どうぶつのつぶや記

市民の持つ「力」を信用したまちづくり

「協働」という言葉は、薮本市長が四年前に就任してから、三木市でも広報などを通して頻繁に目にするようになりました。
これまでの行政に任せきりの受け身な姿勢ではなく、自分たちでできることは自分たちでやっていくという積極的な姿勢でまちづくりと向き合うことが大事だということが言いたいのかなという印象を持っていました。
しかし、三木市民がそのような意味で自立していない人ばかりだったかというとそうではなくて、実際、昔も今もたくさんの人たちが積極的にかつ自主的にまちづくりに関わっています。
この四年間、確かに薮本市長は新しい地域の枠組み(組織)づくりや、仕組みづくりに一生懸命取り組んでこられたことはそれなりの評価はできますが、私は、「まちづくり協議会」なるものも、「地域ふれあいバス」なるものも、市が一律に地域に押し付けるものではないと思っています。


地域の課題に対して、どこまで行政がかかわるかという問題でもあるわけですが、地域の課題に対して行政が一律の対応策を提示してしまうということは、地域の特色、自主性を摘んでしまうことにもなりかねないのではないでしょうか。
協働のまちづくりに重要なのは、行政が上から押し付けるものではなく、これから予想される地域の課題を自分たちの問題として捉え、それを解決するための取組を自分たちで考え、行動に移していくにはどうすればいいのか、そんな市民に気付きを与えるための広報戦略、コンセプトをもった事業の展開が必要になってくるのではないかと感じます。


地域の問題だけでなく、三木市全体の問題、財政再建、病院問題なども、広報では行政の一方的な取組しか紹介されていない印象を受けますが、確かにそのような要素も大事ですが、もっと市民の目線、自分たちはそれらの問題に対してどのように考え、行動していくことが大事なのか、まさに市の問題を自分たちの問題として捉えるきっかけを与えるような広報戦略を展開していくことが必要だと思います。


今回の記事は、先日の武雄市長物語の「ガン撲滅推進市民大会」の記事に対する読者からのこんなコメントがきっかけで書いています。
『今日は文化の日ですが、健康で文化的な生活をするためには健康でなくてはなりません。政治が国民、市民に対して出来るだけ自立出来る形で応援する姿が望ましいと思っております。「気づき」の機会を与えるのはホント大事です。今日、お寺を散策していたら、「近くても行かねば至らず 小さくても行なわざれば成らず」と書いてありました。今回の試みは意義あるものと感心いたしました。』
こんな気付きのできる事業がどれだけ考えられ市民に提供していけるのかが、協働のまちづくりを進める上で行政に求められる役割なのではないかと感じました。
もっと市民の持つ「力」を信用した共に自立できる地域社会になればいいなと感じました。
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by kkamoike | 2009-11-07 09:33 | みっきぃふるさとふれあい公園