どうぶつのつぶや記

まちづくりを考える「スケール」が小さすぎやしませんか

市のホームページに「平成20年度の決算見込みの概要」と題した資料が掲載されています。
前々回の記事でピーマンさんも指摘されておられますが、この資料の4ページには、三木市の収支不足を客観的に分析するための材料として、小野市の「人件費」、「税収」、「市債残高」(いずれも見込み)を、三木市の人口規模に置きなおした数字で比較がなされています。
結論から言いわせていただきますが、こんな比較に一体何の意味があるのかが、私にはさっぱりわかりません。
市長のマニフェストの重要項目である、「人件費の削減」と「市債残高の減少」の必要性を強調したいがためだけの、作為的な資料としかいいようがありません。
10億円もの収支不足が生じているのは、そんな個別の話だけの問題ではなく、市営運営全体のトータル的な話であって、もっとわかりやすく言えば、まちづくりのスタンス、方向性に一貫性がないだけのことなのです。いつまでも、人件費や借金のことばかりにこだわっていても、本当の改革はできません。
状況はどんどんどんどん変化しているのですから、素早く次の手を考え、対応していかなければならないのです。


身の丈に合わない背伸びした政策を次から次へと展開するようなことは論外ですが、まちづくりや行政経営に欠かせない「人」や「モノ」、「お金」の配分をどうしていくのかということは、言い換えれば、どんなまちづくりを展開していくのか、他の自治体と差別化された政策を考え、三木市独自の特色を打ち出していくのかということの裏がえしでもあるわけです。
したがって、それぞれの配分が小野市と同じでなければならない必要性はまったくないのであって、それらをどう配分していくのかを、実際のまちづくりとのバランスを考え、試行錯誤していくことこそが「経営」であると私は思うのです。
誰も小野市と同じまちづくりや、スケールの大きさを同じように揃えることなど、望んでいないはずです。


「人件費」、「市債残高」を小野市のレベルに近づけるために、こういうことに取り組んでいますということが書かれてあります。
(厳密には、小野市との比較データを客観的な判断材料として、実際の収支不足を克服するために取り組んでいる内容にはこんなものがありますという意味なのでしょうが···)
確かに収支不足を解消するための取組の一つに、そのような部分に着目して、「人件費の削減」や、「市債残高の減少」という改善項目があってもいいでしょう。
しかし、同時に考えないといけないのは、資料にある「税収」までもが、数値を置きなおした場合に、小野市を下回るという現実を、どう克服するのか(してきたか)という点です。
実際、これまでの4年間、どういう取組にチャレンジしてきたのか、一体、その差はどういうところに原因があったのかといった分析はいつ、どのようにされたのか。
私は、経費削減という切り口も大事でしょうが、むしろ、まちを再生させるためには、税収をいかに確保し、上げていくのかという視点、取組が非常に重要であると感じています。


何度も言いますが、三木市は、小野市のスケールにあわせる必要など全くないのです。
なぜなら歴史も、まちの魅力も違うわけですし、小野市にはない良さが三木市にはあるはずだからです。小野市にも同じことが言えます。
それぞれの良さを生かすために、どうしても力を注ぎたいところに、人やお金をつぎ込む必要があるなら、それはきちんと市民に説明ができればいいわけで、何でもかんでも小野市を基準に考える必要などありません。
市長ご本人は、そんなつもりは毛頭ないとおっしゃるかもしれませんが、こういう資料の作り方一つをとってみても、市の目指すまちづくりがどういう方向を向いているのか、そして、その中身のスケールが大きいのか小さいのかがよく見て取れます。
次期市長選挙を目指す人には、少なくともスケールの大きなまちづくりを考えられる人で、まちづくりの目指す方向性を市民に対して分かりやすい言葉で、きっちりと語れる人であってほしい。
そんなことを、この資料を見ながら感じました。
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by kkamoike | 2009-09-02 19:07