どうぶつのつぶや記

「品格」のはじまりは「たのもしさ」を持つことから

前回、「リーダーの真の品格」に関して記事を書いたところ、武雄市長物語さんに取り上げていただきました。
おかげさまで昨日の訪問者数はとんでもない数字に跳ね上がりました。
そして、さらに今日は、雑感日記さんにも取り上げていただきました。
ありがとうございました。


今回は、前回の記事でも使った、普段私たちの生活の中でもよく耳にする「品格」という言葉についてあらためて考えてみたいと思います。
いつものようにネタ探しをしていると、こんなブログの記事に出会いました。
抽象的なことしか書かれていない辞書などの解説より、より具体的に突っ込んだ内容になっている点で大変わかりやすく、胸の中にストンと落ちるような「説得力」を感じました。
もしよろしければご一読ください。
特に、「お葬式で亡くなられた人を携帯で撮る行為は許されるか?」というテレビ番組内での議論からの理論展開はかなり興味深かったです。
突き詰めて考えれば、この記事の後段に書いてあるとおり、相手に対する「おもいやり」、「いたわり」の心を持つこと、自分の主観で判断するのではなく、相手がどう思うか、どう感じるかという心遣いをもつことが「品格」のはじまりなんだという筆者の意見に思わず納得してしまいました。


さらに、この記事の中でも紹介されている司馬遼太郎さんの「21世紀に生きる君たちへ」を別のところで全文を読みましたが、すごく鳥肌が立ちました。
以下、特に感動した部分を抜粋したいと思います。
鎌倉時代の武士たちは、「たのもしさ」ということを、たいせつにしてきた。
人間は、いつの時代でもたのもしい人格を持たねばならない。
人間というのは、男女とも、たのもしくない人格にみりょくを感じないのである。
もう一度くり返そう。
さきに私は自己を確立せよ、と言った。
自分に厳しく、相手にはやさしく、とも言った。
いたわりという言葉も使った。
それらを訓練せよ、とも言った。
それらを訓練することで、自己が確立されていくのである。
そして、“たのもしい君たち”になっていくのである。



21世紀の今を生きる私たち一人ひとりがどれほど司馬遼太郎さんのこの言葉を実践し、その意味を子どもたちに教え伝えることができるか。
その大事な役割・使命が大人である私たち一人ひとりの肩にかかっているということをあらためて感じました。
このような心構えを持って行動していくことが品格ある人を育て、品格ある組織、社会、国をつくっていくのでしょうね。
「教育」って本当に大切なんだということがよくわかります。
そして、どんな時も、子どもたちの模範となるような行動、恥ずかしくない行動を大人の責務としてきっちり果たしていかなければならないこともあらためて感じました。
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by kkamoike | 2010-01-14 20:23 | みっきぃふるさとふれあい公園