもすると一瞬にしてさっきまで正しいと思っていた情報が正しい見方ではなくなることだって有り得るわけである。

そういう意味ではできるだけ多くの情報を効率的に収集し、自分のものとして行動や言動に活かすのもその人の能力といえる。

現場に入る前にあらゆる情報ツールを活用して情報を得ている自分と、そうでない自分とでは、心の余裕も違うだろうし、現場での対応も自ずと変わってくるということを肝に銘じておく必要がある。

「現場主義」の鉄則といえる。

さらに、私もrfuruyaさん同様、薮本市長の考える「現場」が何を指しているのかがわからない。市民にわかりやすく説明することは「現場主義」の基本中の基本であるはずなのだが。
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by kkamoike | 2007-10-03 08:03 | 三木市政 | Comments(0)

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