どうぶつのつぶや記

自治体行政における目標とは

真さまからこんなコメントをいただきました。
関西社会経済研究所のページに自治体の2006年度の財政状況をまとめた資料が発表されています。
市長交代時のもの。
この資料を見る限り、2006年当時、三木市の財政に危機的な状況を見出せません。
(この数字は前市長時代の財政を受け継いで間もないもので前市長の市政運営による指標と取れるでしょう。)
それから、3年後の「財政危機宣言」。
市のHPでは、その要因として
·景気低迷
·人口減による税収減
·国県の行革による収入減
·市民病院の経営悪化による支援増を挙げています。
景気低迷を除いて、それ以外の部分は当初から分かりきっていたものや市長のマニフェストで自らが解決するべき事案(=病院経営)であったはず。
ということは、この3年で現市長が財政運営を失敗したとしか考えられないのです。
そのシワ寄せが、花火大会の中止などと思うと非常にやるせない気持ちで一杯。
·怖ろしいほどの箱物行政
·議会軽視(議会もしっかりして欲しい)
これまでも、こういったことに是々非々でコメントされていますが、でも、言わずに いられない。



今回は、このコメントをもとに記事を書きたいと思います。
まず、コメントの中で紹介していただいた資料の中で興味深かった部分を抜粋します。
自治体の財政健全性に関する調査研究結果の概要(財団法人関西社会経済研究所 平成21年7月28日)
(抜粋)
『予算の枠を超える、「身の丈」を超えた支出を多くの自治体が行っている現状においては、財政運営の健全性を高める取組は不可欠である。
しかし、健全性の改善は自治体行政における目標ではない。
財政制約を重視することは適正な自治体運営の前提要件であるが、自治体運営において重要なことは、地方自治法第2条が定める「地方効用団体は、その事務を処理するに当たっては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果をあげるようにしなければならない」を実践することである。
地域住民に独占的に行政サービスを供給することから、効率性に対する関心が薄くなりがちだ。
これは自治体の宿命ともいえる。しかし、いま自治体に求められているのは「最小の経費で最大の効果」をあげることであり、民間企業と同じ「(行政サービス)生産主体」として行動することである。
その結果として、財政の健全化が実現される。
これが地方行財政改革の本来の姿である。
それでもなお財源不足が残るなら、そのときには住民に負担増や行政サービスの切り下げを求めることも検討しなくてはならない。
自治体には地方財政健全化法の限界を認め、その先を見据えた地方財政運営を行うことが期待されている。』



非常に、示唆に富んだ文章ですね。
この文章には、至極、当たり前のことが書かれているわけですが、ともすれば、我々は、政治家の言葉を鵜呑みにした結果、本来の行政サービスのあり方を見失ってしまっているのかもしれません。
ポイントは冒頭の
『財政運営の健全性の改善は自治体行政における目標ではない。』という部分です。
すなわち、自治体行政における目標は財政運営の健全化ではなく、あくまで、住民福祉の増進を図るため「最小の経費で最大の効果」をあげることで、財政の健全化はその結果によってもたらされるものだということです。
もちろん、身の丈に合わない過剰なサービスを提供しつづけることで、財政が傾くなんてことは、絶対にあってはならないことですが、必要以上に財政指標にこだわったり、体裁を整えるがために財政出動を制約することで市民生活に支障が出るのは本末転倒ではないかと感じました。


では、「財政危機宣言」を発した三木市の場合はどうなのでしょうか?
住民に負担増や行政サービスの切り下げを求める前に、「最小の経費で最大の効果」をあげるための「行政サービスの検証」はどれだけ行われたのでしょうか。
それよりも何よりも見過ごせないのは、当時の記者会見で、市長は自ら、三木市の財政状況が「将来負担比率が県内で第3位に位置するほど借金の削減に努めてきた」と述べる一方で、「健全化段階にある、体力のある今の段階にやっておかないと手遅れになるということで、あえて宣言に踏み切った」と述べておられる点です。
一見、真っ当な意見のようにも感じますが、このことは、上記の抜粋した文章に書かれてある内容、「最小の経費で最大の効果をあげなければならない」と謳われている地方自治法第2条の理念には反しないのでしょうか。


余力があるにもかかわらず、本来削るべきでない市民サービスまで切り下げる。
あるいは、どれだけ無駄があるのかの検証も十分になされないまま、市民サービスだけを切り下げる。
はたまた、「財政危機宣言」を発している自治体であるにもかかわらず、身の丈以上のハコモノを次から次へと建設する。挙句の果てには、将来にわたり大きな財政負担が目に見えている、病院建設、運営の維持管理経費などについて、必要な協議も十分になされないままどんぶり勘定で見切り発車する···。
はたして、本来の行政サービスのあり方を見失ってはいないでしょうか。
誤った考え方、偏った考え方に陥っていないでしょうか。
本来手をつけるべきではない事業や、今着手すべきでない事業にまで手を広げ、大風呂敷を広げていないでしょうか。
そのことで、本来力を注ぐべき事業が疎かになっていないでしょうか。
財政のつじつまあわせや体裁を整えることばかりに執着していないでしょうか。


もし、仮にこんな企業があるとしたら、顧客に喜ばれるサービスの提供などできるはずもなく、夢もときめきもないような企業に顧客が魅力を感じるはずなどありません。
本来の顧客サービスのあり方、事業の見直しや検証を忘れ、現状を維持することだけに執着する···
そんな後ろ向きな姿勢の企業に明るい未来などありません。
まぁ、これも行政だから、今は潰れずに済んでいるのかもしれませんが···。


私たちは、もう一度、今の三木市の「改革」という名のもとに行われている取組、その方向性をもう一度見つめ直す必要があるのではないでしょうか。
そして、藪本市長は、次回選挙時のマニフェストにおいて、今後5年間で行財政改革に取り組むことで、一体どれくらいの効果額を見込み、その財源で、どのような新たな政策を展開し、最終的に三木市をどのようなまちにしていきたいと考えているのかを具体的に示す責務があると思います。



最後に、お二人のブロガーが投稿された「花火大会」の記事に寄せられたコメントで、私が共感したものをいくつかご紹介します。
たかが花火大会、されど花火大会です。
これらのコメントには、行政サービスのあり方を考える上でのヒントが凝縮されているような気がします。


やまかずさんのブログ
Aさん
三木市が、日本一美しいまちやって。笑わせるなって感じやね。
心の問題。心が貧しすぎるわ。
市長も、今まで、金の計算ばかりしてきて、あんまり楽しんだ事がないんと違うかな。
だから、人の気持ちを高ぶらせるって事が、あまりできないんと違うかな。
···
こんなしょぼい花火大会ですら、中止にせざるをえん三木市に不安を感じますね。


ジーン影虎さんのブログ
Bさん
二言目には財政難!ほんまに色々考えたんかなぁ?ってのが正直な意見です。
ここに書き込みされている方々の方がよっぽど考えておられますよね。

Cさん
こう言う些細なものを削って、大きな無駄遣いは放置というのが日本流の経費削減の大原則ですから。
こう言う不況の時は、人が動いて消費してお金を回さないと景気回復にはならないのに、損して得取れって発想もないんでしょうね。

Dさん
なんとかならんものでしょうかね。
観光誘致の一環としてとか···
その土地の風習の伝統行事にまで財政改革の荒波がきましたか。
そのわりには扱いが小さい様な気がします。
同じ行事でも、なまはげや、御柱祭りが財政問題で中止になったりしたら全国クラスの騒動になるでしょうに
要は、無い袖でも振る振らないは人の決めることだと思います。

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by kkamoike | 2009-08-04 19:46