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どうぶつのつぶや記

第300回定例会本会議 質疑·一般質問で感じたこと

2日間の市議会の一般質問が終わりました。
今回は、たまたま仕事がオフでしたので、2日間、ほとんどの方の質問を聞くことができました。
やはり毎回思うのは、骨のある質問が出来る議員が限られているということですね。
こんな市議会の一般質問の内容なら、無理して日程をとって開催しなくても、本当に質問したいことがある時にだけ、質問したい人だけがすればいいのにとも感じてしまいます。
なぜそんなふうに感じてしまうのでしょうか?
それは、一般質問のほとんどが政策論争にまで発展せず、単なる質問のままに終わってしまっているからでしょう。


その打開策はといえば、もちろん、議員一人ひとりの努力(答弁する市長側も含む)にかかっているのでしょうが、やはり個人の努力だけに頼るのではなく、市議会全体の問題として捉え、議会運営のやり方などを見直すことが一番の近道ではないかと感じます。
今のやり方では、努力しなくても給料だけもらえる政治家をのさばらせる温床になったとしても、市の執行部と議会とが切磋琢磨できる土壌には程遠い状況ではないかと感じます。
そしてもう一つ感じるのは、質問する側と答弁する側が同じ方向を向いていないということです。
一つ一つの考え方は違っていたとしても、大局的な流れの中で同じ方向を向いて話をしないといけないのに、話がかみ合っていない、都合の悪い話になると逆切れしたり、逃げたり、はぐらかしたり···。
お互い足の引っ張り合いをすることしか頭になかったり、疑心暗鬼の状態のままだったり、突き詰めていけば、お互いの信頼関係が築けていないということに行き着くのかもしれません。
しかし、相手のほうが悪いからとか、取り付く余地も与えないからとかという理由で、お互いが背を向けたままでいることは、実はどちら側にとっても一番楽な方法であると同時に、市民への背信行為であることを肝に銘じてもらわなければなりません。


議員の質が悪いなどの理由で「定数を減らせ」と言うのは簡単ですが、私はその前に、「当事者は今の体制の中で一体どれくらいの努力をしてきたのか?」と問いたいです。
現状のどこに問題があって、その問題を解決するためにはこれからどんな取組が必要で、それぞれがどんな意識で臨み、どのように現状と向き合い、改革を進めていけばいいのかをどれだけ考えてきたのかと···。
そのような根本的な改革にチャレンジしないままで、定数さえ削減すれば改革の目指す姿に近づくというのは単なる空想にすぎません。


話は変わりますが、皆さんは三木市議会の一般質問の議事録武雄市の議事録を見比べたことはあるでしょうか?
見比べたことがないという方は、ちょっと目を通すだけでもいいのでぜひ一度見比べてみてください。
大きな違いは、一問一答方式、一人の持ち時間をフルに使ってのやり取りなのですが、その内容は、まさに議論を一つ一つ重ねる政策論争そのもので、議事録を読むだけでも臨場感たっぷりの緊張感あふれる雰囲気が伝わってきます。
今の三木市議会の一般質問でのやり取りを聞く限りでは、武雄市のやり方で通用する政治家は市長を含めて果たして何人いるのだろうかと感じてしまいます。
そして、今の会派を代表して質問をするやり方もまた改めてもらいたいとつくづく感じました。
やはり、市民に普段の活動をPRできる機会、一番手っ取り早く知ってもらえる機会こそがこの一般質問の場だと思いますので、ベテラン、新人に関係なくできるだけ多くの議員が登壇する運営方法に改めてもらいたいと思います。


そのような真の意味での三木市をよい方向に導くための政策論争が展開できる場を創り上げていくことで、政治家自身も切磋琢磨しながら成長していけるでしょうし、そのような姿を市民にアピールし続けていくことこそが、市民からの信頼を勝ち取る一番の近道ではないかと感じます。
当然、そのためには、市長と議会の間に信頼関係が横たわっていることが前提条件となることは言うまでもありません。
本当の意味での「改革」とはそういうものではないのかと私は思います。
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by kkamoike | 2009-12-10 21:16 | 三木市政 | Comments(0)

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