どうぶつのつぶや記

危機感を煽るのではなく、安心感を与えるのが政治の役目

米田議員のブログには、今回の一般質問の背景となった、市民が感じる不安についてこう述べられています。
「昨年9月末に財政危機宣言が市長よりされ、
様々な市民生活や活動に影響が出ている中で、
行政側の意識の変化より市民の不安·不満がたまりつつある。」
と。


そんな中、どの政策に重点を置くかとか、どの事業を優先して行うかということは、人によって考え方がそれぞれ違うから、しょうがないと言ってしまえばそれまでなのですが、
広報に掲載されていた内容を見ても、あまりにもそれらの事業の決定、進めるタイミングなど、「財政危機宣言」を発した今の時期になぜ?と思うものがあります。
例えば、旧玉置家住宅の整備や三木鉄道跡地に関係する整備費などは、今、この時期にこれだけの事業費を投じて本当に取り掛からなければいけないものなのかという疑問があります。
これは、私個人の思いだけでなく、私の周りにいる多くの人も不思議に思っていることです。
一方で、花火大会などは、具体的な再開の時期は示されていません。
市民が不安に思っていることというのは、まさにこのことだと思うのです。
すなわち、財政危機宣言を発する状況に至ったのはやむを得ないとしても、宣言しっぱなし、言いっぱなしのままでは不安だということなのです。


「このままいけば破綻するかも」といった不安を煽るばかりで、肝心の再建に向けた工程表、スキーム(計画)が具体的に、市民にわかりやすく示されていないから市民は不安を感じているのだと思うのです。
例えば、安心できる財政水準の明示、市民病院の再建の見通し、あるいは、大規模な整備事業を選択したことによって将来もたらされる効果など。
市民により身近なところで言うなら、いつまで我慢すればいいのか、あるいは、花火大会はいつ復活させるのかなど、要は「安心」できる到達点、目標をはっきりと示してほしいということなのです。
大事なのは、「財政危機宣言」を受けて、そのあとの対処法をどう考え、具体的にどう取り組んでいくのか、そしてそれを市民にどう示し、安心感を与えられるかだと思います。


今の三木市の市政運営を見ていると、このような根本となる部分をきっちりと押さえないまま、ただ地元の要望に沿って多くの事業が野放しに展開されているような気がしてなりません。
「三木式地域主権」と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、このような「財政危機宣言」を発する異常事態の今だからこそ、市の執行部だけでなく、議会や市民も巻き込んだ取組、一体となって政策の優先順位を考え、政策決定をしていく仕組みづくりを確立し、市全体でもって、シビアな目で「選択」と「集中」を実践していかないと、お金なんていくらあっても足りないと思います。


市にとって、市民に安心して生活を送ってもらうための取組は、どんな事業よりも優先されるべきものであるはずです。
そのような意味からも、一刻も早く、市民が安心して生活が送れるよう、その裏づけとなる計画を速やかに策定し、市民にわかりやすく示していく必要があるのではないかと考えます。
「五年後には破綻するかも」といった市民の気持ちをネガティブにさせる宣言ではなく、「○年後には県下で○番目の財政水準にし、市民サービスの満足度も今以上にアップさせます。」といった市民の気持ちをポジティブにさせてくれるような宣言をしてもらいたいものです。
この方のように。
[PR]
by kkamoike | 2009-09-12 14:43 | 三木市政